2015年10月23日金曜日

海底ケーブル。インターネットを支える影の主役のお話


2015年5月13日 07:00


 
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私たちのネット生活を支えてくれるもの。スマートフォン?Wi-Fiルーター? …いえいえ、海底ケーブルです。
この記事は、ニューヨーク大学のメディア・カルチャー・コミュニケーション学部のNicole Starosielski准教授の著書「The Undersea Network」からの抜粋です。いつもはあまり気にしない海底ケーブルにもさまざまな問題があるようです。さあ、インターネットを支える影の主役にまつわる話を見ていきましょう。
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現在、これまでにない新しい海底ケーブルが敷設中です。この「アークティックケーブル」の長さは1万マイル(約1.6万km)にもおよび、イギリスから北極海を経てカナダ、日本をつなぐもので、ロンドンと東京を結ぶ最速ルートになることでしょう。このケーブルによって、氷に覆われたカナダの海岸から、これまで衛星通信に頼っていた小さな集落にもインターネットアクセスが提供される予定です。地球温暖化により北極の氷が溶け出したため周辺に巨大な船が入れるようになり、ケーブルを設置することができるようになったのです。
技術的、経済的な観点から見ると、このケーブルはあまり効果的ではありません。北米では地上に無数のネットワークが敷きつめられているのに、なぜあえて、そんな過酷な自然環境の場所にケーブルを通そうと思ったのでしょう? なぜ6億4000万ドルもかけて、大して使われないであろう北極圏の集落を大容量のケーブルで結ぼうとしているのでしょう? ロンドンと東京を結ぶこのケーブルを誰が使うのでしょう? これらの質問は最近断念された「SPIN」という南太平洋の島々をつなぐプロジェクトでも挙げられていたものです。
アークティックケーブルが必要な理由をひとつ挙げてみましょう。新しいケーブルはルートに冗長性を提供します。行先までのルートが複数になれば予備ができ、地理的に異なる経路は全体的なトラフィックの流れをこれまでより信頼度の高いものにするでしょう。完成すれば、人や環境、その他の干渉するものからデータの流れが守られます。
ケーブルは、ルソン海峡、南シナ海、西太平洋の地震の恐れがあるエリアなど、ヨーロッパとアジアの難所ともいえる場所を通りません。さらに、社会的、政治的に不安のあるスエズ運河や地中海も通りませんし、船がケーブルの上にイカリを下ろすような場所も避けています。さらに言うと、このケーブルはアメリカを経由せず、ヨーロッパとアジア、中東を直接結ぶので、NSAの監視からも逃れられるでしょう。
迂回路を作ることは通信事業者にとって重要なことです。数少ない独占企業が海底ケーブルネットワークを支配していたころは特にそうでした。通信業界はいまだに保守的なところが多いです。実証済みのものにこだわるし、すでにある回線を使おうとします。99%の海をまたいだインターネットトラフィックが海底ケーブルによって運ばれるにも関わらず、ほとんどのシステムは一部の地域に集中しています。
オーストラリアでは、ほとんどのトラフィックがシドニーかパースから出ていきます。これがアメリカ東海岸だと、マイアミとニューヨークにトラフィックが集中しています。
少し前に実際にケーブルが故障して、ネットワークがいかに安定しないものかということがわかるまで、ルートの冗長性の問題は差し迫ったものではありませんでした。2006年の12月に台湾南部で起きた大地震は、海底の地滑りを誘発し、7本の海底ケーブルが損傷してインターネット接続に大きな影響を与えました。2008年には、アジアとヨーロッパのトラフィックのボトルネックとなるエジプトのアレキサンドリア北部で、ケーブル切断が起こりました。
翌年の国際会議では、ネットワークインフラの信頼性について話し合いが持たれました。会議の参加者は、個別の各システムの信頼性が高くても、世界的に大陸間の相互接続が基本的な信頼性の設計原則を守っていないと結論づけました。さらに参加者は、「地理的・政治的な難所」を通っているケーブルについて不安を挙げ、それらの場所での災害は世界的に大きな接続問題となる可能性を指摘しました。
ケーブルの故障や国際会議、増え続ける海底ケーブルへの需要が、アークティックケーブル建設のような、いくつもの革新的な大洋横断ケーブルプロジェクトを生み出しました。しかし、信頼性の高いネットワークを作り出すことはなかなか簡単には解決できない課題です。
例えば、パシフィックケーブルの場合を見てみましょう。当初、このプロジェクトはニュージーランドのオークランドからオーストラリアのシドニー経由でロサンゼルスを結ぶ計画でしたが、2010年に見合わされてしまいました。
アークティックファイバーのように、このケーブルの必要性は冗長化だとされていました。2001年よりニュージーランドと他の国を結ぶのは、サウザンクロスケーブルネットワークだけでした。ニュージーランド全体が、このケーブルと1社の決定に依存していたわけです。パシフィックケーブルとその支持者たちは、ニュージーランドは冗長性と情報のセキュリティー確保のために、もう1本違うリンクが必要だと主張しました。サウザンクロスケーブルネットワークが切断されたら、ほとんどのインターネットコンテンツが海外にあるため、ニュージーランドは何もできなくなってしまうと訴えたのです。金融の処理や電子メール、踊るキーウィの動画を見ることも、全部できなくなってしまう…と。
この構想自体はすばらしいものですが、経済的にケーブルを敷くことはほとんど不可能でした。ほとんどの場所で、新しいケーブルをこれまでの引き上げ地点まで伸ばすよりもお金がかかり、難しくなることがわかったのです。
ある起業家は、こんな話をしてくれました。オーストラリア政府がケーブルをこれまでのシドニーではなくメルボルンに引きたいと言ったときのことです。「お金さえ払ってもらえれば、私がやります…と答えたら、それから連絡がありませんでした」
課題は技術的なものではなく、経済的なものでした。利益が出るようにシステムを作らなければいけません。そのために、低遅延のケーブルが計画されました。アークティックファイバーのように、遅延の少ない直接つながるルートを提供するというわけです。マイクロ秒単位の遅延でも、グローバルな株式市場で超高速取引を行う企業にとっては大きな違いになります。数ミリ秒が、1ヶ月に2,000万ドルの差を生むという世界です。パシフィックファイバーがロサンゼルスに接続されれば、ニュージーランドとアメリカを結ぶもっとも高速な回線になり、ニュージーランドは技術開発の拠点となるのではと考えられました。
低遅延ケーブル、高速ルートという売り文句にも関わらず、ケーブルはシドニー、オークランド、そしてロサンゼルスを接続することになりました。メルボルンやサンディエゴではなく。資金が必要だということは、物理的に分けられたネットワークを作る構想と正面からぶつかるものだったのです。
パシフィックファイバーは、現在アークティックファイバーが直面している苦境にも陥りました。新しい場所へネットワークを作ることは、業界からリスクが高いと受け止められたのです。新しい場所には失敗がつきもの…そんな考えが、投資や実証を思いとどまらせるものとなりました。これまでに作られたルートはより安全で、よりお金を集めやすいものと受け止められていました。そうなると、データの送受信を安定させるためのルートの冗長化に価値が見出せなくなってしまったのです。
結局、パシフィックファイバーはネットワークを作るための数億ドルの資金が集められなかったと発表しました。業界のほとんどの人がニュージーランドにはもう1本の回線が必要だと思っていたにも関わらず(実はパシフィックファイバーのライバルたちも、ケーブル建設が成功することを望んでいました)、冗長性は投資家や政府、そしてその他のお金を出してくれるであろう人たちを納得させるには十分ではなかったのです。テレコムニュージーランドのAnthony Briscoe氏はこの問題は国際的な課題だと言います。「インターネットと言った瞬間、みんなそれは無料だと思います。誰かがインフラに投資しなければいけないのに」
アークティックファイバーのようなプロジェクトは難しい問題です。国際的なネットワークはとてももろいものです。トラフィックは回線の容量が足りない難所を通り、ほんのわずかな会社が力を持っている状況です。もし本当に信頼できるネットワークがほしいのなら、冗長性が必要です。一方で、冗長性とはリスクの高いプロジェクトに投資をすることであり、不安定な環境に新しい経路を作ることを意味するのです。
Nicole Starosielski - Gizmodo US[原文]
(conejo)
The Undersea Network (Sign, Storage, Transmission)
Nicole Starosielski|Duke University Press Books
 
光海底ケーブル (Parade books)
光海底ケーブル執筆委員会|パレード





 

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