2016年11月8日火曜日

東大、生きた細胞内のグルタチオン濃度の定量と可視化に成功


生きた細胞内のグルタチオンを可視化し、定量する
-がん治療研究や創薬研究への応用に期待-


1.発表者:
 浦野 泰照(東京大学大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室 教授/大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 教授(兼担))
 神谷 真子(東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 講師)
 梅澤 啓太郎(研究当時:東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 特任研究員、現所属:大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室 特任研究員)
 吉田 昌史(研究当時:東京大学大学院医学系研究科 博士課程4年生 現所属:医学部附属病院 耳鼻咽喉科・聴覚音声外科 講師)

2.発表のポイント:
 ◆グルタチオン(GSH、注1)に対して可逆的に応答する蛍光色素を開発し、生きた細胞内のグルタチオン濃度の定量や、秒単位での可逆的なグルタチオン濃度変化の可視化を達成しました。
 ◆従来の細胞内グルタチオンの定量法は、細胞を破砕する必要があり、生きた状態での定量が不可能でした。本研究では、生きた細胞内のグルタチオンの濃度情報を得ることに成功し、さらにその時間変化の観察を可能としました(図1)。
 ◆グルタチオンは細胞の恒常性を保つ重要な因子であり、がん細胞の酸化ストレス耐性や薬剤耐性・放射線治療耐性などと大きく関連しています。本研究はがん治療研究や創薬研究といった医薬研究に対して多大な貢献をもたらすと期待されます。

3.発表概要:
 グルタチオンは、主に活性酸素・酸化ストレス(注2)の除去や異物(薬剤など)の排出を担う、いわば“細胞が生き延びるための防御物質”として働きます。がん細胞はグルタチオン濃度を高く保っているといわれており、そのため放射線治療や抗がん剤に対して高い耐性をもち、治療効果が弱まってしまうことが示唆されています。従って、細胞内のグルタチオン濃度やその増減を“生きたまま”測ることは、がんの治療研究や創薬研究に不可欠です。しかし従来法では、細胞を破砕しないと測れないなどの制約があり、実現が困難でした。
 東京大学大学院薬学系研究科/医学系研究科(兼担)の浦野泰照教授、同医学系研究科の神谷真子講師らの研究グループは、グルタチオンに対して可逆的に反応し、グルタチオン濃度に応じて蛍光強度や蛍光波長が変化する新しい蛍光プローブ(注3)の開発に成功しました。これを生きた細胞に適応することで、生きた細胞(正常細胞やがん細胞)内のグルタチオン濃度の定量、正常細胞とがん細胞のグルタチオン濃度の違いや酸化ストレス耐性の違いを初めて可視化しました(図1)。この結果より、本蛍光色素は、がん研究や酸化ストレス分野における基幹的研究から、がん治療や創薬といった医薬研究への貢献が期待されます。

4.発表内容:
 グルタチオンは、細胞内に最も多く含まれる抗酸化物質の一つであり、細胞内に約0.5-10mMの濃度範囲で含まれていると考えられています。グルタチオンは、細胞に傷害を与えるラジカル成分や酸化ストレスを消去したり、細胞に取り込まれた薬剤を異物として捉えて外へ排出するなど、細胞を外的なストレスから守る役割を担っています。とりわけがん細胞は、外的ストレスを排して生存・増殖するためにグルタチオンを高濃度で保持していることが多く、ゆえに抗がん剤耐性や放射線治療耐性を獲得しているといわれています。従って、グルタチオン濃度の定量や、その濃度の増減をリアルタイムに計測・可視化する技術は、がんに関わる医療研究や創薬研究へ大きく貢献すると期待されます。しかし従来のグルタチオン定量法は、細胞を破砕して分析せざるを得ず、“生きた”細胞内の濃度を定量してその時間的変化を知ることは不可能でした。また既存の蛍光プローブも、グルタチオンに対して不可逆的に応答するものが主流であり、濃度の増減といった情報を得ることが極めて困難でした。
 本研究グループは、ローダミンと呼ばれる蛍光色素のうち、特定の構造のものがグルタチオンと分子間平衡反応(注4)を起こすことを発見し、その反応を蛍光のOFF-ONや蛍光波長変化という形で検出することに成功しました。
 本研究グループはこれまでに、ローダミンが分子構造依存的な求電子性(注5)をもつことを見いだし、色素分子内に求核性(注5)官能基をもたせることで、分子内平衡反応を利用した蛍光プローブを多数開発してきました。本研究ではその発想を分子間平衡反応に拡張し、強い求核種であるグルタチオンに対する蛍光プローブの開発を目的に、当該研究を始めました。
 細胞内グルタチオンの可視化を目指した化学平衡型蛍光プローブの設計にあたり、(1)グルタチオンとの反応速度(反応速度定数)、(2)応答する濃度範囲(平衡定数)を最適化するべく研究を進めました。(1)に対しては、求電子性パラメーターと呼ばれる指標を参照してモデル分子を論理的に設計・合成・評価したところ、ローダミン骨格が他の求電子性化合物に比べて10,000倍以上も高い反応速度定数を示し、グルタチオン添加後1秒程度で平衡に達することを実験的に証明しました。(2)に対しては、さまざまなローダミン分子の構造展開の結果、平衡定数が3.0mMと、細胞内グルタチオン濃度範囲に最も適した蛍光プローブの開発に成功しました。この蛍光プローブは、グルタチオン濃度の変化に伴い蛍光波長がシフトする波長変化型蛍光プローブであるため、細胞イメージング応用に適しています(図1)。
 本蛍光プローブを用いることで、これまでは不可能だったさまざまな応用実験が可能となりました。例えば、生きた細胞内のグルタチオン濃度を直接定量することを達成し、そこからいくつかの興味深い知見を得ました。具体的には、がん細胞中のグルタチオン濃度は細胞によって大きく異なり、非常に濃度の高いがん細胞がある一方で、いくつかのがん細胞では、正常細胞とあまり変わらないレベルのグルタチオン濃度であることを見いだしました。
 また、グルタチオン濃度変化の可逆的イメージングにも成功しました。がん細胞に酸化ストレスの一種である過酸化水素を負荷することで、数10秒程度でグルタチオン濃度は約半減し、過酸化水素を洗浄除去すると、徐々に元のグルタチオンレベルまで回復しました。これは、グルタチオンの酸化還元(GSH-GSSG)のサイクルをリアルタイムに可視化した結果です。さらに、そのグルタチオンの酸化還元速度をがん細胞と正常細胞で比較すると、がん細胞は正常細胞に比べて、酸化されたグルタチオンを素早く還元する機構が亢進しており、外的ストレスへの防御機構が発達していることを示唆する結果を初めて得ました。
 さらに、グルコースを除いた培地の利用による栄養飢餓を模した環境下では、数分内にグルタチオン濃度が低下し、グルコースを再投与することで、徐々に元のグルタチオンレベルまで回復することを発見しました。栄養飢餓状態では細胞内のグルタチオンレベルが低下することを示唆する報告は数例ありましたが、それが数分以内という極めて速い時間内に起き、グルコース依存的に可逆性に回復することはこれまで報告がなく、本蛍光プローブによって初めて明らかにされた結果です。
 このように、今回開発した色素を使うことで、これまでは不可能であったグルタチオンの濃度定量やその時間変化の直接的な可視化が可能となり、がんや酸化ストレスに関わる基幹的研究はもとより、がん治療や創薬研究など幅広い分野への貢献が期待されます。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「酸素生物学」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」研究領域の一環で行われました。

 ※リリース詳細は添付の関連資料を参照



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