2016年11月23日水曜日

中国のEV市場が驚くほど急拡大した理由



11/23(水) 06:30
トヨタのEV開発への本格参戦によって世界のEV市場はどうなるのか?2016年パリモーターショーでプレゼンする豊田章男社長(資料写真、出所:トヨタ自動車)

 11月7日、トヨタ自動車が2020年をめどに電気自動車(EV)の量産体制を整える方向で検討に入ったと報じられました。

 これまでハイブリッド車(HV)のパイオニアとして君臨し、近年は燃料電池車(FCV)の開発・生産に注力してきたトヨタがここにきてEV開発に転じたということもあり、次世代新エネルギー車(新エネ車)の世界的な潮流はやはりEVかと、業界を越えて各所からEVに俄然注目が集まり始めました。

 しかし足元の国内EV市場はお世辞にも盛り上がっているとは言えず、ユーザーも普及率も拡大しているという話はほとんど耳にしません。

 一方、そんな日本を尻目に、近年中国では充実した販売奨励策を背景にEVの販売台数が前年比5.5倍という急速な成長ぶりみせ、2015年には米国を追い抜き世界最大のEV市場にもなりました。活発な市況を受け、中国の自動車メーカーも先を競うように生産・開発に注力するようになっています。

 今回はそんな中国のEV市場の現状と、EVの奨励と補助金政策で他国に大きく後れを取り始めた日本の現状を調査してみました。

(参考・関連記事)「VW、2025年までに電動車30モデルを市場導入

2015年、中国でのEV販売台数が前年の5.5倍に

 中国汽車工業協会によると、2015年における中国市場の新エネ車販売台数は33.1万台に上り、前年比で実に4.4倍となる大躍進を遂げました。このうちEVの販売台数は同5.5倍の24.7万台、プラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数は同2.8倍の8.3万台となり、その販売台数の急増ぶりはもとより、販売台数でEVがPHVの約3倍に相当するなど、もはや中国では「新エネ車といえばEV」といっていいほど主流になっていることが分かるかと思います。

 2016年はさすがに2015年ほどの急激なペースではないものの、同じ中国汽車工業協会発表のデータによると、1~10月における新エネ車の販売台数は前年同期比82.2%増の33.7万台で、そのうちEVの販売台数は同102.5%増の25.8万台でした。一方、PHVは同37.2%増の7.9万台にとどまっており、依然と高い成長を保ちながら新エネ車市場でEVがなおも主力であり続けています。

高額補助金とナンバー取得時の恩恵で市場が拡大

 一体なぜ、中国でこれほどEV市場が急拡大したのか。

 理由は至ってシンプルで、EVの購入時に政府から消費者へ支給される潤沢な補助金政策が大きく消費を促したからです。

 大気汚染とくれば一にも二にも中国とまで言われるほど環境問題が深刻化していることもあって、中国政府はかねてからクリーンな新エネ車の開発を後押ししてきました。2015年からは補助金支給を含む大々的なEV支援策を打ち出し、これを受けてメーカー、消費者が揃って反応したことから市場の急拡大につながりました。

 その中国が現在行っているEV支援策の中身ですが、主なものは中央政府と地方政府の両方からそれぞれ購入時に支給される補助金です。

 中央政府から支給される補助金額は、EV車種の連続走行可能距離数に応じて2.5万元、4.5万元、5.5万元(日本円換算:約39万円、約70万円、約86万円)の3段階に分かれています。

 地方政府から支給される補助金額は地方によって異なっていますが、主要都市では基本的に中央政府からの補助金額と同等の金額を出す場合が多く、実質的にEVを購入する際にもらえる補助金額は、中央政府からの補助金額の2倍程度と考えてもらえばよいでしょう。

啓辰「晨風e30」の補助金例(出所:東風日産公式サイト)
※1 1.5万元分は区からの補助金、※2 正式な補助金政策は未公布
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 上の表は、日産自動車とその中国合弁先である東風汽車有限公司(東風汽車)による中国自主ブランド「啓辰(ヴェヌーシア)」から販売されている、日産自動車のEV「リーフ」の中国モデル車「晨風e30」に対する補助金の例です。

(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48423) 

 見ての通り、各都市から出されている地方政府補助金額は中央政府の補助金額とほぼ同額で、大連市に至っては倍以上となる10万元(約156万円)にも上っています。この「晨風e30」に限って言えば、基本的に10万元前後の補助金が得られると言ってもよいでしょう。

日産「リーフ」の中国モデル車「晨風e30」(出所:Wikipedia)

 ただ「政策の数だけ不正がある」とされる中国なだけに、この手厚い補助金を目当てにした不正が既に数多く報告されています。具体的には登録だけして車両は販売せず、補助金だけを受け取ったり、生産すらしていない車両に対して補助金を申請するなどといった例が出ており、対策の必要性が叫ばれています。

 こうした購入時の補助金に加え、自動車ナンバーの取得に当たってもEVの場合は優遇されています

 日本とは異なり、中国では自動車ナンバーは抽選またはオークション形式で購入しなければなりません。後者のオークション形式では、近年の取得希望者の急増もあって、ナンバー1枚当たりの金額が日本円で100万円以上に上ることもあり、庶民からは「車を買う前にお金が無くなる」という嘆きすら聞かれるほどです。

 しかし、EV購入による取得であれば抽選やオークションを経ずとも優先的にナンバーが配布され、取得費用に関しても様々な恩恵が得られます。そのため、手っ取り早く自動車を手に入れたいとする消費者は、EVを選ぶ傾向が強くなるのです。

中国の補助金は本当に「手厚い」のか?

 こうした中国のEV市場の現状について報じる日本のニュースでは、よく「手厚い補助金政策」という言葉が用いられます。しかし、「手厚い」と言っていいのは、あくまで“日本と比較した場合に限る”と言わざるを得ません。

 逆に言うと、それだけ日本の補助金政策は貧弱だということです。日本でも中国と同様に、EVの購入に際して政府や自治体が補助金を支給する普及策を実施しています。しかし、中国のみならずほかの国と比較したとしても、補助金の額は決して多くはありません。

日米中の日産「リーフ」に対するEV補助金政策の比較
注1:上記補助金額例はあくまで一例であり、実際購入時の車種、状況によって変動する。
注2:日本円価格は1米ドル=106.7円、1元=15.65円で計算。
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 上記の図表は日本、米国、中国それぞれの国で実施されているEVに対する補助金政策の概要と、各都市で日産自動車の「リーフ」(中国の場合は前述の「晨風e30」)を購入した場合に消費者が得られる補助金額をまとめたものです。

 中国・北京市では、これまで述べた通り、中央政府からの補助金4.5万元に北京市からの4.5万元が加わり合計9万元(約140万円)となります。米国もこれに負けず劣らずの金額で、「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道によるとジョージア州で購入する場合は計1万2500米ドル(約130万円)の補助金が得られます。東京で買う場合の72万4000円は、ほかの2カ国と比べると大きく水を空けられているのです。

 なお、東京都内で購入する場合、さらに区からも補助金が出ることがありますが、東京都以外の地方自治体では、EV購入に対する補助金額が東京都よりも低いことがほとんどです。そのため、日本で「リーフ」を購入するとなると、補助金額は72万4000円を下回る可能性の方が高いと言えるでしょう。

EV普及、支援策で後れを取る日本とドイツ

 では、上記以外の国のEVに対する補助金はどうなのか。

 EV普及率が世界的にも高いノルウェーでは、EVを選ぶと登録税が大きく減免され、ガソリン車に比べ100万円以上も節約できると報じられています。そうした国と比較すると、やはり日本のEV購入に対する補助金額は先進国中でも少ない方だと言わざるを得ません。

 一方で、欧州諸国の中でもEVに対する補助金額が少ないと言われている国があります。それは、ドイツです。ドイツのEV普及率も低水準に甘んじていると報じられています。

 何でもかんでもお金というわけではないものの、やはり「エコだから」というより、単純に購入価格こそが車選びのいちばん重要なポイントだと考えている消費者は数多くいます。そういう意味でも、補助金政策こそがEV普及における重要な政策となるのです。ところが、この点で日本とドイツはどちらもEVを冷遇しているといっても過言ではないでしょう。

 日本、ドイツともに、従来のガソリン自動車産業の競争力がかねてから高かった点で共通しており、EVの普及策についても国としてそれほど熱心ではなく、日本メーカーはHV、ドイツメーカーはクリーンディーゼル車をこれまで強力に推進し続けてきました。そうした背景が一致しているからこそ、EVに対する現状でも似通った状況を呈しているのかもしれません。

日本はどちらに進むべき?

 冒頭で触れたようにトヨタ自動車が今後EVの量産体制を作るとなれば、世界のEV市場は今後も拡大し、開発競争もますます激しくなっていくことでしょう。そのような観点に立てば、EV開発は各自動車メーカーにとっても急務であり、急拡大する国内市場を背景にしのぎを削り合う中国メーカーに比べ、日系メーカーはやや遅れを取る立場にあります。

 前述の通り日本はこれまでHVを環境対策車として強く推進してきており、HVにおいては間違いなく世界一の技術力と地位を築くに至りました。しかし今後世界での自動車販売を考慮するならばEVを無視することにはリスクがあります。

 従来通り、HVと、自分たちが開発を主導しているFCVを推進するのか、それとも他国のメーカーと同様にEV推進へと舵を切るのか。トヨタは決断を迫られることになると予想されます。

 筆者個人の意見を述べれば、やはりEVにこそ自動車産業の未来が感じられます。日本政府は補助金額を他国並みに引き上げるとともに、日本国内はもとより海外市場で売れるようなEV開発をメーカーに働きかけていくべきではないでしょうか。

 なお今回、中国のEV販売台数と比較してみようと日本国内の2015年におけるEV販売台数データを探してみたところ、(単に私の調査能力が足りてないだけかもしれませんが)どれだけ時間をかけても目的のデータを探し当てることができませんでした。まずは、こうした基礎データの「見える化」によって現状の周知把握を徹底するところから始めるのが、EVの普及、奨励の第一歩でしょう。

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