2016年12月8日木曜日

個別化医療の時代(上) 肺がん薬物療法は… 遺伝子解析でオーダーメードが効く

  

ゆうゆうLife
「ワンステップ」のおしゃべり会では、がん細胞の遺伝子変異などのタイプに分かれてグループを作る =横浜市
「ワンステップ」のおしゃべり会では、がん細胞の遺伝子変異などのタイプに分かれてグループを作る =横浜市

「同じ病気でも、同じでない」

 日本のがん死亡原因の第1位である肺がんで、個別化医療が進みそうだ。がんの発生・増殖の原因となる遺伝子変異などは人によって異なるため、個々の“タイプ”に合う薬を使うオーダーメードの医療だ。対象を限定することで高い効果を期待でき、無駄に副作用にさらされずに済む。いずれ、個々の遺伝子を網羅的に解析し、効く薬を選ぶ時代が来そうだ。(佐藤好美)

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 NPO法人「肺がん患者の会ワンステップ」は市民公開講座などの終了後、患者同士の「おしゃべり会」を開く。

 告知がつらかったこと、これから、どんな治療薬があるのか-。先に告知された人の経験を自分に重ねて、思いを分かち合う。感情を吐露してもいいし、話したくなければ聞くだけでもいい。仲間を増やして、情報交換をするのが目的だ。

 特徴的なのは、個々のがん発生・増殖の原因となった遺伝子変異などでグループを分けること。10月末、横浜市で開かれた「おしゃべり会」には60~70人が参加。6グループに分かれた。

 日本人に多い「EGFR遺伝子変異」がある患者▽患者数が少なく、治療法に似た点がある「ALK遺伝子融合」か「ROS1遺伝子融合」の患者▽それ以外の遺伝子変異か、変異が不明の患者▽手術後など「早期」の患者▽患者家族-。人数の多いEGFRのグループが、たいてい2グループに分かれる。

 遺伝子の変異などでグループを分ける理由について、代表の長谷川一男さん(45)は「グループによって、薬の選択肢も違う。治療法の多いグループは職場復帰も話題にできる。一方で選択肢が少ないグループもある。患者は、自分と異なるタイプの人の話を聞いてもなかなか共感できない。同じ病気でありながら、同じ病気ではない。治療法も違うし、別々に話した方がいいと思った」と話す。

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 ■誰に効くか、急がれる指標発見

 がん増殖の原因である特定の遺伝子変異などにピンポイントで働きかける「分子標的薬」。肺がん領域でその先駆けとなった治療薬「イレッサ」は発売当初、副作用による多くの死亡例が報告され、訴訟にもなった。だが、特定の遺伝子変異のある患者に高い効果を発揮することが判明。患者を適切に選ぶ診断薬も登場し、個別化医療への道を開いた。

 ◆イレッサは限定的

 イレッサは、手術のできない非小細胞肺がんの治療薬として登場した。だが、当初から一部の患者にしか効かないことが指摘されていた。

 東北大学の貫和(ぬきわ)敏博名誉教授は「効く人と効かない人が、あまりにもはっきりしていた」と振り返る。「飲み薬なのに、効く人は1、2週間で効果が表れる。だが、効かない人には全く効かない。その違いは何だろうと、医師はみんな思っていた」

 医師らの「経験則」で、「肺腺がん、アジア人、女性、非喫煙者」に効くことが分かってきて検証試験も始まった。だが、なぜ、その人たちに効くのかは分からないまま。理由が分かったのは、発売から2年後。米国の研究者が、患者のがん細胞に「EGFR遺伝子変異」がある場合に効くことを論文発表したときだった。

 ある製薬関係者は「そもそも、患者にそんな遺伝子変異があることが分かっていなかった」と衝撃を語る。

 貫和名誉教授らのグループは、変異のある患者だけを対象に、イレッサと従来の化学療法を比較。イレッサの効果がはるかに高いことを確認した。効く人に限定して使うことで不鮮明だった効果がはっきりした。このグループには、薬物療法の「第1選択」になることが判明した。

 多くの臨床試験が行われ、変異のない患者には、従来の化学療法の方が、効果が高いことも分かった。これを機に、学会の治療ガイドラインは、EGFR遺伝子変異の「ある人」と「ない人」に分けて書き直された。変異の有無が識別できる診断薬も保険適用され、イレッサは、変異のある人が使う薬になった。肺がん領域での個別化医療のスタートだ。

 ◆患者特定に向けて

 薬が効く人を適切に選べれば、効果が際立つ。例えば、大集団の治験では効果が出なかった薬でも、効果が表れる可能性もある。患者が効かない薬を使って体力と時間を浪費せずに済む。投与対象を絞り込めるから、医療経済的なメリットもある。

 しかし、日本医療政策機構(東京都千代田区)の宮田俊男理事は「新しい作用の薬が登場するときは技術開発が追いつかず、指標の発見や診断薬の開発はどうしても後からになる」と指摘する。

 例えば免疫機能に働きかけてがんを抑える薬「オプジーボ」。「著しい効果が、長く持続する患者がいる一方で、大半の患者には効かない」(肺がん専門医)とされる。だが、誰が効く患者なのかが分からない。何か決定的な指標があるに違いないと、多くの研究者がしのぎを削って探している。その状況は、初期のイレッサを思い起こさせる。

 オプジーボは来年2月、50%の価格引き下げが行われる。財政影響が懸念される理由には、薬の価格の高さだけではなく、対象患者が多いこともある。効く患者を適切に選ぶすべが見つかれば、それは患者の利益にもかなう。

 日本肺癌学会の光冨(みつどみ)徹哉理事長は「どういう人に効果があり、どういう人に副作用が強く出るのか、研究が早く進むことを期待している。それが分かることが、患者にとっては最大の利益になる」という。

 そのための仕掛けも必要かもしれない。宮田理事は「検査薬の開発は、製薬会社にとって薬の市場が狭まることでもある。検査薬を同時開発する動機を持てるような施策も重要だ」と話している。

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