中国・上海の様子(2014年10月8日撮影、Hung Chung Chih / Shutterstock.com)

中国における大気汚染は深刻な問題だ。昨年公開されたデータによると中国では1日当たり4,400人が大気汚染により命を落としているという。

中国政府もこの問題を認識し、2008年の北京五輪開催が決まってからは、北京市の大気汚染を緩和するべく建設工事の中断、工場や発電所の操業停止、車両規制など大々的な対策を取った。

だが、このような対策は多大な経済コストを伴う。政府による大気汚染対策は一時的なもので、"青い空"は長続きしなかった。わずか数年後には再び汚染が深刻化し、2015年12月には北京市が初の最高レベル「赤色警報」を出した。

そんな中、住民にわずかな望みを与えるのが北京市環境保護局(EPB)とIBMが10年前から共同で進めている「グリーン・ホライズン」計画だ。2014年に始まったこのプロジェクトでは、IoTと経験から学習するコグニティブ・コンピューティングを駆使して大気汚染の管理や予測の改善に取り組んでいる。

SNSのデータから汚染源を特定

IBMでワトソン・プロジェクトのゼネラル・マネージャーを務めるハリエット・グリーンは「ワトソンの機械学習技術を利用すれば観測所、衛星、ソーシャルメディアから取得した北京に関する膨大なデータを解析できる。汚染物質の発生源を特定できるだけでなく、データの相関関係も解析できます」と語る。

この相関関係は気象予報モデルや将来のシナリオを組み立てるのに使われる。IBMのリサーチャーであるメン・チャンは「数百ものパラメーターを組み合わせて季節や場所に合わせてチューニングしているため、大気汚染予測の精度を劇的に上げることに成功しました」と言う。

大気汚染状況は以前は2日後までしか予測できなかったのが10日後まで予測できるようになり、精度は60%から80%に上がった。この進歩に一役買ったのが、従来の地上気象観測装置にソーシャルメディアの情報を組み合わせる手法だ。

「地上気象観測装置だけでは、汚染の発生源や数日以内に影響が出る地域など大気汚染の全体像を把握するには不十分です。事態をより正確に把握するためにSNSの微博(ウェイボー)や様々なサイトのデータを使ってクロスチェックしています」とチャンは説明する


機械学習技術によるアプローチでは、当局が汚染対策を事前に計画できるというメリットもある。また、2008年に行ったような100以上の工場の操業を何週間も停止するという対策よりもピンポイントで臨機応変な対応が可能だ。

ワトソンを利用した解析を含む様々な対策を取ったことにより、2015年第1~3四半期では超微小粒子を20%削減できたとEPBは言う。このペースで行けば2017年までにPM2.5を25%削減するという目標も達成できそうだ。

問題は国土の広さ

しかし、中国の広大な面積を考えると、いくつかの注意が必要だ。冒頭の「一日4400人が死ぬ」というデータを公開した、米国の気象科学シンクタンク「バークレーアース(Berkeley Earth)」のロバート・ロードは「大きなスケールで見れば今後も良い結果が続くと考えますが、個々の都市や年度に関しては、限定的なデータの拡大解釈について注意が必要です」と言う。

その理由として、北京のような都市における大気汚染は気象に大きく左右されることが挙げられる。バークレーアースが発表した報告書「中国における大気汚染:濃度と発生源のマッピング(Air Pollution in China: Mapping of Concentrations and Sources)」の共同執筆者でもあるロードは、こう述べる。

「大気汚染物質が都市の外に流れるか発生源の近くに蓄積するかは、風によって決まります。汚染物質が大気中からどれだけ早く取り除かれるかには雨や雪が影響しますし、暖房用に燃やされる石炭の量や汚染物質がどれだけ上空に上昇するかには気温が影響するのです」と指摘する。

地域の傾向を断定するには通常数年分のデータが必要になるという。