2017年2月15日水曜日

1万人を面談した現役産業医が考える「違法残業がなくならい」本当の理由


ハーバー・ビジネス・オンライン

 昨年の電通に関する報道をきっかけに、企業によっては当たり前のように行われていた過重労働(長時間労働)が注目を浴びるようになってきました。そして、最近は、HISや三菱電機(のち不起訴)といった有名企業による「違法残業」の事実が公表され、波紋を広げています。(参照:日経新聞

 今回はこれまで多くの企業を見てきた産業医の視点で、どうして違法残業がなくならないのか、考えてみたいと思います。

◆なぜ違法残業がなくならないのか?

 ズバリ、違法残業のなくならない原因は、「名ばかり管理職」だけでは、企業の抱える問題が吸収しきれなくなったためでしょう。そしてこの問題は、解決されぬまま、ホワイトカラーエグゼプショントして、うやむやにされ続けるのではないかと私は懸念しています。



「名ばかり管理職」とは従業員に呼称上、「店長」などの肩書きを与えることで、労働基準法上で労働時間管理の規制外となる管理・監督者を装い、彼らを残業手当の支払い対象から除外するという企業の意図から生じる実態のない管理職のことを言います。

 一般的に経営と一体的な立場と考えられる管理・監督者は残業手当も支給されません。しかし、この管理職の実態は、肩書きは管理職でも実際の人事権や裁量権がなく、「名ばかり管理職」という不名誉な名前を生みました。つまり、「名ばかり管理職」は、企業の人件費コスト削減圧力の賜物という一面があるのです。

 コスト削減のためにはじめた名ばかり管理職ですが、これを続けたばかりに2つの問題が生じ、違法残業がはびこるようになってしまったというのが、現在の多くの企業での実際ではないでしょうか。

◆労働時間を把握していないフリをする

 その1つめは、管理職である上司の部下の時間管理への意識の低下です。

 一般的に、従業員に対する企業の時間管理は、残業や休日出勤に対して未払いがないかという観点に代表される“お金のための”時間管理と、長時間労働は心身への悪い影響があるということを根拠とする“健康のための”時間管理があります。

 お金のための時間管理の対象に管理職は含まれないため、コスト意識に敏感な企業は管理職が増えてしまう傾向にあります。本当の管理職であれば部下の人事権や裁量権も与えられ自分の時間の確保ができる可能性もありますが、名ばかり管理職ではそのようにもいかず、結局は名ばかり管理職自身の残業が増えているのが実態です。


 そして、時間管理が自主性に任されている管理職であるがゆえに、会社は管理職の労働時間を把握しない(ふりをしている)ことが通常です。そして、往往にしてその管理職に長時間働かせ続けています。

◆部下の残業時間に意識が向かなくなる

 2つ目は、健康面からの社員の時間管理という企業の意識の欠如です。本来は健康のための時間管理は、管理職だろうと非管理職であろうと、同じで行わなければならないとされています。しかし、金銭面の時間管理と同様に管理職では不要と解釈し、実際に管理職には健康のための時間管理という概念を適応していない企業が多くいることも事実です。

 以上2つの結果として、自分の働く時間(残業時間)に無頓着になってしまった名ばかり管理職であれば、部下の働く時間(残業時間)に意識が向かないのは想像に易いと思います。

 以前、私の産業医面談にきた若い社員で、本来は誰もがぐっすり眠れるはずの金曜日の夜が一番眠れないと言っていた人がいました。話を聞いてみると、彼の上司は毎週土曜日午前に出社し、部下達に仕事のメールを送るそうでした。仕事の期限は書いていないものの月曜日朝にはそのメールへの対応が済んでいることが暗黙の了解でした。その結果、部下は金曜日も羽根をのばすどころか眠れないというストレスを感じているのでした。

◆違法残業という企業文化が構築される

 自分の働く時間(残業時間)に無頓着な管理職の例として、夜遅くまでいる管理職もよくあります。上司が終業時間を過ぎても残っているのでは、その部下たちはなかなか気持ちよく帰宅の途につけません。結果として、部下たちの残業も増えます。月末に法の定める残業時間を超えていることが明らかになると「俺たちも残業代ないんだから、超えた分は帳簿につけないよね」というのが暗黙のプレッシャーとなります。


 そして、本当の残業時間は記録に残さない、残せない、違法残業という企業文化が構築されるのです。

 もし仮に、企業が違法残業をなくしたいのであれば、その前に「名ばかり管理職」 たちが担っていた長時間残業の仕事を誰が担当するかというハードルをクリアしなければならないでしょう。 ところが、これはそんなに簡単ではありません。

 そのようなことを言っている間にも、経済のグローバル化、複雑化、労働人口の減少などなど、働く人の労働環境は逆風に面しています。

◆違法残業は名前を変えて残り続ける

 そのような中で、違法残業を黙認している企業たちは「名ばかり管理職」を設けることでお茶を濁してきたことが、もうこれ以上濁せなくなってきて、違法残業が生じているような気がしてなりません。注意しなければならないのは、この問題はいずれ「ホワイトカラー・エグゼプション」いう制度にも形を変えて続くと予想されることです。

 いわゆるオフィス労働者(ホワイトカラー)は、工場の労働者(ブルーカラー)とは異なり、仕事をどのように進めるか、仕事をどこで行うかなどについて、一定の裁量性(コントロール)があると言われています。したがって、「どこまでが労働時間か」を把握することは、実は工場労働者ほど簡単ではありません。そのため、一定レベル以上のホワイトカラーについては、労働基準法の労働管理規制から除外するというのが、ホワイトカラー・エグゼプションの考えです。

 ホワイトカラーの自主性をより尊重した働き方が推進されるのか、それとも、残業タダ働きという「名ばかり管理職」と同様のネガティブ面が法的に認められるようになってしまうのか、どちらになるかは誰もわかりません。

 ただ、現在ある名ばかり管理職や違法残業は、ホワイトカラー・エグゼプションの開始とともにこの新制度の中に入れられることが予想され、企業の社員への健康的な時間管理という概念がますます気薄になるのではないかと心配します。働く人はみなこのことを意識していただきたいと思います。

<TEXT/武神健之>

【武神健之】
たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある

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