2019年9月28日土曜日

チェーン店が次々撤退!「1人勝ち喫茶店」の真実

遠藤 功:ローランド・ベルガー日本法人会長

黒田珈琲のホットケーキ(撮影:今祥雄) 
ホットケーキという食べ物は、地味でありふれていて、手間暇がかかるのに値段が安い。商売として考えれば、あまり魅力的には思えないが、実はホットケーキにはビジネスのヒントが詰まっている――。
『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏は、「一見ありふれていると思われているホットケーキだからこそ、ビジネスとして成功するチャンスがある」という。
このたび『「ホットケーキの神さまたち」に学ぶビジネスで成功する10のヒント』を上梓した遠藤氏が、今まで出会ったホットケーキの繁盛店の取り組みを参考に、ビジネスで成功するためのヒントを解説する。

人通りはあるのに「チェーン店が撤退する街」

円谷プロダクションの旧本社があったことから、「ウルトラマン発祥の地」としても有名な小田急線祖師ヶ谷大蔵駅に「黒田珈琲」というお店があります。
ここのホットケーキは実に魅力的です。こんがり焼けた中ぶりのものが2枚。1枚目の中央部分が型でくり抜かれていて、そこからバターが染み出しています。型は、桜、星、ハート、蝶の4種類あり、季節や天候によって使い分けています。脇には、生クリームやバニラアイスが添えられています。
開業は1988年で30年を超える歴史を持つ喫茶店です。しかし、「黒田珈琲」があるこの街、実は大手飲食チェーン店が次々に出店しては撤退を繰り返していて、大手チェーン店の間では「鬼門」として知られているのです。
ドトール、サブウェイ、モスバーガー、サンマルク、シャノアールなど、ことごとく撤退。あのマクドナルドまで撤退したのです。
人通りがないかといえば、そんなことはありません。祖師ヶ谷大蔵駅の平均乗降客数は約4万8000人。急行や準急が停車する成城学園前駅や経堂駅には及びませんが、狛江駅や喜多見駅を上回っています。それなのに、なぜか数々の大手チェーン店は撤退してしまっています。
そんな街で、「黒田珈琲」が長年支持される理由がたった1つあります。それは「わざわざ行く理由」をつくり出していることです。家路を急ぐ通行人たちが「ちょっと寄っていこうか」と思う「特別な何か」を、このお店はつくり出しているのです。
では、「大手チェーン店が撤退する街」で支持される「繁盛するための工夫」とはどんなことでしょうか。ここでは、「3つの創意工夫」を見ていきます。
1つ目は、お客さまに選ぶ楽しみを与える「豊富なメニュー」です。

お客さまに「選ぶ楽しみ」を提供する

【1】選ぶ楽しみがある「豊富なメニュー」
「黒田珈琲」は、名前にあるとおりのコーヒー店。当然コーヒーにはこだわって自家焙煎したコーヒーを丁寧に淹れています。しかし、コーヒーだけでは客層は限られてしまうので、フードメニューにも力を入れています

豊富なメニュー(撮影:今祥雄)
人気のサンドイッチやホットケーキだけでなく、パンケーキも用意されています。しかも、ソーセージが添えられているしょっぱい系の「パンケーキ」、黒糖バナナとブルーベリーソースが添えられている甘い系の「デザートパンケーキ」と、両方の味が楽しめる工夫もしています。
お客さまにとっては「これしかない」ではなく、「何にしようかな」という「選ぶ楽しみ」が生まれます。商品を提供する側からすれば、メニューを絞ったほうが効率的だし、オペレーションも簡単です。しかし、それはお客さまの「選ぶ楽しみ」を奪うことでもあるのです。
現在では、それぞれのメニューに固定客がつくほどの人気で「減らすものがなくて困っている」とうれしい悲鳴が出るまでになっています。
【2】ほかの店では味わえない、プロの「こだわり」の味
2つ目は、一つひとつのメニューに対する「こだわり」です。いくらメニューが豊富でも、それぞれがおいしく、魅力的なものでなければ、お客さまにとっては価値がありません。
「黒田珈琲」では、メニューを特別なものにする工夫に余念がありません。例えば、ホットケーキはベーキングパウダーにこだわっています。ホットケーキはふわふわとした食感が命です。そのためには、一般のベーキングパウダーではなく、つてを頼って、わざわざ特別なものを手に入れています。
また、ホットケーキを焼く銅板は、厚さ5ミリの特注一枚銅板を使っています。家庭でつくるホットケーキとは、まったくの別物である理由がここにあります。型でくり抜くなど見た目にこだわるだけでなく、その味覚にこそプロの「こだわり」があるのです。
3つ目は「お客さまとの交流」を大切にしていることです。
【3】味とともに「お客さまとの交流」も大切にする
3つ目は、「お客さまとの交流」を大切にしていることです。「黒田珈琲」では、店内で定期的に読書会を開いています。課題本を読んできて、みんなで感想を述べ合うのです。お店のスタッフに、店主の黒田康裕さんが「店を早く閉めて好きなことをやっていいよ」と話したことがきっかけでした。
読書会では、課題本をイメージしたオリジナルドリンクも提供しています。以前、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を課題本にしたときには「さくらンベリージュース」というものをつくったりしました。

さくらンベリージュース(撮影:今祥雄)
「黒田珈琲」は年中無休なので、元日も営業しています。だから、黒田さんはこう言います。「いちばん大切なのは、日々のコンディション。お客さまにとって毎日同じであることが大事。だから、体調管理には気を遣っている」。こんなプロ魂と心意気のあるお店にチェーン店がかなうはずがありません。
「コーヒーを飲む」「フードメニューを食べる」だけでなく、人と交流し、語り合い、触れ合うという、「喫茶店本来の姿」がここにはあるのです。

「通行人」はお客さまではない

「人通りは多いけど、単に通過する人たちがほとんど。単なる通行人を消費者として見誤って、失敗している」と黒田さんは言います。
もちろん、大手チェーン店は通行量調査などを行って出店を決めていて、その基準を満たしているから出店してきました。しかし、人通りが多いから繁盛するとは限りません。足早に目の前を通り過ぎる人たちは、お客さまの「予備軍」ではありますが、「お客さま」ではないのです。
通行人をお客さまに変えることができるか。そして、お客さまをファンにすることができるか。大手チェーン店はそこを見誤っていると黒田さんは指摘します。お店に魅力がなければ、提供する商品に価値がなければ、通行人はお客さまにはなりえません。
繁盛店にするには「黒田珈琲」のように、通行人たちが「ちょっと寄っていこうか」と思う「お店に行く理由」をつくり出すことが不可欠なのです。

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