退職金に対する大きな誤解
会社で働く多くのサラリーマンにとって、退職金というのは一生に一度、大金を手にできる機会です。一方、会社で仕事をしていても非正規社員の立場で働いている人たちには、「退職金」は支給されません。もちろんフリーターと言われる人たちのように不定期な仕事についている人たちだって同じです。
こういう仕組みが公平か不公平かということでいえば、議論は分かれるところだろうと思います。正規社員からすると「つらいことも我慢してひとつの会社で長い間働いたのだから、退職金をもらうのは当然だ」と考える人が多いでしょうし、非正規社員から見れば「同じ仕事をしているのに給料だけではなくて、どうしてさらに退職金という大きな差がつくのだ!」という不満を感じるのは当然といえるかもしれません。
しかしながら、どちらの立場の人もひとつ勘違いしていることがあります。それは「退職金は、長年働いたことに対して会社がくれるご褒美だ」と思っていることです。実は退職金は決して“ご褒美”というわけではありません。単に給料の後払いなのです。その証拠に退職金は企業会計上では「退職給付債務」と言われます。つまり本来、企業が従業員に対して支払わなければならない“債務”であって、追加的にくれる“ご褒美”でもなんでもありません。
したがって、本来であれば必ずしも“後払い”にする必要はありません。毎月の給料に上乗せして支払ってもいいのです。実際にそうやって上乗せして支払っている「前払い退職金制度」を設けている会社だってたくさんあります。にもかかわらずなぜ、わざわざ後払いにしているのかと言えば、理由は2つです。
なぜ退職金という仕組みがあるのか?
ひとつ目は、老後資金の積み立てを社員本人に代わってやってあげているということです。人間は誰もが計画的に資金作りができるわけではありません。何十年も先の生活の安定のために、今やりたい楽しいことや買いたいもの、欲しいものを我慢するというのは自然の感情にはそぐわない。そのために余計なお世話かもしれませんが、会社が本来支払うべき給料の一部を別にとっておいて、退職してから支給する。これが退職金の本質です。
もうひとつの理由は、会社側にとっての経済的な理由です。退職金として退職後に支払うということになると、入社してからそれまでの期間はとても長くなります。その間、支払う予定のおカネを運用することで収益が見込める、すなわちうまく運用できれば会社が出すべき費用が少なくて済むことです。でも、これは逆に言えば大きな危険もはらんでいます。なぜなら、もしその運用がうまくいかずに予定していた金額を割り込んでしまった場合、会社は追加的な費用の負担を求められるようになるからです。
実際にバブル期以降、長期にわたる低金利や市場の低迷が続いたため、退職金や企業年金といった旧来の制度を廃止するところも出てきました。ではそういう会社はどうするのかというと、今まで退職金として積み立てていた分を「前払い退職金」として給料に上乗せして支払うという方法をとります。ところがこの方法だと受け取る給料が増えますから、その分、社員の税金の負担も大きくなってしまいます。
そこで別の方法として、退職金を積み立てる代わりに社員一人ひとりの仮想口座を作り、その口座にそれまで会社が積み立てていた分を拠出する。そして社員は会社が拠出したおカネをそれぞれ管理・運用するという新しい制度を採用するようになりました。これが2001年に生まれた「企業型確定拠出年金制度」です。
言い換えればこの「企業型確定拠出年金」は、少しやり方を変えた「退職金の前払い」制度なのです。ただし、この前払い制度は、1.現金で支給されるわけではない、2.60歳まではどんな理由があっても引き出すことはできない、3.その代わり利息や運用益に対しては一切税金がかからない、という特徴を持っています。1.は無用な税負担を避けるため、そして2.は安易に使えなくすることで老後資金を保全するという目的のためであり、3.はそういう制約を設ける代償として受け取ることのできる特典です。
このように退職金の本質を考えてみると、もらった給料の中から会社が積み立ててくれるか、それとも自分で積み立てるかの違いこそあれ、原資は同じところから出ているものだということがわかります。
“本来支払うべき給料の一部を別にとっておいて、退職してから支給する”のが退職金だとすれば、それは正社員に対して“会社が本人に代わって積み立ててくれる”という便宜をはかってくれる特典だったということなのです。ところが時代が変わったことによって、旧来の制度から社員が自分自身で管理していく制度に変わりつつあります。確定拠出年金はまさにその象徴です。
非正規社員、フリーターでも使える!
そう考えると金額の大小はあるものの、正社員であれ非正規社員であれ、方法によっては退職金を自分でつくることは可能です。正社員であれば「企業型確定拠出年金」に加入することになりますが、非正規社員やフリーターのような働き方の場合は、この制度に入ることができません(一部できる場合もあります)。ただし、こうした人たちは「企業型」には入れないものの、「個人型確定拠出年金」に入ることはできます。むしろ積み立てできる金額の上限は、個人型のほうが大きいのです。
具体的な金額で言えば、企業型の場合、上限は最大でも月額5万5000円、中にはその半分の金額しか積み立てられないところもあります。これに対して個人型の場合、無職や自営業者の場合ですと月額6万8000円まで積み立てることができます。非正規社員やフリーターなどの場合、多くは企業型に入れない立場、すなわち「1号被保険者」と言われる人たちだからです。
もちろん生活が不安定な非正規雇用で、月額6万8000円を積み立てるなどということは大変なことであり、決して現実的とは言えません。ただ、この金額はあくまでも上限であり、個人型の場合は5000円以上1000円単位で、自分で自由に金額を決めることができるのです。
働いている状況によって毎年の収入が大きく上下することもあり得ますから、その年によって金額を増減することもできますし、収入の厳しい状況が続くときは積み立てを休止することだってできます。さらに積み立てたおカネは全額所得控除されるため、年収によって違いはあるものの、少なくとも毎年数万円の税金は戻ってきます。これも大きな特典のひとつです。
非正規雇用やフリーターという不安定な働き方だからこそ、収入を得たときに老後のための“自分退職金”を作っておくことは重要です。そのための特典がさまざまに用意されているのが「個人型確定拠出年金」ですから、これを利用しない手はありません。どんな立場の人でも「退職金」というのは“ご褒美”ではなく、自分の働いたおカネのなかから生まれてくるものだということをしっかりと認識しておきたいものです。
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