人気タレントが話題を振りまく大量の広告展開で、新商品新サービスを瞬時に世に送り出す。巨額の広告宣伝費を投入できる大手企業だからこそ可能な経営戦略だ。一方、中小企業はすぐれた商品を開発しても、メディアなどで発表の場さえ確保しにくい。街場の工場や個人商店が生きた経済を循環させてきた商都大阪で、中小企業が多様な存在感を世に問う、新しい合同記者発表会が開催された。
シャンデリアが輝く華やかな会場へ
[写真]華やかな雰囲気の会場で開催された中小企業合同記者発表会=大阪市北区のラグナヴェールプレミア
大阪駅前のノースゲートビルディング28階。専用エレベーターを降り立つと、会場にはシャンデリアのまばゆい光が降り注ぐ。社会の課題解決に取り組む小企業の手堅い合同発表会と聞いていたので、会場を間違えたかと戸惑ったが、どうやら合っているようだ。
「関西中小企業合同記者発表会」の会場に選ばれたのは「ラグナヴェールプレミア」。日ごろは結婚披露宴などが開かれているだけに、華やいだ雰囲気が漂う。中小企業の商談会といえば、公的ホールの狭いブースで肩を寄せ合ってという情景が目に浮かぶ。シャンデリアの下のプレゼン大会は、中小企業商談会の地味なイメージを小気味良く裏切ってくれる快挙ではないだろうか。
午前から午後にかけ、休憩をはさんで11社がプレゼンに臨んだ。各社が連続してプレゼンした後、個別取材の時間が設けられた。印象に残った3社を振り返ろう。
社長自身が人形を抱っこして抱っこ紐の特性をアピール
[写真]新しい抱っこ紐「ミアミリー」をプレゼンする松本健太郎ウインテック社長
ウインテック(大阪府高槻市)が提案したのは、子育てママを腰痛から守る抱っこ紐「ミアミリー」。抱っこが原因で腰痛となり、我が子を満足に抱くことができなくなったひとりの母親が開発したという。人間工学に基づいて設計された次世代型3Dベビーキャリーで、赤ちゃんの体重をバランスよく分散し、母親の腰の負担を軽減できる。
大きな特色は抱っこされた赤ちゃんが座るヒップベース(椅子)。赤ちゃんが自然体で座れるため股関節の異常を防げるほか、長時間抱っこしていても、母親、赤ちゃんとも疲れにくい。
松本健太郎社長自身が赤ちゃんの人形を抱っこしてみせながら、製品説明を情熱的に繰り返す。製品はスイス生まれで、惚れ込んだ松本社長がメーカーに掛け合って商談をまとめ、日本発売にこぎつけたという。トップがすばやく決断し、ありったけの熱量を投入してビジネスチャンスに挑む。中小企業最大の強みだ。
すでに同社はヒット商品を持つ。のりを使わずにどこにでも張り付く「魔法のふせん マグネティックノート」だ。意表を突く便利さが支持され、2015年日本文具大賞に輝いたから、ご存じの読者も多いのではないか。魔法のふせんから、ママを助ける抱っこ紐へ。事業分野を軽々と越境する展開力も、中小企業のだいご味といえるだろう。
リノベーションのワンストップサービスを提案
[写真]シンプルハウスの石村麻子さんが提案しているのは、リノベーションで余ったタイルなどで手作りされた家具。資源を大切にするリノベーションの心地よさが伝わってくる
2社目は中古住宅リノベーションのシンプルハウス(大阪市北区)。1982年の設立以来、住宅や店舗のリノベーション、インテリア販売などを手掛けてきた。長い実績を生かし、中古住宅リノベーションのワンストップサービスという新しいビジネスモデルを提唱し、今秋から事業化に乗り出した。
空き家対策が社会的課題になりつつある現在、リノベーションの重要性は早くから指摘されていながら、必ずしも進んでいないのが実情。住まいに関する生活者の思いは、殊の外強い。半面、中古住宅をしっかり改修し、快適な暮らしを生活者に提案提供する仕組みが整っていない。リノベーションに欠かせない専門的な人材や技術、情報などの有機的なネットワークが構築されていないからだ。
そこで、同社ではリノベーションのワンストップサービス「クラスカハウス」を開発。顧客に対し、「暮らしたい街はどこですか」「どんな暮らしがしたいですか」とたずねることから始めるという。顧客の要望を引き出しながら、中古住宅を探して改修プランを提示。以降、改修工事の施工から住宅ローンの契約支援までを、総合的に行う画期的なシステムだ。
これまでに同社はリノベーションで余ったタイルやガラスの端材を廃棄せずに活用した家具を商品化。シンプルな商品ながら、愛らしくて珍しい宝物感覚が好評を得てきた。リノベーションで実現する内装と家具の一体感や手作り感が、住まいへの愛着を一層深めてくれるのではないか。新築住宅には得られないリノベーション独特の味わい深い文化が創造されれば、リノベーションの動きも本格化しそうだ。
ものづくりと人づくりの両面で異彩を放つ
[写真]ナオミの駒井享衣社長(左)と広報担当田中成美さん。田中さんは不思議な縁で結ばれて入社したという
最終3社目のナオミ(大阪府箕面市)は小型充填機の総合企業で、ものづくりと人づくりの両面で異彩を放つ。ものづくりでは、ワンタッチのヘッド部交換で、液体、粘体、粉体を充填できる1台3役のパズル充填機を開発。食品製造の現場や飲食業界に新風を吹き込んだ。
機能が充実している他、操作が簡単で、使用後の洗浄も手間取らない。食品工場で事実上の主役を務める女性パート社員が扱いやすいよう、当初から配慮してあるからだ。カフェなどの小さな飲食店でも、手作りのジュースやジャム、特製のたれやドレッシングなどを、すばやく充填できれば、持ち帰りが可能となる。売り上げが伸び、顧客の喜びも増す。働く女性や小規模店にやさしいヒットマシーンだ。
ものづくりへの愛情は、人づくりにも息づく。会社を1日休んで、社員がホンネをぶつけ合う「ぶっちゃけ会」を開催。職場でストレスを感じても、話し合うことで小さいうちに解消し、働くことを通じて互いに成長を目指す。成長の場作りは社内にとどまらない。
京都市中京区の町家に開設された学び舎「傍楽(はたらく)」。同社が社会貢献活動の一環として運営するコミュニティスペースだ。さまざまな悩みを抱えた若者たちを迎え入れ、本社のように「ぶっちゃけ会」を開く。駒井亨衣社長自身が我が子の不登校などで悩んだほろ苦い体験を生かし、若者たちが生きることや働くことの大切さを学べる場を作った。
就職活動に疲れ、生きる気力さえ失いかけていた女子学生が、肩を落として「傍楽」にたどり着く。しばらく羽を休めるうちに、徐々に元気を取り戻す。4年次は同社でインターン生として働く。やがて今年4月、晴れて同社に新卒として入社。駒井社長から特命を受け、入社1年目ながらマーケティング・広報室を立ち上げ、初代担当者となった。
奇跡のような物語を演じたヒロインが、田中成美さんだ。駒井社長は田中さんの傍楽時代の第一印象を、「目を離しては危ないほどの落ち込みようで、とても心配していた」と振り返る。しかし、発表会では広報担当にふさわしく、駒井社長を懸命にサポートしながら報道陣の対応に追われていた。ものづくりと人づくりは、人智を超えて結びつく。
中小企業の豊かな物語を常時発信できる場を大阪に
[写真]会場の様子
新形式の共同記者発表会には仕掛け人がいた。中小企業の広報宣伝や起業家支援に取り組むPRリンク(大阪市中央区・神崎英徳社長)と、フリー広報プランナー鈴木美和さん、井村仁香さんだ。
課題解決の要請が高い分野はニッチで個別な分野であるため、大手が参入しにくい分だけ、中小企業には活躍のチャンスが広がる。
同時に、課題解決ビジネスで収益を上げていくには、事業の継続性が欠かせない。そこで、中小企業の企業活動に焦点を当て、広く社会の関心や協力者を集める契機となる合同発表会を、共同主催方式で企画したという。
会場のラグナヴェールプレミアを運営するエスクリ(東京都港区)も、合同発表会の開催趣旨に共感。会場を提供するとともに、自社も11社目として参加。披露宴会場の空き日にレストランへ転用するなど、ブライダル市場の次の一手を探るプレゼンを展開した。
大阪には数々の新商品ニュービジネスを生み出してきた先駆の精神が脈打つ。中小企業でも日々得意技が更新され、パイオニアたちが新境地開拓へ工夫を凝らす。中小企業の熱く豊かな物語を常時発信できる環境を、大阪に醸成したいものだ。詳しくは各社の公式サイトで。
(文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)
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