Wi-Fiに対する不満と懸念は、「混雑するとつながらない(遅い)」と「盗聴等のリスクが心配」の2つに集約される。つまり、(1)多数のユーザーが集中する高密度環境における通信の安定性と、(2)セキュリティリスクだ。
2019年から、これを解決する次世代Wi-Fiの普及が始まる。次世代高速規格「IEEE802.11ax」(以下、11ax)と、新たなセキュリティ規格「WPA3」「Enhanced Open」だ。
11axは、これまで“最高速度”を追求してきたWi-Fiの進化の流れを変え、“実効速度”の向上にフォーカスした規格だ。WPA3も、10年以上使われてきたWPA2を置き換えるものである。そして、Enhanced Openは公衆Wi-Fiの安全性向上を目的として策定された新規格だ。
この3規格すべてに対応した初のWi-Fiアクセスポイント(AP)が、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)傘下のArubaから先ごろリリースされた。日本国内では2019年第1四半期に発売される「ArubaAP510シリーズ」だ。以下、HPE エンタープライズグループ事業統括 ネットワーク事業統括本部 エンタープライズ技術部 コンサルティング システムエンジニアの黒川孝治氏への取材を基に、新規格の特徴と影響についてレポートする。
なお、Wi-Fi規格の名称については、認証団体であるWi-Fi Allianceが2018年10月に、「IEEE802.11xx」という表記に代えて、より分かりやすい呼称を採用すると発表した。今後、11axは「Wi-Fi6」と、11acと11nは「Wi-Fi5」「Wi-Fi4」と呼ばれる。技術的には引き続き11ax等の名称が使われるため、本稿でも両方を使い分けることにする。
スループットは4倍以上11axの最大の特徴は前述の通り、実効速度の向上だ。
かつて2000年代末に、チャネルボンディングとMIMOの採用によって飛躍的な高速化を果たした11nが登場したことでWi-Fiの利用シーンは大きく広がった。11axはそれ以上の変化をWi-Fiにもたらす可能性がある。
理論上の最高速度は11acの1.4倍となる9.6Gbpsであり、これまでの世代交代に比べて伸び幅は小さい。ところが実効速度のほうは、もちろん環境によるが、11acに比べて4倍以上改善すると言われている。周波数の利用効率を高めることで、端末が混み合った状態でも快適に通信できるようにする「マルチユーザー(MU)伝送」技術が組み込まれたからだ(
図表1)。
図表1 11acと11axの比較
これを実現するため採用された技術の1つがOFDMAだ。1チャネル(サブキャリア)の帯域を分割して複数のユーザーに割り振る技術である。
11acまでのOFDMでは、
図表2の左側のように、User3(赤)が通信するにはUser0~2の送信終了を待たなければならなかった。OFDMAでは必要に応じて帯域を分け合うため、待ち時間が短縮する。特に、短いパケットを送る端末が多重する際に伝送効率が大きく改善する。
図表2 OFDMとOFDMAの比較
「これまでのWi-Fiは各端末が自律的に送受信を行うだけだったが、11axではAP側で制御を行う」と黒川氏は違いを説明する。11axではこのOFDMAを上り・下り通信ともに利用できる(下りは必須要件、上りはオプション)。「上下とも端末間でタイミングを合わせられるので、通信効率が向上しAP全体のスループットが上がり、また遅延の改善も期待される」。
もう1つ、11ac wave2(第2世代)で下り通信に採用されたMU-MIMOが、11axでは上り通信にも適用される。MU-MIMOとは、APに複数の端末がつながっている場合に、端末ごとに異なる電波(ストリーム)を使って同時送信を行う技術だ。最大ストリーム数も、11acの4から8に拡張されている。
月刊テレコミュニケーション2019年1月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)
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