勉強の為に転載しました。
http://library.kct.ac.jp/content/files/ResRep51/07_tanoue.pdf
農業分野に向けた大気圧プラズマの利用
田上 英人・前川 孝司・福澤 剛・針谷 達*・滝川 浩史*
Application of Atmospheric Pressure Plasma to the Agriculture Field
Hideto TANOUE, Koji MAEKAWA, Tsuyoshi FUKUZAWA, Toru HARIGAI and Hirofumi TAKIKAWA
Abstract
Recent year, atmospheric pressure plasma (APP) is used various field. Although APP is currently the mainstream for industrial
using, it is expected to be used for agriculture. In this study, it was considered to use LF plasma for hydroponic culture. When the seeds were irradiated using Low Frequency (LF) plasma, the growth rate was improved by 20% at the maximum value. As for the irradiation effect on water, no change was observed in the plasma used in this study.
Key words: Atmospheric pressure plasma, Low frequency (LF) plasma, Agriculture application, Surface treatment, hydroponic culture
1.はじめに
プラズマは産業界の様々な分野において利用され,その研究は 多岐にわたる。その中でも,近年特に注目されているのが,大気 圧プラズマを用いた技術である。従来までは,真空プラズマや低 気圧プラズマが主流であったが,コスト・設備の簡便さにおいて 優れており,徐々にその応用分野を広げつつある。大気中は空気 の分子密度が高いため荷電粒子が十分に加速されず,電離が起き にくいからである。しかしながら,大気圧プラズマには,真空プ ラズマや低気圧プラズマと比べて高価な真空装置を使わないた め,安価に装置を設計することができ,大気圧中で発生させるた め操作が容易であること,高密度プラズマ粒子を発生させること で,処理速度が向上するなど多くの利点がある。近年では研究が 進み,大気圧プラズマは産業における加工手段の一つとして実用 段階にまできている。
プラズマには,粒子すべての温度が高い高温プラズマと,電 子温度のみが高い低温プラズマがある。高温プラズマは核融合や アーク放電を用い溶接や切断に使われる。産業界で主に用いられ るのは低温プラズマであり,常温で電子やイオンといった小さな 粒子が発生可能であることから,ナノメートル単位の穴や溝を掘 ったり膜を付けたりするのに適している。また反応性の高い粒子 であるラジカルが働くため,物質の性質を変化させることや,反 応を素早くするといった特性から表面処理や殺菌に用いられる 1 -2)。例えば,半導体製造プロセスにおける CVD(Chemical Vapor Deposition; CVD),エッチング,イオン注入である。CVD は, 基板の上に原料ガスを供給し,放電によってプラズマ化した原料 ガスが化学反応を起こすことで生成された物質を堆積させ,薄膜 を形成する 3)。このとき不純物添加にイオン注入が行われ,そ の後,エッチングにより不要な薄膜を除去する。また,空気清浄 機は放電により放出された水素イオンと酸素イオンをカビ菌や 浮遊菌の表面に付着させる。それらが酸化力の強いOHラジカル に変化して表面のタンパク質を構成する水素と結びつくことで タンパク質を分解し,空気を浄化する。このように,低温プラズ マの用途は多岐に渡る 4)。
上述のように,プラズマは工業的利用が多いことがわかるが, *豊橋技術科学大学 電気・電子情報工学系
現在,国が推進する農業分野への利用はほとんど例をみない。本 研究では,新たな産業界への大気圧プラズマの利用に焦点をあて, 農業分野の中でも水耕栽培への利用に着目することとした。その 中でも,特に,種子の育成促進へのプラズマの効果および水処理 への効果を検証することとした。
2.大気圧プラズマ装置と実験条件
2.1. 大気圧プラズマ装置
大気圧プラズマとは,大気圧中で発生させるプラズマのことで ある。発生方法には,アーク放電, RF 放電,マイクロ波放電, バリア放電,コロナ放電などが挙げられる。アーク放電は,数千 度程度の高温プラズマを発生させるため本研究では用いない。RF 放電とマイクロ波放電は,使用装置が高価であるため用いなかっ た。バリア放電とコロナ放電は,動作ガスを選ばずに使用でき, 低温プラズマを発生させることができるため本研究で用いるこ とにした。
また,大気圧プラズマの特徴としては,図1に示すように化学 組成を変化させる活性効果,表面を分子レベルで削り取る粗面効 果,化学的あるいは物理的反応による洗浄効果の 3 つが主に挙げ られる。
2.2. 低周波プラズマ装置の設計・制作
今回の実験では,安価かつ簡易に作成できる誘電体バリア放 電を用いた。また,プラズマ照射を容易に行うため,ジェット状 の低周波(Low Frequency:LF)プラズマ装置を設計した。
回路図を図2に示す。動作原理としては,ガラス管を誘電体と したバリア放電によりガラス管内部でプラズマを発生させ,He ガスによりプラズマを押し出し,ジェット状のプラズマを取り出 す。また,放電の安定化のため針電極をガラス管内部に取り付け, より強い電界を動作ガスに与えられるように設計した。作製した プラズマ装置からのプラズマ射出の様相を図3に示す。ガラス管 の先端から,ジェット状のプラズマが射出していることがわかる。 本装置で発生したプラズマジェットの効果を検証するため,アル ミへのプラズマ照射による濡れ性の向上についての実験を行っ た。プラズマの発生条件は電源電圧:6 kVp-p,電源周波数:11 kHz,
43
44
北九州工業高等専門学校研究報告第 51 号(2018 年 1 月)
Active effect Rough surface effect Cleaning effect Corona Corona Corona
or or or
Plasma H O H Plasma Plasma O C OHOO O OrganicO O
-C-C-H -C C-C II II
II I O contamination O CC
図1 大気圧プラズマの種々の効果
-C-C- -C-C- II II
3mm
90mm
Glass tube
LF power supply
132mm Metal tube
He gas
4mm electrode
Epoxy resin
図2 大気圧プラズマ装置の回路図
図3 作製したLFプラズマ装置から発生した プラズマジェットの様相
図4 金属表面へのプラズマ照射効果
図5 種子へのLFプラズマ照射の様相
図6 種子の発芽速度の違いの様相 (上段:プラズマ処理有,下段:プラズマ処理無)
11/7
11/8
(a) 0 s (b) 30 s (c) 60s 図7 かいわれ大根の成長の様相
He ガス流量:2 L/min,照射時間:90 s とした。 以上の条件で,市販のアルミテープへプラズマ照射し,水を吹
き付けた結果を図4に示す。未処理部では水滴が多く残っている のに対し,プラズマ処理部では一様に濡れていることが確認でき る。この結果から,作成したプラズマ装置による濡れ性の向上が 可能であると言える。
2.3 水耕栽培
水耕栽培とは土を使わず,水と培養液で植物を育てる方法で あり,以前から,かいわれ大根や葉ネギなどにおける水耕栽培 の研究が進んでいる 5)。水耕栽培の具体的なメリットとして は以下のようなものが挙げられる 6)。
・季節に依存することなく栽培が可能 ・農薬を使用しないため,安全な植物を栽培可能 ・立体的に栽培できるため,省スペースでの栽培が可能 ・土耕栽培に比べ収穫量が多く,品質が高い ・効率的な光の照射などにより,成長速度が速い
しかしながら,そのようなメリットがある反面,以下のよう なデメリットもある。
・電気コストが高い ・植物の育成に必要な光波長を把握する必要 ・培養液により水質が悪化 今回は,メリットの中でも特に成長速度の速さについて注目し,制
作したLFプラズマを用いて,種子へのプラズマ照射による更なる生 長促進について検証を行った。
3.実験結果と考察
最初に,種子へ LF プラズマを照射することによる成長速度 の比較を行った。使用する種子は育成速度が速く,育成も容易 なかいわれ大根を使用し,LF プラズマ装置を用いた。プラズ マ照射条件は電源電圧:6 kVp-p,電源周波数:11 kHz,He ガ ス流量: 2 L/min,照射時間:60 s とした。
図5は,種子へ LF プラズマを照射している様相である。図 6はプラズマ照射後 2 日目と 3 日目の種子の様子でありプラズ マ照射を行った種子は早く発芽していることが確認できる。こ の結果よりプラズマにより発芽速度を向上させることが可能 であると言える。次に照射時間を 0,30,120 s とそれぞれ変化 させて処理した場合の成長速度の比較を行った。育成条件とし
北九州工業高等専門学校研究報告第 51 号(2018 年 1 月)
45
期間:2017/1/24-2/1 プラズマ照射時間 (s) 0
30 120
表1 かいわれ大根の成長長さの比較(サンプル数:10)
かいわれ大根の成長長さ (mm)
平均長
(mm)
65 71 68 92 52 90 77 60 83 64 72.2 59 70 72 70 88 85 87 80 91 100 80.2 72 73 85 87 67 80 98 80 71 82 79.5
て常時,暗雰囲気であり光の影響を受けない環境で育成を行っ た。かいわれ大根の様相を図7に,成長速度の結果を表1に示 す。実験結果よりプラズマ照射をした場合,生長が速くなるこ とが確認できる。しかし,プラズマ照射を行った 30 , 120 s の 結果に差はあまり見受けられなかった。今後さらに照射時間を 延長した場合,違いが出るのかを検証する必要がある。プラズ マ照射による種子の生長促進の要因として,プラズマ照射をす ることで,プラズマと空気中の成分が反応し OH 基が生成,修 飾され表面エネルギーが高くなり親水性が向上し種子内部へ の水浸透が容易になったためと考えられる。表面エネルギーが 低い場合,接触角θが大きくなりぬれにくい。一方で,表面エ ネルギーが高い場合,接触角θは小さくぬれやすくなる。また この反応による親水性の向上は,物理吸着力であるファン・デ ル・ワールス力の向上であることが考えられ,プラズマ照射に よる種子への遺伝子操作等の影響はないと考えられる。
これまでの実験において,プラズマジェットの発生が不安定 になることがたびたび見受けられた。今後の実験にも,プラズ マジェットの安定化は必須であるため,プラズマジェットの発 生条件の探索を行った。
実験装置は前述の実験で使用した LF プラズマ装置を用い, 照射条件は電源電圧 : 6 kVp-p,電源周波数:11 kHz,中電極 位置 x : アルミ電極端から 1~2 mm として固定,パラメータ は,アルミ電極‐プラズマ出口間距離 d:0,10,15 mm,アル ミ電極幅 w:10,15,20 mm,He ガス流量:1,2 L/min とし て実験を行った。
表2は He 流量が 1 L/min の場合の結果である。表中の項目 「自己放電の有無」における「○」,「△」,「×」はそれぞれ, 「自己放電有」,「トリガ付与による放電」,「自己放電無」を意 味する。この結果から,プラズマジェットが発生しない,また は消弧する現象が不規則に起こっていることがわかるため,プ ラズマジェットを不安定にする条件がまばらに存在すること がわかる。また,プラズマジェットの長さにも傾向が見られず, 比較的短いことがわかる。以上のことから,He 流量 1 L/min は, プラズマジェットの生成に向いていないと考えられる。
表3は He 流量が 2 L/min の場合の結果である。He 流量が 1 L/min の場合と比較してプラズマジェットが全体的に安定して いることがわかる。このことから,プラズマジェットの生成に おいて流量は重要な条件であると考えられる。また,Al 電極 幅が 10 mm の場合,他と比べて安定かつ長いジェットの生成 が実現できている。よって,この発生条件を最適条件と決定し, 以降の実験を行った。
前述した水耕栽培のデメリットの一つである水質の悪化を 改善するべく,水面へのプラズマ照射による影響調査を行った。 使用したプラズマジェットは,周波数 : 11 kHz,出力電圧 : 6
kVp-p,He ガス流量 : 2 L/min,水への照射時間 : 10 min で水 面へ照射,その前後の硝酸イオン濃度を比較した。硝酸イオン 濃度の計測には,LAQUA twin(堀場製作所,NO3-11S)を利用 した。結果として,プラズマ照射前の濃度は 10 ppm だったの に対し,照射後も 10 ppm と硝酸イオン濃度の変化は見られな かった。この結果から,He のような希ガスを用いたプラズマ では水処理に対して効果がないということが判明した。そこで 希ガス以外でのプラズマ照射を行う必要が出てきた。しかしな がら,本研究で使用しているプラズマ装置はその構造上および 出力の制限上,希ガス以外での放電が困難となっており,試験 的に行った窒素ガス(N 2 )を用いたプラズマジェットは発生が 観測されなかった。以上のことから,水処理におけるプラズマ ジェットの利用を断念し,新たに空気中での放電が容易なコロ ナ放電が利用できないかと考えた。水処理に対しコロナ放電を 用いた研究を行うため,コロナ放電装置の作製を行った。その 結線図と装置は図8に示すとおりである。ファンクションジェ ネレータ(STANFORD RESEARCH SYSTEMS, INC.,MODEL DG535)の正弦波形を高電圧増幅器で昇圧し(周波数 : 7 kHz, 出力電圧 : 10 kVp-p),機器保護用のバラスト抵抗(1 MΩ)を 介して針・平板電極へと印加した。図9はコロナ放電の様子で ある。この装置によりコロナ放電は成功したが,その放電面積 は非常に小さく,1 mm2程度であった。これでは水処理を行う のに不適切であるため,針電極を針板電極などの電界集中形状 の平板に変え,大面積コロナ放電を行えるよう検討する必要が ある。
4.まとめ
本研究で得られた結果および知見を以下に示す。 (1)プラズマ種の決定
・利用するプラズマとして誘電体バリアジェットの LF プラズマを利用
(2)プラズマ照射効果の評価 ・金属表面処理に対し濡れ性の向上が見られた。 ・種子への照射により生長促進効果が見られた。
・濡れ性の向上,種子の生長促進効果はともにプラ ズマによる表面エネルギーの向上によるもので, ファン・デル・ワールス力による物理付着力の向 上が原因と考えられる。
・水処理への効果は見受けられず,プラズマガスが処 理に適していないものと考えられる。
(3)コロナ放電装置の設計・作製 ・コロナ放電装置を作製,発生に成功した。 ・放電面積が小さいため,改善が必要である。
46
北九州工業高等専門学校研究報告第 51 号(2018 年 1 月)
表2 プラズマジェットの長さ(He ガス流量 : 1 L/min)
Al 電極幅 w (mm)
10
15
20
管出口か らの距離 d (mm)
自己放電 ジェットの長さ の有無 (mm)
0×-
5 ○ 10 10 ○ 14 0×-
5 ○ 10 10 ○ 8 0 △ 11 5 ○ 8 10 ○ 12
表3 プラズマジェットの長さ(He ガス流量 : 2 L/min)
Al 電極幅 w (mm)
10
15
20
管出口か らの距離 d (mm)
自己放電 ジェットの長さ の有無 (mm)
0 ○ 14
5 ○ 18 10 ○ 18 0 △ 17 5 ○ 18 10 ○ 15 0 △ 19 5 ○ 16 10 ○ 15
High voltage amplifier
Needle
Plate
Ballast resistor(1MΩ)
F.G.
図8 コロナ放電の回路図および装置
図9 コロナ放電の様相
利用する装置において,コスト減を目標として,現存の安価 な電源装置を用いることとしたが,それにより発生できるプラ ズマに制限が生じてしまっている。今後は,10 kV 以上の高電 圧電源を利用することにより,HeガスのみならずN2ガスを用 いたプラズマを発生させることで,プラズマ処理効果の違いを 更に言及し,成長メカニズムへのプラズマの寄与を学術的に明 らかにしていきたい。
5.謝辞
本研究は,平成 28 年度豊橋技術科学大学「高専連携教育研 究プロジェクト」の経費を受けて推進した。
6.参考文献
1)H. Shiki, J. Motoki, Y. Ito, H. Takikawa, T. Ootsuka, T. Okawa, S. Yamanaka, E. Usuki, Y. Nishimura, S. Hishida, T. Sakakibara, “Development of split gliding arc for surface treatment of conductive material”, Thin Solid Films, 516, pp. 3684-3689 (2008)
2)F. Fanelli, F. Fracassi; “Atmospheric pressure non-equilibrium plasma jet technology: general features, specificities and applications in surface processing of materials”, Surf. Coat. Technol., 322, pp. 174-201 (2017)
3)J. S. Park, W. J. Maeng, H. S. Kim, J. S. Park, “Review of recent developments in amorphous oxide semiconductor thin-film transistor devices”, Thin Solid Films, 520, pp. 1679-1693 (2012)
4)M. Laroussi, “Nonthermal decontamination of biological media by atmospheric-pressure plasmas: review, analysis, and prospects”, IEEE Trans. Plasma Sci., 30, pp. 1409-1415 (2002)
5)藤野治,勝部宏明:「水耕栽培法によるカイワレ大根の発 芽・生長時におけるランタノイドイオンの吸収,放出およ び各部位への蓄積」,日本化学会誌,11,pp. 751-757(1999)
6) 下山真人,山本縁, 高橋真一,溝田陽子,末田香恵,久 保啓治:「植物工場の現状の課題とその一検証」,大林組技 術研究所報,77,pp. 1-6(2013)
(2017年11月 6日 受理)
0 件のコメント:
コメントを投稿