2019年11月10日日曜日

海の魚を内陸で養殖できる「新しい水(海水魚と淡水魚が一緒に育つ好適環境水)」 「農漁者」が日本を救う

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地域特集 岡山県

海の魚を内陸で養殖できる「新しい水(好適環境水)」 「農漁者」が日本を救う

山本 俊政(岡山理科大学 工学部バイオ・応用化学科 准教授)
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海水魚が海水よりも早く育つという驚きの効果を持つ「好適環境水」。この新しい水は、場所を問わず魚の養殖を可能にするだけでなく、資源の枯渇・過疎・労働人口の減少など、様々な問題解決に貢献する。
山本 俊政(岡山理科大学 工学部バイオ・応用化学科 准教授)
海水魚は海水でしか育てられない。そんな誰もが疑いもしなかった「常識」を覆したのが、岡山理科大学の山本俊政准教授が開発した「好適環境水」だ。ナトリウム・カリウム・カルシウムという魚の代謝に必要な3種類の電解質を真水に加えたもので、しかもその濃度は海水と比べて非常に低い。
この好適環境水は単に海水魚を育てるだけでなく、海水よりも早く成長させるという驚くべき効果を備えている。しかも味が良く、真水と施設稼働用のエネルギーを確保できれば、場所を問わず養殖が可能になる。さらに病気の発生率が極めて低いため、薬の投与が必要なく、海水や人工海水よりもコストが圧倒的に低い。まさに良いこと尽くめの「夢の水」だが、その誕生には様々な問題と偶然が関わっていた。

成功するはずのない実験の賜物

山本氏は大手金属メーカーでレアメタルの研究に従事した後、観賞魚関連の会社を設立。当時は困難だったサンゴやクラゲの飼育にも挑戦し、その独自技術が評価され、全国各地の水族館から仕事を受注していた。
そんなある日、お世話になっていた水族館の館長から、岡山理科大学の専門学校の非常勤講師の職を紹介された。しかし山本氏は全く興味がなく、断る口実として、「もし常勤だったら行ってもいいよ」と軽く返答。すると、「常勤で来てくれないか」という思いも寄らぬ返事が届いた。「冗談だったのに、引き下がれなくなって。ここが1つ目の分岐点ですね」と振り返る。
こうして岡山理科大学の専門学校で教鞭を執るようになった山本氏は、乱獲でその数を減らしていたカクレクマノミの大量繁殖に成功する。しかし、その学校は海から30km以上離れている。海水魚を養殖するうえで、海水の不足は大きな問題だった。当時は週2回、自らハイエースで1tの水を運んでいたという。
そんな状況を打破するきっかけは、ある学生の実験だった。彼の希望は、淡水魚のエサに使う大型の海産プランクトンを淡水で育てること。山本氏は、万が一にも成功しないと思いつつ、失敗も彼の経験だと実験を許可した。
しかし、想像もしない結果が待っていた。その学生が「たくさんプランクトンができた」とやってきたのだ。驚いて確認すると、確かに繁殖していたため再実験を命じたが、今度は全くできない。よく話を聞いてみると、培養容器を実験前に十分に洗っていなかったため少量の海水が残っていたことがわかった。
そんな薄い海水で、海産プランクトンが育つのは前代未聞。それなら海水魚にも使えるのではと考え、後に好適環境水と名付けられる水の研究がスタートしたのである。

海水に含まれる「不要な成分」

まず目を向けたのは海水そのもの。海水自体や生命の歴史を勉強し直していくうちに、現在の海水に含まれる約60種類の成分の中には、魚が生きるのに不要なものがあるのではないかと思いつく。そしてどんどん減らした結果、残ったのはナトリウム・カリウム・カルシウムのわずか3種類だった。その後、多くの魚で実験を繰り返して各組成間の濃度比率を導き出すことに成功し、ようやく好適環境水が完成した。
巨大な水槽を備える岡山理科大学「生命動物教育センター」。好適環境水を使った養殖と農業の実験が進められている
「私は工業畑だったからこそ、水産の常識を破る好適環境水を開発できたのだと思います」
実験を続けるうちに、好適環境水で育てた海水魚は、海水よりも早く成長することが判明する。さらに、ストレスの指標である「ヒートショックプロテイン値」も低くなることがわかった。なんと好適環境水は、海水より快適な水だったのだ。
また、海水を使わないので、養殖の天敵である海水由来の細菌やウィルスによる病気とも無縁。ストレス値が低く病気にもかかりにくいことは、これまでの養殖ではあり得ないような密度で育成ができることを意味する。

農業と養殖の両立、海外でも

そして大学へ籍を移して、現在の実験施設「生命動物教育センター」(総水量300t)の設立にこぎつけた2010年、新たな問題が発生する。岡山市の条例で、魚類廃液は下水道に流せないことが判明したのだ。施設から出る大量の廃水を業者に引き取ってもらうには膨大な費用がかかる。そのため、水の入れ替えが十分にできず、多くの魚が犠牲になった。
魚の死因は、排泄された尿からバクテリアの分解により、亜硝酸イオンを経て硝酸イオンに変化し、やがて蓄積し続ける。魚類はある一定の濃度を超えると貧血と臓器不全を引き起こし、やがて大量死に至る深刻な事例が発生した。それは、安易に飼育水の交換ができない山本氏たちにとって大きな試練となった。
あらゆる方法を試したが、上手くいかない。失敗の連続だ。その後2年が経過し、あきらめかけたある日、硝酸を窒素に還元するパワフルなバクテリアを発見した。偶然の出会いである。そしてこの難局を乗り切り、現在では水を替えること自体が、ほとんど不要になっている。
さらにこの魚類飼育水中に含まれるリン、窒素等を肥料に使って植物を育て、魚と野菜を同時に収穫するアクアポニックスの研究も進めている。海水を使うと野菜は枯れてしまうが、濃度の低い好適環境水ならば農作物を育てられる。
好適環境水を使えば、過疎に悩む農村などでも、農業と養殖を両立できる。山本氏は、魚と野菜の同時生産する担い手を「農漁者」と呼ぶ。ITとも相性が良いため自動化が容易で、高齢者でも仕事ができる。さらに生産をコントロールできるため、水産資源の枯渇の影響もない。
すでに海外への導入も進められており、タイやカンボジア、そしてウランバートルでも計画が進行中だ。
これまでに養殖・出荷に成功したマグロにクエ、ウナギ、バナメイエビ、ブラックタイガーに加え、新しい魚種も出番を待っている。想像もできない場所で育った魚が我々の食卓に上る日は、そう遠くないだろう。

山本 俊政(やまもと・としまさ)
岡山理科大学 工学部バイオ・応用化学科 准教授

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