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LEDの光や空調を自動管理した環境で野菜や果物をつくる植物工場が転換期を迎えている。課題だった高コストも近年、安価なLEDの開発などで低下。品質のよさや気候変動対策への意識の高まりから消費者の支持を集める。新型コロナウイルス感染拡大による巣ごもり需要も後押しし、市場の急拡大が見込まれている。(真海喬生=ニューヨーク、江口英佑)
米国で生活していると、つい野菜不足になりがちだ。日本で一般的な白菜や大根は手に入りにくく、時折調理法に困ってしまう見慣れない野菜と格闘している。代わりに救世主となってくれるのが、「3回洗浄」と書かれた袋詰めの生野菜。洗わずそのまま食べられる手軽さがありがたい。
ある日、ニューヨークのスーパーで生野菜を選んでいると、「屋内栽培」などと書かれた透明なプラスチックケースに入った野菜が目についた。植物工場で作られたものだ。価格は4ドル(約440円)ほど。レタスなど葉物野菜を中心に複数メーカーの7~8種類ほどがならぶ。通常のものより50セント高く、量も少なめだ。レタスをカゴに入れた教育コンサルタントのサラ・モーワさん(47)は「この値段なら、地元の植物工場で作られた野菜を買うようにしている。環境にいいし、新鮮だから」。生野菜売り場のうち植物工場の野菜が3割近くを占める。メーカーを取材してみることにした。
米北東部が記録的な豪雨に見舞われた翌日の9月2日、ニュージャージー州の植物工場を訪ねた。周辺はところどころ道路が冠水し、水没した車を引き上げるクレーン車の姿も。工場や作物は大丈夫なのか。一抹の不安を抱えながら現場に着いた。
「工場はなんの影響も受けていない。これが植物工場の利点です」。「エアロ・ファームズ」の幹部、マーク・オシマさん(53)はそう言いながら出迎えてくれた。
「代わりに、あなたにやってもらうことがたくさんある。無農薬なので衛生面を管理する必要があるからね」。オシマさんに連れられて建物の奥へと進む。ドアを二つ開けると、外部から隔離された小部屋が現れた。ここで、ゴム手袋、白衣、マスク、キャップを着ける。さらに靴底を消毒してからドアを開けると、広さ約6500平方メートルの体育館のような工場内部に入ることができた。
目に飛び込んできたのは、高さ10メートルを超える巨大なラック。高さ30~40センチの棚が12段ほどあり、青々とした葉物野菜やスプラウトがスポンジの上で育てられ、下部には養分を含んだ水を供給する設備が、上部にはLED照明が備えられている。同様のラックが14個。栽培する作物は40種類を超えるという。
オシマさんが設備の利点を説明する。「天候の影響を受けないのが第一。さらに通常の農業と比べて必要な水は95%減、農薬はゼロ。種をまいてから平均で2週間、1年で約26回収穫できる。土地あたりの生産性は通常の農業の390倍以上になる」
同社は2004年創業で、従業員は200人。食品科学やエンジニアなどの博士号取得者が10人以上在籍し、気温や湿度など栽培に最適な条件の分析と調査のほか、効率的で安価なLEDの開発、新種の開発を手がける。種まきや収穫、パック詰めは自動化され、商品はスーパーの店頭のほか、ネットでも販売。他の州や中東のアブダビなど海外にも展開する予定だ。
世界人口の増加や気候変動への関心の高まりを背景に、従来の農業はさまざまな問題に直面している。米国の環境問題シンクタンク「世界資源研究所(WRI)」は、50年に100億人近くに達するとされる人口のもとで十分な食糧を供給するには、生産を56%増加させる必要があると試算。また、「国連食糧農業機関(FAO)」の00年のまとめによると、雨水だけで耕作する土地の約11%、牧草地の約14%が干ばつを繰り返しており、灌漑(かんがい)耕作地の60%以上が水不足にさらされている。農業分野では、より少ない土地と水で、より多くの作物を生産することが求められている。
その切り札として期待されているのが、植物工場だ。市場調査会社フォーチュン・ビジネス・インサイツの推計によると、20年に30億ドル(約3300億円)だった植物工場の市場規模は、8年後の28年には6倍近い175億ドル(約1・9兆円)に拡大。20年時点で世界市場の約3分の1を占める9・5億ドル(約1045億円)の市場を抱える北米地域が成長を牽引(けんいん)すると見込まれている。
市場拡大の背景には、気候変動など環境問題への関心の高まりと、地元産の食材を好む消費者の支持がある。コロナ下での消費者のニーズをとらえ、サブスクリプション(定額制)サービスに乗り出す企業も出てきた。
ニューヨーク・ブルックリンで16年に創業した「ファーム・ワン」は植物工場で50~60種のハーブや葉物野菜を栽培。新型コロナの感染拡大で販売先のレストランは休業。昨秋から、3パック(計約420グラム)を契約者に毎週届ける事業を始めた。価格は送料込みで週30ドル(約3300円)。高めだが、150人以上が定期購入しており、出荷する作物が足りないほど人気という。現在、急ピッチで工場を拡張中だ。
東京出身の古賀大貴さん(34)が創業した「オイシイ・ファーム」の植物工場で作られるイチゴは、現地の食通では知られた存在だ。「イチゴを制する者が植物工場を制する」と言われるほど難しい栽培技術に取り組み、米国では糖度5~7が一般的な中で、12~13度という甘さを実現した。8~11個で50ドル(約5500円)という価格ながら品薄の状態が続く。
記者も食べてみた。甘さはもちろんだが、フレッシュな香りが印象に残った。米国のイチゴはほとんどがカリフォルニア産。東海岸に届けるには長距離輸送が必要で、どうしても鮮度が落ちるが、品質の差は歴然だ。
こうした最新技術を駆使し、作物の質が高く「環境に優しい」とうたった植物工場は、米国だけでなく、土地の少ないシンガポールや風力発電の電力が豊富な北欧、園芸技術の高いオランダなど各国で増えている。設備投資を除き黒字経営になっている米国企業の中には、人口増を見越してアジアへの進出を狙うところもある。
植物工場の実情に詳しい米コロンビア大のディクソン・ディポムイェイ名誉教授は「LEDを中心にこの5年間の技術の向上はめざましい。コストは下がり、栽培技術も上がっている。近い将来、植物工場が主要作物のすべてをカバーするようになる。通常の農業を超えるのも夢ではない」と話す。
日本でも、植物工場は増加傾向にある。種まきや収穫などの作業工程を自動化した植物工場は、高齢化に伴う担い手不足の解決策になると期待もある。調査会社の富士経済は、植物工場の設置面積が30年には19年比で3割伸びると試算する。
課題は採算だ。日本施設園芸協会の調査によると、国内の人工光型の施設の8割がレタスを生産しているが、初期投資が数十億円に上るケースがあったり、電気代などの運営コストがかさんだりして事業者の4割が赤字経営に陥っているという。物流網が発達し新鮮な野菜が都市部に供給されているなど、日本特有の難しさもあるようだ。
千葉大名誉教授で、NPO法人・植物工場研究会の古在豊樹会長は「赤字の植物工場は、販売戦略に問題があったり、技術レベルが低いために低品質だったりするので売れ残りも多い」とする一方、「植物工場産は露地ものより3割ほど高いが、日持ちが良く利用前の洗浄が不要なので、固定客が徐々に増えている」と語る。
記者から 最先端技術を駆使する業界 日本は?
今回、複数の企業から工場内での取材を断られた。工場内に入れても、写真撮影が許されなかったところもあった。いずれも、最先端の技術を「保秘」するためだ。作物のかたちや色の画像から機械が自動で収穫時期を判断したり、ロボットが自動で収穫したりと、画像診断やロボティクスといった最先端の技術を活用する競争を肌身で感じた。
「オイシイ・ファーム」を経営する古賀さんは「今後10年ほどで、植物工場と通常の農業のコストが逆転する作物も出てくる」と予測する。そうなれば、産業構造が変わる可能性もある。
取材した米国企業の幹部がそろって口にしたのは、日本の園芸技術の高さ。一方で、日本は植物工場の産業としての盛り上がりに欠ける、とも。米国の方が投資家が多く、最新技術を取り込むスピードも速い。せっかくの高い技術をどう産業にいかすか。日本企業の今後に注目したい。
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