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2015年7月8日水曜日

周期表の書き換えも? 103元素Lrのイオン化エネルギー測定に成功


日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 研究副主幹 佐藤 哲也 氏

掲載日:2015年7月8日

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佐藤 哲也 氏
佐藤 哲也 氏

2015年4月、わが先端基礎研究センターは、103番元素ローレンシウム(Lr)のイオン化エネルギー測定に成功したとして、「103番元素が解く、周期表のパズル」というタイトルでプレスリリースを行いました。この成果は、Nature 2015年4月9日号(520号)に掲載され、同誌の「News & Views」で紹介されただけでなく、さらに同号の表紙を飾りました。

「周期表のパズル」とはなんだろうか、と疑問を持たれた方もいると思います。元素周期表は、よく知られているように、元素をある周期性をもって、原子番号の順に並べたものです。われわれは、周期表の助けを借りることで、その元素の持つ化学的性質を予想することができます。

しかし、中学校の教科書にも出ているこの元素周期表は、実はいまだ議論の余地を残しています。

奇妙な元素ローレンシウム

今回、研究の対象とした103番元素Lrは、1961年に米国のギョルソらによって初めて合成された人工元素であり、もちろん自然界には存在しません。1997年に国際純正・応用化学連合(IUPAC)によって104番元素ラザホージウム以降が周期表に追加されるまで、長く周期表最後の元素でした。周期表上では、最も重いアクチノイド元素として、アクチノイド系列の終端に位置しています。実は、このLrでアクチノイドが終わることは、今まで実験的にはっきりと確かめられたことはありませんでした。

では、なぜLrがそこに置かれたのか? それは、約70年前、1944年にシーボルグ博士が提唱したアクチノイド・コンセプトによります。これは、「ランタン(La)から始まる15個の元素で構成されるランタノイド系列と同様に、アクチニウム(Ac)で始まる15元素のグループが存在する」というものでした。発表当時は、さまざまな批判もあったようですが、研究が進むにつれ、現在は常識として受け入れられています。

ところが、このLrには、その化学的性質が周期表からの予想から外れてくる可能性があることが、理論計算によって予言されました。Lrのように、原子番号が大きな元素では、電子が原子核に強く引き付けられるために、その運動が光速に近くなり、電子の質量が増加します。その結果、電子が原子核の周りを運動する軌道(電子軌道)が影響を受けます。この現象は相対論効果と呼ばれ、全ての元素に存在し、原子番号が大きくなるほど顕著となります。

元素の化学的性質は、最も外側を運動する電子の軌道、すなわち最外殻電子軌道によって特徴づけられることがよく知られており、それぞれの電子軌道はs,p,d,fというように種類によって区別されています。周期表は、元素の最外殻電子の配置によって、族やブロックに分けられています。ランタノイド系列の末端に位置するルテチウム(Lu)の最外殻電子軌道はd軌道であるため、周期表から考えると、Lrは同じくd軌道に最外殻電子を持つはずです。ところが、相対論効果を取り入れた理論計算の結果、Lrの場合はそれがp軌道となることが予想されたのです。

このように、Lrは、周期表上はアクチノイド(fブロック元素)に属し、周期表からの予想としてはdブロック元素でありながら、理論計算からは、アルミニウムなどが属する13族元素(pブロック元素)と同じ最外殻電子軌道を持つ、非常に奇妙な元素なのです。

ローレンシウムのイオン化エネルギー

当然、その証拠をつかもうと、さまざまな化学的なアプローチがなされました。しかし、核反応で合成できる量も少なく(数秒に1原子程度)、半減期も短いため、これまでにどの研究チームも決め手となる結果を得ることができませんでした。

そこでわれわれが着目したのがイオン化エネルギーでした。イオン化エネルギーは、原子の性質を表すもっとも基本的な物理量の一つです。最外殻電子軌道にある電子1個を取り去るエネルギーに相当します。イオン化エネルギーが小さいほど、最外殻電子は原子核にゆるく結合しているということになります。

しかし、Lrのイオン化エネルギーを測る、と言っても、一度に原子1個しか扱えないような系に適用できる測定方法はありませんでした。事実、過去の報告では最低でも1012個の原子を必要としています。そこでわれわれは、表面電離過程を応用することで、これを可能にしました。この表面電離過程というのは、高温の金属表面と対象の原子の間の相互作用によって原子がイオン化される現象であり、イオン化効率が原子のイオン化エネルギーに依存します。

われわれは、カリホルニウム標的(249Cf)へのホウ素イオンビーム(11B4+)照射によって合成したローレンシウム同位体256Lr(半減期 27秒)を、タンタルの表面でイオン化し、そのときのイオン化効率を測定することで、Lrのイオン化エネルギーを求めました。なお、この実験は日本原子力研究開発機構タンデム加速器実験施設で行いました。この加速器は、カリホルニウムのようなアルファ(α)放射性同位体を核反応用標的に使える、世界有数の実験施設です。

こうして得られたLrのイオン化エネルギーは4.96±0.08電子ボルト(eV)。アクチノイドの中で最も低く、アルカリ金属のナトリウム(5.1391 eV)よりも低い値でした。このイオン化エネルギーの値だけを見れば、Lrはアルカリ金属的であるとさえ言えるかもしれません。この実験値が理論計算値(4.963±0.015 eV)と非常によく一致したことは、Lrの最外殻電子軌道がp軌道であることを強く示唆します。もちろん、原子番号が100を超える超重元素領域で、理論計算と直接比較が可能な物理量が求められるのは世界で初めてのことでした。

ここで、ランタノイド系列のイオン化エネルギーの推移を見ますと、ランタノイド後半の元素ではイッテルビウム(Yb)まで単調にイオン化エネルギーが増加し、ランタノイド最後の元素であるLuで小さくなることが知られています(図)。今回、Lrのイオン化エネルギーが小さいことを実験で示したことにより、ランタノイド系列におけるLuと同様、Lrも弱く結合した最外殻電子を持つことが分かり、Lrがアクチノイド最後の元素であると結論付けることができました。

上)ランタノイドおよびアクチノイドのイオン化エネルギーの推移 下)立体周期表。高さはイオン化エネルギーを表す。
図.上)ランタノイドおよびアクチノイドのイオン化エネルギーの推移(●●は実験値、○は理論値。*:本研究で得られたLrの理論値)。
下)立体周期表。高さはイオン化エネルギーを表す。

こうして、シーボーグ博士が提唱したアクチノイド・コンセプトを、半世紀以上たって、ようやく実証することができたのです。

ローレンシウムの居場所は決まるのか?

ところで、当初われわれは、この成果をLrがアクチノイドの一員であることを示すものだとして発表しました。しかし現在、周期表の構造をめぐる議論にまで発展しつつあります。

先に述べたように、Lrはアクチノイド最後の元素として、周期表に載せられています。現在の周期表では、アクチノイドはランタノイドとともに、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の真下に置かれ、dブロック元素のサブグループとして、別表(fブロック元素)として表記されているのが一般的です。しかし、Sc-Y-La-Ac、あるいはSc-Y-Lu-Lrとするべきだ、という意見があります。今回、Lrのイオン化エネルギーが求められたことで、あらためて周期表としての整合性を考えることができるようになったため、3族元素としてSc-Y-Lu-Lrと配置するべきであるという主張が勢いを得ているようです。

一方で、Lrはd軌道ではなく、p軌道を最外殻に持つことが示唆されました。IUPACの定義によれば、遷移金属は「原子が完全に満たされていないd軌道を持つ、あるいはd軌道によって陽イオンとなることができる」とあります。従って、その定義に従えば、「Lrは遷移金属ではない」、ということになってしまいます。

Nature Web版のNews記事には、IUPACの無機化学部門部門長Jan Reedijk教授から、今回の議論を基に、LrとLuの周期表上での位置について夏の会議で取り上げる可能性があるというコメントが寄せられています。

今回の成果は、化学者にとっての「地図」である元素周期表を、今一度見直すきっかけになりそうです。ひょっとしたら何年か後には、今とは少し違う新しい周期表が教科書に載せられているかも知れません。

佐藤 哲也(さとう てつや)氏

佐藤 哲也(さとう てつや)氏のプロフィール
新潟市出身。2003年新潟大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了、日本原子力研究所(現 日本原子力研究開発機構)研究員に。2015年から原子力科学研究部門先端基礎研究センター重元素核科学研究グループ研究副主幹。専門は核化学。理学博士。オンライン質量分離器(ISOL)を用いた原子核物理・化学研究ならびに気相化学的手法を利用した超重元素化学研究に取り組む。

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