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前々回と前回は、iPS細胞についてお話しました。今回はiPS細胞を越える多能性幹細胞ともいわれて注目されたものの、残念な結果に終わってしまった「STAP細胞(と呼ばれたもの)」について解説します。
前回はiPS細胞にも生命倫理的な問題があることを解説しましたが、医療技術的な課題もあります。iPS細胞は、体細胞に「初期化因子」と呼ばれる4つの遺伝子を導入することによってつくられます。そのうち1つ「c-Myc」は、がんの原因となる遺伝子としても知られています。また遺伝子を導入するさいには「ベクター(運び屋)」としてウイルスが使われたのですが、この方法だと遺伝子が組み込まれる場所をコントロールできないため、もともとある遺伝子の働きを失わせたり、逆に活性化させたりする可能性があります。これらが、がんを引き起こす懸念があります。
そのため研究者たちは、c-Mycに代わる初期化因子を見つけたり、ウイルスベクターを使わない作成方法を開発するなど、創意工夫を重ねてきました。
そして2014年1月28日、理化学研究所の小保方晴子・研究ユニットリーダーらは、細胞のDNAに手をつけることなく、短時間酸性の状態に置くというきわめて簡単な方法で細胞を初期化し、多能性を持たせることに成功したと発表しました。この成果は『ネイチャー』で2本の論文にまとめられました(「アーティクル論文」と「レター論文」)。この細胞は「STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)」と名づけられ、広く脚光を集めました。iPS細胞よりも簡単に効率よくつくることができることだけでなく、胎盤にも分化することなども注目されました。
◆理研は「再現性の有無」に固執
ところがご存知のように、この論文は早くも2月の初めからインターネット上で、画像の不自然さなど多くの問題があることが指摘され始め、研究不正が疑われ始めました。
また世界中の研究者たちが、論文に書いてある通りの方法でSTAP細胞をつくること、つまり再現を試みたのですが、再現できないとの報告が相次ぎました(後に同じことが論文になりました)。
いま振り返ると、この事件で不幸だったのは「研究不正の有無」と「再現性の有無」が混乱されたことです。この2つはまったく別の問題です。前者は倫理(研究の公正さ)の問題で、後者は純粋に科学の問題です。理研は最後まで、後者にこだわり続けました。
理研は2月18日に調査委員会を設置し、4月1日に最終報告を発表して、1点を「改ざん」、1点を「捏造」と認定しました。しかしこの調査委員会が調査の対象としたのはわずか6点の項目のみで、多くの専門家、マスコミ、一般国民は納得しませんでした。
理研は同日、「STAP現象の検証」、つまり再現性の有無を実験によって調査し始めました。研究不正の全貌が明らかになっていないにもかかわらず、です。しかもそのリーダーとなったのは論文の共著者である丹羽仁史氏で、その後さらに小保方氏も参加しました。そのうえ論文には書かれていない方法まで試されました。
一方で、論文の共著者である若山照彦・山梨大学教授や、共著者ではありませんが理研の研究者である遠藤高帆氏による独自の解析で、STAP細胞とされたものはES細胞である可能性が高いことが指摘されました。
それらに応じて、理研が二度目(!)の研究不正の調査を開始したのは9月3日のことでした。
◆肝心なことはいまも不明のまま
結局、理研は12月19日、丹羽氏らも小保方氏もSTAP細胞(STAP現象)を再現できなかったことを明らかにしました。同日、小保方氏は理研に退職願いを出し、理研はそれを受理しました。
その一週間後の12月26日、遺伝子解析などによって、STAP細胞と呼ばれたものは、ES細胞が混入したものである可能性が高く、論文のほとんどに根拠がないことを明らかにしました(この結果は後に論文化されました)。また、新たに2点の図表が「捏造」または「改ざん」、つまり不正であると認定されました。
しかし、この調査結果でも「誰がES細胞を混入したのか?」「それは故意だったのか過失だったのか?」「故意だとしたらその動機は?」という肝心なことは明らかになりませんでした。
この事件では、研究不正そのものの問題だけでなく、研究機関運営の問題もまた、はからずも提起されてしまったといえます。
次回は、幹細胞ではないのですが、よくも悪くも幹細胞のルーツともいえる「HeLa細胞」についてお話します。
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