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TICAD V(第5回アフリカ開発会議)に特段興味がなくとも、大豆食品を食べる全ての人に知ってほしい話がある。第5回を迎えるアフリカ開発会議の開幕前夜の5月31日、安倍首相主催のレセプションにおいて、モザンビークから来日した一人の男性が同国の十数万の人々より託された公開書簡を首相に手渡すという任務を全うした。その内容は、日本に対して大きな問いを突きつけるものだった。
「援助から投資へ」――6月1日から3日にかけて横浜で開催されるTICAD Vの打ち出しは、明確だ。「最後のフロンティア」と目されたアフリカの豊かな天然資源を獲得するため、オールジャパンで日本企業による対アフリカ投資を後押しし、中国や韓国に対する出遅れを挽回する。海外投資を呼び込むことでアフリカ経済を成長へと導く。これこそ理想的な「ウィン・ウィン」だと。
果たして本当にそうなのか。
公開書簡に話を戻そう。モザンビークの農民組織やNGO団体により起草された「公開書簡」を安倍首相に渡すという重任を託され来日したのは3人。
1人目は、2000以上の加盟団体をから構成されるモザンビーク最大かつ全国規模の農民組織、「モザンビーク全国農民連盟(UNAC)」のアウグスト・マフィゴ代表。2人目は、同じくUNACのアドボカシー(政策提言)を担うヴィンセント・アドリアーノ事務局長。3人目は、モザンビーク北部のナンプーラ州の100以上のNGO/CSOが傘下する「ナンプーラ市民社会プラットフォーム」のアントニオ・ムジェネレ代表。ムジェネレ氏は、モザンビークの首都マプトで開催された市民社会会合でモザンビークの市民社会の代表として選出された。彼らは、モザンビークの十数万人の人々の声を代表している。
「公開書簡」の内容は深刻だ。日本政府並びにJICAが力を入れる大型農業開発ODA「プロサバンナ(ProSAVANA)」事業の即時停止の要求だ。支援の対象とされる小規模農家との協議や情報共有が2009年の事業合意から現在までほぼ不在だったこと、リークされたマスタープランのドラフトともとれる報告書の内容が小規模農家の置かれた状況や彼らの望む開発のあり方にまったく立脚しないことに基づき、事業の即時停止と見直しを行い、小規模農家ならびに市民社会との協議や合意に基づいて事業を進めるためのインクルーシブなメカニズムの設置を求めている。それは、日本のODA(政府開発援助)のあり方のみならず、日本の農業投資政策、そして日本に住む私たちの食のあり方を根本的に問い直すものだ。
プロサバンナ事業とは、日本・ブラジル・モザンビークの三角協力による大型農業開発事業で、日本がブラジルに対して行った農業支援「プロデセール(PRODECER)」をモザンビークで再現するという触れ込みだ。プロデセールは、70年代、日本の大豆輸入先であった米国が輸出禁止措置を敷いたことから大豆輸入先の多角化を念頭に行われたもので、ブラジルを世界屈指の大豆輸出国へと変貌させた成功物語として語られている。
プロサバンナ事業は、モザンビーク北部のニアサ州、ザンベジア州、ナンプーラ州にまたがる巨大な農業開発プロジェクトだ。対象となる農地はなんと1400万ヘクタール。日本の耕作面積の実に3倍という途方もない規模だ。事業は、農産物の輸出を担う港としてナカラ港の改修計画に始まり、モザンビーク内陸部と港をつなぐ鉄道や幹線道路の整備改修など、「ナカラ回廊」全体の開発を目指す。
事業は、PPP(public-private partnerships:官民連携)として、早くから企業との協力体制が敷かれ、2012年4月には官民合同ミッションも実施。伊藤忠をはじめとした企業が大豆や胡麻などの生産輸出事業の展開を念頭に準備を進める。日本政府JICAはODA事業として日本向けに適した大豆品種の開発や安定した収量確保のための農業支援を行い、こうした大豆を商社などが買い受け、日本の食卓へと届ける。日本は、大豆や胡麻といった、私たちの生活に欠かせない作物の安定供給を達成し、日本の食料安全保障にも貢献するというストーリーだ。ちなみに、これはODA案件なので、モザンビークの貧困削減と小規模農家支援にも資するという。
しかし、そうした喧伝とは異なり、プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家支援にも貧困削減にもつながらないという批判が各国の市民社会、国際NGOから寄せられている。
モザンビークは非常に貧しい国だ。過去10年にわたって7%の経済成長率を続けていることが注目されるが、最新の人間開発指数(HDI)では、世界ワースト3位。2015年までに貧困を半減することを目標に設定されたミレニアム開発目標の達成の見込みも低く、貧困線以下で生活する人は未だ58%、栄養不良人口も多く、人々の食料へのアクセスが確保されているとはいえない状態だ。
プロサバンナ事業の予定地である北部は、モザンビークの中でも気候が温暖で土壌も豊かなことで知られる。この地域に住む人々の多くは自給自足を基本とする小規模農家だが、自らの食料を生産し、南部もこの地域の食料生産に頼っている構図だ。こうした土地が、輸出向けの換金作物を中心とした大規模農業に取って代わったときに何が起きるのか。
決して豊かとは言えずとも自給自足型の農業に従事していれば、食べることには困らない。しかし、農地を明け渡し、農業経営者に雇われる賃金労働者となると、食べ物はお金を出して買うものになる。そして、受け取る賃金が低く、充分に買うお金がなければ(そして多くの場合そうなのだが)、充分に食べられない事態に陥ってしまう。実際に、アグリビジネスの参入などによって大規模農業を展開した結果、国としての生産量や輸出量、そして経済成長率が上がったにも関わらず、貧困率は改善せず、小規模農家の生活が苦しくなったケースは、世界中で報告されている。2007/8年の食糧価格高騰以来、高水準で推移する食糧価格は、アグリビジネスにとっては収益増をもたらしたが、固定された安い賃金で雇用される小規模農家の家計はさらに圧迫されることとなった。
今回の来日は、こうした問題を日本政府に直接訴えるために行われた。
モザンビークからの3人に同行して、ある国会議員を訪ねた。
モザンビークからの3人に同行して、ある国会議員を訪ねた。
「では本当に必要な支援はどんなものか。」
議員に聞かれた質問に、彼らは明快な答えを持っていた。
「モザンビークの小規模農業にはインフラが足りていない。だが、今必要なのは、自分たちの食料を奪い、海外に作物を輸出するための港や幹線道路の整備改修じゃない。必要なのは、小さな村と村の市場をつなぐ道路や、持続可能な形で環境負荷の低い農業を行うための、小規模な灌漑設備だ。種子についても、毎年種を買うことを強いられる遺伝子組み換え種子ではなく、小規模農家自身が選び守ってきた伝統品種や固定種の優良な種子をきちんと保存し、共有するためのシステムだ。技術指導も必要には違いない。しかし、それは土壌を急速に劣化させる大規模な単一栽培を進めるための技術指導ではなく、自分たちが食べる作物をいかに環境負荷の低い持続可能な形で生産し、収量や品質を改善できるかという指導だ。」
投資を呼び込む形で経済成長を促しても、それが貧困削減に必ずしもつながらないことは、急成長を遂げる新興国が、一方で格差拡大と深刻な貧困問題に直面している例を見るまでもなく明白だ。加えて、「支援」とは、当事者の自発的な取組みや意向を支え、後押しするのがあるべき姿だ。援助業界で枕詞のように使われる「オーナーシップ」が本来意味するのは、まさにそういうことだ。そしてモザンビークの彼らには明確な知恵とビジョンがあるのだ。
「援助から投資へ」「戦略的なODAの活用」こうした言葉の持つ意味と実際にもたらすことになる影響を今一度考え、支援のあり方を再考する必要がある。プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家にとって、「ウィン」の実現からはほど遠い。
一方で、食料の1/3を捨てている日本。生産調整を行い、休耕地を抱えながらも、大豆、トウモロコシ、小麦、胡麻の大部分を海外からの輸入に頼る日本。日本の食料安全保障の追求が、世界の最も貧しい国の一つであるモザンビークの最も肥沃な土地を、「援助」の名の下に食料生産地として獲得することでいいのか。日本政府の描く「ウィン」の姿は、本当に私たち市民が望むものなのか。
明確な知恵と開発のビジョンを持ち合わせる彼らの取組みを支える支援のあり方をなぜ実現できないのか。
日本のODAのあり方、日本という国の農業のあり方、そして私たちの食への向き合い方が今問われている。
【訂正】公開書簡を安倍首相に手渡した日付が3月31日となっていましたが、正確には5月31日でした。
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