新エネルギー・産業 技術総合開発機構(NEDO)は2016年1月14日、炭素繊維の新しい製造技術を開発したと発表した。NEDOの材料開発プロジェクト「革新的新構造材料等研究開発*)」の一環として、NEDOと東京大学、産業技術総合研究所(産総研)、東レ、帝人、帝人の子会社である東邦テナックス、三菱レイヨンが共同で開発したもの。従来の方法に比べて生産性を10倍向上するだけでなく、製造する際に必要なエネルギーと、発生するCO2排出量が半減するという。
*)自動車の重量を半減することを目標に、素材開発および接合技術開発を進めるプロジェクトである。ただし、今回開発した製造技術で生産した炭素繊維は、自動車だけでなく、航空機や産業機器などへの適用も視野に入れている。
生産量が足りない炭素繊維
軽量で強度が高く、寿命も長いことから、航空機や自動車などで採用が進んでいる炭素繊維。原料にPAN(パン=ポリアクリロニトリル)を利用した炭素繊維(PAN系炭素繊維)は、2020年まで年成長率15%で伸びるとされる成長市場だ。日本が世界シェアの65%を占める基幹産業でもある。
【PAN系炭素繊維の世界シェアと、需要見通し】燃費向上により環境負荷を低減できるため、輸送機器に取り入れられてきた。近年の適用事例では、ボーイングの航空機「ボーイング787」や、レクサス「LFA」、BMWの「i3」「i8」などの他、商船のプロペラや風力発電のブレードなどが挙げられる。
炭素繊維のニーズが伸びる一方で、製造に時間とエネルギーがかかることから、ニーズの増加に十分応えられるだけの量が供給できないという課題を抱えている。現在の炭素繊維の年間生産量は数万トンだ。それ故コストも高く、NEDOによると、2012年度は生産量が4万トンで、価格は5000円/kgだったという。だが、多くの自動車で使おうとするなら最低でも年間数十万トンを生産する必要がある。そのため、生産性の高い製造技術の開発が切望されていた。
鍵は新原料と“レンジでチン”
PAN系炭素繊維の製造は、1)PANから糸を作る、2)それを酸化する(耐炎化する)、3)さらにそれを炭化する、4)表面処理を行う、という、4つの主要工程から成る。糸を高温で何度も“蒸し焼き”にして、炭素以外の成分を取り除いていくイメージだ。
中でも、200〜300℃で30分〜1時間、糸を焼いて酸化させる「耐炎化」は、エネルギーと時間を消費する工程となっている。300℃を超える高温になり過ぎてはいけないので、時折冷却しながらの作業となる。NEDO 電子・材料・ナノテクノロジー部の山崎知巳氏は、「耐炎化のプロセスが量産の足かせとなっていた」と話す。
新しい製造技術では、炭素繊維の原料(前駆体)としてポリマーを新たに開発したことで、この耐炎化の工程がなくなる。
新規ポリマー「溶媒可溶性耐炎ポリマー」は、衣料用に使われる安価なPANを材料としている。そのPANに溶解促進剤と酸化剤を添加し、溶液中で耐炎化反応(酸化反応)を行う。つまり、糸を作る前の段階で、既に耐炎化を済ませてしまうのだ。東京大学大学院 工学系研究科で教授を務める影山和郎氏は、これは「世界初の成果」だと述べる。
さらに、「溶媒可溶性芳香族ポリマー」も開発した。従来の前駆体に比べて炭化しやすいという性質を持っているので、径が太い炭素繊維の製造に有利だとしている。炭素繊維を太くできれば、それだけ生産量は増えるので、これも生産性の向上に貢献する原料だといえる。
3)の炭化プロセスでは、これまでは専用の加熱炉を使い、低温(1000〜2000℃)および高温(2000〜3000℃)で炭化していたが、大気圧下においてマイクロ波で糸を直接加熱することに成功した。影山氏は「簡単に言えば、糸を”電子レンジでチン”するイメージだ」と説明する。加熱炉を常に高温に保つ必要がなくなるので、炭化プロセスを短縮化できる。
4)の表面処理では、現行は薬液を使っているが、プラズマを導入することでプロセスを大幅に簡略化した。
このように、新規ポリマーの開発、マイクロ波による加熱、プラズマによる表面処理という3つの新しい技術によって、製造時の消費エネルギーとCO2排出量は半減し、単位時間当たりの生産量は10倍に向上するという。具体的には、
- 生産性:1製造ライン当たり年間2000トン→2万トン以上に
- 製造エネルギー:炭素繊維の生産量1kg当たり286MJ(メガジュール)→140MJ以下に
- CO2排出量:炭素繊維の生産量1kg当たり22kg→11kg以下に
なるとしている。
新炭素繊維の性能は?
同技術を使って製造した炭素繊維の性能は、弾性率が240GPa、強度が3.5GPa(伸度1.5%)になったという。これは、国内メーカーが提供する炭素繊維の性能に比べれば低い。だが、影山氏は「工業製品に十分匹敵する性能で、航空機にも使用できる」と述べている。
炭素繊維の開発プロジェクトは欧米でも進められているが、低コスト化を最優先にしているので、目標とする性能は、弾性率200GPa以下、強度3GPa以下と、低めに設定されている。NEDOは、今回のプロジェクトの数値目標(2015年度)として、弾性率235GPa以上、伸度1.5%以上と設定していた。海外勢に比べて高い目標設定だったが、今回「溶媒可溶性耐炎ポリマー」から製造した炭素繊維は、それを達成したことになる。
新前駆体の製造は、まねできない技術
新しい製造技術を確立したことで、炭素繊維の量産加速に大きく近づいた。今後は、性能をより高めるとともに、製造技術の実用化も進めていく。現行方式とは異なる点として、マイクロ波加熱装置や、プラズマ表面処理装置を導入しなければならないが、メーカーの製造ラインへの投資がどの程度必要になるかは、現時点では不明だという。
影山氏は、炭素繊維の性能や生産性を向上する鍵は、前駆体が握っているという。同氏は、「溶媒可溶性耐炎ポリマー」を作ることは極めて難しく、“まねできない技術”として日本は今後も優位性を保てるのではないか、と語った。
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