[概要]
埼玉医科大学ゲノム医学研究センターの奥田晶彦教授・鈴木 歩助教らは、Maxタンパク質の消失が減数分裂を惹起することを明らかにしました。
生殖細胞、特に生殖幹細胞は体細胞分裂により増殖し、かつ、必要に応じて精子・卵子を産生する為に体細胞分裂を止め減数分裂を始めますが、この生殖細胞における体細胞分裂からの減数分裂への切り替えの機構に関してはほとんどわかっていません。
本発表では、この2種類の細胞分裂の切り替えにMaxタンパク質が関与していることを明らかにしました。この発見は、体細胞分裂から減数分裂への移行の仕組みの全容解明を促進し、かつ、そのことが精子・卵子形成不全という病態の理解や、精巣腫瘍などの生殖器系の腫瘍の原因の解明へと発展することが期待されます。
[研究の背景と経緯]
精子幹細胞は京都大学教授篠原隆司博士が開発した生殖幹細胞ですが、自己増殖性はもちろんのこと、精細管内に移植すると生涯に渡って成熟した精子の供給源として機能することができます。しかしながら、精子幹細胞が最終的に精子に変換するまでの過程で呈する様々な変化が、どういった原理・原則に従って起こっているかという点に関してはほとんどわかっていません。
特に、精子幹細胞が通常の幹細胞や体細胞と同様に細胞増殖の為に体細胞分裂を行っている状態から、精子形成の開始の為に体細胞分裂を止め減数分裂(注1)を始める仕組みに関しては全くといっていいほど何もわかっていません。
こういった状況の中で奥田らは、図1のモデル図にあるように精子幹細胞が幹細胞としての性質を維持している状態では、Maxタンパク質がその幹細胞において、減数分裂を起こさないにようにしていることを見出しました。すなわち奥田らは、精子幹細胞においてMaxタンパク質の量を減らすと、減数分裂が惹起されることを示しました。なお、このモデル図にあるようにMaxタンパク質はもともと細胞増殖促進に関わるc-Myc転写因子が機能する為に必須なパートナー因子として同定されたタンパク質であり、篠原隆司博士らの研究から、このc-Myc/Max転写複合体は精子幹細胞においてもこの幹細胞が幹細胞として自己増殖する為に重要な働きをしていることが証明されています。
従って、精子幹細胞においてMaxタンパク質の量が低下することには2つの意味があることになります。その一つは、今回の発表で示されているように精子形成の為に減数分裂を誘導することであり、2つ目のMaxタンパク質の量の低下の生物学的な意味は、c-Mycの細胞増殖促進活性の減弱に伴って幹細胞状態が破綻することであります。なお、幹細胞状態は、精子形成という細胞分化と相反することなので、Max遺伝子の発現の低下に伴った精子幹細胞の幹細胞状態の破綻は、間接的に精子形成の促進に繋がっていると考えられます。
注1)減数分裂
減数分裂は真核生物の細胞分裂の様式の一つである。精子もしくは卵子が形成される過程で起こる細胞分裂で、通常の体細胞分裂(有糸分裂とも呼ばれる)とは違って、2回連続して起こる細胞分裂のうちの2回目の分裂ではDNAの複製が行われない。それ故、精子・卵子に代表される減数分裂を終えた細胞は通常の細胞と比べ半分の数の染色体しか持たない。この減数分裂により精子、卵子の染色体の数が半減させることは、精子と卵子が融合して通常の数の染色体を持つ受精卵を作る上で必然的なことである。
[研究の内容]
奥田らの今回の論文の成果は、奥田らが長年行ってきたES細胞におけるc-Mycの機能解析の過程で偶然得られた結果でした。事実、奥田らが今回の研究成果を得る上で用いたMaxホモ欠失ES細胞は、もともとES細胞におけるc-Myc活性の重要性を確認することを目的に樹立したものでした。
しかしながら、奥田らはMaxホモ欠失ES細胞で生殖関連遺伝子の発現が顕著に上昇していることを発見しました(図2)。そして、この現象は、Maxホモ欠失ES細胞と同様にMyc活性を持たないc-Myc/N-Mycダブルホモ欠失ES細胞では全く認められていないこととは、極めて対照的なデータでした。また奥田らは、Maxホモ欠失ES細胞では生殖関連遺伝子の発現が上昇しているといっても、Blimp1遺伝子など始原生殖細胞で重要な働きをしている遺伝子の発現に関してはほとんど上昇しておらず、Stra8やDazl等、減数分裂関連の遺伝子に限定的に発現の上昇が見られることに気付きました(図2)。
それ故、奥田らは、Maxホモ欠失ES細胞において異所性に減数分裂が開始しているのではないかと考え、減数分裂の初期に特徴的な染色体構造であるシナプトネマ複合体の主要な構成要素であるSycp3タンパク質に対する抗体を用いた免疫染色を行いました。その結果、生殖細胞からのものと区別できないほどの減数分裂の初期と思われる染色像が得られました(図3)。
但し、Maxホモ欠失ES細胞が減数分裂様の細胞生物学的変化を示すといってもそれだけではその発見の生理的な意義がわからないので、まず、奥田らは、生体の中の生殖細胞における生理的な減数分裂の過程でMaxの発現が低下しているか否かを検討しました。その結果、一般的に恒常的な発現をする遺伝子として知られているMax遺伝子の発現が、雌の減数分裂の場である生殖隆起の中の始原生殖細胞において顕著に低下していることを見出しました(図4)。
同様に、雄の減数分裂の場である精巣においても減数分裂に先立ってMax遺伝子の発現が低下することも確認しました(data not shown)。かつ、冒頭に触れたように、精子幹細胞におけるMax遺伝子の強制的な低下によっても減数分裂様の変化が誘導されることを証明しました(図5)。
また、メカニズム的な解析結果としては、Maxによる減数分裂の抑制は6種類のサブタイプが知られているポリコーム抑制複合体PRC1の中の最も非典型的な複合体であると言われているPRC1.6の機能を反映していることを証明しました(図1)。なお、6種類のPRC1複合体では、PRC1.6のみにMaxタンパク質がサブユニットの一つとして含まれています。
[今後の展開]
今回の奥田らによる研究成果は、今までほとんどわかっていなかった生殖細胞の体細胞分裂から減数分裂への移行を決定する分子基盤の完全な解明へと発展していくと考えられます。そして、この減数分裂誘導機構におけるブレークスルーは、無精子症など、精子もしくは卵子形成に異常を持つヒトの病気の原因の解明へとつながると考えられます。かつ、生殖細胞の体細胞分裂から減数分裂への移行の欠陥と生殖器腫瘍の発生との因果関係について、解明される可能性が考えられます。
さらには、奥田らの、生殖細胞のみならずES細胞も減数分裂を開始できる潜在能力を有するという発見は、極めて早い時期に発生が破綻(流産)するケースの中には着床前の発生初期の胚における異所性の減数分裂の誘導が流産の原因である場合があることを示唆します。
この研究成果は(2016年3月30日に英国雑誌Nature Communications オンライン版(http://www.nature.com/ncomms/index.html)にて掲載されました。本論文の解禁日時は日本時間で3月30日18:00です。なお、本論文のタイトル及びその日本語訳は以下の通りです。
「Loss of MAX results in meiotic entry in mouse embryonic and germline stem cells」
(日本語訳)Max遺伝子発現の消失はES細胞及び生殖幹細胞において減数分裂を惹起させる
また本研究は、主に私立大学研究基盤形成支援事業(文部科学省)、及び新学術領域(生殖細胞、領域代表:篠原隆司)(文部科学省)の支援を得て行われました。
[発表者]
奥田晶彦(埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 教授)
鈴木 歩 (埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 助教)
埼玉医科大学ゲノム医学研究センターの奥田晶彦教授・鈴木 歩助教らは、Maxタンパク質の消失が減数分裂を惹起することを明らかにしました。
生殖細胞、特に生殖幹細胞は体細胞分裂により増殖し、かつ、必要に応じて精子・卵子を産生する為に体細胞分裂を止め減数分裂を始めますが、この生殖細胞における体細胞分裂からの減数分裂への切り替えの機構に関してはほとんどわかっていません。
本発表では、この2種類の細胞分裂の切り替えにMaxタンパク質が関与していることを明らかにしました。この発見は、体細胞分裂から減数分裂への移行の仕組みの全容解明を促進し、かつ、そのことが精子・卵子形成不全という病態の理解や、精巣腫瘍などの生殖器系の腫瘍の原因の解明へと発展することが期待されます。
[研究の背景と経緯]
精子幹細胞は京都大学教授篠原隆司博士が開発した生殖幹細胞ですが、自己増殖性はもちろんのこと、精細管内に移植すると生涯に渡って成熟した精子の供給源として機能することができます。しかしながら、精子幹細胞が最終的に精子に変換するまでの過程で呈する様々な変化が、どういった原理・原則に従って起こっているかという点に関してはほとんどわかっていません。
特に、精子幹細胞が通常の幹細胞や体細胞と同様に細胞増殖の為に体細胞分裂を行っている状態から、精子形成の開始の為に体細胞分裂を止め減数分裂(注1)を始める仕組みに関しては全くといっていいほど何もわかっていません。
こういった状況の中で奥田らは、図1のモデル図にあるように精子幹細胞が幹細胞としての性質を維持している状態では、Maxタンパク質がその幹細胞において、減数分裂を起こさないにようにしていることを見出しました。すなわち奥田らは、精子幹細胞においてMaxタンパク質の量を減らすと、減数分裂が惹起されることを示しました。なお、このモデル図にあるようにMaxタンパク質はもともと細胞増殖促進に関わるc-Myc転写因子が機能する為に必須なパートナー因子として同定されたタンパク質であり、篠原隆司博士らの研究から、このc-Myc/Max転写複合体は精子幹細胞においてもこの幹細胞が幹細胞として自己増殖する為に重要な働きをしていることが証明されています。
従って、精子幹細胞においてMaxタンパク質の量が低下することには2つの意味があることになります。その一つは、今回の発表で示されているように精子形成の為に減数分裂を誘導することであり、2つ目のMaxタンパク質の量の低下の生物学的な意味は、c-Mycの細胞増殖促進活性の減弱に伴って幹細胞状態が破綻することであります。なお、幹細胞状態は、精子形成という細胞分化と相反することなので、Max遺伝子の発現の低下に伴った精子幹細胞の幹細胞状態の破綻は、間接的に精子形成の促進に繋がっていると考えられます。
注1)減数分裂
減数分裂は真核生物の細胞分裂の様式の一つである。精子もしくは卵子が形成される過程で起こる細胞分裂で、通常の体細胞分裂(有糸分裂とも呼ばれる)とは違って、2回連続して起こる細胞分裂のうちの2回目の分裂ではDNAの複製が行われない。それ故、精子・卵子に代表される減数分裂を終えた細胞は通常の細胞と比べ半分の数の染色体しか持たない。この減数分裂により精子、卵子の染色体の数が半減させることは、精子と卵子が融合して通常の数の染色体を持つ受精卵を作る上で必然的なことである。
[研究の内容]
奥田らの今回の論文の成果は、奥田らが長年行ってきたES細胞におけるc-Mycの機能解析の過程で偶然得られた結果でした。事実、奥田らが今回の研究成果を得る上で用いたMaxホモ欠失ES細胞は、もともとES細胞におけるc-Myc活性の重要性を確認することを目的に樹立したものでした。
しかしながら、奥田らはMaxホモ欠失ES細胞で生殖関連遺伝子の発現が顕著に上昇していることを発見しました(図2)。そして、この現象は、Maxホモ欠失ES細胞と同様にMyc活性を持たないc-Myc/N-Mycダブルホモ欠失ES細胞では全く認められていないこととは、極めて対照的なデータでした。また奥田らは、Maxホモ欠失ES細胞では生殖関連遺伝子の発現が上昇しているといっても、Blimp1遺伝子など始原生殖細胞で重要な働きをしている遺伝子の発現に関してはほとんど上昇しておらず、Stra8やDazl等、減数分裂関連の遺伝子に限定的に発現の上昇が見られることに気付きました(図2)。
それ故、奥田らは、Maxホモ欠失ES細胞において異所性に減数分裂が開始しているのではないかと考え、減数分裂の初期に特徴的な染色体構造であるシナプトネマ複合体の主要な構成要素であるSycp3タンパク質に対する抗体を用いた免疫染色を行いました。その結果、生殖細胞からのものと区別できないほどの減数分裂の初期と思われる染色像が得られました(図3)。
但し、Maxホモ欠失ES細胞が減数分裂様の細胞生物学的変化を示すといってもそれだけではその発見の生理的な意義がわからないので、まず、奥田らは、生体の中の生殖細胞における生理的な減数分裂の過程でMaxの発現が低下しているか否かを検討しました。その結果、一般的に恒常的な発現をする遺伝子として知られているMax遺伝子の発現が、雌の減数分裂の場である生殖隆起の中の始原生殖細胞において顕著に低下していることを見出しました(図4)。
同様に、雄の減数分裂の場である精巣においても減数分裂に先立ってMax遺伝子の発現が低下することも確認しました(data not shown)。かつ、冒頭に触れたように、精子幹細胞におけるMax遺伝子の強制的な低下によっても減数分裂様の変化が誘導されることを証明しました(図5)。
また、メカニズム的な解析結果としては、Maxによる減数分裂の抑制は6種類のサブタイプが知られているポリコーム抑制複合体PRC1の中の最も非典型的な複合体であると言われているPRC1.6の機能を反映していることを証明しました(図1)。なお、6種類のPRC1複合体では、PRC1.6のみにMaxタンパク質がサブユニットの一つとして含まれています。
[今後の展開]
今回の奥田らによる研究成果は、今までほとんどわかっていなかった生殖細胞の体細胞分裂から減数分裂への移行を決定する分子基盤の完全な解明へと発展していくと考えられます。そして、この減数分裂誘導機構におけるブレークスルーは、無精子症など、精子もしくは卵子形成に異常を持つヒトの病気の原因の解明へとつながると考えられます。かつ、生殖細胞の体細胞分裂から減数分裂への移行の欠陥と生殖器腫瘍の発生との因果関係について、解明される可能性が考えられます。
さらには、奥田らの、生殖細胞のみならずES細胞も減数分裂を開始できる潜在能力を有するという発見は、極めて早い時期に発生が破綻(流産)するケースの中には着床前の発生初期の胚における異所性の減数分裂の誘導が流産の原因である場合があることを示唆します。
この研究成果は(2016年3月30日に英国雑誌Nature Communications オンライン版(http://www.nature.com/ncomms/index.html)にて掲載されました。本論文の解禁日時は日本時間で3月30日18:00です。なお、本論文のタイトル及びその日本語訳は以下の通りです。
「Loss of MAX results in meiotic entry in mouse embryonic and germline stem cells」
(日本語訳)Max遺伝子発現の消失はES細胞及び生殖幹細胞において減数分裂を惹起させる
また本研究は、主に私立大学研究基盤形成支援事業(文部科学省)、及び新学術領域(生殖細胞、領域代表:篠原隆司)(文部科学省)の支援を得て行われました。
[発表者]
奥田晶彦(埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 教授)
鈴木 歩 (埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 助教)
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