“抜く必要がない歯を抜き、インプラントに誘導する歯科医がいる”──本誌シリーズでそう警鐘を鳴らすたびに、多くの歯科医が「そんな悪徳歯科医はごく一部だ」と批判の声を寄せてきた。
しかし、今回取材に応じた日本のインプラント治療の権威は、この国の「暴走するモラルなき歯科医たち」に強い危機感を抱いている。日本のインプラント治療の先駆者で、多くの歯科医から尊敬を集める小宮山彌太郎氏はこう断言した。
「この国のインプラント治療は、まさにモラルを失っています。この現実を患者は知るべきであり、週刊ポストの報道を歯医者叩きだとは思いません」
──皇居の西側、イギリス大使館に隣接する東京の中心部に、小宮山氏が院長を務める、ブローネマルク・オッセオインテグレーション・センターがある。
「それでは始めますので、よろしくお願いします」
8月某日の午後3時、小宮山氏の穏やかな声が手術開始を告げた。患者は小さく口を動かして反応する。手術は局所麻酔なので意識は明瞭なのだ。
小宮山氏のインプラント手術は、まず歯肉を切開して顎の骨に直接ドリルで穴をあけ、チタン製インプラント(人工歯根)を埋め込む。そして歯肉を縫合して完全に塞ぐ。
この状態で数ヶ月間(※注/上あごの場合は約5~6ケ月間、下あごの場合は約3ケ月間)、顎の骨とインプラントが結合するのを待ち、再び歯肉を切開して、アバットメントと呼ばれる土台をつけて義歯を装着する。ツーピースタイプと呼ばれる、世界的にスタンダードな構造だ。このタイプは、二度の手術が必要なことから「2回法」と呼ばれる。
「骨とチタンを固定することで、両者間には細胞レベルで結合するオッセオインテグレーションという現象が起こります。これが、現在のインプラント法の基本となります」
小宮山氏は、1980年代にスウェーデンに渡り、オッセオインテグレーションを発見したブローネマルク博士の元で経験を重ね、日本に最先端のインプラント治療を紹介した。その実績から、東京歯科大の臨床教授などを歴任している。
インプラント治療のメリットとデメリットを小宮山氏に尋ねると、まず彼は欠点から挙げた。
「条件次第で、手術が失敗する可能性があります。インプラントは数多くの種類が流通し、中には構造に問題を抱えていたり、製造上の衛生管理に問題がある製品も存在しています。
もうひとつの要因は、歯科医の技術や知識が伴っていない場合があることです。インプラントは“最善か、無か”どちらかしかありません。良ければずっと使えるし、歯科医がどこかで手を抜くとこれは無になってしまう。ある意味では怖いシステムなのです」
その他、小宮山氏はインプラントの欠点として「骨とインプラントの結合に、時間がかかる」「自由診療のために、費用が高額」であることを補足した。
「一方で、最大の利点は、自信を持ってしっかりと噛めるようになること。噛める場所を作ることで、残っている歯に負担をかけずに保護できます。
また、精神的に自信が持てるようになる人もいます。入れ歯の場合、人前で話す時に外れて飛び出してしまう恐れがあるし、ゴルフなどでは、奥歯を食いしばれないので力が入らないそうですが、これも解消できます」
歯を失った場合、ブリッジか入れ歯という選択肢しかなかった歯科治療において、インプラント治療は「第二の永久歯」と呼ばれるほどのインパクトがあった。
筆者の口にもインプラントが一本入っており、自分の歯のように噛めることを実感している。ただし、問題のあるインプラント治療が多いのも事実だ。
●文/岩澤倫彦(ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2016年9月2日号
0 件のコメント:
コメントを投稿