1滴の血液や尿、唾液から、がんを超早期に診断する――。そんな技術の臨床応用を、人工知能(AI)が後押しする可能性が高まってきた。
がん細胞が分泌するマイクロRNA(リボ核酸)に着目し、大腸がんや乳がんなど13種類のがんにそれぞれ特徴的なマイクロRNAを組み合わせ、がんの超早期発見につなげる。日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトでそんな技術の確立を目指している国立がん研究センター研究所 分子細胞治療研究分野長の落谷孝広氏が「第54回日本癌治療学会学術集会」(2016年10月20~22日、パシフィコ横浜)に登壇し、AIの効用を語った(関連記事1、同2)。
落谷氏はまず、がんはマイクロRNAを巧みに操ることで生存を獲得しているとし、「マイクロRNAに起こる異常ががんの本質でもある」と説明した。マイクロRNAは血液や尿、唾液にも含まれ、これらの液体試料でがんを診断するリキッドバイオプシーと呼ばれる手法は「マイクロRNAをベースにすることが期待される」(同氏)。
がん治療に関して現在、世界的な注目を集めている免疫療法。そのカギを握るPD-L1(がん細胞に発現し、免疫細胞による攻撃を止めるように作用する物質)でさえ、「マイクロRNAの支配下にある」と落谷氏は話す。ある種のマイクロRNAの発現状態はPD-L1の発現状態と相関し、再発など、不良な予後の予測因子になり得るという。
マイクロRNAでがんを診断する上で落谷氏らが着目しているのが、マイクロRNAを内包するエクソソーム(exosome)と呼ぶ物質だ。エクソソームはもともと、さまざまな細胞が分泌し放出する粒子で、細胞間の情報伝達などに関わっている。がんはこの「エクソソームを利用し、周囲の細胞を“教育”して支配下に置く」(同氏)というメカニズムを採用している。マイクロRNAを内包するエクソソームを媒介として、がんが増悪や転移を引き起こすことが分かってきた。
深層学
病期によらず診断可能
落谷氏に続いて登壇した国立がん研究センター研究所 ゲノム生物学研究分野の土屋直人氏は、エクソソームが内包するマイクロRNAを用いたがん診断の研究成果を、詳細に語った。
がん診断マーカーとしてのマイクロRNAの特徴には「腫瘍が小さいうちから、がん細胞の特徴を反映する」(土屋氏)ことがあるという。例えば大腸がんでは、CA19-9やCEAのような現行の腫瘍マーカーでは、I期(ステージ1)のような早期段階では異常を検出しにくい。病期が進むほど検出率が高くなるのが、一般的なマーカーの性質だ。
これに対しマイクロRNAは、ステージIのがんも十分に検出可能という。すなわち、腫瘍の大きさや病期によらず、どの段階でも有効なマーカーとなり得る。
大腸がんや肺がん、すい臓がんといった異なる臓器にできたがんに対する、マイクロRNAの発現の比較も試みている。それぞれのがんのマイクロRNAの平均プロファイルには、明瞭な違いが現れるという。このように、マイクロRNAは「がんがどこにできたかも強く反映する」(土屋氏)。
このほか、がんの術後にはマイクロRNAの値が下がることから、マイクロRNAが担がん(体内に腫瘍が存在する)状態を反映すること、検体の状態の影響を受けにくく測定再現性が高いこと、などの特徴があるという。ただし、エクソソーム以外にもマイクロRNAを分泌する様式が存在する可能性があることから、がん診断への応用に向けては、エクソソーム由来のマイクロRNAとそうでないものを区別して考える必要があるとした。習で解析
落谷氏が主導するAMEDのプロジェクトでは、国立がん研究センターのバイオバンクが保存する血清検体などを使い、最終年の2018年までにがん患者の臨床情報とリンクした7万件の検体を解析。マイクロRNAなどに関するデータベースを構築することを計画している。
現在までに3万以上の検体を解析済みで、例えば乳がんについては約1700検体を解析したという。試しているのは、マイクロRNAによる解析で(既に診断がついている)がんを正しく診断できるかどうか。既に、非常に有望な結果が得られている。
乳がんでは、いくつかのマイクロRNAを組み合わせて、感度97.3%、特異度82.9%という判別率を確認した。大腸がんについても感度80.1%、特異度95.0%という結果が得られており、現行の腫瘍マーカーである「CA19-9よりも優れたマーカーになる」(落谷氏)。今後、自治体や検診センター、海外の機関とも組みながら、がん診断マーカーとしての実用性を評価していく。
さらに、マイクロRNAの解析やデータベース化に、人工知能の手法の一種である「ディープラーニング(深層学習)を採り入れる」(落谷氏)ことを検討中だ。マイクロRNAによる乳がんの診断アルゴリズムに試験導入し、「驚くべき結果が得られた」(同氏)という。
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