安倍晋三政権が「働き方改革」で長時間労働是正に取り組む中、大手広告代理店の電通で、入社1年目の社員である高橋まつりさんの死亡が”過労死”と認定された。テレビや新聞の報道では、労働基準監督署が立ち入り調査を行い、会社責任について実態解明を進めている。
人事担当者アンケートで見えた残業実態
日本の企業は労働基準法によって、勤務時間は「1週間40時間、1日8時間まで」と決められている。これを超える労働は法定時間外労働で、いわゆる「残業」となる。高橋まつりさんが亡くなる前の残業時間は、月100時間を大きく上回っていたという。そして、「三田労基署は『仕事量が著しく増加し、時間外労働も大幅に増える状況になった』と認定し、心理的負荷による精神障害で過労自殺に至ったと結論づけた」(朝日新聞DIGITAL2016年10月8日付)。
就職人気ランキングで上位に顔を出す大企業の長時間労働の実態は、就職活動を行う大学生にとっても大きな衝撃として受け止められているだろう。ではこのような長時間残業は、電通だけの問題なのか。HR総研では、長時間労働の実態について緊急アンケート調査を実施し、企業の人事部に回答してもらった。すると電通だけが例外とは言えない、日本企業の「長時間労働」の実態が見えてきた。
厚生労働省では、過労死など過重労働による健康障害が高まる時間外労働時間として、「月間80時間超」を目安にしている。いわゆる”過労死ライン”と言われるものだが、月20日間出勤で1日平均4時間残業していると届く水準だ。
日本の企業に、残業時間が月間80時間を超える社員がいる会社は、どのくらいあるのだろうか。HR総研調査で、過去1年以内に時間外労働が月80時間を超える社員がいるかどうかを聞いたところ、「いる」が54%という結果になった。半数以上の企業で月80時間以上残業をしている社員がおり、電通事件は決して他人事とは言えない状況だといえる。なお対象者はアルバイト・パート・派遣などを除外した正社員としている。
もちろんすべての社員がこれだけの長時間労働をしているわけではない。しかし、人事関係者が把握する実態として80時間以上残業をする社員がいる企業が半数以上ということは、電通過労死問題がマスコミで取り上げられるのはまさに氷山の一角であり、残業時間の多い社員がいる企業はごく普通に存在しているということだ。
なお、この80時間ラインだが、企業にとって「厳しすぎる(長くてもよい)」と考えているのは8%。49%が「月80時間は適切」と考え、43%が「もっと厳しくしてもよい(短くする方がいい)」という意向を示す。
9割以上が労働時間短縮に取り組む
日本の企業は、長時間労働に対して何も対策を講じていないのかというと、決してそんなことはない。時間外労働を削減すれば、企業としては残業代の支払いを削減できるし、社員の健康維持やワークライフバランス(仕事と生活のバランス)も向上する。そのため企業の人事はさまざまな施策を実施している。調査結果では9割以上の企業が何かしらの労働時間短縮の対策を講じていた。
具体的な対応策の中で最も多いのが、「残業の事前届出制、許可制」(62%)だ。社員が残業をする場合、管理者に届け出をし、許可が下りたら残業をするという仕組みである。これから社会人になる学生の方には、「上司から命令されて仕事をしているのに、なぜ本人が残業しますと届け出るのだろう?」と、素朴な疑問が生じるかもしれない。そもそも法律上も残業は「会社(管理職)が命じる」ものだ。
実はここに日本のホワイトカラーの働き方の特徴がある。残業は上司に命令されてやるというより、期日までに課された仕事を終わらせるために自分から進んで行うというケースが多い。「今日は2時間残業をさせてください」と申請し、それが管理者に承認されたら残業ができるようにする、という仕組みを導入することで、時間を意識させて仕事をする習慣をつけさせ、残業を抑止しようというわけだ。
次に多く導入されているのが、「ノー残業デーなどの設定」(52%)。ノー残業デーとは、たとえば「毎週水曜日は残業してはいけない日」と決め、その日の残業は認めない制度。週1日をノー残業デーとする企業が多い。残業をさせない方策として、社内でのアナウンスや照明の消灯などを行うのが一般的である。
約3社に1社(32%)が導入しているのが「フレックスタイム制度」だ。通常の勤務では、労働時間は9:00~18:00のように決められているが、フレックスタイム制度では、1日の労働時間の長さを固定的に定めず、一定期間(1カ月以内に限る)の総労働時間を定める制度。1日9時間働く日もあれば、6時間しか働かない日もあり、1カ月の総労働時間が所定の時間分に達していればよい。フレックスタイム制度は子育て世代の要望が高く、保育園の送迎や子供の学校行事への参加など、この制度を上手に利用することで育児と仕事を両立している社員も増えている。
「深夜残業の抑制・禁止」も31%が導入している。深夜残業とは22:00~翌5:00の残業のこと。労働基準法では、深夜業に対して通常勤務の5割増しの賃金を支払うことが義務付けられている。企業側からみれば、深夜残業を抑制・禁止すれば残業代が削減でき、オフィスの電気代や空調代も節約できる。しかし本当の問題は、深夜残業をしなければならない状態に社員が陥っている状況だろう。
「朝方勤務」という伊藤忠の実験
「朝方勤務」は伊藤忠商事が実施したことでマスコミに取り上げられた仕組み。残業が常態化していたなかで、岡藤正広社長がトップダウンで決めた施策と言われる。まず深夜勤務(22:00~5:00)を禁止し、20:00~22:00勤務も原則禁止にした。その分、早朝勤務時間(5:00~8:00)に深夜勤務と同様の割増賃金を支給し、8:00前に始業した社員には軽食を支給するという内容だ。同社ではこの施策と同時にすでに導入していたフレックスタイム制度を廃止した。多くの社員が10時に出社し夜遅くまで働く状態が定着していたからだという。朝方勤務の奨励は、HR総研調査では実施企業はわずか5%と少ないが、今後はこうした成功事例に追随する企業も出てくるだろう。
ただ、こうした残業時間を削減するための施策を多くの企業が行っているにもかかわらず、長時間労働がいまだに残っていることも事実。前述したとおり、月80時間超の残業をする社員がいる企業は、約半数にものぼる。長時間労働からくる過労死の可能性は、電通に限らず起こり得る。
残業がなくならないのは、仕事をする人と業務量のバランスが取れていないからだ。ならば人を補充すればよさそうなものだが、一般的に言えば、人には人件費というコストがかかり、増員にも限界がある。さらに近年は少子高齢化によって人材獲得競争が激しく、募集しても適切な人材を採用することが難しい。そうした中で、長時間労働を削減するには、一人当たりの生産性を向上させるほかないだろう。
文化として今日まで長時間労働を根付かせてしまった日本企業。働き方改革で真剣に日本全体の生産性向上に取り組んでいく必要がありそうだ。就活生もこうした日本の労働環境の現状を知っておいた方がいいだろう。
(丸島 美奈子:ProFuture HR総研 研究員)
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