『山下幸夫』
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山下幸夫(共謀罪法案対策本部事務局長)
政府は、かつて国会に上程して3度廃案になったいわゆる共謀罪法案を手直しして「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案を国会に上程する予定である。
しかしながら、そもそも、国会で3度も廃案になったのは、国会審議を経て、共謀罪法案が極めて危険で濫用のおそれのある法案であることが明らかとなり、多くの国民の反対の声を受けて、野党が強力に反対したからであった。
我が国においては、法律上保護されるべき利益(保護法益)を侵害した既遂犯を処罰するのが原則であり、例外的に結果が発生しなかった未遂犯も処罰する。また、例外的に、重大な犯罪については準備段階から予備罪・準備罪として処罰し(約46罪)、それよりもさらに重大な犯罪(刑法で言えば内乱罪など)についてのみ、陰謀罪・共謀罪として賜与罰される(21罪)。
このように、犯罪の既遂から遡って、既遂犯←未遂犯←準備罪・予備罪←陰謀罪・共謀罪という流れの祥で、犯罪を合意したという共謀段階での処罰は極めて例外であるというのが我が国の刑事法の体系であった。
ところが、今回新たに上程されようとしている法案では、277もの新たな共謀罪(政府はこれを「テロ等準備罪」と呼んでいる」)を新設しようとしており、極めて例外であった共謀罪・陰謀罪を一挙に10倍以上も増やそうとしているが、それは刑事法の体系を崩すものであり、刑事法による処罰は抑制的であるべきであるとする謙抑主義に反している。
そもそも、犯罪の合意(新たな法案では、これを「計画」と言い換える)だけで犯罪が成立し、しかも、言葉を直接交わさないでも、「暗黙・黙示の合意」でも良いとされることから(2005年の国会審議では、当時の法務省の大林刑事局長は、「目くばせ」でも合意が成立すると答弁したことが有名である)、果たしていかなる場合に合意が成立したのかが極めて曖昧である。
そのため捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用によって、市民運動や労働組合などによる反政府的な運動の弾圧に利用されるおそれがある。
「暗黙・黙示の合意」は、何ら言葉を交わしていないのであるから、実際には何の合意もしていないのに、警察が、政府に反対する運動をしている市民団体や労働組合の構成員について、「犯罪の合意があったに違いない」と認定されすれば逮捕したり家宅捜索をすることが可能になるのである。
したがって、捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用を招く恐れがあり、えん罪を生む恐れがある。
会社組織でも「組織的犯罪集団」に?
新たな法案では、かつての政府案が、単に「団体の活動」として、団体を限定していなかったことから、一般の市民運動団体、労働組合、会社組織も適用されるのではないかと指摘され、対象となる「団体」があまりにも広すぎるとの批判があったことを受けて、新たな法案では、「団体」に変えて、「組織的犯罪集団」という用語が使用され、団体のうち、その結合関係の基礎としての共同目的が対象犯罪(長期4年以上の犯罪)を実行することにある団体と定義されるようである。
今年の通常国会の予算委員会の審議において林真琴刑事局長は、2017年1月31日、「そもそもの結合の目的が犯罪の実行にある団体に限られる」と答弁して、普通の団体は除外されると答弁していたが、金田法務大臣は、その団体の活動内容が一変すれば、普通の団体にも適用されることを認める答弁をしていたことから、法務省としての統一見解を求められ、2017年2月16日、法務省は、「もともと正当な活動を行っていた団体についても、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合には、組織的犯罪集団にあたりうる」ことを認めている。
しかも、「一変」したかどうかは、第1次的には逮捕状を請求する警察や勾留請求をする検察官の判断による。警察は、特定の団体の構成員を四六時中尾行するなどして、その行動を監視して、その情報を集積した上で、彼らなりに「一変」したどうかを判断するのであり、そこでは恣意的な判断がされるおそれがある。
そうだとすると、普通の市民運動団体、労働組合、会社組織でも「組織的犯罪集団」に当たりうることとなり、「一般人には適用されない」という菅官房長官の説明は完全に破綻したことになる。
また、新たな法案では、単なる「計画」だけでなく、「準備行為」が必要とされる。国会に上程される法案には、例示として、「資金又は物品の手配」や「関係場所の下見」を挙げた上で、「その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」が行われたことを要求するようである。
アメリカの各州の州法においては、共謀罪の成立を認めるためには、単なる共謀だけでなく、「顕示行為」(overt act)として一定の客観的行為を要求するのが普通である。そして。これは犯罪の成立要件ではなく、処罰条件であると解されており、その考え方を我が国の法律に取り入れようとしていると考えられる。
共謀(計画)しただけで広範な処罰が可能に
今年の予算委員会における審議の際に、林真琴刑事局長は「準備行為が疎明されなければ逮捕・勾留しないように法案を作成する」と述べているが、「準備行為」が処罰条件としてなのか、犯罪構成要件としてなのかは、現時点では不明である。
ただ、新たな法案が参考にしたと考えられるアメリカの州法で要求されている「顕示行為」(overt act)は、共謀を裏付ける何らかの客観的行為であれば足りるとされ、かなり緩やかに認められていると指摘されている。
ただ、新たな法案が参考にしたと考えられるアメリカの州法で要求されている「顕示行為」(overt act)は、共謀を裏付ける何らかの客観的行為であれば足りるとされ、かなり緩やかに認められていると指摘されている。
したがって、新たな法案で要求される「準備行為」についても、予備罪・準備罪におけるような法益侵害の可能性のある犯罪的な行為に限らず、およそ犯罪的ではない中立的行為でも「準備行為」となると解され、例えば、ATMで現金を下ろす行為など広く日常的に行為も「準備行為」とされることになると考えられるから、何ら濫用の歯止めとはならないと考えられる。
最近、外務省は、民進党のヒアリングにおいて、この法案の根拠となっている国連国際犯罪防止条約を批准するために、新たに共謀罪を立法した国はノルウェーとブルガリアの2ヶ国であることを明らかにしているが、その2ヶ国が一体いくつの共謀罪を新設したのかは明らかにされていない。数百の単位の共謀罪を新設したとは考えにくい。
国連は2004年に、この国連条約を各国が立法するための立法担当者向けの「立法ガイド」を作成しているが、そこでは、実質的に見て重大な組織犯罪について、未遂以前の段階で処罰できるようにすれば良いとされている。
我が国の現行法上、未遂以前の段階で処罰できる犯罪としては、①陰謀罪8、②共謀罪13、③予備罪38、④準備罪8がそれぞれあり、実質的に重大な犯罪についてはこれらの犯罪が既に対応していると言える。しかも、我が国には、判例上、共謀共同正犯理論が認められており、組織犯罪について単に共謀しただけの者についても広範な処罰が可能となっており、予備罪についても共謀共同正犯が認められている。
したがって、共謀した者のうちの1人が予備行為をすれば、単に共謀(計画)しただけの者にも予備罪の共謀共同正犯が成立する。
「共謀罪」法案本当のターゲット
これは準備行為を共謀罪の成立に必要とするという新たな法案と、かなり近い処罰が可能になるといえるし、未遂以前の段階で処罰可能な法制度は既に存在していると言えるのである。
したがって、国連条約を批准するために何らかの立法が必要であるとしても、実質的に見て重大な組織犯罪を未遂以前の段階で処罰する罰則が足りない部分を、ゼロベースで検討して、それを必要とする立法事実があれば個別立法をすることにより対応可能であると考えられる。
政府は、新たな法案は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのための「テロ対策」として必要であり、安倍首相は、「テロ等準備罪」がなければオリンピックを開催できないとまで述べている。しかし、安倍首相は、オリンピック招致の際には、「日本が世界で有数の安全国」であると述べていたのであり、矛盾している。
そもそも、国連の国際組織犯罪防止条約は、元々、経済的利益の獲得を直接又は間接な目的とする組織犯罪を対象とする条約であり、マフィアや暴力団対策のための条約であった。ただ、2001年のアメリカでの9.11同時多発テロを受けて、その後、G8においては、この条約をテロ対策のためのものであると読み替えるようになったという経緯がある。
しかし、本条約の主たるターゲットは組織犯罪であることは明らかであり、テロ対策が主たる目的ではないことは明らかである。
ちなみに、我が国は、国連の13のテロ防止関連条約の全てに加入し、そのための国内法整備も済んでいるし、政府の国際組織犯罪・国際テロ対策推進本部は、2004年12月10日に「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その後、その行動計画に基づく国内法整備が実施されている。
このように、我が国は、テロ対策についての法整備はかなり実施されている。それを何のテロ対様もないかのように説明するのは極めてミスリーディングであると言わなければならない。
共謀罪を実際に検挙するためには、共謀の現場を押さえるのがもっとも効果的であるが、実際には、共謀のための謀議は、密室など人から見えない場所で行われることから、実際には共謀罪を検挙することは難しいと考えられるため、謀議に加わった共犯者の自首や自白がなければ立件は難しいと考えられる。
ところで、この法案が成立すれば、それを検挙するための捜査手法が必要となる。
国民のプライバシーが根こそぎ把握されるおそれ
その捜査手法としては、尾行などの古典的な捜査のほかに、おとり捜査や潜入捜査(組織の中に、捜査官がその身分を隠して潜入すること)も考えられるし、なるべく早く、謀議の内容を把握する捜査方法として考えられるものとして通信傍受や室内盗聴が考えられる。
既に、通信傍受法(盗聴法)は2016年の通常国会で成立し、対象犯罪を財産犯である窃盗・強盗、詐欺・恐喝を加えるとともに、殺人、傷害、傷害致死、現住建造物等放火、爆発物使用などの殺傷犯、逮捕・監禁、略取・誘拐、児童ポルノの提供罪等のその性質上必ずしも組織犯罪ではない一般犯罪も対象犯罪する改正は、既に2016年12月1日から施行されており、既に詐欺罪での通信傍受が実施されたことが報道されている。
テロ等準備罪(共謀罪)を一挙に277も新設する法案が成立すれば、盗聴捜査が有用・必要という理由で盗聴の対象犯罪とする改正がなされることが強く予想される。
また、通信だけでなく、室内の会話を補足する必要があるとして、現在認められていない室内盗聴(会話傍受)の制度化を求められる声があがることも予想される。これらが実施されれば、これまで公安警察がとってきた手法が、刑事警察の分野でも日常的に行われるようになり、監視国家化が進むことは間違いない。
それだけでなく、政府は、テロ対策を掲げていることから、アメリカが9.11の後の愛国者法で認めたように、テロの未然防止のための傍受(行政盗聴)を可能にする法律を提出することも考えられる。これが実現されれば、まさに監視社会となり、国民の全てのプライバシーが根こそぎ政府に把握されるおそれがある。
政府は、本年3月10日頃までに閣議決定をして、新たな法案(組織犯罪処罰法改正案)を国会に上程する予定である。国会審議を通じて、この法案の問題について多角的な検討が行われることが期待されるが、この法案が国民の自由や人権に密接に関わる重要法案であることから、決して、数の力に頼った強行採決がされるべき法案ではない。国会での審議を通じて、この法案の問題点をあぶり出し、廃案にすべきである。
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