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2017年6月11日日曜日

旭化成の伝統化繊、インド女性の心をつかむ


渡辺 清治:東洋経済 記者
インドの専門店でサリーの品定めをする現地女性。シルクに似たベンベルグ製は人気だ(写真:旭化成)
旭化成の発祥の地、宮崎県延岡市。同市内にある旭化成の繊維工場で24時間体制のフル操業が続いている。作っているのは、この地で生産を開始してから90年近い歴史を有する伝統的な化学繊維、「ベンベルグ」の原糸だ。
ベンベルグは一般的には「キュプラ」と呼ばれ、高級天然繊維のシルク(絹)に似た滑りの良さが一番の特徴。静電気が起きにくいうえ、吸放湿性の高さから肌に長時間触れてもべたつきにくく、主に背広やジャケット、コートなどの裏地素材として使われてきた。

インドの民族衣装用途が拡大

その伝統的な繊維の工場がなぜ今、フル操業で繁忙なのか――。原動力になっているのは、まったく種類が異なる2つの女性衣料用途だ。
一つ目はカジュアル衣料店「ユニクロ」の機能性インナー。さらりとした肌触りのよさに着目したユニクロが、10年ほど前から女性用の肌着で採用を開始。今では夏の大人気商品、「エアリズム」のキャミソールやタンクトップ、シームレスブラなど、同シリーズのさまざまなアイテムの混合素材に用いられている。
それ以上に大きいのがインドの衣料用途だ。ベンベルグは現地の女性たちが身につける民族衣装に使われており、その需要が順調に拡大。この10年間でインドの民族衣装向け出荷は5割以上増え、今やベンベルグ生産量の約3割を占める最大の用途になっている。
ベンベルグは、天然素材を化学処理して作った再生繊維の一種である。原料は、綿花の種子のまわりに生えた細い“うぶ毛”。長さが数ミリと短く、綿花のように紡いで糸にはできないため、酸化銅アンモニアで溶かして糸に加工する。独ベンベルグ社が120年前に製造方法を開発し、旭化成はその技術を導入して1931年に延岡で生産を開始した。
ベンベルグの原料は、綿花の種に生えた産毛のコットンリンター。天然素材を化学処理で糸に加工する(写真:旭化成)
実は現在、このベンベルグを製造するのは世界で旭化成1社のみだ。糸にしてから銅やアンモニアを取り除くなど製造に手間がかかる割に、主な用途が裏地に限られたため、最盛期でもメーカーは世界で10社に満たなかった。
しかも、ポリエステルを始めとする安価な石油由来の合成繊維(合繊)に市場を侵食されてしまい、同業他社の大半は1980年代までに次々撤退。海外勢で唯一残っていたイタリアの小さな繊維会社も2009年に生産をやめた。
そうした中で、旭化成は工場の自動化など生産革新によって生き残り、高級上着の裏地を中心に残存者利益を享受。しかし、その旭化成のベンベルグ工場も1990年代後半から生産量が大きく落ち込み、一時は事業存続の危機に立たされた。カジュアル化の流れで、高級な背広やジャケットでも裏地自体が省かれることが多くなったからだ。

「サリー」や「デュパタ」で人気

その窮地を救ってくれたのが、インドの代表的な女性民族衣装である「サリー」や「デュパタ」の用途だった。主に既婚の女性が着用するサリーは長さが5メートルもある布で、専用のブラウスとロングスカートの上から体に巻き付ける。一方、デュパタは、長さ2メートルほどの大判ストール。こちらは若い女性が好むパンツスタイルのパンジャビスーツに欠かせないアイテムだ。
ベンベルグ事業部でインド営業を担当する谷本英人・第2営業部長によると、ベンベルグはこうしたサリーやデュパタの素材に適しているという。「シルクのように肌触りが優しく、光沢感も上品。染色が容易で発色がよいので、鮮明な色を好む現地の女性たちの嗜好にもあっている」。
汗をかいてもサラサラとしてべたつきにくいベンベルグの特性は、高温多湿のインドにうってつけ。また、適度な重さがあるため、身に付けた時にきれいなドレープ(たるみ)が自然にでき、シルエットが優雅に見える点も人気の理由だ。
現地ではサリー、デュパタとも、シルクや合繊、レーヨン、綿など多様な素材の製品が流通している。ただ、最上級品のシルク製は値段が高く、かといって安価な合繊や綿製は風合いや高級感が今ひとつ。そこで、化学繊維の中で質感がもっともシルクに近く、価格はその半分以下で買えるベンベルグ製を選ぶ女性が多いのだという。
インドへの原糸輸出を始めたのは今から約40年も前のこと。ベンベルグは生地に織るのが難しいため、旭化成の社員が現地に出向き、販売先の機屋(はたや:反物を織る繊維業者)に技術指導するなど地道な普及活動を重ねた。
ベンベルグはパンジャビスーツのストール、「デュパタ」の素材にも使われている(写真:旭化成)
それでもインドへの輸出は長らく微々たる量だったが、2000年代に入ると状況が一変する。経済成長で世帯収入が拡大し、消費を牽引する「中間(所得)層」が急激に増え始めたからだ。購買力を手に入れた中間層の女性たちがベンベルグ製のサリーやデュパタを買ってくれるようになり、当初は10社程度だった取引先の機屋も約70社にまで増えた。
こうしたインドの民族衣装とユニクロの機能性肌着の需要に対応すべく、旭化成は2014年に30億円を投じて、世界唯一の生産拠点である延岡工場を増設。ベンベルグでは1974年以来となる大型投資で、生産能力を年間1万7000トンへと1割引き上げた。それでも足元の需要が旺盛で、「増設した設備もすでにフル操業状態」(旭化成)だ。

素材の魅力をアピールし、価値高める

衣料用の化学繊維で代表的な3大合繊(ポリエステル、ナイロン、アクリル繊維)は、今や中国勢が世界供給量の大半を担う。日本の化学繊維会社はコスト面で太刀打ちできず、こうした汎用合繊から次々撤退。旭化成も2000年代にアクリル繊維とポリエステルの生産をやめており、ベンベルグは同社の衣料用繊維事業を支える貴重な存在でもある。
そのベンベルグの好調を牽引するインドでは現在、ブランド価値を高めるための施策に取り組んでいる。「工場がフル操業で供給量に制約があるので、今は目先の量を追い求めるのではなく、素材としての魅力、価値をより多くの人に理解してもらうことに重点を置いている」と谷本・第2営業部長は話す。
そのための具体的な施策として、昨年からインドの高級ファッション雑誌「FEMINA(フェミナ)」で広告を開始。また、ファッション展示会にも出展して優れた素材の特性を業界関係者らにアピールするなど、現地でのプロモーション活動を積極化している。
インドの女性たちのハートをつかみ、好調が続く旭化成の“オンリーワン繊維”、ベンベルグ。ファッションの世界は変化が激しいため、当面は現在の生産能力で対応する考えだが、認知度が増してインドでの需要がさらに拡大すれば、再度の工場増設も必要になりそうだ。

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