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2018年5月10日木曜日

人類の命を救う「青い血」を持つカブトガニを守るため遺伝子工学が用いられている

勉強の為に転載しました。
https://www.google.co.jp/amp/s/gigazine.net/amp/20180510-last-days-blue-blood-harvest

By CJ Oliver

何億年も姿形を変えずに地球上で暮らしてきた「生きる化石」ことカブトガニの体には、他の動物とは大きく異なる「青い血」が流れています。この血は毒素に極めて敏感に反応することから、毒素を検知する試薬の原料として使用されているのですが、カブトガニは個体数が激減しているために生体から血液を採取することに対して反対する声も上がっています。そんな中、1980年代から研究されてきた代替試薬の活用が広まろうとしています。

The Last Days of the Blue-Blood Harvest - The Atlantic
https://www.theatlantic.com/science/archive/2018/05/blood-in-the-water/559229/

カブトガニは非常に古い時代から地球上に生息していたことがわかっており、4億5000万年前の地層から化石が見つかっているほど。これまでに地球で何度も起こってきた生物の大量絶滅を生き延び、現在の地球とは全く様相が異なる「パンゲア超大陸」が出現して消滅する時代を全て見てきた地球で唯一の生物です。

そんなカブトガニの体には、淡い青色をした血液が流れています。人間のような生き物の血液が赤いのは、酸素を運ぶ物質「ヘモグロビン」に鉄が含まれているためなのですが、カブトガニの血液には鉄の代わりに銅が含まれているために青い色をしています。そしてこの血液は、毒素「エンドトキシン」に対して極めて敏感に反応し、凝固して毒素を閉じ込めてしまう作用があることが古くから知られてきました。その感度は非常に高く、毒素が1ppt(1兆分の1)レベルで含まれている状態でも反応するほど。

この特性が、人類の命を救うために活用されています。特に医療の現場では、毒素を徹底的に排除することが不可欠であり、安全性を確認するためにカブトガニの血液から採取されたLAL(カブトガニ血球抽出成分)試薬を用いる「LAL試験」が行われています。

LAL基礎知識|Wako LALシステム
http://www.wako-chem.co.jp/lal/lal_knowledge/index.html

このLAL試薬はカブトガニ血液から凝固反応を起こす物質を分離して作られるのですが、材料となる血液は生きたカブトガニから採取されています。年間40万匹以上というカブトガニが捕獲され、血液の3割程度を採取して元の海に戻すというプロセスが繰り返されるのですが、その中ではどうしても死んでしまう個体が一定数存在し、その数は5万匹ともいわれています。近年、カブトガニは個体数の激減が確認されていることからも、カブトガニの生体に依存しないLAL試薬開発の必要性が増しています。

生物学者のJeak Ling Ding氏は、そんな代替LALの研究に長年を費やしてきた研究者の一人です。1980年代からカブトガニを求めて泥の中を探し回っていたというDing氏は、夫で研究パートナーでもあるBow Ho氏とともに、生きたカブトガニを使わないLAL試薬を作る方法を追い求めてきたとのこと。

そのためにDing氏らが着目したのが、必要な物質を作り出すことができる微生物をDNA操作によって生み出すという手法でした。カブトガニの血液には、毒素に強く反応する「ファクターC」と呼ばれる特定の分子が含まれていることがわかっており、Ding氏はこの物質を作り出すことに関するDNAの部位を抽出し、研究室内で簡単に培養できる「イースト菌」のような微生物の細胞のDNAにつなぎ合わせるという方法の研究を進めました。この手法は糖尿病治療に必要な「インスリン」を、遺伝子を組換えた大腸菌で作り出すという試みで既に実用化されていたものでした。

研究の結果、Ding氏とHo氏はファクターCに関する遺伝子の特定に成功し、イースト菌のDNAに(PDF)組み込むことに成功しました。そして、実際にファクターCがイースト菌から分泌されるのかを観察した両者でしたが、最初のトライは失敗に終わったとのこと。その後、別のイースト菌や哺乳類の細胞を使った手法が試されましたが、いずれも失敗に終わる時期が続いたそうです。

転機が訪れたのは1990年代後半のこと。Ding氏とHo氏がアメリカで、他の細胞を宿主とする「バキュロウイルスベクター系」についての講義を受けたことが、研究を進める大きなヒントになりました。この手法では、ウイルスを用いてファクターCの遺伝子を昆虫の内臓細胞に組み込むことで、ファクターCの「培養工場」として用いることができるようになります。カブトガニは、名称に「カニ」が含まれていますが、実際にはカニのような甲殻類ではなく、クモやサソリなどと同じ鋏角類に属する生き物です。さらに、昆虫とカブトガニはいずれも節足動物門に属し、祖先を同じくする生き物であるために互いに相性が良く、この試みは驚くほどうまくいって良い結果を残すこととなりました。
By KayLambPhotos

このようにして研究開始から15年後、Ding氏とHo氏はついにLAL試薬の代用となる代替試薬をカブトガニを用いずに作り出す手法の確立に成功しました。

しかし、事態はすぐに変化するというわけではありませんでした。2003年、Ding氏の特許に基づく代替試薬を使った検査キットが発売されましたが、製薬会社でさえも関心を持つ者は少なく、世界では今なおカブトガニから採取されたLAL試薬が使われ続けているという状況があります。

そのような状況には、一定の理由があったのも事実です。新技術による検査キットを供給しているのは「Lonza(ロンザ)」1社のみだったため、製薬会社は製品の供給が途絶えるリスクを考慮して単独の供給元に依存することを嫌いました。また、カブトガニから採血して販売してきた企業からの抵抗があったというのも要因の一つとのこと。アメリカには、カブトガニの血液を採取している企業が6社あるのですが、そのうち2社はThe Atlanticの取材を拒否し、1社からは反応なし。2社は実質的に対外窓口を持たず、最後の1社は代替試薬を製造しているロンザです。つまり、ロンザはカブトガニの血液と、代替試薬の両方を取り扱っているメーカーとなっています。
By Health Gauge

Ding氏らはこのビジネスの現実に直面して失望したといいます。当時を振り返り、Ding氏は「私たちは、純粋に科学者として研究することに熱中し、幸せでした。私たちは、ファクターCの代替品が世界中に広まり、カブトガニが救われることになると思っていました」と語っています。

代替試薬にとっては厳しい時代が続いてきたのですが、近年になり状況は変化してきました。かつてはロンザの独占供給だった代替試薬の分野には、2013年に「ハイグロス」が2社目の代替ファクターC供給元として参入し、供給の安定性という観点で大きな前進がみられています。ハイグロスのシニアサイエンティストであるケビン・ウィリアムズ氏は、この流れについて「長く先送りされてきた近代化」のステップだと語っています。かつて、糖尿病治療に必要なインスリンの製造にはブタが使われてきましたが、過去数十年でその製造はイースト菌やバクテリアに置き換えられ、ブタの使用は過去のものとなりつつあります。それと同じ動きが、LALとカブトガニをめぐる状況でも起こっているというわけです。

法規制面でも、これを後押しする状況が生まれてきています。2016年には、ヨーロッパで代替試薬を作るための代替ファクターCの使用が認められており、アメリカもこれに続くものとみられています。供給と法規制の両面で障壁が低くなることで、貴重なカブトガニの命を脅かすことなく人類にとって重要な試薬を生産する環境が整えられようとしています。
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