https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57571
このところ地方移住への関心が再び高まっている。安倍政権がアベノミクスの一環として地方創生を掲げたことや、石破茂元幹事長が自民党総裁選への出馬に際して地方創生を全面的に打ち出したこともあり、このテーマがメディアに取り上げられる機会も増えてくると思われる。
一方、地方移住にはトラブルがつきものであり、理想と現実はだいぶ異なる。地方移住が漠然とした希望であるうちはそれでよいが、本格的に移住を考えるのであれば、相当な下調べが必要だ。
若年層の移住希望者が増えている
国土交通省の調査によると、20代の4人の1人が、それ以外の年齢層の6人に1人が、地方移住について関心を持っているという。地方移住の支援を行っている、特定非営利法人100万人のふるさと回帰・循環運動推進・支援センター(ふるさと回帰支援センター)への来訪や問い合わせ件数はこのところ急激に増加しており、10年間で10倍以上となっている。
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支援センターへの問い合わせ件数については、地方創生という政策強化によってセミナーの開催件数が増えるなど、別の要因があるため、数値の増加がそのまま関心の高まりを示しているわけではない。だが、地方移住を取り上げたブログやSNSにおける関連投稿の状況などを考えると、関心を持つ人が増えているのは間違いないだろう。
もっとも、関心が高まっているからといって、多くの人がすぐに移住を決断するとは限らない。先ほどの国土交通省の調査においても「親世代との同居もしくは近居」「中古住宅の取得」といった項目も、地方移住と同じくらいの関心度合いになっている。
興味深いのは、地方移住に関心を持つ人の属性が年々変化していることである。
ふるさと回帰支援センター利用者の年齢構成は、2008年には50代が27.9%、60代が35.1%と圧倒的に中高年が多かった。だが2017年では20代が21.4%、30代が28.9%と若年層と高齢者が完全に入れ替わっている。
若年層の関心が高まっているのは、経済的な問題と関連している可能性が高いだろう。
ここ数年、日本の労働者の実質賃金は下がる一方だったが、若年層の賃金の下がり方は尋常なレベルではなかった。一部の若年層労働者は、都市部の物価では暮らすことそのものが困難になっており、これが地方移住に対する漠然とした関心を高めていると考えられる。
ここ数年、日本の労働者の実質賃金は下がる一方だったが、若年層の賃金の下がり方は尋常なレベルではなかった。一部の若年層労働者は、都市部の物価では暮らすことそのものが困難になっており、これが地方移住に対する漠然とした関心を高めていると考えられる。
政府は金銭的な支援も検討している
もっとも地方に移住したからといって経済的な問題が解決するとは限らない。地方は物価が安く、農村地域に行けば、食料が「おすそわけ」で手に入ったりするので、現金の支出は大幅に減る。だが地方では基本的に雇用が少なく、仮に職を見つけられたとしても、年収が200万円以下というケースもザラにあるため、結局は経済的な問題がつきまとう。
政府もこうした状況は認識しているようで、地方移住者に対する経済的支援について検討を開始している。
現在、議論されている制度は、東京、埼玉、神奈川から地方に移住し、現地で起業した人には最大300万円、現地の中小企業に転職した人には最大100万円を支援するというものである。経済的な理由で地方への移住を諦めていた人に、直接的な支援で行動を促そうという仕組みだ。
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だが、この施策は、はからずも地方移住が抱えている根本的な問題を浮き彫りにしたともいえる。
先ほど筆者は地方では雇用が少ないと述べたが、一方で地方は深刻な人手不足に悩まされている。これは相反する事象であり話が矛盾している。
地方に雇用が少ないのも、人手不足が深刻なのも事実だとすると、考えられるのは雇用のミスマッチだろう。適正な条件の求人があれば、本来ならすぐに求職者が応募してくるので、深刻な人手不足にはならないはずだ。
だが、多くの人が考える雇用環境や雇用条件を満たす職場が少ないのだとすると、いくら求人をかけても人は集まらない。一方、都市部から移住を希望する人にとっては、自分が求める仕事はないという結論になってしまう。
このような状態だからこそ、人手不足が深刻な中小企業への転職の場合には100万円、さらにハードルが高く雇用を生み出してくれる起業の場合には300万円の支援があると考えた方がよい。
村八分でゴミが出せない?
一連の状況を総合的に考えた場合、このままでは地方移住が進展する可能性は低いだろう。
自由な移動というのは資本主義を成り立たせる根源的な要因とひとつであり、人口減少社会において都市部への人口集中が進むのは自然な動きといってよい。都市部の方が物価の高さをカバーできるくらいに賃金が高いのも自然なことであり、都市部で生活するのは合理的な選択といえる。
しかしながら、政策として地方を重視するということであれば、それはそれでひとつの決断であり、多くの国民がそれを望むのであれば、推進していく価値はあるだろう。
だが、実施しようとしている政策が市場メカニズムとは逆の流れにある場合、これを確実に実施するためには相応の準備が必要となる。現時点ではそうした準備が出来ているとは到底、思えない。
地方移住を妨げている最大の理由は、経済的な問題はもちろんのこと、それ以前の社会的な問題である。
近年、SNSが発達してきたことで、多くのナマの声がネットで拡散されるようになった。地方移住に関する話題もSNSに投稿されているのだが、その中には、近代民主国家としては目を疑うような事例も散見される。
よく目にするのはゴミの問題である。
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ある地域では、都会からやってきた新住民が村八分のような扱いを受け、何十キロも離れた集積所までゴミを運ばなければならない状態になっているという。
ゴミの集積所は自治会が運営しており、自治体のゴミ収集はその集積所でしか行わないという。新しい居住者は自治会に加入していないため、自治会の集積所にはゴミが出せず、自治体が運営する遠くの集積所まで、毎日、クルマを運転してゴミを出しに行っているという。しかも自治会に加入できないのは、本人に加入の意思がないわけではなく、自治会側が新住民を拒否しているという。
経済的な問題ではなく社会的な問題
SNSの情報なので真偽の程は不明だが、似たような事例が多数、ネットで報告されている現状を考えると、こうしたケースは珍しくないものと考えられる。
自治会はあくまで自治会なので、そのルールは地域住民が決めるべきものだが、自治会に加入していないことで行政サービスが受けられないという話が本当だとすると、それは近代民主国家として絶対にあってはならないことである。
ゴミの収集をはじめとする各種行政サービスを受ける権利は、納税する住民に等しく保障されたものであり、特定の住民が何の理由もなくこうしたサービスを受けられないというのは、基本的人権にも関わる重大問題といってよい。
本当に地方移住を推進したいのであれば、場当たり的な支援ではなく、社会的な部分での対策をしっかりすることが先決である。
ごくわずかな金銭的な支援だけを行い、あとは自己責任ということでは、誰もこうした施策には乗らないだろう。地方創生や地方移住というのは、実は日本社会の制度そのものが問われている問題なのである。
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