勉強の為に転載しました。
http://www.1ginzaclinic.com/AMPK.html
【2型糖尿病とメタボリック症候群はがんの発生率を高める】
食物からブドウ糖が体内に吸収されて血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が上昇すると、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリンの働きによって血糖値が下がります。インスリンは51個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、筋肉細胞へのブドウ糖の取り込みや、脂肪細胞での脂肪合成、肝臓におけるグリコーゲン合成を促進します(下図)。
私たちの体はインスリンの働きによって血糖値が一定値以上に上昇しないように調節されていますが、インスリンの分泌量が低下したり働きが弱くなったために血糖値が高い状態が続くのが糖尿病です。
膵臓のランゲルハンス島が破壊されてインスリンを分泌できないために発症する1型糖尿病と、肥満や運動不足が原因となって発症する2型糖尿病の2つのタイプがありますが、日本人の糖尿病のほとんどは2型糖尿病で、中高年の太った人に多いのが特徴です。
2型糖尿病は遺伝的素因を持つ人(血縁の人に糖尿病の人がいるなど) に起こりやすいのですが、遺伝的素因があれば必ず起こるわけではなく、過食・運動不足・肥満・ストレスなどの要因が加わって発症します。これら糖尿病の発症要因となる食生活や生活習慣は、がんの発生や再発のリスクを高める要因とも一致しています。つまり、糖尿病の存在はがんの発生率や治療後の再発率を高めることが予想されます。
多くの疫学研究で、糖尿病が発がんリスクを高めることが確認されています。日本で行なわれた大規模調査(約10万人を対象にした国立がんセンターの追跡調査)では、糖尿病と診断されたことのある人はない人に比べ、20~30パーセントほどがんの発生率が高くなることが明らかになっています。この調査では、糖尿病がある人のがんの発生率は糖尿病が無い人に比べて、男性は肝臓がんが2.24倍、腎臓がん1.92倍、膵臓がん1.85倍、大腸がん1.36倍、女性の場合は、卵巣がん2.42倍、肝臓がん1.94倍、胃がん1.61倍という結果が得られています。
国立国際医療研究センターの研究グループが1960年代以降の世界中の論文をもとに、男女約25万7000人分のデータを解析した結果が今週報告されていますが、糖尿病患者は糖尿病でない人に比べ、何らかのがんにかかる率は11%、がんが原因で死亡する率は16%高かったという結果が得られています。
2型糖尿病を発症する前に、数年間高インスリン血症が見られると言われています。インスリンの働きに影響する様々な生理活性物質が脂肪細胞から分泌されており、肥満によって体脂肪が増えるとインスリンの働きが低下します。脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質はインスリンの働きを高める作用がありますが、内蔵脂肪が増えると分泌量が減り、アディポネクチンの血中濃度が低下するとインスリン抵抗性(インスリンの作用低下)が高まります。
インスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。この段階ではインスリンの分泌増加によってまだ血糖があまり高くないので糖尿病とは診断されませんが、そのうちインスリンを分泌するランゲルハンス島から十分なインスリンが分泌されなくなると、高血糖状態が持続して糖尿病と診断されます。
米国のある疫学研究では、糖尿病と診断された人よりも、糖尿病の前段階(プレ糖尿病)の人の方が発がんリスクが高いという報告があります。これは発がんリスクを高める原因として高インスリン血症の存在の重要性を示唆しています。つまり、肥満や運動不足による糖尿病予備軍では、インスリン抵抗性による高血糖を抑えるためにインスリンが過剰に分泌され、発がんを促進すると考えられているのです。
さらに、糖尿病があるとがんの進行が早く転移しやすいことも指摘されています。高血糖や高インスリン血症ががん細胞の増殖を促進するからです。
また、糖尿病は高血圧や動脈硬化性心疾患や腎障害や神経障害などの原因になり、酸化ストレスを高め、老化を促進することになります。インスリンが老化を早めて、寿命を短くする働きがあることも指摘されています。
メタボリック症候群(Metabolic syndrome:メタボリック・シンドローム)は内臓脂肪型肥満、高血糖、高脂血症、高血圧などの症状を呈する状態で、この病態の基礎には脂肪組織における炎症状態や、それに伴うインスリン抵抗性(インスリンの効き目が低下している状態)が関連しています。メタボリック症候群は発がんの危険因子として知られていますが、その理由の一つは、インスリンの感受性が低下しているので高インスリン血症の状態にあるためと考えられています。
【高インスリン血症はがん細胞の増殖を促進する】
インスリン自体にがん細胞の増殖を促進する作用があります。さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF- 1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まります。IGF-1はがん細胞の増殖や血管新生や転移を促進する作用がありま す。IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。高インスリン血症では、インスリンがIGF-1受容体に結合して、IGF-1と同じように細胞の増殖を促進します。
さらにプレ糖尿病から糖尿病になって血糖が上がると、がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、がん細胞の増殖に有利になります。高血糖は活性酸素の産生を高め、血管内皮細胞や基底膜にダメージを与えて、血管透過性を高め、転移を起こしやくするという意見もあります。
大腸がんの患者さんは健常な人と比べて、血糖値や血中のインスリン濃度が高いという報告があります。高インスリン血症は肝臓における性ホルモン結合グロブリンの産生を抑制するので、フリーのエストロゲンが血中に増えて、乳がん細胞の増殖を促進することも指摘されています。
このように様々な理由で、高血糖や高インスリン血症は、がん細胞の発生や増殖や再発のリスクを高めることになるのです。
前述のアディポネクチンに抗がん作用があることが報告されています。人の胃がん細胞を移植したマウスにアディポネクチンを注射すると、がんが著しく縮小したという報告があります。また、アディポネクチンの低い人ほど大腸がん、前立腺がん、子宮体がん、乳がん、胃がんの発生率が高いという報告があります。
このアディポネクチンのがん予防効果は、インスリン感受性を高めて血中のインスリン濃度を低下させるためと推測されています。つまり、インスリン感受性を高める(=インスリン抵抗性を低下させる)ことはがんの予防に効果が期待できることが指摘されています。また、アディポネクチンはがん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化することも明らかになっています。
【AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とは】
糖尿病やメタボリック症候群でがんのリスクが高くなる理由の一つがインスリン抵抗性です。インスリンの効き目が悪くなって、高インスリン血症になることががんの発生や再発を促進します。
インスリン抵抗性を改善する因子として注目されているのがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)です。AMPKは人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとしてアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate :ATP)というヌクレオチドを利用しています。ATPは「生体のエネルギー通貨」と言われ、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。ATPがエネルギーとして使用されるとADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。すなわち、ATP → ADP + リン酸 → AMP+2リン酸というふうに分解され、リン酸を放出する過程でエネルギーが産生されます。
AMPKはこのAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。
AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。したがって、この効果は運動と同じ効果になり、肥満や2型糖尿病の治療にも有効です。
AMPK は、α,β,γの3つのサブユニットからなるヘテロ三量体として存在し、AMP がγサブユニットに結合することでその複合体が活性化されます。AMP/ATP比の増加、細胞内pHおよび還元状態の変化、およびクレアチン/ホスホクレアチン比の増加がAMPKを活性化することが知られています。
また、レプチンやアディポネクチンなどの肥満関連サイトカインにより活性化されることや、中枢神経系での摂食行動の制御への関与が明らかとなり、個体全体の代謝制御においても重要な役割を担うと考えられています。さらに近年、AMPKががんの発生や増殖を抑制する効果や、がん治療の効果を高める効果が報告されています。
【AMPKを活性化するとがん細胞の発生や増殖が抑えられる】
がんの危険因子であるメタボリック症候群ではAMPKの活性が低下しています。
また、がん細胞でもAMPKの活性が抑制されており、AMPKを活性化するとがん細胞の増殖を抑制できることが報告され、AMPKはがんの予防や治療のターゲットとして有望視されています。
AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。AMPKは細胞増殖の制御に関連する幾つかのたんぱく質の活性に影響します。次のようなメカニズムが報告されています。
1)AMPKはがん抑制遺伝子のp53を活性化して、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。一方、p53の活性化はAMPKを活性化します。つまり、AMPKとがん抑制遺伝子p53は相互に作用してがんを抑制する方向で働きます。
2)AMPKは脂肪酸やコレステロールの合成に必要なacetyl-CoA carboxylase (ACC)とHMG-CoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase)の活性を阻害します。ACCの阻害によって脂肪酸の合成が阻害されると増殖が抑制されます。(注1)
HMG-CoA還元酵素は、コレステロールやイソプレノイドを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つで、この酵素の阻害剤はスタチン (Statin)として知られ、コレステロール降下剤として広く用いられています。(注2)
AMPKはスタチンと同じようにHMG-CoA還元酵素を阻害して、メバロン酸の合成を阻害します。メバロン酸はコレステロールの合成に必要なだけでなく、糖たんぱくの合成や、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)のイソプレニル化に必要な物質(geranylpyrophophateやfarnesylpyrophosphate)を作ります。したがって、メバロン酸経路が阻害されると、がん細胞の増殖は抑えられことになります。(注3)
(注1):インスリンは、アセチル-CoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:脂肪酸合成の律速酵素)とHMG-COA還元酵素(HMG-COA reductase:肝臓におけるコレステロール生成の律速酵素)を活性化させ、脂肪酸やコレステロール合成を高めます。このような効果もがん細胞の増殖を促進することになるのですが、ACCとHMG-CoA還元酵素の阻害作用はがん細胞の増殖を抑える効果があります。
(注2):コレステロール合成を阻害するHMG-CoA reductase inhibitorsのスタチン(statins)ががん予防効果が指摘されています。また、脂肪酸合成酵素やアセチルCoAカルボキシラーゼなど脂肪酸やコレステロールの合成に関与する酵素の活性ががん細胞では高くなっていることが知られています。(乳がん、前立腺がん、大腸がん、卵巣がんなど)したがって、脂肪酸の合成を阻害することはがん細胞の増殖を抑制できます。
(注3):GTP結合タンパク質(Gタンパク質)は内在性のGTP加水分解活性をもつタンパク質の総称で、この内、低分子量Gタンパク質群(Ras, Rho,など)は分子量が2万~3万のタンパク質として、これまで100種類以上報告されており、イソプレニル化を受けた後に細胞膜に移行することで、GTP結合型(on)/GDP結合型(off)として細胞内シグナル伝達に関与しています。HMG-CoA還元酵素を阻害しイソプレノイド生成が低下すると、低分子量Gタンパク質の活性が低下して、増殖活性が低下します。
3)AMPKは嫌気性解糖系を阻害します。がん細胞では、嫌気性解糖系が亢進しており、ワールブルグ効果として知られています。がん細胞の嫌気性解糖系を阻害することはがん細胞の増殖抑制に有効です。
4)AMPKはmTOR(mammalian target of rapamycin)経路を阻害して蛋白質の合成を抑制し、がん細胞の増殖や血管新生を阻害します。
mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。mTORの活性を阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができます。mTOR阻害剤ががんの治療薬として臨床ですでに使用されています。
臨床的にも、AMPKの活性化ががんの発生率を低下させ、がん治療の効果を高めることが報告されています。このようなAMPKの活性化による抗がん作用は糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)の研究結果から明らかになっています。
【インスリン感受性を高めるメトホルミン】
糖尿病の治療薬にはインスリンの他に、経口血糖降下薬があります。経口血糖降下薬は、2型糖尿病において血糖値を正常化させることで糖尿病の合併症のリスクを軽減させる目的にて処方される薬物の総称で、膵臓のランゲルハンス島からのインスリンの分泌を促進する「インスリン分泌促進薬(スルホニルウレア剤など)」、ブドウ糖の腸管からの吸収を阻害する「ブドウ糖吸収阻害薬(アルファ・グルコシダーゼ阻害剤など)」、細胞のインスリン感受性を高める「インスリン抵抗性改善薬(ビグアナイド剤など)」があります。
インスリンががん細胞の増殖を促進し、老化を促進する作用があることから、インスリンの分泌を促進する薬剤は、がんと老化の予防の観点からは好ましくないと言えます。実際に、インスリンの分泌を促進する薬ががんの発生率を高める可能性が指摘されています。
一方、インスリン抵抗性を改善して、血中のインスリン濃度を低下させるビグアナイド剤は、老化とがんの予防に有効であることが多くの研究で明らかになっています。
ビグアナイド(biguanide)はグアニジン2分子が窒素原子1個を共有して連なった構造をもつ有機化合物です。グアニジンはグアニン(核酸を構成する塩基の一つ)の分解や蛋白質の代謝で生成され、グアニジン誘導体の中には生理活性をもつものが多く見つかっています。
ビグアナイド剤は、元来は、血糖降下作用のある中東原産のマメ科のガレガ(Galega officinalis)から1920年代に見つかったグアニジン誘導体から開発された薬です。ビグアナイド剤は、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。
インスリン抵抗性を改善することは老化やがんの予防に有効であることが明らかになっており、ビグアナイド剤のメトホルミン(Metformin)はがん予防や抗老化の薬としても注目されるようになっています。
図:高血糖と高インスリン血症は老化と発がんを促進する。糖尿病治療薬のメトホルミンはAMPKを活性化し、インスリン感受性を高めることによってインスリンの分泌を低下させ、発がんと老化の両方の予防に効果がある。
【メトホルミンの抗がん作用】
インスリンの働きを良くしてインスリンの産生を抑える糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)ががんの発生率を抑えることが多くの研究で明らかになっています。
台湾で実施された80万人を対象にした前向きコホート研究では、2型糖尿病があって血糖降下剤を服用していないグループでは、大腸がん・肝臓がん・胃がん・膵臓がんの発生率が約2倍くらいに高く、メトホルミンの服用によって非糖尿病グループのレベルに低下することが報告されています。この論文では、1日500mgのメトホルミンががん(特に、胃がん、結腸直腸がん、肝臓がん、膵臓がん)の発生率を著明に低下させるという結論が記述されています。(BMC Cancer 2011 Jan 18: 11(1):20 [Epub ahead of print])
メトホルミンが、糖尿病患者の膵がんリスクを低下させることを示す結果が、米テキサス大学M. D.アンダーソンがんセンターの研究グループから報告されています。糖尿病の患者でメトホルミンを服用していた場合、メトホルミンを服用しなかった人々と比べて、膵がんのリスクが 62 %低減することが示されています。一方、インスリンまたはインスリン分泌促進薬を使用した糖尿病患者では、それらを使用しなかった患者と比較して、それぞれ、膵がんのリスクが 4.99 倍と 2.52 倍に増加しました。(Gastroenterology 137:482-488, 2009)
膵臓がん以外にも、肺がんや大腸がんや乳がんなど多くのがんの予防や治療にメトホルミンが有効であることが多くの研究で明らかになっています。
メトホルミンには、乳がんの増殖や転移や悪性度に深くかかわる遺伝子タンパク(HER2:Human epidermal growth factor receptor type2)の働きを抑える作用があること、エストロゲンを産生するアロマターゼという酵素を阻害する作用も報告されています。ある疫学研究では、メトホルミンを服用することで、乳がんの発症が56%低下することが報告されています。
メトホルミンはインスリンの分泌を高めるのではなく、インスリン抵抗性を改善する(インスリンの働きを高めてインスリンの産生を低下させる)効果や、がん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があるので、糖尿病をもっていない人でも、がんの発生予防や再発予防やがん治療に役立つ可能性も指摘されています。
がん治療におけるメトホルミンの有効性を示す論文が以下に示すように最近多数報告されています。
Metformin and pathologic complete responses to neoadjuvant chemotherapy in diabetic patients with breast cancer.(糖尿病をもつ乳がん患者における術前化学療法に対する病理学的完全奏功とメトホルミン) J Clinical Oncology, 27(20: 3297-3302, 2009
目的;経口血糖降下剤のメトホルミンの服用が、糖尿病患者におけるがんの発生と死亡を減らす効果があることが、疫学的研究で示唆されている。培養がん細胞を使った実験や、移植腫瘍を用いた動物実験で、メトホルミンががん細胞の増殖を抑える効果が示されている。しかし、人間の腫瘍におけるメトホルミンの抗がん作用を支持する臨床データはほとんど無い。本研究は、糖尿病をもつ乳がん患者の術前化学療法におけるメトホルミンの効果を検討した。
患者と研究方法:米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターで1990から2007年の間に早期の乳がんで術前化学療法を受けた患者2529人を対象にし、このうち糖尿病に罹患しておりメトホルミンを服用していた患者が68人、メトホルミンを服用していない糖尿病患者が87人、残りの2374名は非糖尿病であった。術前化学療法後の腫瘍の切除標本を病理学的に検討し、病理学的な完全奏功の率を比較検討した。
結果:メトホルミンを服用したグループの病理学的完全奏功は24%、糖尿病でメトホルミンを服用していなかったグループの病理学的完全奏功は8.0%、非糖尿病グループの病理学的完全奏功は16%であった。メトホルミンを服用していたグループは、メトホルミンを服用していなかったグループに比較して、病理学的完全奏功率が高く、その差は統計的に有意であった。
結論:糖尿病を有する乳がん患者では、メトホルミンを服用することによって術前化学療法の効果を高めることができる。メトホルミンの抗がん作用に関してさらに検討する必要がある。
(解説)
乳がんでは、手術侵襲をさらに少なくするために、 従来はすぐに手術をおこなっていた早期の乳癌に対しても、積極的に術前化学療法 ( neoadjuvant chemotherapy)や 術前ホルモン療法 (neoadjuvant endocrine therapy) が行われるようになっています。これによって腫瘍をできうる限り小さくし、より小さな範囲の温存療法が可能になります。術前化学療法の後に、手術で腫瘍部分を切除して、病理学的に検査すると、がんが全く消滅している場合があります。これを病理学的完全奏功(Pathologic Complete Response, pCR)と言います。術前化学療法で病理学的完全奏功が得られた場合は、再発や転移が低く、予後が良いことが知られています。
この論文の研究は、米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターからの報告です。メトホルミン服用グループの患者数が68人と比較的少ないので、メトホルミンの有効性をさらに大規模な臨床試験で検証する必要はありますが、統計的に有意差が出ているので、メトホルミンが乳がんの抗がん剤治療の効き目を高める効果があると言えます。
また、この論文では、メトホルミンを服用していない糖尿病患者のうち、インスリンを使用しているグループの病理学的完全奏功が0%に対して、インスリンを使用していないグループの病理学的完全奏功が12%でした。つまり、インスリンががん細胞の増殖を促進する可能性を示しています。
メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。糖尿病や肥満や運動不足は乳がんのリスク要因でもあり、糖尿病がある場合は再発率が高くなることが報告されています。したがって、糖尿病がある乳がん患者はメトホルミンを服用する方が良いと言えます。
今後は、非糖尿病患者にメオホルミンを投与することが有用かどうかを明らかにする必要があります。
Metformin selectively targets cancer stem cells, and acts together with chemotherapy to block tumor growth and prolong remission.(メトホルミンはがん幹細胞に選択的に作用し、抗がん剤治療と相乗的に作用して、がん細胞の増殖を抑制し、寛解期間を延長する)Cancer Res. 69(19):7507-11, 2009
(論文の要旨)
がんが再発する理由として、がん幹細胞の存在がある。すなわち、がん組織の中でがん細胞を絶えず増やしているがん幹細胞と、がん組織を作ることができないがん細胞とが混在し、がん幹細胞は抗がん剤に抵抗性で、抗がん剤治療に生き残るために再発が起こるという考えがある。したがって、がん幹細胞を死滅させる薬が望まれているが、そのような薬はまだ存在しない。
インスリン抵抗性を改善し糖尿病の治療に使われているメトホルミンは、がんの発生を抑制する効果があり、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験で、乳がんを含め多くのがん細胞の増殖を阻害する作用が報告されている。
ヌードマウスを使ったヒトの乳がん細胞を移植した実験では、トリプルネガティブ(ホルモン非依存性でHer2陰性)の乳がん細胞の増殖を抑制する効果が報告されている。このような研究結果は、非糖尿病の場合でも、メトホルミンががんの治療に有効に働く可能性を示唆している。
この論文では、低用量のメトホルミンが、乳がんのがん幹細胞を選択的に死滅させる効果があることを報告している。メトホルミンと通常の抗がん剤のドキソルビシンとを併用すると、非幹細胞のがん細胞とがん幹細胞の両方を死滅させることができることを培養がん細胞を使った実験で示している。さらに、移植腫瘍を用いた動物実験で、抗がん剤単独の場合と比べて、抗がん剤とメトホルミンを併用すると、腫瘍を縮小させ再発を防ぐ効果が増強することが示された。この動物実験では、ドキソルビシン単独の治療では20日で再発したが、ドキソルビシンと低用量メトホルミンの併用療法では腫瘍の再発が2ヶ月間以上抑えることができた。
これらの研究結果から、乳がんに対して(そして、恐らく他のがんに対しても)、低用量のメトホルミンの投与は通常の抗がん剤治療の効果を高めることが示唆された。
The anti-diabetic drug metformin suppresses the metastasis-associated protein CD24 in MDA-MB-468 triple-negative breast cancer cells.(糖尿病治療薬メトホルミンはトリプルネガティブ乳がん細胞MDA-MB-468における転移関連蛋白CD24を抑制する)Oncol Rep. 25(1):135-40. 2011
(要旨)
CD24はムチン様の接着分子でがん細胞の転移能を促進し、乳がんにおいて予後不良のマーカーとして知られている。治療に抵抗性の乳がんにおいて、遠隔転移したがん細胞の多くがCD24陽性であることが報告されている。したがって、乳がん細胞において、CD24の発現を抑制することは、転移を抑制する治療法となる可能性がある。
この研究では、トリプルネガティブの乳がん細胞MDA-MB-468細胞に対するメトホルミンの増殖抑制効果は、CD24蛋白の発現抑制と密接に関連していることを示した。
様々な乳がん細胞の中で、トリプルネガティブの乳がん細胞が特にメトホルミンに対して感受性が高いことを認めた。特に、CD44とCD24の両方を発現している乳がん細胞に対してメトホルミンの増殖抑制効果が強いことを認めた。メトホルミンはCD24蛋白の発現を抑制した。
CD24の発現の多い乳がん細胞を持っている患者は無転移生存期間が短いことが明らかになった。
以上のことを総合すると、予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆された。
Metformin Treatment Exerts Antiinvasive and Antimetastatic Effects in Human Endometrial Carcinoma Cells.(メトホルミンはヒト子宮内膜がん細胞の浸潤と転移を抑制する)J Clin Endocrinol Metab. 2010 Dec 29. [Epub ahead of print]
【研究の背景】多嚢胞性卵巣症候群 (Polycystic ovary syndrome)は子宮内膜の増殖をお越しやすい最も一般的な内分泌機能異常である。多嚢胞性卵巣症候群の治療に使用されるメトホルミンの、子宮内膜がん細胞に対する効果を明らかにする目的で研究した。
【目的と実験方法】培養したヒト子宮内膜がん細胞の浸潤能や転移能に対するメトホルミンの効果を検討した。子宮内膜がんの浸潤と転移には炎症反応が密接に関連しているので、転写因子のNF-kBやマトリックスメタロプロテイナーゼなどとの関連についても検討した。
【結果】 子宮内膜がん細胞ECC-1細胞の培養条件に、メトホルミン(850mgを1日2回服用)を6ヶ月間服用した多嚢胞性卵巣症候群患者の血清を添加すると、メトホルミン非投与の患者血清を添加した場合に比べて、その浸潤能は著明に抑制された。この作用は、炎症やがん細胞の浸潤や転移で活性化されるNF-kBやメタロプロテイナーゼやAktやErk1/2のシグナル伝達系の抑制を介していることが示された。
【結論】メトホルミンは子宮内膜がんの補助療法として有用であることが示唆された。
Metformin promotes progesterone receptor expression via inhibition of mammalian target of rapamycin (mTOR) in endometrial cancer cells.(メトホルミンは子宮内膜がん細胞のmTORの阻害を介してプロゲステロン受容体の発現を促進する)J Steroid Biochem Mol Biol. 2010 Dec 17. [Epub ahead of print]
(要旨)
プロゲステロンは子宮内膜がんのホルモン治療として使用されているが、その奏功率は低い。その理由はがん細胞におけるプロゲステロン受容体の発現率が低下しているからと考えられている。インスリン様増殖因子は子宮内膜がんのリスクを高め、乳がん細胞においてプロゲステロン受容体の発現を抑制する作用がある。
最近の研究によると、経口避妊薬とメトホルミンを併用すると、プロゲステロン治療で抵抗性の子宮内膜の異型増殖を改善する効果が得られるが、そのメカニズムは不明である。
この研究では、培養ヒト子宮内膜がん細胞を用い、プロゲステロン受容体とインスリン様増殖因子に対するメトホルミンの作用と、メトホルミンがプロゲステロンの抗腫瘍効果を増強するかどうかについて検討した。
その結果、インスリン様増殖因子(IGF-IとIGF-II)はプロゲステロン受容体のmRNAと蛋白の発現を阻害し、メトホルミンはプロゲステロン受容体の発現を促進した。
さらに、IGF-IIはAKTとp70S6Kのリン酸化を促進し、メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼのリン酸化を高め、p70S6Kのリン酸化を抑制した。子宮内膜がん細胞に対するプロゲステロンの抗腫瘍効果をメトホルミンは相乗的に増強した。1マイクロMのmedroxyprogesterone acetateと10マイクロMのメトホルミンで最大の相乗効果を認めた。
以上の結果より、子宮内膜がんでIGF-IIによって阻害されているプロゲステロン受容体の発現を、メトホルミンは促進する。この作用は、メトホルミンがAMP活性化プロテインキナーゼを活性化し、がん細胞で活性化されているmTORシグナル伝達系を阻害することによって起こる。
Metformin against TGF-β induced epithelial-to-mesenchymal transition (EMT): from cancer stem cells to aging-associated fibrosis.(TGF-ベータ誘導性の上皮間葉移行に対するメトホルミンの抑制効果:がん幹細胞から老化関連線維化まで)Cell Cycle. 9(22):4461-8. 2010.
(要旨)
腫瘍増殖因子-ベータ(TGF-β)は、多くの老化関連疾患の病態において活性化している上皮間葉移行を引き起こす主要な因子である。TGF-β誘導性の上皮間葉移行は、がん幹細胞の運動性を高めて浸潤や転移を引き起こす。
老化性疾患における組織や臓器の線維化もTGF-β誘導性の上皮間葉移行が重要な役割を果たしている。
したがって、TGF-β誘導性の上皮間葉移行を抑制することは、がんの転移を抑制することになり、さらに臓器機能の低下や障害の予防や治療においても有効である。我々の研究グループは、2型糖尿病やメタボリック症候群の治療薬のメトホルミンが、trastuzumab(商品名:ハーセプチン)に抵抗性を示す乳がん幹細胞の自己複製(self-renewal)と増殖を著明に抑制することを報告している。このようなメトホルミンのがん幹細胞に対する抗がん作用のメカニズムとして、TGF-β誘導性の上皮間葉移行の抑制が関与していることを推測して検討をおこなった。
TGF-βは、乳がん細胞MCF-7上皮性マーカーのE-カドヘリンの発現を抑制するが、メトホルミンはこれを阻害する。TGF-βによるがん細胞の浸潤能亢進や間葉系マーカーのビメンチンの発現をメトホルミンは抑制する。
以上のことから、メトホルミンはTGF-βシグナル伝達を阻害して、上皮間葉移行を抑制し、慢性炎症に伴う臓器の線維化やがんの進展を阻害する効果を発揮する。このような機序で、メトホルミンは抗老化の治療薬として役立つ。
(解説)上皮間葉移行〔Epithelial Mesenchymal Transition (EMT)〕は上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象です。がん細胞においては、EMTの獲得が運動性の亢進をもたらし、がん細胞の浸潤転移との関連が示唆されています。(上皮間葉移行についてはこちらを参照)
さらに、EMTは慢性炎症などでの臓器の線維化や機能低下とも関連しています。このEMTをメトホルミンは阻害する作用があり、これが、老化やがんの予防に役立つという仮説です。
以上の他にも、メトホルミンによるAMPプロテインキナーゼ活性化は、NF-kBの活性阻害や、抗がん剤耐性に関与するP-糖蛋白を阻害する作用、アロマターゼを阻害してエストロゲン産生を抑制する作用なども報告されています。
図;糖尿病治療薬のメトホルミンは、AMPKを活性化し、がん細胞の増殖や浸潤・転移を抑制し、抗がん剤治療の効果を高め、老化の抑制にも効果があることが報告されている。
以上のような様々な研究から、抗老化(抗加齢;anti-aging)やがんの予防や治療において、メトホルミンの服用(1日500mg程度)は有用であると思われます。
メトホルミン(商品名:メルビン、メトグルコ、メデット、ネルビス、メトリオン、グリコラン、メトホルミン塩酸塩錠)は安価で安全性も高いので、糖尿病が無くても1日500mgの服用は、がんと老化の予防に有用です。(ただし、他の薬との相互作用や副作用もあるので、使用する場合は医師など専門家とご相談下さい)
【サナギタケ冬虫夏草のAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)活性化作用】
冬虫夏草(トウチュウカソウ)という言葉は、日本では昆虫に寄生するキノコの総称として使われています。これらのキノコは虫草菌(コルジセプス、Cordyceps)属と呼ばれ、キノコ(胞子)が昆虫(主に麟翅目、鞘翅目の幼虫)に寄生して、その体内に菌糸の固まりである菌核を充満させ、時期が来ると昆虫の頭部や関節部から棒状の子実体(キノコの地上部)を伸ばします。冬は虫で夏になると草(子実体)になることから冬虫夏草と呼ばれています。
一方、中国における「冬虫夏草」とは一つの固有名詞のようなもので、コウモリガの幼虫に特定の菌(冬虫夏草菌:Cordyceps sinensis)が感染し、形成された子実体とその虫との複合体のことを指し、特定の地域(青海省やチベットなど海抜3000m以上の高山)で採取した物だけを限定して指す言葉です。この菌種は日本には生息していません。
冬虫夏草は、中国で古来から不老長寿や滋養強壮の秘薬として珍重されてきました。しかし最近では、その貴重さゆえ乱獲によって激減し、絶滅の危機に瀕しています。収穫量は30年前の1割以下で、投機の対象にもなって、価格は30年前の1000倍以上に高騰し、1kg当たり500万円以上もするようになっています。このような冬虫夏草(Cordyceps sinensis)の入手が困難になって状況で、中国をはじめ日本や韓国においてサナギタケ(Cordyceps militaris、コルジセプス・ミリタリス)が注目を集めてきました。
サナギタケは、各種の蛾の蛹(さなぎ)または幼虫に寄生し、こん棒状や長楕円形のオレンジ色の子実体を1~10数本形成します。中国、日本、カナダ、イタリアなど全世界に分布しています。
冬虫夏草の人工栽培が極めて困難であるため、20年くらい前から中国の研究者たちは、その代替品としてサナギタケに注目しました。その最大の理由は、サナギタケの中には、抗腫瘍作用を示すコルジセピンをはじめ、血管拡張作用を有するとされるD-マンニトール、免疫賦活作用があるβ-グルカン、活性酸素を消去する抗酸化物質などの生理活性成分が豊富に含まれているためです。特に、抗がん作用のあるコルジセピンは、サナギタケの方が冬虫夏草よりはるかに多量に含むことが明らかになっています。
サナギタケの人工栽培法が開発され、栽培したサナギタケを素材にした健康食品は中国や韓国や日本で販売されています。薬品としては、1997年に長春にある製薬会社が生産したサナギタケカプセルは、呼吸器系の新薬として中国政府より承認されています。近年、中国では、サナギタケをがん治療の補助薬として利用する人が増えています。中国では、高価な冬虫夏草の代用品としてサナギタケが使用されるようになってきました。中国ですでに承認・登録されている冬虫夏草を原料とする薬品・健康食品は、原料の高騰によって冬虫夏草の入手が難しくなってきたため、その中身がサナギタケで代用されるようになっているそうです。
(冬虫夏草とサナギタケに関してはこちらを参照)
培養細胞や動物を使った研究で、冬虫夏草(Cordyceps sinensis)やサナギタケ(Cordyceps militaris)の抗がん作用に関する研究は多く発表されています。人間に使って有効性を示唆する報告もあります。マウスにがん細胞を移植する動物実験で、サナギタケの投与によって、がん細胞の増殖の抑制と延命効果を示す結果が報告されています。冬虫夏草やサナギタケの抗がん作用のメカニズムに関しては、免疫増強作用、抗酸化作用、抗炎症作用、血管新生阻害作用、直接がん細胞の増殖を抑える作用などが報告されています。
抗がん作用の主成分がコルジセピン(Cordycepin)です。コルジセピンは冬虫夏草(Cordyceps sinensis)よりもサナギタケ(Cordyceps militaris)の方が多いことが報告されています。
コルジセピン(Cordycepin)は、1951年にK.G. Gunninghamがサナギタケから抽出に成功した物質で、多様な生理活性が報告されています。 コルジセピンは3'-deoxyadenosineとも呼ばれ、ヌクレオシドの一つのアデノシンの3'位からヒドロキシル基(OH基)を失った構造を持ちます。
アデノシン(Adenosine)はアデニンとリボースからなるヌクレオシドの一つで、DNAやRNAの塩基として遺伝情報のコードに用いられている他、ATPやADPの一部としてエネルギー輸送に関わったり、環状AMPとしてシグナル伝達に関わったりします。したがって、コルジセピンの薬効は、アデノシンやアデノシン-1-リン酸(AMP)などの生理作用との関連が推測されています。
様々な培養がん細胞を使った実験で、がん細胞の増殖に対するコルジセピンの抑制作用が報告されています。抗腫瘍効果の作用機序として、DNAやRNAの合成阻害作用や、アポトーシス誘導作用、転写因子のNF-κB活性の阻害、がん細胞の増殖シグナル伝達の阻害などが報告されています。がん細胞の転移を抑える効果も報告されています。コルジセピンはアデノシン誘導体であるため、アデノシンA3受容体刺激によるがん細胞増殖抑制作用の可能性も報告されています。
アデノシン-1-リン酸(AMP)によって活性化されるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)をコルジセピンが活性化することも報告されています。AMPKはがん細胞の増殖を抑える細胞内シグナル伝達において重要な役割を果たしています。
コルジセピンはアデノシンの3'位からヒドロキシル基(OH基)を失った構造を持ちます。したがって、DNAやRNA合成の際にアデノシンの変わりに取り込まれると、DNAやRNAのお合成を阻害することになります。成熟したメッセンジャーRNA(mRNA)は3’末端(水酸基がある方)に数十から数百ベースのアデニン(A)が付加され、ポリAテイル(PolyA tail)を構成します。ポリ(A)配列を持つことによって安定性を獲得しますが、コルジセピンはこのポリ(A)配列を付加するpoly(A) polymeraseを阻害し、細胞の増殖や機能に影響する可能性が報告されています。
さらに、コルジセピンが体内でリン酸化されたコルジセピン-1-リン酸はAMP(アデノシン-1-リン酸:Adenosine Mono Phosphate)の代わりになって、AMPKを活性化することが報告されています。つまり、コルジセピンがAMPKを活性化できるのは、アデノシンに構造が似ているからです。
サナギタケには数%のコルジセピンが含まれており、サナギタケの粉末を1日数グラム服用すると、AMPKの活性化や、その他の抗がん作用の相乗効果によって、がんや肉腫の治療に効果が期待できます。
【AMPKの活性化とがん細胞のエネルギー産生阻害を目標としたがん治療】
サナギタケに含まれるコルジセピンと同じようにAMPKを活性化する成分として、赤ぶどうの皮に含まれるレスベラトロール、白花蛇舌草や夏枯草などの抗がん生薬に含まれるオレアノール酸、丹参に含まれるクリプトタンシノン、黄連に含まれるベルベリンなどが報告されています。植物に多く含まれるポリフェノールにもAMP活性化作用があります。
薬草に多く含まれるオレアノール酸(Oleanolic acid)は、糖尿病や虚血性心疾患に対する効果が報告されていますが、このオレアノール酸がAMPKを活性化することが報告されています。AMPKの活性化は虚血から心臓を守る働きがあります。(Int J Physiol Pathophysiol Pharmacol. 2009; 1(2): 116~126).オレアノール酸は抗酸化作用や抗炎症作用や抗がん作用や肝臓保護作用などが知られていますが、AMPKを活性化し、心筋を保護する作用もあるので、がん治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強に役立つことが推測されます。
わざわざコルジセピンを服用しないでもアデノシンでも効果が期待できるのではという意見もあるかもしれません。実際にアデノシン自身にAMPK活性化作用があることが報告されています。アデノシンよりもコルジセピンの方がAMPKの活性化作用が強いという報告もあります。また、漢方薬にはアデノシンやAMPが豊富に含まれています。アデノシンやコルジセピンを代謝するadenosine deaminaseを阻害する成分も含まれています。
以上のことから、サナギタケを1日数グラム、メトホルミンを1日500mg、白花蛇舌草や夏枯草などオレアノール酸の豊富な生薬、丹参、ベルベリンを含む黄連(オウレン)や黄柏(オウバク)などの生薬を含む煎じ薬などを併用すると、がん細胞のAMPKを十分に高め、がん細胞の増殖を抑えることができます。
さらに、脂肪酸合成を阻害するスタチン、ヒドロキシクエン酸などを併用すると、がん細胞の脂肪酸合成を阻害して(G蛋白質の活性化も阻害)、さらに細胞増殖を抑えることができると考えられます。(スタチン系薬剤を使用するときはCoQ10の体内産生が低下するので、CoQ10をサプリメントで補うことが推奨されます)
AMPKの活性化に加えて、がん細胞で亢進している嫌気性解糖系を阻害しミトコンドリアでのクエン酸回路と酸化的リン酸化を活性化するジクロロ酢酸ナトリウムとアルファリポ酸を併用すると抗腫瘍効果が高まります。
また、mTORを直接阻害するラパマイシンや、PI3K/Akt/mTOR経路を阻害する生薬成分などの併用も抗腫瘍効果を高めます。
以上のことから、メトホルミン+冬虫夏草+スタチン類(+CoQ10)+ジクロロ酢酸ナトリウム+アルファリポ酸+(ポリフェノールやオレアノール酸やベルベリンやレスベラトロールを多く含む漢方薬、ヒドロキシクエン酸など)はがん細胞の増殖を抑える上で相乗効果があり、試してみる価値はあると思います。
【1ヶ月分の費用の目安】
メトホルミン
3000円
ジクロロ酢酸ナトリウム
12000円
冬虫夏草
12000円
αリポ酸&セレン
5000円
スタチン系薬剤
6000円
漢方薬
約30000円
CoQ10
6300円
ヒドロキシクエン酸
6300円
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【2型糖尿病とメタボリック症候群はがんの発生率を高める】
食物からブドウ糖が体内に吸収されて血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が上昇すると、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリンの働きによって血糖値が下がります。インスリンは51個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、筋肉細胞へのブドウ糖の取り込みや、脂肪細胞での脂肪合成、肝臓におけるグリコーゲン合成を促進します(下図)。
私たちの体はインスリンの働きによって血糖値が一定値以上に上昇しないように調節されていますが、インスリンの分泌量が低下したり働きが弱くなったために血糖値が高い状態が続くのが糖尿病です。
膵臓のランゲルハンス島が破壊されてインスリンを分泌できないために発症する1型糖尿病と、肥満や運動不足が原因となって発症する2型糖尿病の2つのタイプがありますが、日本人の糖尿病のほとんどは2型糖尿病で、中高年の太った人に多いのが特徴です。
2型糖尿病は遺伝的素因を持つ人(血縁の人に糖尿病の人がいるなど) に起こりやすいのですが、遺伝的素因があれば必ず起こるわけではなく、過食・運動不足・肥満・ストレスなどの要因が加わって発症します。これら糖尿病の発症要因となる食生活や生活習慣は、がんの発生や再発のリスクを高める要因とも一致しています。つまり、糖尿病の存在はがんの発生率や治療後の再発率を高めることが予想されます。
多くの疫学研究で、糖尿病が発がんリスクを高めることが確認されています。日本で行なわれた大規模調査(約10万人を対象にした国立がんセンターの追跡調査)では、糖尿病と診断されたことのある人はない人に比べ、20~30パーセントほどがんの発生率が高くなることが明らかになっています。この調査では、糖尿病がある人のがんの発生率は糖尿病が無い人に比べて、男性は肝臓がんが2.24倍、腎臓がん1.92倍、膵臓がん1.85倍、大腸がん1.36倍、女性の場合は、卵巣がん2.42倍、肝臓がん1.94倍、胃がん1.61倍という結果が得られています。
国立国際医療研究センターの研究グループが1960年代以降の世界中の論文をもとに、男女約25万7000人分のデータを解析した結果が今週報告されていますが、糖尿病患者は糖尿病でない人に比べ、何らかのがんにかかる率は11%、がんが原因で死亡する率は16%高かったという結果が得られています。
2型糖尿病を発症する前に、数年間高インスリン血症が見られると言われています。インスリンの働きに影響する様々な生理活性物質が脂肪細胞から分泌されており、肥満によって体脂肪が増えるとインスリンの働きが低下します。脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質はインスリンの働きを高める作用がありますが、内蔵脂肪が増えると分泌量が減り、アディポネクチンの血中濃度が低下するとインスリン抵抗性(インスリンの作用低下)が高まります。
インスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。この段階ではインスリンの分泌増加によってまだ血糖があまり高くないので糖尿病とは診断されませんが、そのうちインスリンを分泌するランゲルハンス島から十分なインスリンが分泌されなくなると、高血糖状態が持続して糖尿病と診断されます。
米国のある疫学研究では、糖尿病と診断された人よりも、糖尿病の前段階(プレ糖尿病)の人の方が発がんリスクが高いという報告があります。これは発がんリスクを高める原因として高インスリン血症の存在の重要性を示唆しています。つまり、肥満や運動不足による糖尿病予備軍では、インスリン抵抗性による高血糖を抑えるためにインスリンが過剰に分泌され、発がんを促進すると考えられているのです。
さらに、糖尿病があるとがんの進行が早く転移しやすいことも指摘されています。高血糖や高インスリン血症ががん細胞の増殖を促進するからです。
また、糖尿病は高血圧や動脈硬化性心疾患や腎障害や神経障害などの原因になり、酸化ストレスを高め、老化を促進することになります。インスリンが老化を早めて、寿命を短くする働きがあることも指摘されています。
メタボリック症候群(Metabolic syndrome:メタボリック・シンドローム)は内臓脂肪型肥満、高血糖、高脂血症、高血圧などの症状を呈する状態で、この病態の基礎には脂肪組織における炎症状態や、それに伴うインスリン抵抗性(インスリンの効き目が低下している状態)が関連しています。メタボリック症候群は発がんの危険因子として知られていますが、その理由の一つは、インスリンの感受性が低下しているので高インスリン血症の状態にあるためと考えられています。
【高インスリン血症はがん細胞の増殖を促進する】
インスリン自体にがん細胞の増殖を促進する作用があります。さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF- 1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まります。IGF-1はがん細胞の増殖や血管新生や転移を促進する作用がありま す。IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。高インスリン血症では、インスリンがIGF-1受容体に結合して、IGF-1と同じように細胞の増殖を促進します。
さらにプレ糖尿病から糖尿病になって血糖が上がると、がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、がん細胞の増殖に有利になります。高血糖は活性酸素の産生を高め、血管内皮細胞や基底膜にダメージを与えて、血管透過性を高め、転移を起こしやくするという意見もあります。
大腸がんの患者さんは健常な人と比べて、血糖値や血中のインスリン濃度が高いという報告があります。高インスリン血症は肝臓における性ホルモン結合グロブリンの産生を抑制するので、フリーのエストロゲンが血中に増えて、乳がん細胞の増殖を促進することも指摘されています。
このように様々な理由で、高血糖や高インスリン血症は、がん細胞の発生や増殖や再発のリスクを高めることになるのです。
前述のアディポネクチンに抗がん作用があることが報告されています。人の胃がん細胞を移植したマウスにアディポネクチンを注射すると、がんが著しく縮小したという報告があります。また、アディポネクチンの低い人ほど大腸がん、前立腺がん、子宮体がん、乳がん、胃がんの発生率が高いという報告があります。
このアディポネクチンのがん予防効果は、インスリン感受性を高めて血中のインスリン濃度を低下させるためと推測されています。つまり、インスリン感受性を高める(=インスリン抵抗性を低下させる)ことはがんの予防に効果が期待できることが指摘されています。また、アディポネクチンはがん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化することも明らかになっています。
【AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とは】
糖尿病やメタボリック症候群でがんのリスクが高くなる理由の一つがインスリン抵抗性です。インスリンの効き目が悪くなって、高インスリン血症になることががんの発生や再発を促進します。
インスリン抵抗性を改善する因子として注目されているのがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)です。AMPKは人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとしてアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate :ATP)というヌクレオチドを利用しています。ATPは「生体のエネルギー通貨」と言われ、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。ATPがエネルギーとして使用されるとADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。すなわち、ATP → ADP + リン酸 → AMP+2リン酸というふうに分解され、リン酸を放出する過程でエネルギーが産生されます。
AMPKはこのAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。
AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。したがって、この効果は運動と同じ効果になり、肥満や2型糖尿病の治療にも有効です。
AMPK は、α,β,γの3つのサブユニットからなるヘテロ三量体として存在し、AMP がγサブユニットに結合することでその複合体が活性化されます。AMP/ATP比の増加、細胞内pHおよび還元状態の変化、およびクレアチン/ホスホクレアチン比の増加がAMPKを活性化することが知られています。
また、レプチンやアディポネクチンなどの肥満関連サイトカインにより活性化されることや、中枢神経系での摂食行動の制御への関与が明らかとなり、個体全体の代謝制御においても重要な役割を担うと考えられています。さらに近年、AMPKががんの発生や増殖を抑制する効果や、がん治療の効果を高める効果が報告されています。
【AMPKを活性化するとがん細胞の発生や増殖が抑えられる】
がんの危険因子であるメタボリック症候群ではAMPKの活性が低下しています。
また、がん細胞でもAMPKの活性が抑制されており、AMPKを活性化するとがん細胞の増殖を抑制できることが報告され、AMPKはがんの予防や治療のターゲットとして有望視されています。
AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。AMPKは細胞増殖の制御に関連する幾つかのたんぱく質の活性に影響します。次のようなメカニズムが報告されています。
1)AMPKはがん抑制遺伝子のp53を活性化して、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。一方、p53の活性化はAMPKを活性化します。つまり、AMPKとがん抑制遺伝子p53は相互に作用してがんを抑制する方向で働きます。
2)AMPKは脂肪酸やコレステロールの合成に必要なacetyl-CoA carboxylase (ACC)とHMG-CoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase)の活性を阻害します。ACCの阻害によって脂肪酸の合成が阻害されると増殖が抑制されます。(注1)
HMG-CoA還元酵素は、コレステロールやイソプレノイドを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つで、この酵素の阻害剤はスタチン (Statin)として知られ、コレステロール降下剤として広く用いられています。(注2)
AMPKはスタチンと同じようにHMG-CoA還元酵素を阻害して、メバロン酸の合成を阻害します。メバロン酸はコレステロールの合成に必要なだけでなく、糖たんぱくの合成や、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)のイソプレニル化に必要な物質(geranylpyrophophateやfarnesylpyrophosphate)を作ります。したがって、メバロン酸経路が阻害されると、がん細胞の増殖は抑えられことになります。(注3)
(注1):インスリンは、アセチル-CoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:脂肪酸合成の律速酵素)とHMG-COA還元酵素(HMG-COA reductase:肝臓におけるコレステロール生成の律速酵素)を活性化させ、脂肪酸やコレステロール合成を高めます。このような効果もがん細胞の増殖を促進することになるのですが、ACCとHMG-CoA還元酵素の阻害作用はがん細胞の増殖を抑える効果があります。
(注2):コレステロール合成を阻害するHMG-CoA reductase inhibitorsのスタチン(statins)ががん予防効果が指摘されています。また、脂肪酸合成酵素やアセチルCoAカルボキシラーゼなど脂肪酸やコレステロールの合成に関与する酵素の活性ががん細胞では高くなっていることが知られています。(乳がん、前立腺がん、大腸がん、卵巣がんなど)したがって、脂肪酸の合成を阻害することはがん細胞の増殖を抑制できます。
(注3):GTP結合タンパク質(Gタンパク質)は内在性のGTP加水分解活性をもつタンパク質の総称で、この内、低分子量Gタンパク質群(Ras, Rho,など)は分子量が2万~3万のタンパク質として、これまで100種類以上報告されており、イソプレニル化を受けた後に細胞膜に移行することで、GTP結合型(on)/GDP結合型(off)として細胞内シグナル伝達に関与しています。HMG-CoA還元酵素を阻害しイソプレノイド生成が低下すると、低分子量Gタンパク質の活性が低下して、増殖活性が低下します。
3)AMPKは嫌気性解糖系を阻害します。がん細胞では、嫌気性解糖系が亢進しており、ワールブルグ効果として知られています。がん細胞の嫌気性解糖系を阻害することはがん細胞の増殖抑制に有効です。
4)AMPKはmTOR(mammalian target of rapamycin)経路を阻害して蛋白質の合成を抑制し、がん細胞の増殖や血管新生を阻害します。
mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。mTORの活性を阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができます。mTOR阻害剤ががんの治療薬として臨床ですでに使用されています。
臨床的にも、AMPKの活性化ががんの発生率を低下させ、がん治療の効果を高めることが報告されています。このようなAMPKの活性化による抗がん作用は糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)の研究結果から明らかになっています。
【インスリン感受性を高めるメトホルミン】
糖尿病の治療薬にはインスリンの他に、経口血糖降下薬があります。経口血糖降下薬は、2型糖尿病において血糖値を正常化させることで糖尿病の合併症のリスクを軽減させる目的にて処方される薬物の総称で、膵臓のランゲルハンス島からのインスリンの分泌を促進する「インスリン分泌促進薬(スルホニルウレア剤など)」、ブドウ糖の腸管からの吸収を阻害する「ブドウ糖吸収阻害薬(アルファ・グルコシダーゼ阻害剤など)」、細胞のインスリン感受性を高める「インスリン抵抗性改善薬(ビグアナイド剤など)」があります。
インスリンががん細胞の増殖を促進し、老化を促進する作用があることから、インスリンの分泌を促進する薬剤は、がんと老化の予防の観点からは好ましくないと言えます。実際に、インスリンの分泌を促進する薬ががんの発生率を高める可能性が指摘されています。
一方、インスリン抵抗性を改善して、血中のインスリン濃度を低下させるビグアナイド剤は、老化とがんの予防に有効であることが多くの研究で明らかになっています。
ビグアナイド(biguanide)はグアニジン2分子が窒素原子1個を共有して連なった構造をもつ有機化合物です。グアニジンはグアニン(核酸を構成する塩基の一つ)の分解や蛋白質の代謝で生成され、グアニジン誘導体の中には生理活性をもつものが多く見つかっています。
ビグアナイド剤は、元来は、血糖降下作用のある中東原産のマメ科のガレガ(Galega officinalis)から1920年代に見つかったグアニジン誘導体から開発された薬です。ビグアナイド剤は、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。
インスリン抵抗性を改善することは老化やがんの予防に有効であることが明らかになっており、ビグアナイド剤のメトホルミン(Metformin)はがん予防や抗老化の薬としても注目されるようになっています。
図:高血糖と高インスリン血症は老化と発がんを促進する。糖尿病治療薬のメトホルミンはAMPKを活性化し、インスリン感受性を高めることによってインスリンの分泌を低下させ、発がんと老化の両方の予防に効果がある。
【メトホルミンの抗がん作用】
インスリンの働きを良くしてインスリンの産生を抑える糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)ががんの発生率を抑えることが多くの研究で明らかになっています。
台湾で実施された80万人を対象にした前向きコホート研究では、2型糖尿病があって血糖降下剤を服用していないグループでは、大腸がん・肝臓がん・胃がん・膵臓がんの発生率が約2倍くらいに高く、メトホルミンの服用によって非糖尿病グループのレベルに低下することが報告されています。この論文では、1日500mgのメトホルミンががん(特に、胃がん、結腸直腸がん、肝臓がん、膵臓がん)の発生率を著明に低下させるという結論が記述されています。(BMC Cancer 2011 Jan 18: 11(1):20 [Epub ahead of print])
メトホルミンが、糖尿病患者の膵がんリスクを低下させることを示す結果が、米テキサス大学M. D.アンダーソンがんセンターの研究グループから報告されています。糖尿病の患者でメトホルミンを服用していた場合、メトホルミンを服用しなかった人々と比べて、膵がんのリスクが 62 %低減することが示されています。一方、インスリンまたはインスリン分泌促進薬を使用した糖尿病患者では、それらを使用しなかった患者と比較して、それぞれ、膵がんのリスクが 4.99 倍と 2.52 倍に増加しました。(Gastroenterology 137:482-488, 2009)
膵臓がん以外にも、肺がんや大腸がんや乳がんなど多くのがんの予防や治療にメトホルミンが有効であることが多くの研究で明らかになっています。
メトホルミンには、乳がんの増殖や転移や悪性度に深くかかわる遺伝子タンパク(HER2:Human epidermal growth factor receptor type2)の働きを抑える作用があること、エストロゲンを産生するアロマターゼという酵素を阻害する作用も報告されています。ある疫学研究では、メトホルミンを服用することで、乳がんの発症が56%低下することが報告されています。
メトホルミンはインスリンの分泌を高めるのではなく、インスリン抵抗性を改善する(インスリンの働きを高めてインスリンの産生を低下させる)効果や、がん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があるので、糖尿病をもっていない人でも、がんの発生予防や再発予防やがん治療に役立つ可能性も指摘されています。
がん治療におけるメトホルミンの有効性を示す論文が以下に示すように最近多数報告されています。
Metformin and pathologic complete responses to neoadjuvant chemotherapy in diabetic patients with breast cancer.(糖尿病をもつ乳がん患者における術前化学療法に対する病理学的完全奏功とメトホルミン) J Clinical Oncology, 27(20: 3297-3302, 2009
目的;経口血糖降下剤のメトホルミンの服用が、糖尿病患者におけるがんの発生と死亡を減らす効果があることが、疫学的研究で示唆されている。培養がん細胞を使った実験や、移植腫瘍を用いた動物実験で、メトホルミンががん細胞の増殖を抑える効果が示されている。しかし、人間の腫瘍におけるメトホルミンの抗がん作用を支持する臨床データはほとんど無い。本研究は、糖尿病をもつ乳がん患者の術前化学療法におけるメトホルミンの効果を検討した。
患者と研究方法:米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターで1990から2007年の間に早期の乳がんで術前化学療法を受けた患者2529人を対象にし、このうち糖尿病に罹患しておりメトホルミンを服用していた患者が68人、メトホルミンを服用していない糖尿病患者が87人、残りの2374名は非糖尿病であった。術前化学療法後の腫瘍の切除標本を病理学的に検討し、病理学的な完全奏功の率を比較検討した。
結果:メトホルミンを服用したグループの病理学的完全奏功は24%、糖尿病でメトホルミンを服用していなかったグループの病理学的完全奏功は8.0%、非糖尿病グループの病理学的完全奏功は16%であった。メトホルミンを服用していたグループは、メトホルミンを服用していなかったグループに比較して、病理学的完全奏功率が高く、その差は統計的に有意であった。
結論:糖尿病を有する乳がん患者では、メトホルミンを服用することによって術前化学療法の効果を高めることができる。メトホルミンの抗がん作用に関してさらに検討する必要がある。
(解説)
乳がんでは、手術侵襲をさらに少なくするために、 従来はすぐに手術をおこなっていた早期の乳癌に対しても、積極的に術前化学療法 ( neoadjuvant chemotherapy)や 術前ホルモン療法 (neoadjuvant endocrine therapy) が行われるようになっています。これによって腫瘍をできうる限り小さくし、より小さな範囲の温存療法が可能になります。術前化学療法の後に、手術で腫瘍部分を切除して、病理学的に検査すると、がんが全く消滅している場合があります。これを病理学的完全奏功(Pathologic Complete Response, pCR)と言います。術前化学療法で病理学的完全奏功が得られた場合は、再発や転移が低く、予後が良いことが知られています。
この論文の研究は、米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターからの報告です。メトホルミン服用グループの患者数が68人と比較的少ないので、メトホルミンの有効性をさらに大規模な臨床試験で検証する必要はありますが、統計的に有意差が出ているので、メトホルミンが乳がんの抗がん剤治療の効き目を高める効果があると言えます。
また、この論文では、メトホルミンを服用していない糖尿病患者のうち、インスリンを使用しているグループの病理学的完全奏功が0%に対して、インスリンを使用していないグループの病理学的完全奏功が12%でした。つまり、インスリンががん細胞の増殖を促進する可能性を示しています。
メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。糖尿病や肥満や運動不足は乳がんのリスク要因でもあり、糖尿病がある場合は再発率が高くなることが報告されています。したがって、糖尿病がある乳がん患者はメトホルミンを服用する方が良いと言えます。
今後は、非糖尿病患者にメオホルミンを投与することが有用かどうかを明らかにする必要があります。
Metformin selectively targets cancer stem cells, and acts together with chemotherapy to block tumor growth and prolong remission.(メトホルミンはがん幹細胞に選択的に作用し、抗がん剤治療と相乗的に作用して、がん細胞の増殖を抑制し、寛解期間を延長する)Cancer Res. 69(19):7507-11, 2009
(論文の要旨)
がんが再発する理由として、がん幹細胞の存在がある。すなわち、がん組織の中でがん細胞を絶えず増やしているがん幹細胞と、がん組織を作ることができないがん細胞とが混在し、がん幹細胞は抗がん剤に抵抗性で、抗がん剤治療に生き残るために再発が起こるという考えがある。したがって、がん幹細胞を死滅させる薬が望まれているが、そのような薬はまだ存在しない。
インスリン抵抗性を改善し糖尿病の治療に使われているメトホルミンは、がんの発生を抑制する効果があり、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験で、乳がんを含め多くのがん細胞の増殖を阻害する作用が報告されている。
ヌードマウスを使ったヒトの乳がん細胞を移植した実験では、トリプルネガティブ(ホルモン非依存性でHer2陰性)の乳がん細胞の増殖を抑制する効果が報告されている。このような研究結果は、非糖尿病の場合でも、メトホルミンががんの治療に有効に働く可能性を示唆している。
この論文では、低用量のメトホルミンが、乳がんのがん幹細胞を選択的に死滅させる効果があることを報告している。メトホルミンと通常の抗がん剤のドキソルビシンとを併用すると、非幹細胞のがん細胞とがん幹細胞の両方を死滅させることができることを培養がん細胞を使った実験で示している。さらに、移植腫瘍を用いた動物実験で、抗がん剤単独の場合と比べて、抗がん剤とメトホルミンを併用すると、腫瘍を縮小させ再発を防ぐ効果が増強することが示された。この動物実験では、ドキソルビシン単独の治療では20日で再発したが、ドキソルビシンと低用量メトホルミンの併用療法では腫瘍の再発が2ヶ月間以上抑えることができた。
これらの研究結果から、乳がんに対して(そして、恐らく他のがんに対しても)、低用量のメトホルミンの投与は通常の抗がん剤治療の効果を高めることが示唆された。
The anti-diabetic drug metformin suppresses the metastasis-associated protein CD24 in MDA-MB-468 triple-negative breast cancer cells.(糖尿病治療薬メトホルミンはトリプルネガティブ乳がん細胞MDA-MB-468における転移関連蛋白CD24を抑制する)Oncol Rep. 25(1):135-40. 2011
(要旨)
CD24はムチン様の接着分子でがん細胞の転移能を促進し、乳がんにおいて予後不良のマーカーとして知られている。治療に抵抗性の乳がんにおいて、遠隔転移したがん細胞の多くがCD24陽性であることが報告されている。したがって、乳がん細胞において、CD24の発現を抑制することは、転移を抑制する治療法となる可能性がある。
この研究では、トリプルネガティブの乳がん細胞MDA-MB-468細胞に対するメトホルミンの増殖抑制効果は、CD24蛋白の発現抑制と密接に関連していることを示した。
様々な乳がん細胞の中で、トリプルネガティブの乳がん細胞が特にメトホルミンに対して感受性が高いことを認めた。特に、CD44とCD24の両方を発現している乳がん細胞に対してメトホルミンの増殖抑制効果が強いことを認めた。メトホルミンはCD24蛋白の発現を抑制した。
CD24の発現の多い乳がん細胞を持っている患者は無転移生存期間が短いことが明らかになった。
以上のことを総合すると、予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆された。
Metformin Treatment Exerts Antiinvasive and Antimetastatic Effects in Human Endometrial Carcinoma Cells.(メトホルミンはヒト子宮内膜がん細胞の浸潤と転移を抑制する)J Clin Endocrinol Metab. 2010 Dec 29. [Epub ahead of print]
【研究の背景】多嚢胞性卵巣症候群 (Polycystic ovary syndrome)は子宮内膜の増殖をお越しやすい最も一般的な内分泌機能異常である。多嚢胞性卵巣症候群の治療に使用されるメトホルミンの、子宮内膜がん細胞に対する効果を明らかにする目的で研究した。
【目的と実験方法】培養したヒト子宮内膜がん細胞の浸潤能や転移能に対するメトホルミンの効果を検討した。子宮内膜がんの浸潤と転移には炎症反応が密接に関連しているので、転写因子のNF-kBやマトリックスメタロプロテイナーゼなどとの関連についても検討した。
【結果】 子宮内膜がん細胞ECC-1細胞の培養条件に、メトホルミン(850mgを1日2回服用)を6ヶ月間服用した多嚢胞性卵巣症候群患者の血清を添加すると、メトホルミン非投与の患者血清を添加した場合に比べて、その浸潤能は著明に抑制された。この作用は、炎症やがん細胞の浸潤や転移で活性化されるNF-kBやメタロプロテイナーゼやAktやErk1/2のシグナル伝達系の抑制を介していることが示された。
【結論】メトホルミンは子宮内膜がんの補助療法として有用であることが示唆された。
Metformin promotes progesterone receptor expression via inhibition of mammalian target of rapamycin (mTOR) in endometrial cancer cells.(メトホルミンは子宮内膜がん細胞のmTORの阻害を介してプロゲステロン受容体の発現を促進する)J Steroid Biochem Mol Biol. 2010 Dec 17. [Epub ahead of print]
(要旨)
プロゲステロンは子宮内膜がんのホルモン治療として使用されているが、その奏功率は低い。その理由はがん細胞におけるプロゲステロン受容体の発現率が低下しているからと考えられている。インスリン様増殖因子は子宮内膜がんのリスクを高め、乳がん細胞においてプロゲステロン受容体の発現を抑制する作用がある。
最近の研究によると、経口避妊薬とメトホルミンを併用すると、プロゲステロン治療で抵抗性の子宮内膜の異型増殖を改善する効果が得られるが、そのメカニズムは不明である。
この研究では、培養ヒト子宮内膜がん細胞を用い、プロゲステロン受容体とインスリン様増殖因子に対するメトホルミンの作用と、メトホルミンがプロゲステロンの抗腫瘍効果を増強するかどうかについて検討した。
その結果、インスリン様増殖因子(IGF-IとIGF-II)はプロゲステロン受容体のmRNAと蛋白の発現を阻害し、メトホルミンはプロゲステロン受容体の発現を促進した。
さらに、IGF-IIはAKTとp70S6Kのリン酸化を促進し、メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼのリン酸化を高め、p70S6Kのリン酸化を抑制した。子宮内膜がん細胞に対するプロゲステロンの抗腫瘍効果をメトホルミンは相乗的に増強した。1マイクロMのmedroxyprogesterone acetateと10マイクロMのメトホルミンで最大の相乗効果を認めた。
以上の結果より、子宮内膜がんでIGF-IIによって阻害されているプロゲステロン受容体の発現を、メトホルミンは促進する。この作用は、メトホルミンがAMP活性化プロテインキナーゼを活性化し、がん細胞で活性化されているmTORシグナル伝達系を阻害することによって起こる。
Metformin against TGF-β induced epithelial-to-mesenchymal transition (EMT): from cancer stem cells to aging-associated fibrosis.(TGF-ベータ誘導性の上皮間葉移行に対するメトホルミンの抑制効果:がん幹細胞から老化関連線維化まで)Cell Cycle. 9(22):4461-8. 2010.
(要旨)
腫瘍増殖因子-ベータ(TGF-β)は、多くの老化関連疾患の病態において活性化している上皮間葉移行を引き起こす主要な因子である。TGF-β誘導性の上皮間葉移行は、がん幹細胞の運動性を高めて浸潤や転移を引き起こす。
老化性疾患における組織や臓器の線維化もTGF-β誘導性の上皮間葉移行が重要な役割を果たしている。
したがって、TGF-β誘導性の上皮間葉移行を抑制することは、がんの転移を抑制することになり、さらに臓器機能の低下や障害の予防や治療においても有効である。我々の研究グループは、2型糖尿病やメタボリック症候群の治療薬のメトホルミンが、trastuzumab(商品名:ハーセプチン)に抵抗性を示す乳がん幹細胞の自己複製(self-renewal)と増殖を著明に抑制することを報告している。このようなメトホルミンのがん幹細胞に対する抗がん作用のメカニズムとして、TGF-β誘導性の上皮間葉移行の抑制が関与していることを推測して検討をおこなった。
TGF-βは、乳がん細胞MCF-7上皮性マーカーのE-カドヘリンの発現を抑制するが、メトホルミンはこれを阻害する。TGF-βによるがん細胞の浸潤能亢進や間葉系マーカーのビメンチンの発現をメトホルミンは抑制する。
以上のことから、メトホルミンはTGF-βシグナル伝達を阻害して、上皮間葉移行を抑制し、慢性炎症に伴う臓器の線維化やがんの進展を阻害する効果を発揮する。このような機序で、メトホルミンは抗老化の治療薬として役立つ。
(解説)上皮間葉移行〔Epithelial Mesenchymal Transition (EMT)〕は上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象です。がん細胞においては、EMTの獲得が運動性の亢進をもたらし、がん細胞の浸潤転移との関連が示唆されています。(上皮間葉移行についてはこちらを参照)
さらに、EMTは慢性炎症などでの臓器の線維化や機能低下とも関連しています。このEMTをメトホルミンは阻害する作用があり、これが、老化やがんの予防に役立つという仮説です。
以上の他にも、メトホルミンによるAMPプロテインキナーゼ活性化は、NF-kBの活性阻害や、抗がん剤耐性に関与するP-糖蛋白を阻害する作用、アロマターゼを阻害してエストロゲン産生を抑制する作用なども報告されています。
図;糖尿病治療薬のメトホルミンは、AMPKを活性化し、がん細胞の増殖や浸潤・転移を抑制し、抗がん剤治療の効果を高め、老化の抑制にも効果があることが報告されている。
以上のような様々な研究から、抗老化(抗加齢;anti-aging)やがんの予防や治療において、メトホルミンの服用(1日500mg程度)は有用であると思われます。
メトホルミン(商品名:メルビン、メトグルコ、メデット、ネルビス、メトリオン、グリコラン、メトホルミン塩酸塩錠)は安価で安全性も高いので、糖尿病が無くても1日500mgの服用は、がんと老化の予防に有用です。(ただし、他の薬との相互作用や副作用もあるので、使用する場合は医師など専門家とご相談下さい)
【サナギタケ冬虫夏草のAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)活性化作用】
冬虫夏草(トウチュウカソウ)という言葉は、日本では昆虫に寄生するキノコの総称として使われています。これらのキノコは虫草菌(コルジセプス、Cordyceps)属と呼ばれ、キノコ(胞子)が昆虫(主に麟翅目、鞘翅目の幼虫)に寄生して、その体内に菌糸の固まりである菌核を充満させ、時期が来ると昆虫の頭部や関節部から棒状の子実体(キノコの地上部)を伸ばします。冬は虫で夏になると草(子実体)になることから冬虫夏草と呼ばれています。
一方、中国における「冬虫夏草」とは一つの固有名詞のようなもので、コウモリガの幼虫に特定の菌(冬虫夏草菌:Cordyceps sinensis)が感染し、形成された子実体とその虫との複合体のことを指し、特定の地域(青海省やチベットなど海抜3000m以上の高山)で採取した物だけを限定して指す言葉です。この菌種は日本には生息していません。
冬虫夏草は、中国で古来から不老長寿や滋養強壮の秘薬として珍重されてきました。しかし最近では、その貴重さゆえ乱獲によって激減し、絶滅の危機に瀕しています。収穫量は30年前の1割以下で、投機の対象にもなって、価格は30年前の1000倍以上に高騰し、1kg当たり500万円以上もするようになっています。このような冬虫夏草(Cordyceps sinensis)の入手が困難になって状況で、中国をはじめ日本や韓国においてサナギタケ(Cordyceps militaris、コルジセプス・ミリタリス)が注目を集めてきました。
サナギタケは、各種の蛾の蛹(さなぎ)または幼虫に寄生し、こん棒状や長楕円形のオレンジ色の子実体を1~10数本形成します。中国、日本、カナダ、イタリアなど全世界に分布しています。
冬虫夏草の人工栽培が極めて困難であるため、20年くらい前から中国の研究者たちは、その代替品としてサナギタケに注目しました。その最大の理由は、サナギタケの中には、抗腫瘍作用を示すコルジセピンをはじめ、血管拡張作用を有するとされるD-マンニトール、免疫賦活作用があるβ-グルカン、活性酸素を消去する抗酸化物質などの生理活性成分が豊富に含まれているためです。特に、抗がん作用のあるコルジセピンは、サナギタケの方が冬虫夏草よりはるかに多量に含むことが明らかになっています。
サナギタケの人工栽培法が開発され、栽培したサナギタケを素材にした健康食品は中国や韓国や日本で販売されています。薬品としては、1997年に長春にある製薬会社が生産したサナギタケカプセルは、呼吸器系の新薬として中国政府より承認されています。近年、中国では、サナギタケをがん治療の補助薬として利用する人が増えています。中国では、高価な冬虫夏草の代用品としてサナギタケが使用されるようになってきました。中国ですでに承認・登録されている冬虫夏草を原料とする薬品・健康食品は、原料の高騰によって冬虫夏草の入手が難しくなってきたため、その中身がサナギタケで代用されるようになっているそうです。
(冬虫夏草とサナギタケに関してはこちらを参照)
培養細胞や動物を使った研究で、冬虫夏草(Cordyceps sinensis)やサナギタケ(Cordyceps militaris)の抗がん作用に関する研究は多く発表されています。人間に使って有効性を示唆する報告もあります。マウスにがん細胞を移植する動物実験で、サナギタケの投与によって、がん細胞の増殖の抑制と延命効果を示す結果が報告されています。冬虫夏草やサナギタケの抗がん作用のメカニズムに関しては、免疫増強作用、抗酸化作用、抗炎症作用、血管新生阻害作用、直接がん細胞の増殖を抑える作用などが報告されています。
抗がん作用の主成分がコルジセピン(Cordycepin)です。コルジセピンは冬虫夏草(Cordyceps sinensis)よりもサナギタケ(Cordyceps militaris)の方が多いことが報告されています。
コルジセピン(Cordycepin)は、1951年にK.G. Gunninghamがサナギタケから抽出に成功した物質で、多様な生理活性が報告されています。 コルジセピンは3'-deoxyadenosineとも呼ばれ、ヌクレオシドの一つのアデノシンの3'位からヒドロキシル基(OH基)を失った構造を持ちます。
アデノシン(Adenosine)はアデニンとリボースからなるヌクレオシドの一つで、DNAやRNAの塩基として遺伝情報のコードに用いられている他、ATPやADPの一部としてエネルギー輸送に関わったり、環状AMPとしてシグナル伝達に関わったりします。したがって、コルジセピンの薬効は、アデノシンやアデノシン-1-リン酸(AMP)などの生理作用との関連が推測されています。
様々な培養がん細胞を使った実験で、がん細胞の増殖に対するコルジセピンの抑制作用が報告されています。抗腫瘍効果の作用機序として、DNAやRNAの合成阻害作用や、アポトーシス誘導作用、転写因子のNF-κB活性の阻害、がん細胞の増殖シグナル伝達の阻害などが報告されています。がん細胞の転移を抑える効果も報告されています。コルジセピンはアデノシン誘導体であるため、アデノシンA3受容体刺激によるがん細胞増殖抑制作用の可能性も報告されています。
アデノシン-1-リン酸(AMP)によって活性化されるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)をコルジセピンが活性化することも報告されています。AMPKはがん細胞の増殖を抑える細胞内シグナル伝達において重要な役割を果たしています。
コルジセピンはアデノシンの3'位からヒドロキシル基(OH基)を失った構造を持ちます。したがって、DNAやRNA合成の際にアデノシンの変わりに取り込まれると、DNAやRNAのお合成を阻害することになります。成熟したメッセンジャーRNA(mRNA)は3’末端(水酸基がある方)に数十から数百ベースのアデニン(A)が付加され、ポリAテイル(PolyA tail)を構成します。ポリ(A)配列を持つことによって安定性を獲得しますが、コルジセピンはこのポリ(A)配列を付加するpoly(A) polymeraseを阻害し、細胞の増殖や機能に影響する可能性が報告されています。
さらに、コルジセピンが体内でリン酸化されたコルジセピン-1-リン酸はAMP(アデノシン-1-リン酸:Adenosine Mono Phosphate)の代わりになって、AMPKを活性化することが報告されています。つまり、コルジセピンがAMPKを活性化できるのは、アデノシンに構造が似ているからです。
サナギタケには数%のコルジセピンが含まれており、サナギタケの粉末を1日数グラム服用すると、AMPKの活性化や、その他の抗がん作用の相乗効果によって、がんや肉腫の治療に効果が期待できます。
【AMPKの活性化とがん細胞のエネルギー産生阻害を目標としたがん治療】
サナギタケに含まれるコルジセピンと同じようにAMPKを活性化する成分として、赤ぶどうの皮に含まれるレスベラトロール、白花蛇舌草や夏枯草などの抗がん生薬に含まれるオレアノール酸、丹参に含まれるクリプトタンシノン、黄連に含まれるベルベリンなどが報告されています。植物に多く含まれるポリフェノールにもAMP活性化作用があります。
薬草に多く含まれるオレアノール酸(Oleanolic acid)は、糖尿病や虚血性心疾患に対する効果が報告されていますが、このオレアノール酸がAMPKを活性化することが報告されています。AMPKの活性化は虚血から心臓を守る働きがあります。(Int J Physiol Pathophysiol Pharmacol. 2009; 1(2): 116~126).オレアノール酸は抗酸化作用や抗炎症作用や抗がん作用や肝臓保護作用などが知られていますが、AMPKを活性化し、心筋を保護する作用もあるので、がん治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強に役立つことが推測されます。
わざわざコルジセピンを服用しないでもアデノシンでも効果が期待できるのではという意見もあるかもしれません。実際にアデノシン自身にAMPK活性化作用があることが報告されています。アデノシンよりもコルジセピンの方がAMPKの活性化作用が強いという報告もあります。また、漢方薬にはアデノシンやAMPが豊富に含まれています。アデノシンやコルジセピンを代謝するadenosine deaminaseを阻害する成分も含まれています。
以上のことから、サナギタケを1日数グラム、メトホルミンを1日500mg、白花蛇舌草や夏枯草などオレアノール酸の豊富な生薬、丹参、ベルベリンを含む黄連(オウレン)や黄柏(オウバク)などの生薬を含む煎じ薬などを併用すると、がん細胞のAMPKを十分に高め、がん細胞の増殖を抑えることができます。
さらに、脂肪酸合成を阻害するスタチン、ヒドロキシクエン酸などを併用すると、がん細胞の脂肪酸合成を阻害して(G蛋白質の活性化も阻害)、さらに細胞増殖を抑えることができると考えられます。(スタチン系薬剤を使用するときはCoQ10の体内産生が低下するので、CoQ10をサプリメントで補うことが推奨されます)
AMPKの活性化に加えて、がん細胞で亢進している嫌気性解糖系を阻害しミトコンドリアでのクエン酸回路と酸化的リン酸化を活性化するジクロロ酢酸ナトリウムとアルファリポ酸を併用すると抗腫瘍効果が高まります。
また、mTORを直接阻害するラパマイシンや、PI3K/Akt/mTOR経路を阻害する生薬成分などの併用も抗腫瘍効果を高めます。
以上のことから、メトホルミン+冬虫夏草+スタチン類(+CoQ10)+ジクロロ酢酸ナトリウム+アルファリポ酸+(ポリフェノールやオレアノール酸やベルベリンやレスベラトロールを多く含む漢方薬、ヒドロキシクエン酸など)はがん細胞の増殖を抑える上で相乗効果があり、試してみる価値はあると思います。
【1ヶ月分の費用の目安】
メトホルミン
3000円
ジクロロ酢酸ナトリウム
12000円
冬虫夏草
12000円
αリポ酸&セレン
5000円
スタチン系薬剤
6000円
漢方薬
約30000円
CoQ10
6300円
ヒドロキシクエン酸
6300円
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