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2020年7月25日土曜日

「契約締結が遅れると、億単位の損失」 ヤフーが「100%電子サイン化」に踏み切る事情

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2020年07月20日 08:12  ITmedia ビジネスオンライン
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 新型コロナウイルス感染症対策の一環として、日本国内でも多くの企業でテレワークが広がった。一方で、どうしてもオフィスに出社しなければこなせない業務もある。その代表格が、契約書や請求書といった紙の書類への捺印(なついん)・製本といった作業だ。




 2015年ごろから「どこでもオフィス」という名称で、いち早くテレワークに取り組んできたヤフーでは、紙の契約書の捺印手続きも以前からデジタル化を進めてきた。そして、新型コロナウイルスの影響が長期化する可能性を見据え、取引先との契約手続きを21年3月末までに「100%電子化」することを宣言した。


 “はんこ文化”がまだまだ根強い日本で、契約書の100%電子化という目標はやや無謀にも思えるが、なぜあえてその目標に取り組み、どのように達成していく計画なのか。電子サイン化に取り組むヤフーのメンバーに尋ねた。


●「契約締結が遅れると、億単位の損失」


 実際に契約書の取り交わし業務を担っているヤフーの黒岩高光氏によると、同社では2年ほど前から、紙の契約書から電子サインへの移行に取り組んでいた。印刷や捺印、郵送にかかる手間やコストを省けるという理由ももちろんあるが、何より大きな理由は「スピード」だ。


 捺印や発送の処理自体は1日もあれば終わる。問題は、それが相手先に届くまでの時間だ。先方にいつ届くか分からなければ、先方からいつ返ってくるかも分からない。取引先が海外になると、下手をすればやりとりに月単位の時間がかかることもあり、契約書を締結するだけで貴重な時間を浪費してしまうことになる。


 「郵送や印紙代がなくなりコストダウンできることも確かですが、それで削減できるコストは年間で1億円にも満たず、言ってしまえばそんなにたいしたことはありません。けれど、契約締結の遅れによって事業のスタートが1週間、2週間と遅れていくと、億単位の損失になるケースもあります。そういうことが積み重なっていくと、年間で数十億円のマイナスになる恐れがありますし、逆に一日でも早ければ何千万円ものプラスになります。電子サインのメリットとして一番大きいのは、事業を早く進めていくことです」(黒岩氏)


 こうした考えから、黒岩氏が所属する経営支援部と法務企画室が一体となって、デジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の一環で契約書のデジタル化を進めてきた。


 ヤフーが取引先と取り交わす契約書は月に約1000通に上る。ヤフー法務企画室長の生平正幸氏は「最初に取引の多い企業を抽出し、ランキングの上位にある取引先から『電子サインにしていただけませんか?』と相談し、同意を得られたところから電子サインに切り替えてきました。この結果、全体の1割程度が電子化できています」と話す。


 取引先数でいうと、3割程度が頻繁にやりとりのある大手の取引先で、残る7割は1回限りの契約で終わる小規模な店舗、ストアや個人事業主だ。「ストアや個人事業主は電子サイン化に対するハードルはかなり低く、快く受けていただくことが多いです。やはり大きな企業になればなるほど、先方の捺印に関する体制や規定関係の調整が必要になるため、先方の準備が整い次第切り替えるという形で進んでいます」(生平氏)


 このように徐々に電子サインを広げてきたヤフーだが、新型コロナウイルスの拡大は大きな転機となった。


 どこでもオフィスという形でテレワークには慣れていたが、オフィスへの出社を極力減らすことを考えたとき、最後まで残るのが、まだ紙で残っている契約書への捺印業務だった。経営支援部のメンバーはリスクを冒して出社しなくてはならない。その頻度を下げて週に1回程度の出社に抑えると、その分だけ契約処理が遅れる。事情は取引先も同様だ。


 「かくかくしかじかで、契約書原本の送付が遅れるかもしれません」と連絡すると、先方からも「いやいや、うちも同様なので、少し時間がかかります」と返ってくる。スピードを重んじるヤフーにとっては痛い状況だった。


 そこで思い切って全面的に電子サイン化を推進することにしたのが、先日の「100%電子化」宣言というわけだ。ヤフー法務企画室の高田益美氏によると、「最近では取引先の方から『契約は電子サインでいいんですよね?』と、デジタル前提で尋ねられることも増えています」といい、電子化比率は2~3割程度まで来ている。


●スムーズに電子サイン化、ポイントは?


 ヤフーは2年ほど前から、海外でも実績のある「DocuSign」(ドキュサイン)を採用して電子サイン化を進めてきたが、移行に当たって、それほど大きな障壁は存在しなかった。というのも、ヤフー社内ではそれ以前から、稟議や各種申請にまつわる社内書類を全てデジタル化、システム化し、捺印を廃止していたからだ。


 加えて業務フローにも工夫を施していた。


 営業など現場の担当者自身が契約書の取り交わし作業を行うのではなく、内容が固まった後は、黒岩氏ら経営支援部が一括して、印刷、製本、捺印、郵送といった業務を担う。電子サイン化を見越してというよりも、全社的な効率化の一環として、紙の契約書の処理自体を集約しておいたのも、スムーズに電子サイン化が進んだ大きなポイントといえそうだ。


 黒岩氏は「社員全員に電子サインについて啓蒙、教育し、アカウントを配布するとなると大変ですが、当社の場合はわれわれの部署だけが分かっていればいいので、教育コストもかからず、導入の障壁がものすごく低くて済みました」と説明する。


 いざ電子サインでやってみると、「もう紙には戻れませんよ。今でも一部紙が残っていて捺印していますが、電子サインの良さを知っているだけに、つらいですね」と黒岩氏。「一度やったらやめられませんし、絶対100%にしたいと思っています」と意気込む。


 考えてみると、内容の固まった契約書を印刷し、きれいに製本し、送付し、管理するというのは、クリエイティブな仕事というよりは、機械的な作業の部類だろう。「1日に200件ものはんこを押していると、『今、世の中がデジタルといっていて、契約書も普通にPDFで送れるようになっているのに、なぜこのご時世にいまだにはんこだ、朱肉だとやっているのか』とつらくなってきますし、絶対に電子サインを増やさなければならないという気持ちになってきますね」(黒岩氏)


 加えて、紙の書類では、担当者がどこかに契約書をしまいこんだまま退職してしまい、事故につながったり、逆に先方で机の中にしまい込まれていつまでも契約が進まなかったり、ということが、「まれによくある」という感じで発生していた。だが「電子サインはクラウドサービスなので、全てステータスが把握・管理できます。ボールをいまどちらが持っているのか、処理が滞っていないかといった事柄を把握し、必要に応じて督促することもでき、スムーズな契約締結が可能になりました」(生平氏)


 契約を結んだ後の保管も楽になった。原本を紙で残すとなるとそれなりのスペースと保管費用がかかる。その点、電子サインならばデータは全てクラウド側に保存されるため、場所代は不要になるし、なくしてしまう心配もない。「社内で足りない分は倉庫なども借りていましたが、あらためて『紙の契約書はこんなにコストが掛かっていたんだ』と実感しました」(高田氏)


 各種業務をデジタル化、システム化しておいたことは、テレワーク時にも効果を発揮している。単純に個々が業務を進めるという意味にとどまらず、チームの中で「今日は誰が何をやっているのか」を皆が共有することで、全員が、誰が何をしているかを分かったうえで業務を進め、進捗を把握できるようになっている。


●草の根的なPR作戦


 とはいえ、電子化できたのは全体の2~3割程度。徐々に増えているとはいえ、道のりはまだ遠い。特に問題になるのは、契約書のデジタル化に際して社内体制や規定類の整備が求められる大手企業を相手にした場合だ。「ヤフー社内としては課題は全くありません。今の課題は、先方が受け入れてくれるかどうかにかかっています」(黒岩氏)


 もちろん、相手方にも事情があることだけに、一朝一夕に変えるのは難しい。ここは何か特効薬があるわけではなく、「地道に、草の根的に、『電子サインにしませんか』と働きかけています」と黒岩氏は述べた。例えば、契約書を返送する際に電子契約サービスのパンフレットを同梱したり、社内からの契約申請に対しても「今回は紙でやりますが、次からは電子サインでどうですか」と一言添えたりと、地道なPR活動を展開している。


 先方の担当者から「電子化をしてみたいけれど、ヤフー側はどうやっているんですか?」といった相談を受けた際には、業務プロセスの整備やシステム化といったこれまでの取り組みを紹介し、参考にしてもらっているそうだ。


 コロナウイルス対策で広がったテレワークの影響は大きく、取引先からの問い合わせは飛躍的に増えているという。日本政府が「契約書に押印は必ずしも必要ない」という指針を示したことも、大きな追い風になると期待している。


 「10年後、できれば5年後には、『昔は契約書って紙で取り交わしていたんだよね』といえるといいなと思います。これまで、特に変える理由がないからと言って続いてきたこれまでの文化や風習を変えるチャンスだと思います」(黒岩氏)


 他にも業務を見渡せば、ある程度マニュアル化できている、つまりシステム化、デジタル化できそうな領域はあちこちに残っている。今後も、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やAI、あるいは既存のSaaS、内製ツールを組み合わせ、デジタル化できるものはどんどんデジタル化し、あらゆる領域で効率を高めていきたいという。

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