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「会社辞めたいんですけど……」。事務機器を扱う老舗の4代目は入社初日に社員に退職を告げられ、不況や価格競争で会社は倒産寸前まで追い込まれました。再建中には若手社員が体調を崩し休職……。そんな経験をもとに事務機器販売業から働き方改革を支援する会社へリブランディングしました。
国も注目する働き方支援企業
従業員50人以下の中小企業に対し「笑顔あふれるワークスタイルの創造提案」を掲げているのが、岡山市に本社のある「ワークスマイルラボ」(ワクスマ)です。4代目社長の石井聖博さんが、事務機器販売業から事業を転換させました。 自社の働き方の課題を抽出し、それを解決するための商品やサービスを探し、実際に試して効果のあったものだけを選び、活用するための社内制度やルールと一緒に提案するというサービスを展開しています。 総務省の「テレワーク先駆者百選」に選出されたり、中小企業白書2020年版に取り上げられたりし、働き方改革で注目されている企業です。
初対面の社員から「辞めたいんですけど」
大学卒業後にキヤノン販売(現・キヤノンマーケティングジャパン)を経て、2006年に家業であるワクスマの前身「石井事務機センター」に戻ってきた石井さん。初出社で待ち受けていたのが「あの、会社辞めたいんですけど……」という初対面の社員からの相談でした。石井さんは思わず「え、誰ですか?」と返してしまいました。 当時の社員数は13 名。ほかの社員に話を聞くと、1カ月のうちに何人も入社しては辞めていくという状況でした。「上司がいつもパチンコに行っていて連絡がつかず、仕事も教えてくれない」といった不満も出ていました。 2000年ごろから事務用品の通信販売が市場に登場し、売り上げと利益率が下がっていました。主力商材であったコピー機も価格競争の波に飲まれていたところに2008年、リーマンショックの不況が襲いました。 2009 年11 月、石井さんは父である社長に呼ばれました。 「もう会社が潰れる……」 いきなり廃業するか否かという相談を持ちかけられました。2009年の経常損失1900 万円。売上高はピーク時の10 億円から3 分の1 にまで下がっていました。石井さんは一晩考えた末、父を「何とかもう少し頑張ってみよう」と説得しました。
リスケの相談に「経営再建は茨の道ですよ」
翌日から石井さんは、父と二人で銀行へ返済見直し(リスケジュール)のお願いに回りました。中小企業がリスケを申し込んだ場合、金融機関はできるだけ柔軟に対応するよう努力義務を定めた「中小企業金融円滑化法」に望みを託しました。 「何とか、支援をよろしくお願いします」。 頭を下げる石井さんたちに対し、黙って返済条件を見直してくれるほど銀行は甘くありませんでした。経営計画や将来の展望について問い詰められましたが、会社として経営計画を作成していなかったため、何一つ納得させられる返事ができませんでした。 重苦しい空気が漂うなか、石井さんは当時通っていた起業家養成スクールで作った発表用の経営計画書がカバンの中に入ったままであることを思い出しました。とっさに銀行の担当者に手渡しました。 「内容はともかくとして、作っていないよりマシですね」。ギリギリのところで返済の見直し(リスケジュール)が認められましたが、「経営再建は茨の道ですよ」と釘を刺されました。
運転資金が尽き倒産まであと5日
銀行から営業利益で黒字にするよう言われており、当時、リスケ中は追加融資を受けられず、毎月数十万円の資金のやりくりに追われるギリギリの日々が続きます。 石井さんが自分の貯金を会社の口座に入れてしのいだことが何度もありました。キャッシュの重要性を痛感したのと同時に「お金がなければ理念もビジョンも何も考える余裕がない」と身をもって実感しました。 2011 年3 月11 日、東日本大震災が追い打ちをかけました。売りたい商材の生産が滞って営業もままなりません。夏には運転資金が尽きました。手形決済日まであと1 週間に迫るなか、かつて本社のあった社有地に買い手が見つかりました。 何年も放置されていたホコリまみれの倉庫をきれいに掃除するのが買い取る条件でした。真夏に、エアコンも電気もないなかで「こんなことをするために会社に戻ったのではない」と涙を流しながら、石井さんは弟と作業を続けました。土地の決済が終わったのは手形決済のわずか5 日前でした。
IT担当がいない企業に商機
社有地を売却し、支払いを済ませ、余った資金は300 万円。返済に充てるべき資金でしたが銀行を説得し、以前から構想していた新規事業の着手に取り掛かりました。 石井さんは、取引先、営業先の中小零細企業には専任のIT 担当者がほとんどおらず、IT に詳しい社員や総務、または社長が兼任しているという状況を見てきました。「トラブルがあった時、私たちの会社が相談を受けることも多く、そのときは無償対応していましたが、ここに大きなニーズがあると感じていました」 そこで、トラブル対応からIT 活用の支援まで担う「パソコンパトロール(パソパト)」というサービスを月額8000円から始めました。気軽に相談できる相手となることで、顧客先との関係が密接になり、契約先が徐々に増えていきました。 石井さんは2015 年2月、4代目社長に就任しました。IT商材の粗利率が高かったことで会社の業績は上向いていましたが、OA 機器やオフィス家具の販売は営業社員のスキルに左右され、さらにインターネット販売も台頭し、価格競争がますます激しくなっていました。そんななかで、石井さんは会社の経営理念を一から見直すことにしました。 石井事務機センターの歴史をたどると、筆や墨から文房具、そして事務用品からOA 機器、オフィス家具やICT 機器へと時代に応じて商材を変化させながら提供してきた価値は「オフィスで働く人達の作業の効率化支援」であることが見えてきました。 「次は自分たちが行動する判断基準を作ろう」。しかし、その最中に、一人の若手女性社員が心身のバランスを崩し、出社できなくなりました。ショックを受けた石井さんは中断も考えましたが「女子社員が再び笑顔で働けるブランドを作ろう」という意見を尊重することにしました。 まずは自社の社員が笑顔で働ける会社をつくらなくては、と考えるなかで「『働く』に笑顔を!」という理念が生まれました。 この理念から生まれたのが、新たなビジネスモデル「WORK SMILE LABO(ワクスマ)」でした。「働き方改革の提案をするなら、まずは顧客に真似をしたいと思ってもらえるようなワークスタイルにしなければいけない」と考え、自社の働き方の課題を抽出することから始めました。 会社の営業方針も大きく変わり、V字回復を果たします。
杉本崇
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