https://www.cnn.co.jp/business/35130814.html
シェアしました。
奥多摩(CNN) 井田孝之・直子夫妻は4年前、東京都奥多摩町にある2階建ての一軒家を無料で譲り受けた。
井田さん一家はそれまで直子さん(45)の実家で暮らしていたが、田舎で大きな庭付きの家に住みたいと考え、奥多摩に引っ越したという。
直子さんは「(新居は)たくさん修理しなければならなかった。でも、田舎の方に住んで大きな庭を持ちたいといつも願っていた」と語る。
無料の家と聞くと詐欺のようにも聞こえるが、今、日本は住宅の戸数が世帯数を上回るという独特な不動産問題に直面している。
ジャパン・ポリシー・フォーラムによると、2013年は5200万世帯に対し住宅の数が6100万戸だった。そして、この状況は今後さらに悪化すると見られている。
国立社会保障・人口問題研究所の予測では、日本の総人口は現在の1億2700万人から2065年までに約8800万人にまで減少する。つまり、今後住宅を必要とする人はさらに減るということだ。若者は田舎から都会に仕事を求めて流出し、日本の田舎は「空き家」として知られるゴーストハウスに取りつかれるようになる。
民間研究機関「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会で座長を務めた増田寛也氏のリポートによると、同分科会は2010~40年の30年間に20~39歳の女性人口が5割以下に減少する自治体数は900近くに上ると推計し、これらを消滅する可能性のある都市と見ている。そして、奥多摩町もその中に含まれている。その意味では、空き家の無償譲渡は町の生き残り策と言える。
人口増加を目指す奥多摩町若者定住化対策室の新島和貴さんは「奥多摩町は2040年までに消滅が予想される東京の3つの町の1つだということが2014年にわかった」と語る。
空き家バンク
奥多摩町は東京都西部に位置し、都心から電車で2時間の距離にある。
1960年代には林業が盛んで、1万3000人以上が暮らしていた。しかし、木材の輸入が自由化され、さらに90年代に木材需要が落ち込んで以降、大半の若者が都会に出てしまい、現在の人口はわずか5200人にすぎない。
奥多摩町は2014年に「空き家バンク」を開設した。空き家バンクとは、空き家の購入希望者と、高齢化する家主や空き家とをマッチングする制度だ。空き家バンクの取り組みはすでに日本全国に普及しているが、各市町村が独自の条件を設定している。
例えば奥多摩町は、空き家に入居した住民にリフォームの費用を補助しているほか、空き家の所有者に100平方メートルあたり最高で100万円を交付して空き家を手放すよう促している。
しかし、空き家の無償譲渡やリフォーム費用の支援を受けるためには、年齢が40歳以下であるか、高校生以下の子どもが少なくとも1人はいる夫婦で夫婦の1人が50歳以下であることが条件になっている。また空き家を無料で譲り受ける人は、奥多摩町へ定住し、取得した中古住宅は自己資金で改修しなければならない。
しかし、新築志向の強い日本では住宅の無償譲渡ですら容易ではない。
中古住宅
新島さんは築33年の青い屋根と白い壁からなる箱のような空き家に案内してくれた。外見は頑丈そうだが内部はかび臭く、10年は空き家だろうと推察できる。キッチンは取り替えの必要があり、畳は色あせた状態だった。
新島さんは「日曜大工が好きな人にはぴったりでは」と笑った。
奥多摩町では、3000戸ある住宅のうち約400戸が空き家で、そのうち復旧可能な住宅はその半分と見られている。残りの半分は老朽化しすぎているか、地滑りの危険のある地区に立っているかのどちらかだ。
日本は20世紀に2度の人口急増を経験した。1度目は第2次世界大戦後、2度目は経済が急成長した80年代に起きた。この2度の人口急増が住宅不足を招き、人口密度の高い町や都市に安価な量産型の住宅が急ピッチで建てられた。
しかし、量産された住宅の多くは質が悪かった、と富士通総研の主席研究員、米山秀隆氏は指摘する。その結果、日本の人口の約85%が新築を選ぶ状況となっている。
政府は2015年、空き家の所有者に空き家の解体・改修を促すため、空き家を放置している所有者を罰する法律を制定した。しかし、不動産の専門家によると、空き家を所有するよりも更地にした方が固定資産税額が高くなるという。これが空き家の解体が進まない原因になっている。
東洋大学理工学部建築学科教授の野澤千絵氏は、日本は都市計画の規制が緩いため、住宅が明らかに供給過剰であるにもかかわらず、住宅開発会社は住宅を建て続けていると指摘する。
田舎を魅力的に
奥多摩の空き家バンクの利用者は日本人だけではない。中にはニューヨークや中国からやって来る人もいる。対象は日本国民に限定していない。
フィリピン人と日本人のカップル、イマバヤシ・ロザリー、トシユキ夫妻は都心部に6人の子どもと暮らしていたが、2019年の早い時期に奥多摩町に移住する予定だ。
ロザリーさんは「東京は自分たちにとって窮屈で、同じ都内にありながら自然に囲まれている奥多摩が好きだ」と語る。
しかし、新たな住民の大半にとって、住居を無料で提供するだけでは不十分だ。奥多摩のような過疎地域が今後うまくやっていくためには、持続的な経済開発計画や、地元住民と新しい住民のコミュニティー作りのための活動も必要だ。
ワシントン大学の建築学の教授、ジェフリー・フー氏は「もし人々が生産的な経済活動に従事し、自分たち自身を支えていく方法を見つけられるなら、田舎にも人々は集まり定住するだろう」と話す。
徳島県神山町は2011年、住民の増加数が減少数を上回った。IT企業がサテライトオフィスを立ち上げ、都会の生活に嫌気がさした労働者を引き付けるようになった。
消滅の危機に直面する町にとっては、新しい住民のアイデアも大きな力になる。
介護士の資格を持つ井田夫妻は、奥多摩で仕事に就けることは分かっていた。しかし、夫妻は2017年9月に道路沿いの古民家を購入し、ハイキングやツーリングに来た客をもてなすカフェを開業した。居心地のいい店内には骨とう品や地元の工芸品が数多く飾られている。
この場所の素晴らしさは既にある物を改良するところにあると直子さんは語る。ただ、こうした文化や古いものが好きな人でも、田舎で生活することはためらうものだとも言い添えた。
静かな通りには、別の空き家と高齢の女性が住む家がある。井田夫妻が来る前は野生のサルが女性の家庭菜園を荒らしていたが、にぎやかになった今では動物も距離を取るようになった。
直子さん自身は奥多摩に終(つい)の棲家(すみか)を見つけたが、直子さんの子どもたちの考えは異なるようだ。直子さんの長女は、すぐにでも家を出て、都会で独り暮らしをしたがっているという。
◇
本プロジェクトはピューリッツァー危機報道センターの支援を受けています。
0 件のコメント:
コメントを投稿