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化粧品メーカーとして人気を誇るオルビス株式会社。代表取締役社長の小林琢磨さんはポーラ・オルビスグループの社内ベンチャー起業を経てオルビスを再建すべく2018年に社長に就任しました。就任後に「新しい企業風土」を吹き込むことで、ヒット商品を生み出す組織体制をつくってきたとか。小林さんはオルビスの組織風土をどう変えてきたのか中竹竜二さんが聞いていきます。
オルビス株式会社
代表取締役社長 小林琢磨(こばやしたくま)さん
2002年に株式会社ポーラ化粧品本舗(現株式会社ポーラ)へ入社し、2010年にポーラ・オルビスグループの社内ベンチャーで起ち上げた敏感肌ブランド株式会社DECENCIA(ディセンシア)代表取締役社長に就任。同ブランドを50億のビジネスに導いた後、2017年にオルビス株式会社マーケティング担当取締役、2018年代表取締役社長に就任。ポーラ・オルビスホールディングス取締役を兼務。早稲田大学大学院MBA。
経営者から見れば、管理しやすい会社、でもお客様視点では?
中竹竜二さん(以下、中竹): 小林さんはオルビスの社長になった時、最初から「この会社の文化を変える」つもりでしたか。それとも、「事業を立て直した結果、組織文化も変わっていくだろう」と考えていたのでしょうか?
小林琢磨さん(以下、小林): 最初から「組織文化を変える」と強く意識していました。僕の経歴をちょっとだけお話しすると、2002年に株式会社ポーラ化粧品本舗に入社し、2010年にポーラ・オルビスグループの社内ベンチャー株式会社DECENCIA(ディセンシア)を起ち上げて8年間社長をしていました。その後、2017年にオルビス株式会社へ異動し、マーケティング担当取締役を経て、1年後に社長になりました。でも、グループ企業内での異動とはいえ、違う世界にやってきた感じがしましたね。
グループの中核を成すポーラは「高性能な高級化粧品を訪問販売する」ことで大きく伸びてきたブランドです。オルビスはポーラとは真逆。「本当に肌に必要なシンプルで買いやすい価格の化粧品を通信販売で届ける」というコンセプトとビジネスモデルで始まっています。
ただ、オルビスは通販を主体としながらも、実際に試したいお客様に向けて実店舗での販売も行ってきました。ですから、組織は機能的に編成され通販事業部と店舗事業部に分かれています。それぞれの事業毎に「お客様がどんな商品を購入しているのか」「何が欲しいのか」を見極めるために市場分析を行っています。店舗も通販事業も「どんなキャンペーンをすれば、売り上げがアップするのか?」など過去の成功パターンは蓄積されており、経営側からみれば実に効率がいい組織だったと思います。
ただ、2000年代以降は競合する通販化粧品も増え、価格競争も激しくなってきました。加えて、分業体制が進み過ぎて、社内は市場全体の変化、将来に関心をもってない印象がありました。おそらく、管理する立場であれば、従来の機能別組織がいいのです。店舗販売と通販事業とで完全に別組織にし、担当もシステムも別の方が分かりやすい。でも、「お客様視点」だと、不便なことが増えています。
例えば、ある女性の行動パターンです。オンラインショップでトライアルセットを注文し、数日間使ってみて化粧品について質問したいので、オルビスの直営店舗に寄ります。商品について納得したので、「商品を買って帰ろう!」と思ったけど、重いし荷物になるので、後で「ネットで注文すればいい」と思って、店舗では何も買わずに帰る――。ネットとリアル店舗を行き来しながら買い物をするのは、今や当たり前の行動になっています。でも、こうしたお客様の行動が分業制では把握できないこともあります。例えば、通販ではたくさん購入している「お得意様」であっても、リアルな店舗では「初めてのお客様」扱いされたりすれば顧客体験を損ないます。
代表に就任した当時、気になったのはマネジャークラスが「僕のところでは……」「私のところでは……」と話していたことです。自分の業務内容はやるけど、あとは自分の責任じゃない、と。でも、既にお客様は通販と店舗を自由に行き来している時代。会社全体の状況を理解した上で、いまの仕事を考えて欲しかった。全体が見えればお互いに連携できるし、お客様の体験をもっとより豊かにする提案ができる。
「お客さんの利便性を考えて組織を見直したい」と思い、社長就任と同時に、組織を事業部別から、機能別の執行・営業部門とマーケティング戦略部門に分けました。マーケティング戦略部門が取り扱う顧客情報は通販とリアル店舗のものを統合して、ブランド管理業務も統一しました。
組織改革と同時に、リブランディングも実行しました。CI(コーポレートアイデンティティ)の変更やメイン商品のリニューアルを行いました。これは、これまでの経緯、今後の目指すべき姿からすれば、必要なプロセスだと判断しました。
組織改革は社長のリーダーシップで成功した話が多いけれど
中竹: 組織改革を宣言して社内の反応はどうでしたか?
小林: めちゃめちゃ悪かったです(笑)。普通、組織改革というと、経営者がリーダーシップを執って成功したという話が多いと思うのですが、僕の場合は、相当失敗しました(笑)。
中竹: 本来意図していたメッセージが伝わらなかったのでしょうか。これまで小林さんがいた組織の常識や言語とギャップがあったのですか?
小林: ええ。そのギャップは非常に感じました。8年間経営していた会社では、起ち上げから軌道に乗せるまでのコミュニケーション、事業の進め方、意思決定にしても、スピード感を持ってやってきました。僕が指示すれば、メンバーはすぐに行動で応えてくれた感覚があった。
しかし、オルビスの現場からすれば、いきなり若い社長が来て、「機能別組織から変えていきます。スピード重視だ! 顧客志向の体制を作ろう!」と言ったところで、「壊す人」「自分の役職・仕事を奪う人」「過去を否定する人」にしか映りません。そんな人間に協力しようとは思わないでしょう……。ロジカルに「会社に必要だから」と説明するだけでは、人は納得まではしません。
結果、何が困ったか。組織に関する情報が入らなくなりました。雰囲気や役職以外で実際に誰が組織に影響力を持っているのかなど。実績などのデータは把握できるのですが、情報の裏側にあるストーリー、人の話題が入ってこなかった。
組織サーベイを用いた従業員エンゲージメントのスコアも就任半年で大きく下落しました。社長就任後に大きくスコアが下がるのは、異例なこと。会社が敵対買収された時や、スタートアップ企業で成長を支えていたリーダーが抜けるなど、激しい環境変化でないと表れない数字です。働く社員が変わっているわけではないのに、この低い数字が出たことに、僕は本当にショックを受けました。
「なぜ改革が必要なのか?」から説明を始めた
中竹: この失敗から、小林さんはどう行動を変えたのでしょうか?
小林: 社内コミュニケーションに重きを置きました。組織サーベイは、会社や仕事、上司に対して「期待しているか」と「満足しているか」の項目を聞いています。スコアが大幅に下がったのは「期待が持てず満足もしていない」ことの表れです。
現場では、自分の業務に関するデータは把握しているんです。でも会社に関する情報となると誰も知らない。そんな状況で「組織改革」といったところで、今後、「会社がどうなるのか」、さらには「自分の仕事がどう変わるのか」も想像できません。期待できないのも当然だったと思います。ですから、「なぜ改革が必要なのか?」から話をはじめ、会社全体の課題、そして僕のことも丁寧に伝えないといけないと痛感しました。
具体的な施策としては会社の経営状態を説明する研修を実施しました。会社の10年分の損益計算書をもとに、業績の推移、業績を押し上げている要因、足をひっぱっている要因などを自分で丁寧に話しました。なぜ長きにわたり低迷しているのかを構造的に示しました。この研修は1年目の社員から幹部クラスまでクラスごとに行いました。参加者同士が、このテーマで議論しやすいようにバッググランドを揃えました。
このほか、「社内ブログ」による情報発信や、社員の表彰制度なども始めました。これはサイバーエージェント、リクルートなど社内コミュニケーションに優れた会社の事例を勉強して取り入れたものです。
あと、「小林の部屋」というメンバーと個別で僕と話をする機会を設けました。四半期に一度、誰でも何でも相談できるように、3日間のスケジュールを開けています。話す内容も自由、別に業務の話でなくていいんです。希望する人に直接アポをいれてもらっています。
中竹: いい施策ですね。「小林の部屋」はどこから発想したのですか?
小林: これ、実は社内の女性部長が「西野の部屋」という1on1を定期的に開催していたのを参考にしました(笑)。現執行役員(当時は商品企画部長)の西野はメンバーに向けて「仕事じゃなくてプライベートの相談でも何でもいいから」と時間を作っていたんです。「これは素晴らしい」と思いネーミングまで拝借しました。もちろん、本人にはちゃんと「真似します」とお断りを入れています(笑)。
中竹: 印象に残っている相談はありますか?
小林: いろいろあるんですが……。何回目かの小林の部屋で朝一番に来てくれたのが、オルビスを長きにわたって支えてきてくれたベテランの女性社員でした。僕は「今のオルビスの組織はダメだ」と言っていたので、彼女からすれば面白くないはず。すっかり嫌われていると思っていたのですが、彼女は「あなたのやろうとしていることは間違いではない。受け入れられないこともあるけど、やろうとしていることは理解できる」と言ってくれたのです。そして「若い社員が挨拶できないのが凄く気になる」とも言っていました。
これ単に礼儀、マナーの話じゃないんですね。「今の時代はそういうものだ」と大人側が一緒になって挨拶しなくなっている。組織内のコミュニケーション能力が貧弱になっていることを指摘してくれたんですね。要は「組織文化の改革といいながら、“制度”の話だけじゃないでしょ?」という意味だったと思います。まさにその通りだと反省し、僕自身もさらに意識して挨拶するようになりました。
中竹: 面白いですね。会社の施策って、「全部自分で考えて実行した」と言いたい経営者が多いのに、小林さんは他社の事例を積極的に勉強して取り入れたり、社内にすでにある良い仕組みを素直に真似してトライしたりしている……。それが強みかもしれませんね。闇雲に過去のものを「変える」だけでは単なる破壊者になってしまう。逆に「変えないこと」「守るべきもの」も伝えないといけない。
小林: ええ。変えてはいけないのは、オルビスの創業精神であり哲学です。オルビスはバブルの絶頂期、世の中が派手で華やかなものが喜ばれていた時代に、人間本来が持っている力を引き出すオイルカットのシンプルな化粧品を打ち出しています。このモノの「本質」を見ていることが素晴らしい。逆に、哲学を具現化する手段は、時代、市場に合致したものに変えていかなければならない。
15年前にはスマホがこれだけ世の中を席巻するとは思わなかったように、今まだこの世に生まれていない状況も多いので、自分たちで仮説を立て“これから”を想像していかないといけません。そのためには「未来志向とオープンマインド」。昔よりも先の話を、枠にとらわれずにしよう、と常に言っています。
経営会議でも過去のデータを分析することに時間を割いていましたが、現場で行うことにしています。経営会議の場では、10年、20年後、自分たちが価値を提供していくか、先の議論する機会が増えています。
社内の若手社員を中心に構成した「2029プロジェクト(現 新規事業開発グループ)」では、10年後をターゲットにした新規事業づくりに取り組んでもらっています。例えば、2021年3月にリリースした新サービス「cocktail graphy(カクテルグラフィー)」もその一つ。これは、自宅で肌測定ができる IoT デバイスと、肌の状態に合わせて毎月変化する 3 本のパーソナライズスキンケア、自分の肌のためだけの情報が届く専用アプリから構成される定期販売モデルで、デバイスから商品、アプリまでフルスクラッチで開発しています。お客様とLTVの階段を一緒にのぼり、あなたなりの正解を一緒に見つけていくパーソナライズサービスです。
熱量が一番高い時期だから衝突しても耐えられるし、本質にたどり着けた
中竹: 小林さんは社内ベンチャーを起ち上げてきたこともあるからでしょうか。先のことを構想する方が楽しそうですね。未来を考えるコツはなんでしょうか?
小林: よく「過去は終わったこと。今さらコントロールできないもの。未来は自分でつくれるもの」と言われますよね。確かに、過去とどう向き合うかは大事だなと思います。成功パターンが多いほど、それを捨てる努力をしないと未来が分からない。
あと、成功者の方々は「後悔しないために、やりきる」とよく言っていて、もちろんそれがベストであるけど、僕は結局、「何をしても、後悔することがある」と思っています。なので、後悔してもいいからやりたいと思うことをやろうと。最近、そんな話を社員としています。
中竹: そんな話ができるようになったのはある意味、組織が成長したからじゃないですか。改革の一年目ならば「そんな話、業務と関係ありますか」と反発されたかもしれません。仮にもう一度、社長就任時に立ち戻ったら同じことをしますか?
小林: オルビスにとって「組織改革」や「リブランディング」は絶対やらなきゃいけないことだったので、確実に着手するでしょう。迷うのは、組織へのアプローチ・コミュニケーションでしょうか。
よく「組織の態度変容の話」を考えます。(注:心理学者クルト・レヴィン (Kurt Lewin)が唱えた態度変容の3ステップ。「Unfreeze」(解凍)→「Change」(変化)→「Refreeze」(再凍結)、このステップを経ない限り、組織や人材は変容しないという説)。結局、僕は、「Change」(変化)から入ったんだと思います。もちろん、これはこれで、一つの進め方だったと思っていますが、別のアプローチもあったかもしれません。
中竹: 確かに。ビジネススクール的フレームでステップを踏む方法もあったかもしれません。でも、表層的なコミュニケーションが増えます。経営陣同士や、社員が本当に考えていることを引き出し、お互い理解するまでには、おそらく3~5年はかかったと思います。
それだけの期間、社長としての熱量を維持できるか。株主たちも容認してくれたか。
社長は就任した時が一番熱量を持っているものです。その熱量で「組織改革」「リブランディング」をはじめて、小林さんもいろんな摩擦を経験し、失ったものもある。だけど、熱量が高かったからこそ、いろんな反発、摩擦に耐えられたとも言えます。もちろん、これからの成果次第で評価が変わる部分もあるでしょう。それこそが、経営者として後悔することのないアプローチだと思います。
(取材・文:瀬川明秀 撮影:柏谷匠 編集:上野智)
バックナンバー (8)
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この記事についてコメント(1)
改革と一言で言うのは簡単ですが、実行して成果を出された苦労は拝読して感じました。トップダウンで伝えても社員がついてこないと成果は出ないことは明らかで、そこを社員とのコミュニケーションで克服されたのは見習うところがあります。 1on1ミーティングで、ベテラン女性社員からの一言で、自らの行動に気付いて、実行された適応力も成果を出された要因に思えます。私自身は化粧品を買うことはありませんが、プレゼントする機会に手に取ってみたいと思います。
2021年06月08日 5
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