光コンピューティングを手掛ける米の新興企業Lightelligence(ライテリジェンスと発音)が、シリコンフォトニクスアクセラレーターのデモを披露した。一般的なGPU搭載システムに対し、イジングモデルを100倍以上の速さで解くことが可能だという。
Lightelligenceのフォトニック算術計算エンジン「Pace」は、約1万2000個のフォトニックデバイスで構成された1GHz動作の統合型オプティカルコンピューティングシステムである。同社が2019年に発表した、100個のフォトニックデバイスで構成されるプロトタイプ「Comet」に比べて、約100万倍の高速化を実現するという。またLightelligenceは、今回の最新デモで初めて、自社製ハードウェアのAIアクセラレーション以外のユースケースを披露した。
「Pace」の試作品[クリックで拡大] 出所:Lightelligence
Paceは、計算的に極めて難しいとされている、NP完全問題クラスのアルゴリズムを、既存のアクセラレーターの何倍もの速さで実行するという。全てのアプリケーションに対して光学的な優位性を実証したわけではないが、イジング問題を一般的なGPUの100倍の速さで解くことが可能だ。イジング問題向けの専用システムである東芝の「シミュレーテッド分岐マシン(SBM:Simulated Bifurcation Machine)」に対しても、25倍の速さを実現したという。
NP完全問題は状態空間が非常に大きいため、それを解くには巨大なコンピューティングリソースが必要だ。このクラスには、イジング問題や最大カット/最小カット問題、巡回セールスマン問題なども含まれている。実際にNP完全問題が発生するアプリケーションとしては、生物情報学やスケジューリング、回路設計、材料探索、暗号化、最適化電力網などが挙げられる。
LightelligenceのCEO(最高経営責任者)を務めるYichen Shen氏は、米国EE Timesのインタビューの中で、「オプティカルコンピューティングの優位性が例証できたため、NP完全アクセラレーションのデモを決断した」と語っている。
Shen氏は、「当社のオプティカルコンピューティングエンジンの中核となるのは、行列乗算をGPUよりもはるかに短時間で完了できるという点だ。64×64の行列乗算の場合、GPUはクロック数が数百にも上るのに対し、当社の技術は10ナノ秒未満または約5ナノ秒で実行することができる。NP完全問題は、行列乗算を何度も繰り返し実行するため、当社の技術の優位性が大きくなる。われわれはこの新技術により、フォトニクスの優位性が発揮される問題を見つけ出したい考えだ」と主張した。
NP完全アルゴリズムの反復的性質は、連続的な行列乗算が事前の結果によって左右されるということを意味する。これにより、システムエレクトロニクスの部分で生じるボトルネックを最小限に抑えることができる。言い換えれば、データが乗算の間にメモリを行き来する必要がなくなるのだ。
Shen氏は、「より規模の大きい商用ユースケースの場合、デジタルエレクトロニクスやメモリ読み書きが、コンピューティングシステム全体の足かせになり得る。このような負担を考慮しても、将来的に十分なメリットを提供することができると考えた。100倍とまではいかないが、少なくとも数倍の高速化は実現できる見込みだ」と述べている。
フォトニクス技術の開発も
またLightelligenceは、ボトルネックを軽減すべく、データ放送やデータインターコネクトを対象としたフォトニクス技術の開発にも取り組んでいる。
Paceのボードの外観。PCIeカードほどの大きさである[クリックで拡大] 出所:Lightelligence
Shen氏は、「Lightelligenceは、NP完全問題に向けたアクセラレーターの商用化を目指していくのか」とする質問に対し、「ハードウェアに関しては、市場参入に向けて挑戦していくことは可能だ。しかしこの技術は、当社製品向けとして適用する予定であるため、AI(人工知能)アクセラレーションをはじめとする幅広い市場に対応できるようになるだろう」と答えている。
シリコンフォトニクスをベースとするオプティカルコンピューティングは、計算速度や電力効率を桁違いに高めることができる。変調赤外線を導波路と呼ばれるシリコンワイヤに移動させることをベースとした技術だ。導波路は、標準的なCMOSプロセスを適用して製造することができる。一種のアナログコンピューティングが、2つの導波路と2つの信号を効率的に組み合わせながら、オンチップ変調器(輝度を変調)が2つの信号を効率的に増幅する。また同時に、オプティカルMACユニットも形成できる。しかし、オプティカルコンピューティングは行列乗算のような線形動作を加速させるためには最適だが、非線形動作やメモリ、制御などに関しては、標準的なデジタルエレクトロニクスが必要だ。
Lightelligenceは、競合相手であるLightmatterと同様に、演算器として、シリコンフォトニクス版のマッハツェンダー干渉計(MZI)を使用している。しかし、LightmatterがMEMSを使用してMZIの導波路の物理的形状を変えているのに対し、Lightelligenceは、導波路に電子を注入して光屈折率を調節し、通過する光信号を変調するという。
Shen氏は、「Lightelligenceの技術は、他の光学設計と同様に、さまざまな種類の波長や偏光を使用して、複数の入力を同時に処理することができるという可能性を秘める。例えば、一組のAI推論に対して異なる色を適用するといったことが挙げられる」と述べる。
Lightelligenceがデモを行ったPaceの中核チップとしては、フォトニックダイに接続されたASIC制御ダイフリップチップが挙げられる。このアセンブリは、既存の基板上にPCBを介して搭載され、ファイバーアレイでレーザー光源に接続されている。ミックスドシグナルASICは、制御ロジックでデジタルブロックを搭載することにより、データフローやI/Oの他、データストレージ用SRAMなどを制御する。ASICのアナログ部は、デジタルブロックとフォトニックデバイスをブリッジする。
Lightelligenceのエンジニアリング部門担当バイスプレジデントを務めるMaurice Steinman氏は、「個々のチップを設計することは非常に難しいが、それを統合することはさらに難しい。光コンピューティングは、実際にアナログコンピューティングの一種であるため、高忠実度(high fidelity)な結果を出すためには、膨大な量の回路設計やシミュレーション、反復、テストチップなどが必要だ」と述べている。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
【関連リンク】
デジタルイノベーションを支える光ファイバー
推論を加速する光コンピューティングプロセッサ
次世代の大容量光通信用デバイス開発で2社が連携
0 件のコメント:
コメントを投稿