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2023年1月30日月曜日

理化学研究所 「超」高移動度、低電圧駆動できる有機半導体材料。最高性能半導体「MT-pyrene(メチルチオピレン)」。-結晶構造制御により高性能化- 2021年7月5日

https://www.riken.jp/press/2021/20210705_4/index.html



理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発分子機能研究チームのキリル・ブルガレビッチ特別研究員、瀧宮和男チームリーダーらの共同研究チームは、「30cm2/Vs」を超える極めて高いキャリア移動度[1](移動度)かつ低電圧で駆動できる有機半導体[2]材料を発見しました。

本研究成果は、軽量なディスプレイやIDタグなどへの応用が可能なことから、フレキシブルエレクトロニクスの進展に貢献することが期待できます。

共同研究チームは、2020年に、従来は困難とされていた有機半導体結晶中の分子配列の制御に対し、メチルチオ基(-SMe)の導入が有効であることを提案しました。今回、この方法をペリ縮合多環芳香族炭化水素[3]であるピレンに適用した分子(メチルチオピレン、MT-pyrene)の結晶構造と半導体特性を調査しました。その結果、MT-pyreneは、新しいタイプの「二次元π積層構造[4]」からなる結晶構造を持ち、その有機電界効果トランジスタ[5]の移動度は30cm2/Vsを超えることが分かりました。また、数ボルトの低電圧で駆動することを見いだしました。さらに、移動度の温度依存性からバンド伝導[6]であることも明らかになり、MT-pyreneが極めて優れた有機半導体であることを確認しました。この成果は、MT-pyreneが広範な応用の可能性を持つ材料であることに加え、新たな高性能有機半導体材料の設計や開発のための指針となることが期待できます。

本研究は、科学雑誌『Advanced Materials』オンライン版(7月5日付)に掲載されます。

背景

近年、有機半導体材料は、軽量でフレキシブルな材料の機械的特性を生かすことで、フレキシブルエレクトロニクスや環境エレクトロニクスへの応用が期待されています。しかし、無機半導体材料と比較したとき、キャリア移動度(移動度)が低いため、その応用範囲が限られており、高い移動度を持つ材料の開発は最重要課題の一つです。これまでに、高移動度有機半導体としてペンタセンやジナフトチエノチオフェン(DNTT)、ベンゾチエノベンゾチオフェン(BTBT)誘導体などが知られていますが、それらの移動度は高々1~10cm2/Vs程度です。

共同研究チームは、移動度の向上には有機半導体の分子構造だけでなく、結晶中の分子配列が鍵を握るという認識の下、分子設計により有機半導体の結晶構造を制御することで、高性能な有機半導体材料を探索しました。

研究手法と成果

共同研究チームは、既にメチルチオ基(-SMe)を有機半導体骨格中へ位置選択的に導入することで、結晶中での有機半導体分子の分子配列を制御できることを明らかにしています注1)。これらの知見を基に、ペリ縮合多環芳香族炭化水素であるピレンに四つのメチルチオ基が導入された既知の分子メチルチオピレン(MT-pyrene)に着目し、その構造と半導体特性を調査しました(図1中央)。

母体のピレンは、分子が二量体を形成しそれらがヘリンボーン(V字型を縦横に連続させた模様)様に充填したサンドイッチ・ヘリンボーン構造と呼ばれる電荷輸送には不適な構造を与えます。これに対し、MT-pyreneでは結晶中においてメチルチオ基が分子間相互作用の方向性と強さに影響を与え、母体ピレンとは大きく異なる「二次元π積層構造」と呼ばれる分子配列へと変化することを見いだしました(図1左)。またMT-pyreneを半導体材料として有機電界効果トランジスタを作製したところ、26個の素子の平均で32cm2/Vs(最高37cm2/Vs)の極めて高い移動度を示しました(図1右)。

MT-pyreneの分子構造(中央)とトランジスタの模式図(左)、既存材料との比較の図

図1 MT-pyreneの分子構造(中央)とトランジスタの模式図(左)、既存材料との比較

  • 左)MT-pyrene単結晶の有機電界効果トランジスタ(OFET)の模式図。分子がずれることで「レンガ塀のような積み重なり方をした、二次元π積層構造という分子配列に変化した。
  • 中央)MT-pyreneの分子構造。ピレンに四つのメチルチオ基が導入されている。
  • 右)MT-pyreneトランジスタと既存材料の移動度の比較。低い電圧で高い移動度を示す。

さらに、トランジスタは数ボルトの低い電圧で駆動できるだけでなく、急峻なスイッチング特性[7]を持ち(図2左)、MT-pyreneが半導体材料として非常に優れていることが分かりました。

一般的な有機半導体結晶中での電荷輸送は、有機半導体分子上に局在化した電荷が隣の分子に「跳び移る」ホッピング伝導です。ホッピング伝導では、分子間での電荷移動にエネルギーを要するため移動度は低くなります。しかし、実験で得られた移動度の値は、結晶構造をもとにホッピングモデルで予測され移動度(~4.5cm2/Vs)よりも1桁程度高かったことから、MT-pyreneでのキャリアの移動は、結晶中を広がった波として伝播する「バンド伝導」であると予想されました。実際に、バンド伝導の特徴である、移動度が測定温度の低下とともに上昇したため、MT-pyreneが有機半導体としては例の少ないバンド伝導を示す材料であることを確認しました(図2右)。

これらの実験結果(高移動度、低電圧での駆動、急峻なスイッチング特性)から、MT-pyreneがこれまでに知られている中で最も優れた有機半導体材料の一つであることが明らかになりました。

MT-pyreneトランジスタの伝達特性(左)と移動度の温度依存性の図

図2 MT-pyreneトランジスタの伝達特性(左)と移動度の温度依存性

  • 左)わずか1.2Vのゲート電圧印加により、電流値が4桁上昇した。これは良好なスイッチング特性を示す。
  • 右)温度低下とともに移動度の上昇が確認できた。これはバンド伝導に特徴的な現象である。

今後の期待

今回の研究成果は、合成が容易であるMT-pyrene分子が、有機半導体材料として非常に高いポテンシャルを持つことを明示しており、フレキシブルなディスプレイやIDタグなど、さまざまなデバイスへの応用が期待できます。

加えて、材料分子の分子構造が簡単であっても、分子設計により結晶構造中での分子配列を適切に制御することで、従来の有機半導体の特性を大きく凌駕する材料を開発できることを示しています。

補足説明

  • 1.キャリア移動度
    半導体固体中において、キャリア(電荷担体=電気を運ぶ荷電種、電子または電子が抜けた正孔(ホール))が、電場印加時に移動する速度。単位電場当たりのキャリアの速度で定義される。
  • 2.有機半導体
    通常使われる半導体材料はシリコン(Si)などの無機化合物であり、優れた半導体特性を示す一方で、重くて硬く、また、デバイスの製造に高価な真空プロセスが必要である。Siの同族元素である炭素(C)からなるπ電子系分子を基本とするのが有機半導体である。分子構造の設計によって、さまざまな特性を持つ有機半導体の合成が可能となり、そのデバイス作製には溶液プロセスなどの安価な製造方法を用いることができる。一方で、無機半導体と比較してキャリア移動度は低く、多くの有機半導体の移動度は高々1cm2/Vs程度である。
  • 3.ペリ縮合多環芳香族炭化水素
    六員環平面構造のベンゼン二つがー辺を共有して縮合した二環上の隣接する二辺に第三のベンゼンが二辺を共有して縮合する様式をペリ縮合と呼ぶ。ピレンはナフタレンの上下に二つのベンゼン環がペリ縮合しており、このような縮合様式を持つ化合物はペリ縮合多環芳香族炭化水素と呼ばれる。
  • 4.二次元π積層構造
    平面構造を持つπ共役分子がπ平面を重ねて積層する際、分子がずれることで「レンガ塀」のような積み重なり方をした構造を呼ぶ。英語では「brickwork structure」と呼ばれることもある。
  • 5.有機電界効果トランジスタ
    有機半導体材料を活性層に用いた電界効果トランジスタ。学術的には有機物の移動度を評価する方法として用いられているほか、フレキシブルな電子デバイスのための基本構造として応用することが検討されている。
  • 6.バンド伝導
    キャリアが有機半導体結晶中を広がった波として伝搬する伝導機構のこと。有機半導体では、限られた高移動度有機半導体でのみバンド伝導が確認されている。この伝導モデルでは、格子の熱的揺らぎがキャリアの移動を妨げるので、測定温度を下げることで移動度は高くなる。
  • 7.スイッチング特性
    電界効果トランジスタでは、ゲート電圧によりソース-ドレイン間の電流値をオン・オフ(スイッチング)する。ゲート電圧を印加しない(オフ)状態から、ゲート電圧を印加(オン)したときの電流の増え方をスイッチング特性という。わずかなゲート電圧の変化で急峻に電流値が立ち上がるトランジスタが望ましい。

共同研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発分子機能研究チーム
特別研究員 キリル・ブルガレビッチ(Kirill Bulgarevich)
チームリーダー 瀧宮 和男(たきみや かずお)
特別研究員(研究当時) 大垣 卓也(おおがき たくや)

東北大学大学院 理学研究科 化学専攻
助教 川畑 公輔(かわばた こうすけ)
大学院生 堀内 信吾(ほりうち しんご)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「超分子有機半導体の創製(研究代表者:瀧宮和男)」、同学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学:電子共役概念の変革と電子物性をつなぐ」計画研究「高密度共役状態を生み出す分子間相互作用の最大化(研究代表者:久保孝史)」および三菱財団自然科学研究助成「分子間力制御によるπ電子系有機固体の結晶構造制御(研究代表者:瀧宮和男)」の支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Kazuo Takimiya, Kirill Bulgarevich, Mamatimin Abbas, Shingo Horiuchi, Takuya Ogaki, Kohsuke Kawabata, Abduleziz Ablat, "Manipulation of crystal structure by methylthiolation enabling ultrahigh mobility in a pyrene-based molecular semiconductor", Advanced Materials10.1002/adma.202102914新規タブで開きます

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発分子機能研究チーム
特別研究員 キリル・ブルガレビッチ(Kirill Bulgarevich)
チームリーダー 瀧宮 和男(たきみや かずお)

キリル・ブルガレビッチ特別研究員の写真キリル・ブルガレビッチ
瀧宮 和男チームリーダーの写真瀧宮 和男

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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