https://news.yahoo.co.jp/articles/2be6f30e31dbe112e667d3674c5552f55ee6e78f
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ニューヨーク~ロンドン間が3.5時間、東京~ホノルルが4時間、シドニー~ロサンゼルスが8.5時間――現在の半分の時間で目的地への飛行を可能にする、超音速旅客機「オーバーチュア(Overture)」の開発が注目されている。 アメリカの民間スタートアップ「ブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)」が開発する同旅客機は、計画が順調に進めば、2029年の商用化が見込まれている。すでに米ユナイテッド航空やアメリカン航空が同機を発注。日本航空(JAL)も20機までの優先発注権を確保している。 超音速旅客機といえば、1960年代に開発され、2003年まで就航していた「コンコルド」が思い出されるが、このオーバーチュアはなにが違うのだろうか。また、市場へのインパクトやリスクはどのようなものだろうか。
ビジネスクラス料金で飛行時間を半分に
オーバーチュアの速度はマッハ1.7(時速約2,100キロメートル)が想定されており、現在の大型旅客機の約2倍の速さとなる。現在の規制では、マッハ1以上の超音速飛行は、洋上のみ可能となっているが、陸上でも現在の速度を20%上回るマッハ0.94の速度が想定されている。 航続距離は約8,000キロメートルで、長距離路線の場合は途中で燃料補給が必要となる。しかし、この時間を入れても、例えばシドニー~ロサンゼルス間の移動時間は8.5時間となり、現在の約半分の時間で目的地に到着できることになる。 第1号機の乗客定員は65~80人で、全席ビジネスクラスを予定しており、価格も現在のビジネスクラス程度のものになるという。乗客定員100人のコンコルドがファーストクラス以上の価格で、ごく一部の富裕層のみが利用できたことと比べると、かなり手の届く範囲となりそうだ。 ブーム・スーパーソニック(以下ブーム)の創業者兼CEOのブレイク・ショール氏は、米フォックス・ニュースとのインタビューで、「すべての人がすべてのルートで、超音速飛行の恩恵を受けられるようにしたい」と述べており、2号機ではプレミアム・エコノミー席、3号機ではエコノミー席も設ける意向を示している。
コンコルドの問題を克服
超音速飛行が技術的に可能であることは、すでにコンコルドが証明している。同機はイギリスとフランスが1960年代に開発したもので、ニューヨーク~ロンドン間を3時間で結んでいた。しかし、このパフォーマンスを維持するのに莫大な燃料コストがかかり、採算が合わなかったところ、2000年に起きた墜落事故や01年の米同時多発テロ事件による航空業界への逆風が最終的な打撃となり、2003年には撤退したという経緯がある。 ショールCEOによれば、オーバーチュアがコンコルドよりも安い価格設定ができるのは、過去50年間の航空機技術の発展によるものだ。オーバーチュアは、軽くて強い炭素繊維複合材料の品質やソフトウエア技術の向上などにより、コンコルドよりも格段に燃費がいいという。 燃費とスピード以外にもブームが注力しているのは、騒音の低減だ。ブームはこれを克服するため、「シンフォニー」と名付けられたエンジンを開発中。爆音の元となるアフターバーナー(排気にもう一度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得る装置)なしの設計で、エンジン1基当たりの推力を抑える一方、オーバーチュアへの搭載を当初計画の3基から4基に増やした。シンフォニーには自動騒音低減システムも搭載される予定で、騒音を現在の大型ジェット機並みに抑える計画だ。 シンフォニーはまた、サステイナブルな航空燃料(SAF)だけで作動するように設計されている。植物などを原料とするSAFは、原材料の生産から燃焼までのサイクルの中で、従来のジェット燃料と比べて二酸化炭素の排出量を最大80%削減できる。新時代の超音速飛行が環境面に配慮している点も、コンコルド時代からは変化している。
2029年の商用化、JALも発注権を確保
コロラド州デンバーを本拠地とするブームは現在、ノースカロライナ州グリーンズボロにオーバーチュアの製造拠点を建設している。2024年内の完成を予定しており、この敷地に最終組立ラインやテスト施設、顧客配送センターを設ける。 オーバーチュアの小型テスト機である「XB-1」は2020年に完成し、昨年中に連邦航空局から耐空証明を獲得し、広範な飛行準備審査(FRR)を通過した。昨年からカリフォルニア州で地上走行テストを実施しており、2024年3月22日には初飛行に成功したと発表した。 オーバーチュアの製造は今年から開始される予定で、2025年の完成、2027年のテスト飛行、2029年の商用化が見込まれている。これを見据えて航空会社もすでに動き出しており、米ユナイテッド航空は2021年、オーバーチュア15機を発注し、35機のオプション(仮発注)を追加。アメリカン航空も2022年に20機を確定発注し、40機のオプションを追加している。 また、JALは2017年12月にブームと戦略的パートナーシップを締結し、同社に1千万ドル(当時約11億円)を出資した。同時に、オーバーチュア20機までの優先発注権を確保している。
飛行時間の半減がもたらす新たな需要
超音速飛行がもたらす市場へのインパクトは、飛行機が初登場したときほど劇的な変化をもたらすものではないが、それでも飛行時間の半減は、旅行需要や人々の交流関係にさまざまな影響を及ぼすだろう。 ブームによれば、2019年にオーストラリアを旅行したアメリカ人は全体の0.2%と推定されている。しかし、現在15時間以上かかる飛行時間が9時間になったら、オーストラリアに行ってみようかと思う人も増えるのではないだろうか。 スポーツの世界でも変革は起こり得る。選手にとっても観客にとっても、飛行時間の半減は大会へのアクセスを容易にする。スポーツの国際大会はより頻繁に開かれるようになるかもしれない。同様の理由で、音楽のライブコンサートなどにも新たな需要をもたらすだろう。 しかし、何よりも需要増が見込まれているのは、ビジネス旅行だ。ロンドン~ニューヨーク間が3.5時間で飛べれば、日帰り出張も可能になる。時差ボケになる間もなく、仕事を終えた後は、自宅のベッドで寝られるというわけだ。 コロナ禍では「Zoom会議」が一世を風靡したが、今日、海外出張に対するマインドセットは完全にコロナ禍以前のレベルを回復している。調査会社Skiftと旅行アプリ開発のNavanによるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツを拠点とする企業の出張・財務マネージャー689人と出張者778人を対象とした調査では、「企業の成長にとって出張は極めて重要である」と認識する人が9割に上り、2021年の70%台から急回復していることが明らかになっている。 ちなみに航空業界全体の需要については、長期的な成長を予想する向きが強い。IATA(国際航空運送協会)は2023年12月のレポートで、2024年の旅客輸送量(旅客キロ:RPK)が前年比で40%増加し、パンデミック以前の水準まで回復すると予想。2040年までにRPKは倍増するとの見通しを示している。また、国際空港評議会(ACI)も2024年2月のレポートで、世界の総旅客輸送量が2042年に200億人近くに達し、2024年から倍増すると予想している。
新時代の超音速飛行の課題
超音速飛行はさまざまなメリットが期待されるが、リスクについてはどのような見方があるのだろうか。 航空情報会社シリウムのシニア・コンサルタント、リチャード・エバンス氏が2023年にCNNに語ったところによると、オーバーチュアの運行を採算に乗せるには、同機を従来の長距離路線の飛行機と同じぐらい、つまり年間4,000~5,000時間稼働できるかどうかにかかっていると試算している。 コンコルドの稼働時間が年間約1,000時間程度だったこと、またオーバーチュアの投入は高収益路線に限定されるとの推測に基づくと、航空各社の採算が合うかどうかが懸念される。 エバンス氏はまた、2029年の商用化についても「難しい」との見方を示している。現在の航空機の改良型である「ボーイング777-9型機」でさえも商用化までの認証に12年ほどがかかることを指摘し、「ブームが何十億ドルもの資金を集めることができたとしても、これから(2023年から)さらに6年以上の時間がかかるだろう」と予想している。 一方、環境への負荷を懸念する声も上がっている。まずはSAFの供給が十分に確保できるかが不安視されているほか、たとえオーバーチュアがSAFのみを使用しても、スピードを出すための燃料消費量は従来の航空機よりも多くなる上、乗客キャパシティが最大80人となると、1人あたりのエネルギー消費量は従来よりも増えてしまう。 オーバーチュアの課題は多いが、技術的にはすでに50年前からの蓄積がある。ショールCEOは、「(認証取得は)非常に複雑なプロセスだが、電気飛行機や垂直離着陸機とは違って、認定を受けるために全く新しい規制は必要ない。これも飛行機なのだ。飛行速度が違うだけだ」(CNNより)と語っている。 超音速飛行で世界を劇的に小さくするブームの挑戦は、これから正念場を迎える。今年もその進展に注目したい。
文:山本直子 /編集:岡徳之(Livit)
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