https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-08-08-003
【本研究のポイント】
・モリブデン12核および18核のポリオキソメタレートを白金多核錯体(注1)で繋ぎ、3種類の混合原子価集積体を合成した。
・得られた集積体中のモリブデンおよび白金の金属酸化数(注2)は非整数で、近赤外光を強く吸収し、動きやすい不対電子(注3)をもつことを明らかにした。
・常温での導電率は10−6 Scm−1であり、1.0 eV以下の活性化エネルギーをもつ半導体であることを明らかにした。
【研究概要】
岐阜大学工学部 植村一広准教授、自然科学技術研究科 修士課程(令和6年)修了生 大鹿桃果さん、同 修士課程(令和5年)修了生 長谷川遥さん、工学研究科 博士後期課程(令和5年)修了生 高森敦志さん、東京大学大学院工学系研究科 佐藤正寛准教授は、ポリオキソメタレート(POM)を白金多核錯体で繋いで、電気を流すことに成功しました。
POMは高原子価の金属が酸素で連なった多核金属錯体で、固体酸触媒として工業利用されている分子です。容易に多電子還元する性質がありますが、POM自体は絶縁体のため、通常は電気伝導性が非常に低く電気をほとんど通しません。今回、POMと白金多核錯体を電子的に相互作用させて非局在電子の伝導パスを作ると、電気伝導性が向上し、導電率10−6 Scm−1の半導体になることを明らかにしました。また、近赤外光を強く吸収することも大きな特徴です。POMは金属種や核数の異なる様々な派生体があり、白金多核錯体の種類も豊富であるため、組み合わせを変え、多くの類似体を得ることができ、バンドギャップ制御、高伝導体、電池や触媒への応用が期待されます。
本研究成果は、2024年8月6日にAngewandte Chemie International Edition誌のオンライン版で正式に公開されました。
研究成果を抽象的に、電子回路に組み込まれた集積体に電気が流れているCG(Computer Graphics)で表現しました(図1)。CGは本研究内容とイメージ案を元に、サイエンス・グラフィックス株式会社 辻野貴志氏によって制作され、掲載紙の裏表紙に採択される予定です(https://doi.org/10.1002/anie.202413887)。
図1. 基板上で、POMが白金多核錯体で繋がれ、電気が流れていることを表している図.
【研究背景】
POMは高原子価の金属イオンが酸素原子で連結した球形の多核金属錯体であり、固体酸化物を切り出した分子で、金属種、核数、内包イオンを変えて、様々な種類が報告されています(図2)。POMは、オレフィン水和反応における酸触媒、メタクリル酸合成の酸化触媒として工業利用され、水の酸化触媒の多電子移動反応の有望な候補となっています。最近では、集積体内の空孔を利用した触媒、吸着、プロトン伝導の機能性も見出されていますが、POMの骨格自体を伝導体として検討しているものは、ほとんど無く、電子ドナー性の強いテトラチアフルバレンとの集積体、1例のみです。例が少ない理由は、POM自身がバルク固体では絶縁体であり、POM同士の電子的な相互作用が弱く、固体中で孤立した分子として振る舞うためです。
【研究成果】
そのような中、本研究グループは、POMを一次元状の白金多核錯体と混合すると、両者が繰り返し並んだ集積体が得られ、電気が流れるパスが形成されることを見出しました。POMに、Keggin型の{PMo12}3–を選び、白金四核錯体の{Pt4}4+を混合すると、–{PMo12}–{Pt4}–と繰り返し並んだ一次元集積体が得られました(図3)。{PMo12}中の架橋酸素p軌道と、{Pt4}中の白金dz2軌道は、3.42 Åの距離で近接し、–{PMo(+5.83)12}–{Pt(+2.25)4}–の混合原子価状態となり、各測定から、不対電子が一次元集積体全体にわたって非局在化していることがわかりました。また、ペレット二端子法で測定した常温の導電率は 1.0×10−8 S/cmで、活性化エネルギー0.60 eVの半導体的に電気が流れることを明らかにしました。
図2. 絶縁体のPOMを白金多核錯体で繋ぎ、半導体にする模式図.
また、興味深いことに、この集積化法には汎用性があり、負電荷をもち還元しやすいPOMと正電荷をもち酸化しやすい一次元状の白金多核錯体は、相性よく会合し、互いに酸化還元し、混合原子価状態となり集積化することがわかりました。Keggin型の{PMo12}3–と白金-パラジウム三核錯体の{Pt2Pd}2+を混合すると–{PMo(+6)12}–{Pt2Pd(+2.33)}–となり、Dawson型の{P2Mo18}6–と白金四核錯体の{Pt4}4+を混合すると–{P2Mo(+6)18}–{Pt(+2.25)4}–となり(図3)、常温の導電率は7.0×10−8 S/cm、3.0×10−7 S/cmと、より電気が流れやすくなることも明らかにしています。さらに、光学バンドギャップは0.6~1.2 eVと近赤外光を強く吸収することもわかりました。
【今後の展開】
POMは古くから研究されてきた分子で、金属がむき出しになった欠損型、異性体等、様々なバリエーションがあり、合成法のライブラリがあります。一次元状の白金多核錯体も、有機配位子や金属種をチューニングでき、それらを組み合わせれば、多くの集積体が期待でき、バンド構造、金属酸化数、光吸収帯(色)をコントロールできる、新しい分子性導体となりえます。また、POMは多電子還元可能なため、固体触媒だけでなく、電池としての開発を目指しています。
図3. 3種類の集積体の結晶構造.
【用語解説】
注1)多核錯体: 金属原子に有機物が結合した、有機-無機複合分子のことを金属錯体とよび、炭素、窒素、水素等からなる有機物と、それ以外の元素からなる無機物の双方の性質を併せもった化合物といえる。なかでも、金属の個数が多い金属錯体を多核金属錯体とよぶ。
注2)金属酸化数: 金属元素が化合物中で、電子をどれだけ失ったり得たりしているかを示す数値。無電荷の元素はゼロで、マイナス1価の電子を1つ失うと、プラス1の陽イオンとなり、酸化数は+1と表記される。2つの金属元素あたり、電子を1つ失うと、各金属の酸化数は非整数で表記される。
注3)不対電子: 化学物質や分子内でペアを組まずに単独で存在する電子のこと。不対電子をもつ物質は化学反応や物性の面で特定の性質を示す。
【論文情報】
雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル: Enhanced Electrical Conductivity of Polyoxometalates by Bridging with Mixed-valent Multinuclear Platinum Complexes
著者: Kazuhiro Uemura, Momoka Oshika, Haruka Hasegawa, Atsushi Takamori, Masahiro Sato
DOI: 10.1002/anie.202407743
【研究者プロフィール】
植村 一広(うえむら かずひろ):論文筆頭著者、論文責任著者
岐阜大学 工学部 准教授
大鹿 桃果(おおしか ももか)
岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 修士課程修了(令和6年)
長谷川 遥(はせがわ はるか)
岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 修士課程修了(令和5年)
高森 敦志(たかもり あつし)
岐阜大学大学院 工学研究科 博士後期課程修了(令和5年)
佐藤 正寛(さとう まさひろ)
東京大学 大学院工学系研究科 准教授
【研究サポート】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究C(課題番号 21K05098)、カシオ科学振興財団、島津科学技術振興財団、東電記念財団、双葉電子記念財団、加藤科学振興会、中部電気利用基礎研究振興財団、豊田理化学研究所、立松財団、藤森科学技術振興財団、越山科学技術振興財団、高橋産業経済研究財団の支援を受けて行われた。また、分子軌道計算は自然科学研究機構 計算科学研究センター(課題番号 23-IMS-C182)の支援を受け実施された。本研究の一部は文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1223MS1031)の支援を受け自然科学研究機構 分子科学研究所で実施された。
プレスリリース本文:PDFファイル
Angewandte Chemie International Edition:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202407743
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