https://bizhint.jp/report/1080294
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創業105年の老舗薬局を継いだ矢先、2億円の借金が発覚……。4代目社長の野口裕司さんを待ち受けていたのは、想像を超える経営危機でした。しかし、経営の神様・稲盛和夫氏の言葉との出会いで、その後の経営方針を大きく変えることになります。不透明な経営状況に対する社員の不信感から社内では不穏な雰囲気が漂う中、わずか2年で黒字化を達成した野口さんが取り組んだ行動とは。逆境からの復活劇と漢方と統合医療の普及を通じた社会貢献への熱い思いを伺います。
株式会社サツマ薬局
代表取締役社長 野口 裕司さん
1975年1月8日生まれ。兵庫県神戸市出身。幼少期から小児喘息、アレルギーに苦しみ、入退院を繰り返して大学を中退。サツマ薬局で販売している漢方薬で病気が改善したことをきっかけに、1997年にサツマ薬局に入社。2016年4代目社長に就任。稲盛和夫氏主宰の「盛和塾」での学びを経営に活かし、借金2億円を抱えた会社を2年で黒字化した。
老舗薬局4代目を継いで発覚した借金2億円
――盛和塾での学びが、組織改善につながったそうですね。
野口 裕司さん(以下、野口): はい。2016年に老舗薬局の4代目を継いだのですが、そのタイミングで2億円の借金が発覚しました。それと同時に、社内の組織課題にも悩んでいて……。
どうしよう、と頭を抱えていた時に、当時通っていた稲盛さん主宰の「盛和塾」で得た言葉が私に大きな気づきを与えてくれたんです。
――その言葉とは何でしょう?
野口: それは 「動機善なりや、私心なかりしか」 です。
これは今でも私の座右の銘になっています。「動機善なりや」は「あなたの動機は善であるか」という意味です。つまり、何かを行う際に、 その目的や理由が善良で正しいものであるか を問うています。
「私心なかりしか」は「私利私欲はないか」という意味です。自分の個人的な利益や欲望のためではなく、 より大きな善のために行動しているか を問いかけています。合わせて解釈すると、この言葉は以下のような意味を持ちます。
- 行動を起こす前に、その動機が純粋で善良なものであるかを自問自答すること。
- 自分の利益だけでなく、他者や社会全体の利益を考えて行動すること。
- 経営者として、会社の利益だけでなく、従業員、顧客、社会全体の幸福を考慮して意思決定を行うこと。
- 短期的な利益よりも、長期的な価値創造と持続可能な成長を重視すること。
事業を行う上で、自分の判断が本当に正しいのか、私利私欲はないか、常に問い続けることの大切さに気づきました。
「全社員参加型経営」へ転換、情報開示が生んだ組織の一体感
――この気づきをどのように組織改革に活かしていったのでしょうか?
野口: まず借金の原因ですが、先代である父が当時どんぶり勘定だったことや、利益水準をうまくコントロールできず、事業成長と財務状況のバランスがうまく取れていなかったことがあげられます。
売り上げが立っていたので安心していたのですが、実は1995年の阪神・淡路大震災で全壊した自社ビルの再建費用や、新店舗の出店費用、そして2005年から参入していたネット販売事業への投資などが重なり、借金が2億円まで膨らんでしまっていたのです。
売上高だけで見ると、私が入社した1997年の2億円から7億5000万円まで増えていましたが、利益がまったく出ていない状況だったんです。決算書の数字が開示されていなかったこともあり、借金に気づくことすらできませんでした。
このままでは社員の幸せを考えていることにはならない、経営者の私利私欲で行動することはいけないと気づき、 経費削減と財務状況を含む会社情報の積極的な開示に取り組みました。
経費削減においては、在庫管理を徹底して不要な仕入れを減らしました。一般的な市販薬、利益の出ない商品は思い切って切り捨て、漢方薬や健康食品など、当社の強みを活かせる商品に注力しました。
また、稲盛さんの経営哲学に深く共感し、特に「アメーバ経営」の考え方は当社の改革に大きな影響を与えました。
実際に「部門別会計」を導入して、店舗事業とネット販売事業それぞれを独立した採算単位として扱うようにしたんです。これにより、 社員一人ひとりが経営者の視点を持ち、自分の仕事の意味を理解し、主体的に動けるようになりました。
それまではトップダウンで指示をすることが多かったのですが、 部署ごとにリーダーを作り、ある程度権限委譲して部署ごとの数字を見ていくような形にしました。 これにより、数字が把握しやすくなり、社員たちに「何のために仕事をしているのか」と実感してもらえるようになったんです。
結果的に財務面では、それまで 36%だった粗利率を50%台にまで伸ばし、2年で黒字化を達成 しました。業界内では30〜40%が標準と言われていますので、大幅に改善することができました。
部門別会計を導入したことで、各部門が自律的に収益改善に取り組むようになったことが大きな要因と言えます。抱えていた借金は現在も返済中ですが黒字化のおかげで、金融機関との借換調整も行い、完済の目処が立ちました。適切な資金繰りとリスク管理により、財務安定性を確保できています。
――組織改革の中で、他に取り組まれたことはありますか?
野口: 月に一度、 全社員参加型の経営会議 を導入しました。以前は経営陣だけの閉鎖的な会議だったのですが、これを全社員に開放したんです。会社の状況を共有することで、社員の理解を得られるようになりました。
もう一つは、社長室の廃止です。社員と同じフロアで仕事をするようにしました。社員との距離が縮まり、日常的なコミュニケーションが取りやすくなりましたね。現場を常に見られる環境になったことで、問題への対処が迅速になった気がしています。
数字だけで判断するのは限界がありますよね。現場の空気を感じることも大切だと実感していますし、このような取り組みが組織全体の風通しを良くする助けになったと思います。
稲盛イズムで実現した社員との信頼構築
野口: 財務状況の開示についてですが、これまで情報が開示されていなかったことで、実は借金発覚前から社内の雰囲気が乱れてしまっていたのです。
――どのような問題が起きていたのでしょうか?
野口: それは、 部署間における社員同士の軋轢 でした。
話は2005年に遡るのですが、当時、当社は薬局の中でも先駆けてネット販売事業に参入しました。その頃はまだ薬に関する法律も整備されておらず、商品を出せば出すだけ売れた時代だったんです。
ネット販売事業は急成長、当時は店舗よりもネット販売の売り上げが伸びていて、それに伴い社員を10人から倍の20人にまで増員しました。
ネット販売事業が軌道に乗り、徐々に会社が大きくなっていくとなぜか社内に不穏な空気が流れはじめたんです。
その頃、社員の増員に伴い1階に店舗スタッフ、2階にネット販売事業部を配置する形で2フロアに分けていたのですが、フロア間で意識の差が生まれ、社員同士の軋轢が徐々に表面化してきました。
ネット販売事業部からは「1階から笑い声が聞こえる。何をしているのかわからない。私たちの方が忙しいのに、店頭スタッフが仕事のフォローをしてくれない」。
一方、店舗スタッフからは「やっていることを2階スタッフに理解してもらえない。仕事をしていないように言われる」といった不満と疑念の声が上がっていたんです。
コロナ禍では、食事も部署ごとに分けてするなど、休憩時間にも全く交流ができなくなり、さらに分断が広がっていきました。 同じ建物内にいながら、部門間の相互理解が不足し、不信感が生まれるという課題が長年続いていたのです。
さらに、会社の財務状況や経営方針についての情報共有が不足していたため、社員の間に不安と疑心暗鬼が広がっていました。「ネット販売事業がうまくいって会社は儲かっているはずなのに、なぜ自分たちの給料は上がらないのか」といった声も聞こえてきました。
情報を開示しないと、社員は会社を怪しむようになります。「忙しいから儲かっているはずなのに給料が上がらない」「今、何のために頑張っているのかがわからない」といった不満や不安、そこから派生する勘違いが生まれます。
会社の利益が不透明なこと、そして社内に不穏な空気が流れている最中での借金発覚。その間、社員も5人ほど退職していき、社内の雰囲気はますます悪化していきました。
――どのように対処されたのでしょうか?
野口:社員との個別面談を実施 し、一人ひとりの声に耳を傾けながら、彼らの不安や疑問に丁寧に答えていきました。 実際に決算書を見せて、売り上げが上がっている部分とそうじゃない部分、売り上げを改善していくためにどのように動いていくのか、といった情報を共有 していくことで「こんなものなんだ」と理解してもらえるようになったんです。
社員と面談をして気づいたのですが、社員に共感してもらえないことには会社として前に進めませんし、共感してもらえていないのに「新事業を強化してほしい」「売り上げを頑張って上げろ」と言われても、やる気は起きません。稲盛さんの言葉で、 社員に共感してもらうことの大切さ にも気づかされました。
――経営理念も再定義されたそうですね。
野口: はい。「すべてはお客様のために」という理念のもと、東洋医学と西洋医学の研究による統合医療の普及、良質な情報発信による病気・医療難民の減少、全従業員の物心両面の幸福の追求を掲げました。
ピンチに直面した時、立ち戻れる何かがないとだんだんと軸がぶれてしまうと感じていたんです。何のためにこの会社で働いているのかを都度、企業理念に照らし合わせることが大切だと思っています。
サツマ薬局総本店の店舗内に掲げている企業理念
――盛和塾で記憶に残っているエピソードはありますか?
野口: 厳しいことで有名な盛和塾大阪で学んでいたのですが、当時の理事の方から「今のやり方は、売り上げは上がっていてもビジネスモデルと言えるレベルではない。その程度のスタンスではいつか痛い目を見る」と厳しく指摘されました。
まさにその通りだ、と思いましたね。黒字化する以前に言われたのですが、この言葉も当時の経営状況を改善するきっかけになりました。
自らの経験を社会貢献へ。引きこもり支援と統合医療の普及に挑む
―― 新たな挑戦と今後のビジョンについて教えてください。
野口: 在宅医療の重要性が高まると予測し、2023年に在宅専門の調剤薬局「こはく薬局」を開局しました。高齢化が進む中、地域の医療に貢献できる新たな形を模索しています。
さらに、健康セミナーや講演会の開催、SNSやブログでの情報発信にも力を入れています。単に商品を売るだけでなく、お客様の健康をトータルでサポートする、そんな薬局を目指しています。
また、サツマ薬局創業105周年を記念して開発した「ヘパグレDT」や、構想10年、開発2年をかけた「薩摩酵素」など、現在12種類のオリジナル商品を展開しています。これらの商品は、日本全国のお客様にご利用いただいているだけでなく、海外展開も決定しています。「神戸発の健康」を世界に広めていきたいですね。
サツマ薬局のオリジナル商品
野口: そして「地域に根ざした薬局」としての存在価値を高めていきたいです。具体的には、良質な健康情報の発信拠点となること。そして、東洋医学と西洋医学を融合した統合医療の普及に貢献すること。これらを通じて、病気や医療で悩む人々を一人でも減らしていきたいと考えています。
私の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。幼い頃から重度のアレルギーと小児喘息に悩まされ、大学時代も入退院を繰り返して自暴自棄になり中退。その後の数年間は本当に暗い日々を送り、昼はパチンコ、夜はバイトという生活で、身体はボロボロ。引きこもりの時期もあって…。
ですが、長年苦しんできた喘息やアレルギー、アトピーが、当社で販売していた漢方薬で改善したんです。それまで病院ではまったく治らなかったのに。その出来事をきっかけに漢方の道に進むと決意し、ピンチに直面しながらも稲盛さんの言葉との出会いが転機となり、救われました。
こうした私自身の経験から、引きこもりなど社会との接点を失っている方々の支援にも注力したいと考えています。
人生、どん底を経験することもあるでしょう。でも、諦めずに前を向いて進めば、必ず道は開けます。
(取材・文:高林 千尋 撮影:濱田 智則)
この記事についてコメント(1)
感動しました。どん底を経験された社長ならではのお言葉の重みが響きます。私も経営者の端くれとしてまずは社員と周囲、関係各社様の事を第一に考えて私心なかしりかを旨に刻み努力いたします。ありがとうございました。
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