ソニーはかつてテレビやオーディオなどエレクトロニクスの会社だった。ソニーの事業領域はゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融、の6つの領域にまたがるが、2000年度は売上高の69%をエレクトロニクス事業が占めていた。しかし、今や「ゲーム、音楽、映画」のエンタテインメント事業がソニーの中核を担っている。この四半世紀でソニーの何が変わったのか。ソニーは何で稼いで、大復活を遂げたのか――。ソニーを40年以上取材し続けて、このたび『ソニー 最高の働き方』を上梓した経済ジャーナリストの片山修氏が解説する。
知的財産に6年間で
約1.5兆円を投資
2024年5月にソニーグループ本社で開かれた経営方針説明会。会場に足を踏み入れて驚いた。並べられていたのは、かつてソニーの顔だったテレビやオーディオではない。アニメの人気キャラクターのぬいぐるみやアクリルスタンドだった――。
ソニーグループの業績が好調だ。23年度の売上高は約13兆208億円、その57%をゲーム、音楽、映画の3つのエンタテインメント事業が占める。
同経営方針説明会でも強調された通り、ソニーはエンタテインメント事業が保有するコンテンツIP(知的財産)に注力する。著作権、商標、アニメ・ゲームなどのコンテンツやキャラクターに関するビジネスがそれに当たる。コンテンツIPへの投資額は、18年からの6年間で約1.5兆円にのぼる。
なかでも21年に買収したアニメ専門のストリーミングサービスを提供する「クランチロール」は、200以上の国と地域に1300のアニメ作品を配信し、グローバルで1500万人以上の有料ユーザーを抱える。ソニー・ミュージックエンタテインメント傘下のアニプレックスが手掛けるアニメ「鬼滅の刃」「呪術廻戦」などの世界的ヒットは、クランチロールの後押しによる。
また、プレイステーション用ゲーム「アンチャーテッド」シリーズは、22年の映画化によって新たなファン層を得た。同「ラスト・オブ・アス」はテレビドラマ化されたことで認知度が高まり、ゲームの販売数を大きく伸ばした。同じIPを異なるメディアで活用することで相乗効果が生まれ、収益拡大につながっているのだ。
映画がヒットすれば、ゲームや音楽にも波及効果がおよぶ。ソニー・ミュージック所属のLiSAによるアニメ「鬼滅の刃」の主題歌「紅蓮華」、同「YOASOBI」によるテレビアニメ「【推しの子】」のオープニング主題歌「アイドル」の世界的ヒットは好例だ。さらに、熱狂的ファンによる“推し活”はキャラクターグッズなどの販売を押し上げ、これも収益増に貢献する。強力なコンテンツIPは、ブランド力も向上させる。その可能性は無限大だ。
コンテンツとテクノロジーの
融合がソニーの強み
コンテンツの話となると、現在のソニーが、かつてのソニーとはまったく別の会社になったと感じる人は少なくないだろう。しかし、その見方は必ずしも当たっていない。感動体験を提供するコンテンツをつくり、届けるために、ソニーが長年にわたって培ってきた技術がその重要性を増しているからだ。
事実、昨今のエンタテインメントはすさまじい勢いで変化し、コンテンツの楽しみ方は大きく変わってきているが、その背景にあるのはテクノロジーの進化だ。テクノロジーとIPは、補完関係にある。祖業で培ってきたエレクトロニクスやメカトロニクスをはじめとする高度な技術が、いまのソニーのコンテンツIPのビジネスを支えている。
具体的に見てみよう。直近のエンタテインメント業界の「最前線」といえるのが、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、メタバースだ。これらによって、ゲームや音楽、スポーツなどのコンテンツは、「観賞するもの」から「体験するもの」へと、劇的変化を遂げつつある。たとえば、メタバース内で開催されるコンサートに、世界中のファンたちがアバターに扮して集まり、リアルタイムで交流しながら楽しむことができる。
メタバース内でコンテンツを楽しむ際、そのコンテンツの品質を決めるのは、3D空間を繊細に表現する映像技術、臨場感を生む空間オーディオ技術、高解像度のディスプレイやノイズキャンセリングの機能を備えたVRヘッドセットなどのデバイス、さらにメタバース内での触覚をリアルの身体に伝える「触覚フィードバック」、アバターの動きの正確さとリアルタイム性を確保するモーショントラッキングなど、多種多様なテクノロジーだ。
ソニーの技術により
動画や映像のつくり方が変化
ソニーが持つ技術を存分に生かした商品の一例が、「mocopi(モコピ)」だ。ソニーは、500円玉サイズの6つのセンサーを装着することで体の動きをスマートフォンのアプリに取り込み、3Dのキャラクターを動かすことができるモバイルモーションキャプチャー「mocopi」」を開発した。長年蓄積してきたセンシングやAIの技術が活用されている。
「mocopi」を装着してステップを踏んだり、腕をあげたりすると、バーチャル空間でアバターがそれを正確に再現する。小型・軽量かつシンプル、さらにスタジオではなく自室で手軽にモーションキャプチャーを実現できるのは画期的である。また、持ち運びできるため、屋内外どこでも、写真を撮るように手軽に使うことができるし、4万9500円(発売当時・ソニーストア販売価格)という手頃な価格も魅力だ。
現在、アバターを使って動画投稿や配信活動を行うVチューバーらの間で重宝されているが、いずれメタバースが普及すれば、より多くのユーザーに広がる可能性がある。
ゲームエンジンやグラフィック技術、モーションキャプチャーなどの技術の高度化は、従来型のエンタテインメントである映画のつくり方も大きく変えた。
例をあげれば、ゲームエンジンを活用し、ハリウッドにある建物の部屋をスキャンして3DCGデータに変換。これを東京にあるソニーのバーチャルプロダクションスタジオに送り、大型LED画面に投影して再現。カメラワークと連動させ、アクターと一緒に撮影することで、あたかもハリウッドの建物の部屋で撮影したかのような映像をつくることが可能だ。
こうした技術は、単に人やセットの移動が不要になるというコスト削減効果だけでなく、映画制作における時間的、物理的制約を取り払う。SFや歴史ものの映画の映像表現にも幅が生まれる。
エンタテインメントも
社会インフラの1つ
ソニーは、コロナ禍において、いくつかの国の当局からコンタクトを受けた。「教育や医療を止めないために、エンタテインメントは自粛せよ」という要請かと思いきや、真逆だった。「こんな時だからこそ、絶対にエンタテインメントを止めないでほしい」といわれたのだ。
エンタテインメントは、人を楽しませるだけでなく、心を揺さぶるような感動体験を生み出し、人と人とのつながりをつくり、人生をより豊かにする。現代を生きる人々には欠かせない社会インフラである。
クリエイターを支え、クリエイターとともに新たなエンタテインメントを創造するのが、これからのソニーの目指す姿だ。
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