◆カイワリ×マアジの「ハイブリッド魚」
「潮の流れが速く、魚がしっかり動いて身質が良くなる。すごくいい海だ」
都心から南に約70キロメートル離れた富浦漁港(南房総市富浦町)の沖合。船上から見える二つのいけすを指し、「さかなドリーム」(同県館山市)の取締役石崎勇歩(ゆうほ)さん(33)は白い歯を見せた。いけすで泳ぐのは体長5センチほどの稚魚。アジ科の希少魚カイワリと、近海で捕れる「金アジ(マアジ)」を掛け合わせた「ハイブリッド魚」だ。
新品種は、カイワリのすがすがしい脂の乗りと、マアジの万人受けする味わいを併せ持つ。品種改良にあたり、同社の創業メンバーで東京海洋大(港区)の吉崎悟朗教授が開発した技術を活用。マアジに代理親としてカイワリの精子を作らせ、マアジの卵と人工授精させて養殖できるようにした。成長も速く、同社は来春以降、年間3000匹の販売を目指す。
◆魚類専門家や食品会社の社員らが会社立ち上げ
同社は吉崎教授ら魚類専門家、石崎さんら食品会社や商社の元社員たちが共同創業者となり、2023年7月に設立。漁業の生産量が減るなか、カイワリのようにうまくても漁獲量が少ない魚を品種改良し、養殖しやすくすることに活路を見いだす。
今回、稚魚を育てるのは、地元の岩井富浦漁業協同組合だ。同社は漁協に稚魚を売る形でなく、資材を提供して養殖を委託。成長した生魚は全量買い取る。連携のハードルを下げ、マーケティングやブランド化に同社の専門力を生かすための取り組みという。
将来像は、富浦を含む県南部の安房地域で広く食べられるようにすることだ。養殖場ツアーで観光振興も目指す。漁協の鈴木直一組合長(76)は同社との連携を「気合が入る。このあたりは人口減少や高齢化も進むが、地域がにぎやかになる」と期待する。
◆生態系の保全にも気を配る
漁業の再生に向け、事業のサステナブル(持続可能)にも気を配る。ノルウェーでは品種改良されたサーモンが野生種と交配し、生態系を乱す問題も起きた。同社の新品種は不妊化しており、こうしたリスクに対応できるという。
石崎さんは「これからも品種改良で、すごくおいしい魚をつくる。世界で愛されるすし文化や鮮度維持技術のある日本から、新しい魚を打ち出す。まずは安房がその一つのピースになりたい」と夢を描いている。
日本の漁業生産量 養殖業を含め、最盛期(1984年)の1282万トンから、2022年は392万トンと3分の1以下に減少。世界で食用魚介類の消費量が増える中、乱獲で天然物は減り、養殖物もコスト高で成長が滞る。一方、日本の水域にいる4000種以上の魚のうち、人が日常的に食べているのは1%に満たない。残りの99%には、カイワリのようにうまくても漁獲量が少ない魚もいる。
◆文と写真・山本哲正
◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へメールでお願いします。
0 件のコメント:
コメントを投稿