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2015年8月6日木曜日

サラウンドは空間だけでなく、音の緻密さや分離もよくなる 文● 小林 久/ASCII.jp


     

 ハイレゾ収録のサラウンド音源にこだわる新進レーベル"HD Impression"。その第2弾配信が、7月29日にe-onkyo musicで始まった。納品直前、制作作業を進めるHD Impressionの代表・阿部哲也氏のお話を聞きながら、オンキヨーの視聴室でそのサウンドを確かめることができたのでその様子を紹介する。

 HD Impressionが第2弾の配信で提供する楽曲は下記の2作品だ。

Prologue 
Rose des Vents
ダウンロード:「e-onkyo」 「e-onkyo」(HPL)
ステレオ版:2000円(WAV/FLAC)
サラウンド版:2500円(WAV/FLAC/DSD)
HPL版:2500円


The Joint Concert 2015
横浜ブラスオルケスター/関西学院大学応援団総部吹奏楽部
ダウンロード:「e-onkyo」 「e-onkyo」(HPL)
ステレオ版:1500円(WAV/FLAC)
サラウンド版:2000円(WAV/FLAC/DSD)
HPL版:2000円

FLACやWAVに加え、DSDやHPLでの配信も

 Rose des Ventsはボーカルの高橋美千子さん、バイオリンの牧山純子さん、ギターの諏訪光風さんによるアンサンブル。スパニッシュケルトにクラシックやジャズの風味を加味した演奏を展開しているとのこと。今回はアルバム「Prologue」の中から「Down By The Salley Gardens」を試聴した。ジャズの名曲をアレンジしたもので、ホールでの演奏。一組のワンポイントマイクを使用して収録しており、ほぼ一発録音に近い状態だったという。練習や調整を進めつつ、3テイク程録音してベストのものを選んでいる。

 横浜ブラスオルケスター/関西学院大学応援団総部吹奏楽部The Joint concert 2015は、吹奏楽の収録。2015年6月28日に開催されたばかりの演奏会で、ホールは尼崎市のあましんアルカイックホール。マイクはクラシック録音でよく用いられるDPA4006といった機種を前方・側方・後方に向け、かつ上下にも立てて、左右各4本ずつ使用している。設置位置はステージ近く、指揮者から3メートルほど後方で指揮者の耳と同じぐらいの高さとのこと。

サラウンドになると、定位だけでなく分離もよくなる

 両作品に共通するのはライブ感を強く感じさせるということ。ライブ収録であるジョイントコンサートはもちろん、Prologueについても楽器ごとの収録ではなく実際に合わせている様子をほぼ一発で録音している。演奏者の側にも緊張感があるはずで、それがどう伝わってくるのかが聴きどころになるだろう。

HD Impression 代表の阿部哲也氏

 まず、例によってステレオ、サラウンドと順に試聴し、聴き比べる。Mac Pro上のDigital Performerから阿部氏が持ち込んだインターフェースを介してパイオニア製のAVアンプに送り、5台用意されたB&W 801シリーズとオンキヨー製のサブウーファーを駆動する。

 機材および環境は制作に使用した機材とまったく同じだ。サラウンド音源というと、まず定位感のよさを想像するとことろだが、それだけではない。実は個々の楽器の描きわけ(音の分離のよさ)や付随する情報量やニュアンスの豊富さといった部分に如実な差が出てくると実感した。

 映画の演出でも重要な役割を果たす、サラウンド。しかし、HD Impressionの音源ではこうしたエンタメ的な要素ではなく、より自然な音場感であったり、現実の空間にいるような感覚を味わうという点に主眼が置かれている。

 だから実際に聴くと、聞き手と演奏者の位置関係に大きな差は出ない。サラウンドでもステレオでも音が前にあるという感覚に違いはない(演奏者は聞き手=マイクの正面にいるのだから当たり前だ)し、音が左右に動いたり、後方で鳴っているという感覚はない。

 逆に言えば、音の広がりや楽器の位置関係はステレオ再生でも十分に優れている印象だ。しかしこれが、サラウンド再生になると、正面からくる直接音と左右や背後からくる間接音がより明確に描き分けられることになる。結果として定位がより明確となり、音がより細かに分離する感覚を喚起するのだ。

 サラウンドになったことで音源が内包する情報量が増えた、あるいは楽器の描きわけがより明瞭になったという感覚を味わえたのは、今までにない経験で、今回の収穫だったように思う。

 もちろん空間表現も優れている。Rose des Ventsが奏でるバイオリンが高い天井の上へ上へ飛んでいく感覚を味わえるなど上下方向の広がりを感じたし、ジョイントコンサートの音源では会場にいる人たちの衣擦れや咳といったちょっとした物音の位置関係が明瞭にわかったりして、演奏された環境が如実に伝わる。こういった情報は演奏する場、そして演奏する人たちの緊張感もよりあからさまにするはずで、演奏の雰囲気をより豊かに伝えていると確認できた。HPLの技術を使い、ヘッドフォンでもこの感覚を味わえる

 第2弾配信で注目したいのは、WAV/FLAC/DSDサラウンドによる配信に加えて、HPL音源も最初からリリースするという点である。昨年からリリースが始まったHPL音源は「Head Phone Listenging」の略。HPLオプティマイズという、アコースティックフィールド(プロ用録音機器を取り扱っている販売代理店・タイムロードの特殊音響研究部門が独立)が持つ「ヘッドフォンに最適化したエンコード技術」を採用した音源となる。

 と書いてもあまりピンとこないと思うので、HPLを展開するアコースティックフィールド 代表取締役の久保二朗さんのお話を聴きつつ補足しよう。

HPLについては株式会社アコースティックフィールド 代表取締役の久保二朗さんにお話をうかがった。

 まず世間には仮想ヘッドフォン技術が存在する。HRTF(頭部伝達関数)やバイノーラルプロセッシングといった技術を応用したフィルターを使い、左右2chしかないヘッドフォンでも360度方向の音の動きや空間の広がりを再現することができるというのがウリである。ドルビーやDTSが開発したものが有名だが、その再生にはDolby HeadphoneやDTS:Xなど、対応した再生機器が必要となる。

 実際の空間では楽器や歌手の声といった直接音だけでなく、少し遅れてその音が壁面や天井に反射した音を聴いている。だから音源に独自で開発したフィルターを加えて、こうした二次、三次の反射そして遅延を加えていくと、2chしかないヘッドフォンでもサラウンドに匹敵するような空間の広がりや音の動きを再現できるわけだ。

 HPLオプティマイズも、基本的な考えは共通している。違いとしてはサラウンドやステレオ用に作られた音源を、「専用の機器側でフィルターを適用し、その機器で聞いた場合だけ立体的になる」のではなく、一般的なヘッドフォンと再生機の組み合わせでも立体的な音になるように、「音源そのものにフィルターをかける」という点だ。

 HPLオプティマイズの再生機器を選ばないというポイントは、音質的なメリットも得やすい。というのも仮想サラウンド技術では、フィルター処理をするためにDSPが必要になるが、安価な民生品ではコスト的な問題で性能に制限のあるものを使用せざるを得ない。製品によっては処理性能が追いつかないため、商品企画的に、音の動きなどよりわかりやすい部分に注力した製品が市場に出てくる傾向があるのだという。HPL音源は音楽再生のみを考慮した音響機器で再生するので、有利になるのだそうだ。

 音楽専用に作られたフォーマットということもあり、音響効果や音の動きを強調する方向感ではなく、音楽をより自然に聴かせる再現性の高さに主眼を置いている。

 一般的な音源はスピーカーで聴くことを前提に作られているため、これをヘッドフォンで聴くと違和感の原因になることも少なくない。本来なら前方の中央に定位し、自然に左右に広がって聞こえるよう配慮して制作された音が、左右で断絶して固まって聞えてしまうといったこともありうるのだ。HPLの展開を始めたきっかけには、ヘッドフォンでもスピーカーで聴くのと同じ自然さを味わえるようにするという意図もあったという。

 HPL音源を作る際は、ミックス時にHPLのフィルターをあてるだけでいいため、制作側の負担も少ない。HPLの音源は現在、14作品がリリースされており、これに今回のHD Impressionの音源が加わる。実はHD Impressionの第1弾音源も、今年の6月にHPL版が追加されている。

 サラウンド再生を意図したHD Impressionの音源はHPLと相性のいいものだし、その魅力を味わいたいが自室に大型のサラウンドアンプを導入し、複数のスピーカーの設置には無理があるという人にとっても身近な存在となるだろう。

 筆者もHPL版の音源を聴いてみたが、音のクリアーさや広がり感はもちろんだが、聴き疲れしにくいという点も特徴に思えた。スピーカー用に作られた音源の中の一部をヘッドフォンで聴くと違和感が出ると書いたが、人間の耳はよくできていて聴き続けているうちにそれを違和感なく補正してしまう。逆に言えば、聴く際の負担も大きいということなのだろう。

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