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2015年11月3日火曜日

想定外の発見が生まれるとき…細胞のささやきに耳を傾ける


理研CDBが語る
皮下に伸びるマウスの毛包。この鍾乳石のように見える毛包1本1本に立毛筋が接続される1/2枚

 研究は思い通りには進まない。日々、試行錯誤の連続で、失敗も幾度となく経験する。だから、失敗の理由を追求しつつも、次はうまくいくだろうという楽観的な考えがないと精神的に参ってしまう。

 とは言うものの、眠りに落ちる直前まで、そして目覚めた直後から、失敗した理由が気になる自分がいる。寝ている間も、脳ミソの片隅で無意識に研究のことを考えているのだろう。

 それでも時折、神様がご褒美を与えてくれる。時には自分の思惑とは全く違った形で。

 私は、高い分裂能力によって体に細胞を供給している「幹細胞」に注目している。特に、幹細胞の周囲には「幹細胞専用の環境」があり、そのおかげで幹細胞の性質が維持されていると考えている。

 その仮説を検証するため、毛を作る器官「毛(もう)包(ほう)」の幹細胞の研究を8年前に始めた。そして幹細胞が「ネフロネクチン」と呼ばれるタンパク質を分泌し、自身を包む特殊な環境を作っていることを見いだした。ここまでは思惑通りだ。

 しかし、ネフロネクチンが幹細胞に直接作用しているというデータは得られなかった。正直困った。一体このタンパク質は幹細胞の周りで何をしているのか?

 もんもんとする中、代わりにと言ってはなんだが、毛包ができる際に幹細胞の隣にいる名もない細胞が、ネフロネクチンに接着していることに気付いた。「なんだ、このえたいの知れない細胞は?」。幹細胞とは関係がないので無視しようかとも思ったが、その名もない細胞が「私に付いてきなさい」とささやくのである。元の仮説をいったん横に置いて、その細胞に付いていくことにした。

 すると、想像もできなかった研究結果が導かれた。実は、名もない細胞は立(りつ)毛(もう)筋の元となる未成熟な細胞で、毛包幹細胞がネフロネクチンを分泌していたのは、隣にいる未成熟な細胞を立毛筋に成熟させ、さらに毛包に接続して鳥肌(立毛)を作れるようにするためだったのだ。

 これには多くの研究者が驚いた。当時、幹細胞は周囲の環境からシグナルを「受けて」分裂し、新たな細胞を生み出すことが仕事と考えられていたが、幹細胞自身がシグナルの「送り手」にもなって、発生過程が全く不明だった立毛筋に環境を与えていたのである。

 この想定外の発見はどのようにして生まれたのだろうか? 間違った仮説、眠れぬ夜、仮説の棄却と再構築、そして名もない細胞の声に従った私。一見ネガティブ要素のオンパレードのように見えるが、振り返ると、このどれが欠けても想定外の発見はなかったと思う。仮説と違った結果がでたときが新しい発見のチャンス。幸運をつかむ準備はできているか?

     

 藤原裕展(ふじわら・ひろのぶ) 大阪大大学院修了後、科学技術振興機構、イギリスがん研究所の博士研究員を経て、平成24年から理研CDB細胞外環境研究チーム・チームリーダー。大学院時代より、研究手法を変えながらも一貫して細胞の外に広がる世界を見続ける。研究者として生きていくのは大変だけど、それ以上に創造的で刺激的な科学の世界に身を置けることに幸せを感じる。39歳。

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