HIROAKI KITANO | 北野宏明
1961年生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)代表取締役社長。特定非営利活動法人システムバイオロジー研究機構会長。沖縄科学技術大学院大学教授。理化学研究所統合生命医科学研究センター疾患システムモデリング研究グループグループディレクター。ソニー執行役員コーポレートエグゼクティヴ。ロボカップ国際委員会ファウンディングプレジデント。「Computers and Thought Award」(1993年)、「Prix Ars Electronica」(2000年)、「日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)」(01年)、「ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞」(09年)受賞。ベネツィア建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)などで招待展示を行う。
20年後の未来を描く「Innovative City Forum2016」 (ICF 2016)に登壇する北野宏明が提案する「グランドチャレンジ」は、成功すれば産業革命に発明された蒸気機関車と並び人類の歴史に刻まれる出来事になるに違いない。それは「科学する人工知能(AI)」をつくることだ。
サイエンスのボトルネックは、人間の認知限界
「わたしたち人間が“科学する”ことが得意かと聞かれれば、ぼくの結論は、たぶん得意じゃない、というものになるでしょう」と北野は話す。
AIはまぎれもなくコンピューターサイエンスによって生まれた科学の結晶だ。それを生み出した人間を評して、「科学することが得意ではない」とは、まるでパラドックスだ。北野はその理由に生命科学分野の研究が直面している問題を挙げる。生命科学分野の研究は、人間が科学するうえでの限界を露呈する状況にあるという。
「驚くべき基礎科学の発見の数々、さらに新薬の開発などの応用研究においても発展がめざましい生命科学分野では、情報の産出ペースが、すでに人間の対応能力をはるかに上回っています。とくに論文数は幾何級数的に増大しており、その数は近年では年間に150万本以上です。
これは1日に換算すれば約4,000本以上となり、特定の専門分野だけでも最低数十本生まれていることになる。すでに、研究者が、自分の研究に関係する論文すら消化しきれないほどの大量の情報が常に生み出され続ける『情報の地平線問題』が存在します」(北野)
極めて速いスピードで進展した結果、皮肉にも生命科学研究の最先端の現場では、人間が「科学すること」に追いつけなくなってしまったというのだ。
「さらなる困難には、『マイノリティー・レポート問題』があります。たとえば1,000本の論文のなかに、3本のみほかと異なる報告をする論文「少数者の報告」(マイノリティー・レポート)があったとします。そもそも、この報告に気がつくのか? また、この3本はただの間違いか、それとも新たな発見なのか? これらが新しい発見を導く可能性はあります。
しかし、人間の認知的限界を越える、膨大な、しかも信頼度も不安定な情報から、科学的成功に化けるマイノリティー・レポートを見つけ出すことは困難を極めます。さらに、膨大な論文は読むことはもちろん、非常に複雑な対象を扱う論文や実験データから、決め打ちや思いつきではなく、系統的に検証に価する仮説をつくり、検証の優先順位などを決めていくのは、極めて困難です」(北野)
人間が「科学すること」に追いつけなくなってしまったいま、人間がその困難に挑戦することこそ、もはや“科学的”でないのかもしれない。
科学する人工知能が人類に約束する「新しい自由」
北野はこれらの問題を俯瞰して、科学的発見の本質的プロセスはいまだ産業革命以前の状態にあるのではないかと論じている(※編注)。そして、サイエンスを次のステージに進化させるには、北野の言葉で言えば「科学的発見という能力に特化され、その領域において人間をはるかに凌ぐ能力を有する人工知能システムであり、個別能力におけるスーパーヒューマン型人工知能」が必要だ。さらに北野は「技術の進歩によってもたされるのは、新しい自由の獲得」と話す。
(※編注)北野宏明「人工知能がノーベル賞を獲る日、そして人類の未来:究極のグランドチャレンジがもたらすもの」人工知能31巻2号(2016年3月)
「文明の進歩は道具の進歩に言い換えられます。科学する人工知能が生み出されると、人類は『道具をつくる』ということから自由になるでしょう。石と棒を組み合わせて石器をつくって以来、人類は自分の手で道具をつくり、文明を進歩させてきました。しかし人工知能が進化すると、機械が自分で知識を獲得し、自分で新しい道具をつくり、文明を進歩させるようになる。それはいままでの人類史におけるいかなる革命とも異なります。文明を進歩させるのが、人間ではなくなるからです」(北野)
6月に惜しまれながらこの世を去った、未来学者として知られるアルビン・トフラーが『第三の波』で言及してきた現代文明への系譜は、人類にとっての新しい自由の獲得の系譜でもある。約15,000年前の「農業革命」によって人類は飢餓から幾分解放され、食の自由を獲得し、蒸気機関の発明に代表される18〜19世紀の「産業革命」によって動力の自由を、続く20〜21世紀の「情報革命」によって情報の自由を手にした。北野は次の革命に、「知識革命」を挙げる。それは知識・知見を得る道具としてAIを使う「無知からの自由」の革命になるのだろう。
「将来は高いレベルの人工知能が、研究開発力において大きな差を生む時代が来るでしょう。それは持つものと持たざる者の間に、戦いにもならないほどの差をもたらすものだと思われます。この先10年では一部の研究分野でその変化は起こり得ます。20年から30年後には、確実に人類は機械がつくりだした膨大な新しい知識を後追いするようになるでしょう」(北野)
はたしてわたしたち人類にとって、機械の後追いをすることが、科学と呼べるのだろうか?
わたしたちは新しい都市で、新しい自由を手にする
北野が「科学するAI」を開発するという壮大なグランドチャレンジを設定するのは、AIの進歩はもちろん、実社会への波及効果という期待があるからだ。
1990年代中頃から、北野らは「2050年までに、FIFAワールドカップのチャンピオンに勝利する完全自律型ヒューマノイドのチームを開発する」というロボティクス分野におけるグランドチャレンジ「RoboCup」を行ってきた。このグランドチャレンジは、現在に至るまでに数多くの技術やスピンオフ企業を生み出してきた。たとえばアマゾンの配送を支えるロボットを生み出す「Amazon Robotics」や、自律型ヒューマノイドロボットのPepperを開発する「ソフトバンクロボティクス」もこのグランドチャレンジから生まれているという。
20年後の未来を描くICF 2016に登壇する北野。「科学するAI」を生み出すグランドチャレンジは、20年後の都市にどのような波及効果を生み出すのだろう?
「都市における健康維持には、人工知能の進歩は大きく影響を与えるでしょう。20年後、わたしたちは人工知能による診断システムのレヴェルが低い病院を敬遠するようになります。現在すでに、大規模データベースを用いて患者の症例を診断する『プレシジョン・メディシン』が診断の精度を向上させることが現実になりつつある。将来は人工知能システムの差異が病院の信頼評価そのものを規定するようになるでしょう」(北野)
また北野が都市における永遠のテーマである「自然との共存」の未来において、「興味深い研究分野」として言及するのは都市の生物多様性の科学的制御だ。
「都市の環境においても、生物多様性はロバスト性(頑健性)を維持するうえで重要です。都市における生物の分布・構造が、その環境のロバスト性にどのような影響を与えているかをシステマティックに扱った研究は案外少ない。例えば、環境中の微生物の分布が、その都市環境や住民にどのような影響を与えているのでしょうか?
最近になり、腸内や皮膚での共生微生物の構成が、健康状態に大きな影響を与えることがわかってきました。それらの共生微生物と、都市空間に存在する微生物群との相互作用はどうでしょう? さらに、昆虫、小動物、人間と、重層的な生物層の各々のレヴェルでの多様性と、さらにはレヴェル間の相互作用など興味が尽きません。これらを知ることが、新しい都市における自然の創生につながるのではないでしょうか?」(北野)
北野宏明のICF 2016での登壇は「Day1」10月19日13:00〜15:15の「先端技術セッション」に予定されている。「人工知能との共生」をテーマに、モデレーターに伊藤穰一を、スピーカーにグーグルのプリンシプル・サイエンティスト、ブレイス・アグエラ・ヤルカスを迎えて開催される。
※ 北野はICF 2016と同日の10月19日、『WIRED』日本版が開催するカンファレンスイヴェント「FUTURE DAYS」にも登壇が予定されている。詳細については、以下より。
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