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文●ASCII
2016年03月07日 00時00分
英国のChord Electronics社(以下CHORD)は、DACの開発の最先端を走っている企業として知られている。そのCEOを務めるJohn Franks氏とDAC設計者のRobert Watts氏が来日。最新フラッグシップ製品の「DAVE」を改めて関係者に紹介した。また予告していた「Mojo」用の追加モジュールも会場で披露した。
この追加モジュールは昨年10月、Mojoの国内発表に合わせてJohn Franks氏が来日した際にも言及していたもの。「iPhoneと変換アダプターなしで直結できるアタッチメントや、Wi-Fi経由で接続できるモジュール、SDメモリーカードを読み書きできるカードリーダーなどを開発中」としていたもの。当初はiPhone用のアタッチメントは11月。その後3ヵ月ほどでほかも出揃うという話だったが、ようやく販売が始まるのだろう。
タイミング情報の正確さにこだわる
CHORDは、1990年代半ばに発足。「DAC64」以降、「DAC64mk2」「QBD76」「QBD76HD」「QBD76HDSD」……といったハイエンドDACを20年以上にわたってリリースし続けてきた。最近ではバッテリー内蔵で持ち運びもできる「Hugo」(2013年)や、手の平にすっぽりと収まる超小型DAC「Mojo」(2015年)などポータブル製品の分野にも進出。斬新なデザインと高音質をウリとした製品を数多くリリースしている。
デジタル信号をアナログに変換するD/Aコンバーター(DAC)は、音の入り口をつかさどるソース機として、重要な意味を持つコンポーネント。最近では従来の“ハイレゾ音源”(最大192kHz/24bitのPCMを想定)を超えた“ハイレゾ音源”(DXDやハイサンプリングレートのDSDなど)が登場。接続する機器もパソコンが加わり、多彩になっている。
CHORDのアプローチは、汎用のDAC ICを使わず、FPGA上で独自のアルゴリズムを動かし、汎用のDAC ICとは桁の違う膨大な計算を通じて、高精度なD/A変換をすること。特に重視しているのは、音の立ち上がりや過渡特性(トランジェント)といった“タイミング情報”の正確さ。人間の耳や脳は、こうした時間軸方向の情報に敏感で、“音程”や“音色”、“リズム”“空間の表現”(音の遅延や反射、左右の位相のズレ)などに大きく影響するという。
「2013年にHugoを開発した際には1マイクロ秒単位の精度で十分と思っていたが、最新機種のDAVEの開発に際しては、ナノ秒単位(1ナノは10-9)の精度が影響すると確認した」(Watts氏)
汎用チップではなく、FPGAを使い膨大な計算で精度の高い結果を
CHORDは、自社の製品で使用するデジタルフィルターを“WTAフィルター”と呼んでいる。WTAはWatts Transient Alignedの略。Watts氏自身の名前に加えて、トランジェントを整えるという同社のコンセプトが反映されている。同時にWatts氏は「従来型のDACでは、元のアナログ信号(ADCでデジタル化する前の信号)を完全に復元できない」と話す。
PCMのデジタルデータは基本的に歯抜けの情報(離散的)だ。これはサンプリングという仕組み上、止むを得ないことだ。CDであれば1/441001秒。ハイレゾなら1/96000秒や1/192000秒など、サンプリングの間隔をより狭くして、精度を高めることができるが、アナログ信号のように連続したものではない。だからデジタルフィルターを使って、その間を補い、元の連続したアナログ信号に近づける必要がある。
ここで問題になるのがその精度だ。例えば正弦波のトランジェントバースト信号をその開始点付近でサンプリングし、デジタルフィルターで元の波形に戻そうと考えた場合、「汎用のDAC ICで用いられている単純なフィルターでは、100マイクロ秒程度のタイミング誤差が生じる」(Watts氏)という。そのクオリティーを上げるためには、典型的なデジタルフィルターひとつである“FIRフィルター”のタップ数を増やし、処理の精度を圧倒的に向上させる必要があるとする。
「普通のDAC ICは100タップで、8倍か16倍のオーバーサンプリング」(Watt氏)だが、DAVEではFIRフィルターのタップ数が16万4000タップ、256fsオーバーサンプリング(88ナノ秒)単位の処理を166個のDSPで並列処理。9.6ナノ秒単位のサンプリング精度を実現したとのこと。ちなみにDAC64では1000タップ。QBD76では1万8000タップ、Hugoでは2万6000タップという数字だった。
ノイズシェーパーの精度は空間の奥行き感に影響する
一方DAVEでは、ノイズシェイパーも強化。より正確な“空間認識”をするため、微細な信号を再現する必要があるという考え方だ。「教会でオルガンを聴くと、目をつぶっていても音のなっている場所への距離が分かる。しかし同じ場所で録音した音源を自宅で聴いてもせいぜい左右のスピーカーの中央に音があるという程度しかわからない。どうしたらこの奥行きを取り戻せるかが関心事だった」(Watt氏)
人間の耳と脳が空間を認識できるのは、残響や反射といった間接音があるためだ。この微細な信号を、どうやって取り戻すか。かつてのWatt氏は「200dB程度のノイズシェーパーであれば一般的な高級DACよりも1000倍程度の精度があり、十分だと思っていた」が、DAVEの開発に際して、90日間かけて350dBの精度を実現すると、奥行きの表現が如実に変わり、驚愕するほどいいという点に気付いたという。
ノイズシェーピングとは量子化雑音を減らすための処理。DAVEでは46個の積分回路を使った17次ノイズシェーピング処理をしている。Hugoに搭載した「Spartan-6 XC6SLX9」に対し10倍の規模をもつFPGA「Spartan-6 XC6SLX75」を採用しているが、HugoのFPGAではこのノイズシェーピング処理用の回路だけでも足りないとのこと。6kHzで-301dB、20kHzのノイズフロアーは-360dB。100kHzでも-200dB以下の精度を得ているという。Watt氏の説明では一般的なノイズシェイパーでは-80dB程度、DSDでは-20dB程度とさらに高くなるとのことだ。
一方雑音変調についても、高速フーリエ展開で2.5Vの信号を入れた際でも無信号時とノイズレベルは同等。ノイズフロアーは-178dBA、歪最大値-150dBA。通常のDACでは無信号時で160dB、信号を入れると-140dB程度。歪み成分が-150dBあたりに発生しているが、最上級のDACで-120dBぐらいなのでそれよりも低い。
なお、会場ではDAVEの試聴もできたが、興味深かったのはDSDとPCMどっちが音のいいフォーマットかと議論した際に、Watt氏は断然PCMであるとコメントしていることだ。PCMはDSDよりも解像感が高く、空間の奥行きや音離れがよい。サンプルレートは低いが、補間の精度を上げればタイミング情報もより正確にできる。一方、DSDでは仕組み上、小さな信号を捨てるので、微細な情報が失われやすいと考えているようだ。
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