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まだまだ寒さが残る3月の午後、千葉県八街(やちまた)市のガラス製造会社「千葉光学」の構内に、取締役の秋葉和彦らが集まっていた。全員、保護眼鏡と手袋を装着している。丹念に仕上げてきた製品がいよいよ日の目を見る時がやって来た。 ギャラリー:曲がる!弾む! 新時代を迎えたガラス 写真5点 大型の浴槽ほどもある素焼きのるつぼがフォークリフトで運ばれてきた。秋葉らがハンマーを手にし、るつぼの外側の縁を目がけて振り下ろすと、分厚いるつぼが割れ、貴重な中身が姿を現した。午後の日差しを受けて輝きを放つ硬い塊。その輝きは北極の氷のような淡い青色を帯びていた。 秋葉は一歩下がってガラスの塊を眺め、「きれいだ」と目を細めた。世界最高レベルの純度を誇る光学ガラス、その名もE6の生まれたばかりの塊である。 千葉光学は手作りの素焼きのるつぼで半世紀以上、ガラスを製造してきた。この製法が生まれたのは19世紀初め。スイスのレンズ職人、ピエール゠ルイ・ギナンが陶器のるつぼに溶けたガラスを入れてかき混ぜる手法を発明した。この製法で気泡や不純物のない、光学レンズにうってつけのガラスが生まれる。 1965年に日本のガラスメーカーであるオハラがこの製法を独自に改良し、熱膨張率が低い、いわゆる低膨張ガラスであるE6を開発した。現在オハラのためにこのガラスを製造しているのは千葉光学だけだ。 E6は容量およそ800リットルの粘土製のるつぼを用い、4カ月ほどかけて製造される。まず手作業でるつぼを作り、そこにシリカ(二酸化ケイ素)、酸化ホウ素、酸化アルミニウムなどガラスの原料の混合物を入れて、溶解炉で1500℃まで熱する。混合物が溶けたら、2日間以上かけて定期的に攪拌しなければならない。その後、温度が管理された徐冷炉にるつぼを移し、2週間かけてゆっくり冷やす。 るつぼを壊すと、ガラスの一番外側の層もはがれる。残った純度の高い塊を再び溶かして、精密に成型する。このガラスは極度の高温下や低温下でも形を保つ。「低膨張ガラス」といわれるゆえんだ。大型望遠鏡の反射鏡を作るには、この安定性が欠かせない。 天文学者がはるか遠い宇宙の深奥をのぞけるような高性能レンズは、とんでもなく高価だから、買い手は限られている。実際、過去42年間に製造されたE6はすべて、たった一人の顧客からの注文に応えるものだった。宇宙に対する見方を一新するかもしれないプロジェクトに、およそ120トンものE6が使われる。 ちなみに世界で唯一のE6の買い手とは、天文学者のロジャー・エンジェルだ。彼は米国アリゾナ州トゥーソンのフットボール競技場の下にある研究所で、このガラスを使って世界最大の望遠鏡を作る試みに取り組んでいる。チリのアタカマ砂漠にある山の頂上に設置されるこの「巨大マゼラン望遠鏡」が完成すれば、これまで見られなかった詳細な宇宙の姿を観測できるようになるはずだ。 E6だけではない。さまざまな未知の領域を探るために、ガラスの概念を変えるような新しいタイプのガラスが次々に生まれている。過去50年間に、ガラスの技術と製造はそれまでの1000年間を上回るほどの飛躍的な進歩を遂げた。国連は、各国が2030年までに「持続可能な開発目標」を達成することに貢献する100%再生可能な建築資材としてガラスの特性と価値を認め、2022年を「国際ガラス年」に定めた。 科学は今、古くからあるガラスを活用して、人々の生活を大きく改善しようとしている。私たちはいわばガラスの新時代の幕開けに立ち会っているのだ。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版2月号特集「ガラス新時代」より抜粋。
文=ジェイ・ベネット(英語版編集部)
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