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第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて助教をされていた奥村 慎太郎 先生にお願いしました。奥村先生は現在、京都大学大学院工学研究科(石田研究室)にて助教として着任されています。
今回ご紹介するのは、エステルを多電子還元する光触媒についての研究です。光触媒反応では還元に伴う電子移動が1電子ずつであるため、4電子を必要とするエステルのアルコールへの光触媒還元は困難とされてきました。今回、新規光触媒N-BAPを開発し、N-BAPによるエステルの多電子還元反応の促進を明らかにしたと報告されました。本成果はJ. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Multielectron Reduction of Esters by a Diazabenzacenaphthenium Photoredox Catalyst”
Okumura, S.; Hattori, S.; Fang, L.; Uozumi, Y. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 16990–16995. DOI: 10.1021/jacs.4c05272
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、高い酸化還元性能を示す光触媒N-BAPを新たに開発し、4電子を必要とするエステルの光還元反応に成功しました。
光酸化還元触媒は、可視光をエネルギー源として酸化・還元を促進することから環境調和性に優れた有機合成手法として期待されています。しかし光反応では電子が1つずつ移動することに起因して、多電子を必要とする酸化・還元は容易ではありません。そのため、エステルからアルコールへの還元といった基本的な反応であっても、4電子を必要とすることが問題となり、これまで未達成となっていました。
今回、二つの窒素を有する4環性のカチオン性分子であるジアザベンゾアセナフテニウム光触媒(N-BAP、下図A)を新たに開発することで、従来の光触媒では困難であったエステルの多電子還元反応に成功しました。本反応では、N-BAPの触媒作用のもと、エステルが速やかに4電子還元され、カルビノールアニオンが生じ、続いて水によってプロトン化することでアルコールが生成します(下図BおよびC上段)。
さらに、本来求電子的なエステルが全く正反対の求核剤(カルビノールアニオン)としての反応性を示していることに注目し、本還元条件下、エステルともう一分子のカルボニル化合物を共存させて反応を実施したところ、期待通りエステルが他のカルボニルに付加し、1,2-ジオールを得ることに成功しました(下図C下段)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
N-BAPは二つの窒素・π共役・対称性などを意識してデザインしましたが、5員環の炭素-炭素結合を単結合にしている点も工夫したポイントです。こうした要素の結果として、N-BAPは可視光吸収および高い酸化還元特性を示します。特にカチオン性分子であるにも関わらず、高い還元力を有していることは、N-BAPならではの特徴であり、面白い点だと考えています。
DFT計算を用いてN-BAPをデザインした後、実際に初めてカルボニルの還元反応が進行した時は、自分が設計した分子がちゃんと触媒として機能したことに感動しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
自身初の光触媒開発でしたので、計算・実験両面において、その物性値(下図)の算出・測定は大変勉強になりました。蛍光寿命・りん光・反応量子収率などは実際に手を動かしてくれた大学院生の服部くんの努力と分子研の研究環境があったからこそ迅速に測定することができたと思います。
本研究は論文構成に関しても大変悩みました。新しい光触媒・エステルの還元・カルビノールアニオン中間体など、重要なアピールポイントがいくつかあったので、どのように伝えるべきか、魚住先生と何度もディスカッションを重ねて、本論文を書き上げることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
重箱の隅をつつくのではなく、0から1を生み出すような研究に挑戦し続けたいと考えています。世界中の研究者や社会に(少しでも)影響を与えるようなインパクトのある研究を行っていけたら幸せだなと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
N-BAPは光酸化還元触媒としてのポテンシャルはもちろんのこと、それ以外の反応・分野にも応用できる可能性を秘めていると考えています。サンプル提供や共同研究など、ぜひご連絡いただければと思います。
研究者の役割は新しい現象や物質を生み出すことであり、そこにマニュアルはありません。研究生活は困難かつ大変なことの連続で、講演や発表で輝いている研究者も壁にぶつかっている日常が必ずあります。それでも課題に挑み続けるために、自分にとって適切なマインドセットを持つことが研究者には大切だと思います。専門分野の知識や実験技術のようなスキルは当然磨く必要がありますが、ぜひ若いうちからハングリー精神・チャレンジ精神を育んでほしいなと思います。
最後になりましたが、本研究を一緒に進めてくださった分子研 魚住泰広先生、服部修佑大学院生、Lisaに感謝いたします。またこのような機会を設けてくださったChem-Stationスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:奥村 慎太郎 (おくむら しんたろう)
所属:京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 助教(石田研究室)
略歴:
2008年 東京都私立城北学園城北高等学校 卒業
2013年 京都大学工学部工業化学科 卒業
2018年 京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 博士課程修了(博士(工学)、村上正浩教授)
2018年 信越化学工業株式会社 研究開発スタッフ
2020年 分子科学研究所 助教(魚住グループ)
2024年4月より現職
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