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 いいぞ、もっとやれ。普段なら、人月商売のIT業界に君臨するSIerのやることなすことにケチをつけまくる私だが、この件だけはSIerの取り組みを全面的に支持するぞ。何の話かと言うと「顧客選別」、要するに「おたくは客ではない」とバッサリ切り捨てることだ。私が嫌ってやまない「お客様に寄り添う」とやらと対極の姿勢なので、ようやくまともな企業になってきたようだな。

 最近、SIerが「受注してしまう」のを避けるケースが増えてきた。この「極言暴論」と対を成す私のもう1つのコラムである「極言正論」の最新記事(2023年11月9日公開)を読んでいただけたであろうか。その記事で、システム開発案件で声をかけたSIerに相次いで辞退されてしまった、かわいそうなユーザー企業の話を書いた。軒並み断られたのは、過去のシステム開発でのトラブルが災いして、SIer各社から「危ない案件」と認識されてしまっていたからだ。

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 こうしたSIerによる商談辞退、提案辞退が最近頻発している。もちろん前々から、「危ない客」に開発案件で声をかけられたSIerが、何とか受注してしまわないように策を弄するのは、人月商売のIT業界で定番のあるある話だった。ただし、極言正論の記事でも指摘したが、以前なら危ない客を怒らせないようにSIerはいろいろと小細工を弄した。その小細工の典型が、「失礼にならない程度で、かつ受注してしまわない水準」の料金を提示するという手口だ。

 しかも、利用部門のわがままなどでシステム開発プロジェクトを大炎上させたり、SIerらと裁判沙汰になったりした危ない客は、多くのSIerから「要注意企業」としてマークされる。そんな企業からRFP(提案依頼書)を受け取ったSIer各社は皆、逃げたいと思うよね。その結果、各社とも「失礼にならない程度で、かつ受注してしまわない水準」の似たような金額を提示することになる。で、「SIer各社は皆、同じような高額料金を提示してきた。談合だ」と客が騒ぎ出すのもまた、人月商売のIT業界の「風物詩」だった。

 ところが最近では、SIerは「失礼にならないように」といった配慮もしなくなった。しかも危ない客だけでなく、多少やばい客に対しても商談・提案を辞退する。もちろんSIerは「弊社の技術力では難しい」などと当たり障りのない理由を述べるだろうが、客が大企業ならそれが嘘であることぐらい分かる。何せ、以前なら懸命に提案してきたSIerが手のひら返しをしてるのだからな。ただし、こればっかりは「談合だ」と怒るわけにもいかない。「SIerに見捨てられた」という恥を世間にさらすだけだからね。

 SIerのこうした動きは本当に良いことだ。ここまで「危ない客」や「多少やばい客」といった具合に、便宜的に「客」という言葉を使ってきたが、本来は契約を結ばないならSIerにとってその企業は客ではない。危ない企業や多少やばい企業に対しては、辞退という形で「我々は御社を客とは見なさない」との意志を示すのは、極めて正しことだ。以前ならそんな企業までも客と見なして「お客様に寄り添ってきた」からな。SIerも随分進歩したものだと、ここは皮肉交じりに褒めておこう。