もし人間が、命を危険にさらすことなく海水を飲むことができれば、水の危機が訪れたとしても慌てふためくことはないだろう。しかし現在、海水を飲用できるようにするには、塩水を沸かして蒸気だけを集めるか、あるいは高機能の膜を使ってすべての塩分と、海水に含まれる微生物などを濾過して取り除くしかない。
海水を人間が飲用できる淡水にするための巨大で高額な施設には、問題点も多い。淡水化において従来から批判されているのが、われわれはもはや必要以上の石油を燃やしてはならないのに、海水の処理には膨大な量のエネルギーが必要である点だ。
さらに、あまり取り上げられていない問題として、地元の環境に与える影響がある。淡水化から生じる主要な副産物であり、施設から海に戻されるブライン(高濃度の塩水)だ。このような排塩水は海底に沈み、酸素濃度の低下や塩分の急増など、生態系に混乱をもたらす。
排塩水量が従来予測の1.5倍と判明
いま世界各地では、約16,000カ所もの淡水化施設が稼働している。そこで生じる排塩水がどのくらいの量になるのかについて、これまではっきりしたことはわかっていなかった。
ところが、世界中の淡水化プラントから生じる排塩水の量がこれまでの推測よりも50パーセント多いことが明らかになった。2019年1月14日付で発表された論文によると、1日あたりの合計は1億4,150万立方メートルに上るという。一方、これらの施設が生産する実質的な淡水の量は、9,500立方メートルにすぎない。
環境にとって悪いニュースであることは確かだが、ひどいことばかりでもない。淡水化技術は急速に進化しているため、施設から生じる排塩水と、施設で使われるエネルギーの両面について、効率は大きく改善されつつあるという。
淡水化施設は一般に、2種類のどちらかに分類される。熱を利用する方法と、膜を利用する方法だ。熱を利用する場合は、海水を吸入したあと加熱して純粋な蒸気を取り出し、残った濃い塩水を再び海に戻す。膜を使う場合は、海水に高い圧力をかけて、何層にも重ねたフィルターを通過させ、塩分やその他の汚染物質を取り除く。
急速に普及する逆浸透法
熱を利用する方法のほうが歴史は古い。1980年代より以前には、淡水化処理された水の84パーセントがこの方法によるものだった。しかし2000年台初頭以降は、「逆浸透法(RO)」と呼ばれる特殊な膜技術が急速に普及している。現在は世界中の淡水化処理された水の69パーセントが、RO処理施設で生産されている。
急増の理由は、ROのほうが費用が安く、効率が高いからだ。膜技術の進歩によって、海水を濾過するために必要な圧力が減少しつつあり、そのぶんだけエネルギーも少なくなっている。
さらに、生じる排塩水もROのほうが少ない。熱による方法では、吸入した海水の75パーセントが排塩水として放出される場合もあるが、ROでは、排塩水に対する淡水の量が同等を上回る。
今回の研究の筆頭著者で、オランダのワーヘニンゲン大学の環境科学者エドワード・ジョーンズは、「(この比率は)供給される水の種類によっても異なります」と説明する。「海水のような塩分の多い水を淡水化する場合、逆浸透法は最も効率が低くなります。供給される水の塩分が低くなるほど効率がよくなります」
排塩水の過半数がを出す「4カ国」
これは考慮すべき重要な点である。なぜなら、すべての淡水化施設が海水を処理しているわけではないからだ。
実際のところ、上の地図を見るとわかるように、かなり多くの施設は内陸部にある。これらの施設では、帯水層や河川から取り込んだ汽水(わずかに塩分を含む水)を飲料用、あるいは工業や農業で利用するために処理している。当然ながら、海水を処理する沿岸地域の施設よりも効率は高い。
世界の淡水化で生じる排塩水のうち、驚くべき割合を中東や北アフリカの沿岸部にある施設が占めている理由の一部はここにある。今回の調査によると、淡水化施設の運営は173に上る国や地域で行われているが、世界中の排塩水の55パーセントを、わずか4カ国が占めているという。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、カタールだ。
これほど差が大きくなるもうひとつの理由は、中東では旧式で効率の悪い熱による処理施設が使われているのに対し、その他の国々がROに移行しつつあることだ。
「こうした施設の建設には非常に高額の費用がかかっているため、操業が停止される可能性は低いと思われます」と、ジョーンズは言う。「したがって、特に中東のように熱式淡水化施設の強固なネットワークが確立している地域では、膨大な量の排塩水をつくり出すこれらの施設が、今後も操業を続けることになります」
大量の排塩水がもたらす弊害
オイルマネーが溢れる一方で水資源が不足している中東諸国では、エネルギーを大量に消費するこれらの施設の運営を続ける余裕がある。一方で、世界のそのほかの各地では、人口が増加し、気候変動によって干ばつが続くなか、淡水化の魅力は増すばかりだ。アナリストの予測によると、淡水化業界の年成長率は、少なくとも今後4年間は9パーセント近くを維持するという。
淡水化が近年どれほど増加しているかは、以下のグラフを見れば明白だ。例えば、南アフリカのケープタウンでは18年、厳しい干ばつのなかで街が干からびてしまわないように、一時的なRO処理施設を数カ所、急ピッチで稼働させている。
「水不足が進行していることが大きな要因です」と説明するのは、冒頭の論文の共同執筆者で国連大学の水・環境・保険研究所でアシスタント・ディレクターを務めるマンゾール・カディールだ。「淡水化が急速に増加している国に注目すると、この技術に資金を投入する余裕のある国であることがわかります」
淡水化の急増は、大量の排塩水をもたらす。排塩水は、普通の海水よりも濃度が高いため、海底に沈む。そして、それよりもはるかに低い塩分濃度と、たっぷりの酸素を望む生物たちの活発な群落を混乱に陥れる。
こうした環境への影響を軽減させるために淡水化施設では、例えば排塩水を放出する前に海水と混ぜて薄めることができる。あるいは、海流が最も強いときに排塩水を放出するようにして、より速く放散させることも可能だ。内陸部では、貯水池などで排水を蒸発させて、残った塩を廃棄する方法もある。
排塩水に隠れたビジネスチャンス
ただし、排塩水は単に塩分濃度が高い水というだけではない。吸引された水が、複雑で高価な設備にべったり貼り付いて詰まらないようにするための重金属や薬品が含まれている場合があるのだ。
「処理工程、特に原水の前処理工程で使われる防汚剤が蓄積され、濃縮されて環境に放出されると、生態系に有害な影響を与える可能性があります」とジョーンズは指摘する。薄めることは、塩分が高い問題の解決には役立つかもしれないが、化学的な毒素を取り除くことはできない。
一方で、ここにチャンスがある。排水にはウランのような希少元素が含まれていることも考えられるのだ。つまり、淡水化で生じる排塩水を、「やっかいな副産物」から「収入源」に変える、十分な動機づけになる可能性がある。
あるいは、内陸部にある蒸発用の貯水池を利用して、道路の凍結を防止するための商用融雪剤を製造できる可能性もある。つまり、資本主義的なやり方で、淡水化業界における厄介な廃棄物を一掃できるかもしれないのだ。
「ビジネスチャンスがあることは間違いありません」とジョーンズは言う。「ですから、ここに明るいニュースがあることをわたしたちは強調しているのです。現時点での大きな難題であるとともに、チャンスなのです」
カリフォルニア州などにも導入拡大
さまざまな“欠点”があるにもかかわらず、淡水化がなくなることはない。費用が下がるにつれ、導入は増え続けるだろう。実際に中東諸国は完全に依存しているのだ。
さらに南カリフォルニアなどほかの地域でも、従来の水源(そして予測がますます難しくなっている水源)を補うために淡水化を利用している。例えば米国のポセイドン・ウォーターが運営する施設では、カリフォルニア州サンディエゴ郡の上水道の10パーセントを生産している。
「これは住民40万人分をまかなえる量の水です」と、ポセイドン・ウォーターの広報担当者は説明する。「シエラネヴァダ山脈の雪塊氷原や、地元の降水量に依存しないという意味で、本当の意味で気候の影響を受けないサンディエゴ郡では唯一の新しい水源なのです」
気候の影響を受けないといっても、気候変動による海面上昇は別だ。海面上昇は、世界各地の海沿いにある淡水化施設の脅威となっている。皮肉なことにこれらの施設自体が大量のエネルギーを消費して、炭素ガス排出の問題を加速させてもいる。
膨大なエネルギーの問題を解決できるか
カリフォルニア大学バークレー校ウィーラー水研究所のディクレターで、今回の調査には参加していないマイケル・キパースキーは、「インパクトという点で見ると、淡水化のエネルギー・インテンシティー(対GDPエネルギー消費指数)は膨大です」と語る。
「太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使って電力を供給したとしても、使用するエネルギーの量は途方もなく大きい。実質的に化石燃料分の消費が行われることになる可能性があります」
さらにキパースキーは、「淡水化はどこでも有効な解決策ではありません」と指摘する。カリフォルニア州のようなところであれば、雪塊氷原のような従来の水源を補うことは可能だ。一方で、たとえ施設の効率がさらに向上したとしても、基本的にはエネルギーを大量に使う技術であることに変わりはない。
「海水の淡水化に関しては、可能なエネルギー・インテンシティーの削減には理論上の限界があります」とキパースキーは言う。「決して安上がりなものにはならないでしょう」
われわれが自分たちのために築いてきたこの世界が、恐ろしいものになっていることは確かだ。しかし、われわれの行為を改めるにはまだ間に合うかもしれない。
TEXT BY MATT SIMON
TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO
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