2018年8月13日月曜日

「がん光免疫療法」、いよいよ日本でも「治験」開始――国立がん研究センター東病院の土井俊彦副院長が語る実用化への期待と展望

勉強の為に転載しました。
https://www.mugendai-web.jp/archives/8418

がん細胞に近赤外線を照射して消滅させる――米国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員が開発した「がん光免疫療法」の日本での治験(フェーズ1)が、いよいよ国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で再発頭頸部がんを対象に始まる。
(がん光免疫療法については、2016年11月の本サイトで小林主任研究員へのインタビュー記事を掲載)
がん光免疫療法の我が国での治験実施に向けて調整を進めてきたのは、土井俊彦・同病院副院長(先端医療開発センター副センター長。治験責任医師は、田原信・頭頸部内科長)で、「患者さんにとっては従来の治療法とは異なる新しい選択肢ができる。しかも、その技術は将来さらに発展する可能性を秘めている」と語る。順調に行けば年内にも国内のフェーズ1の結果を評価し、その後、世界中で行なわれる国際共同治験(フェーズ3)で効果を確かめ、できるだけ早い実用化を目指すという。担体となる抗体については、既存の抗体を使用すれば(リポジショニング)、抗体開発のプロセスを短縮化することで低コスト化できることも本治療法の特長で、急速に高騰化する薬剤費用の抑制に貢献することも期待される。土井副院長に、日本で治験がスタートする意義や課題、新治療法への期待と展望等について伺った。

光免疫療法のロジックは分かりやすくて理解しやすい

――今回のがん光免疫療法の治験には、がん患者さんはもとより、医療関係の方々からの期待もとても大きいと伺っています。
土井 1つはこの技術そのものが全く新しいということです。例えば、進行がんに対しては外科療法、薬物療法、免疫治療などがありますが、これまでは新しい治療薬が開発され、正常細胞とがん細胞への効果を分けることを予測はできても(プレシジョン医療など)、実際にヒトがスイッチのオンオフを決めることはできませんでした。
この点、小林先生が開発した光免疫治療法は、がん細胞に比較的発現の多いEGFR(上皮成長因子レセプター)に結合する抗体(セツキシマブ)に、光(近赤外線)が当たった時だけ反応する物質(光感受性物質)を人工的に結合させます(武装化抗体)。そして通常の抗体治療と同様に点滴で投与することでがん細胞に抗体を結合させます。近赤外光を照射すると、光が当たっている部分だけ光感受性物質が化学反応を起こしてがん細胞の膜を破壊します。光が当たらない細胞や抗体が結合していない細胞には障害もなく、治療選択性を近赤外光を用いてヒトが決めることができるのです。従来の多くの抗がん剤治療では、投与したのちに治療効果をコントロールはできません。
しかも、使用する抗体の量は、従来の分子標的治療薬として投与するEGFR抗体量の10分の1程度(セツキシマブとの比較)で済むという利点があります。普通こんな少量では抗がん剤として効果はありませんが、小林先生はその少量の抗体に光感受性物質を結合し、がん細胞だけが死ぬように工夫したのです。私たち医師としては、あらかじめどこを殺すかを明確にして治療計画を立てることができます。
また、この治療法は、今行なわれている腹腔鏡手術やロボット手術などの外科手術を超える未来をもたらす可能性もあります。早期消化器がん、例えば、早期胃がんや大腸がんは、転移のリスクも少なく内視鏡や腹腔鏡手術のように縮小手術が中心です。従来は、高度な技術が必要でしたが、光を当てる(ある意味見ることができる=光が当たる)だけで治癒となる可能性があります。
心臓の合併症があるためにがんの手術をすれば手術関連死亡リスクが高い場合、患者さんは残存や転移のリスクが低ければ手術ではなく、オプションとしてこの治療法を選ぶこともできる。つまり小林先生が開発した治療法は、患者さんの選択肢を大きく広げることも可能にするかもしれません。
小林先生の論理展開は、長年の研究による豊富なデータに裏付けられていて非常に分かりやすく理解しやすい。また本治療法については、治療用改変抗体と新規医療機器の同時の治験を実施する必要があり、規制上、乗り越えるべき問題も多数ありました。その点、開発を担当された方が日本人であったことは、直接コミュニケーションを取りやすく、さらに、このような新規医療技術の臨床試験に日本の資本(注)が提供されていることも考慮して、治験を引き受けることにしたのです。
(注:臨床試験を実施する米ベンチャー企業のアスピリアン・セラピューティクス社には、楽天会長の三木谷浩史氏が出資し取締役会長を務めている。
土井俊彦

iPS細胞から食品分野まで広がる応用の可能性

――小林先生が来日して医師向けセミナーを開いた時は、会場からの質問が引きも切らなかったと聞きました。
土井 そうです。終わりの時間が来ても小林先生が帰れなくなるほど質問が殺到しました。私自身も最初、この治療法を知った時は、そんなことが本当にあり得るのだろうかと思ってしまいましたが、結果を見ると、臨床的なインパクトはかなり強いものを感じました。皆さんも同様だったようです。
私たち医師は日々の臨床の中で、「ここをここう解決したらもっといい治療法や薬になるのになぁ」と潜在的に思っていることがいろいろあります。小林先生の話を聞いているうちに、皆さんの頭の中にそういったアイデアがあれこれと浮かんで来たのだと思います。それほど小林先生のがん光免疫療法に関する研究は興味深いものだったのだと思います。
例えば京都大学の山中伸弥先生が開発したiPS細胞も、「長生きする万能細胞ができました」と聞いても、ほとんどの人は何も思いつきません。しかし、治療する立場から見ると、「臓器を取った後にiPS細胞で新しい臓器ができたらいいな」とか、「糖尿病でもインスリンを作るiPS細胞を皮下に移植できたらいいな」とか、いろいろアイデアが浮かびます。
iPS細胞は分化する過程で、1部ががん細胞になるリスクが危惧されています。これは取り除かなくてはいけませんが、光免疫療法を応用して適切な抗体をiPS細胞に暴露させ、光を当ててがん化した細胞だけを選択的に殺すことにも使えます。
食品分野でも、感染や遺伝子改変されている可能性がある物とそうでない物を見分けるのに、この方法が使えるかもしれません。光免疫療法は今までの技術とは全く違う世界に広がる可能性があると思っています。

個々の患者さんのがんに合わせたプレシジョン医療ができる

――がん光免疫療法は、従来のがん治療法と組み合わせて使うことも考えられるのでしょうか。
土井 そうです。例えば免疫療法では、PD–1抗体(薬剤名オプジーボなど免疫チェックポイント阻害剤)は劇的に効きますが、それは患者さん全体の10~20%です。残りの患者さんにも効くようにするには、身体にがんを異物として認識させる必要があります。光免疫療法の面白いところは、がん細胞の膜を壊すので、がん細胞の中身が生ワクチンのように腫瘍局所で引き起こされ、患者の強い免疫を誘起する可能性があることです。強い免疫応答は、エフェクター細胞の疲弊を起こしますが、そこにオプジーボのような抗PD–1抗体を投与すれば、免疫が持続し、がん細胞に対する獲得免疫を得る可能性もあります。
光免疫療法は、ある意味、プレシジョン・メディシン(精密医療)と言うこともできます。繰り返しになりますが、この治療法は第1段階として患者さんのがん細胞の表面にある抗原を調べ、それに合う抗体をナノテクノロジーで作り出します。その抗体に最もよく結合する光感受性物質を選んで付け、その薬を患者さんに投与して光を当てます。つまり個々の患者さんの状態に合わせたがん治療ができるのです。
従来の治療では、がんに放射線を当てたり患部に抗がん剤を打ったりしますが、正確に狙うには高度な技術が必要です。しかし、光なら照射機器をきちんと作っておけば目標に当てることは容易です。日本は内視鏡や光ファイバーの技術が世界でもトップレベルなので、優れた装置の製造は得意です。光免疫療法が世界に先駆けて日本で普及する可能性は大きいと思います。
またCTやMRIで患者さんを撮影し、コンピューターで3Dの血管像や3DプリンターまたはVRでの3D画像を描けば、患部に挿入するカテーテルの形を決めたり適切な照射ポジションが分かります。つまり光を当てるデバイスも個々の患者さん用にカスタマイズできます。このように光免疫療法の技術は、いろいろなところに波及して行くことが期待できます。
この方法は小林先生が米NIHの1部であるNCI(National Cancer Institute:国立がん研究所)で行なった研究成果であり、米国が治験で1歩先を行っていて、日本はその後を追っているわけですが、日本の患者さんのためにも一刻も早く導入したいと思いました。
土井俊彦

今回の治験は、頭頸部の扁平上皮がん(喉、口、耳、顎など)の患者さんが対象

――今回の治験はどのような患者さんを対象にしているのか、その進め方について具体的に説明していただけますか。
土井 今回対象とするがん種は、頭頸部(喉、口、耳、顎など)にできる扁平上皮がんです。これまで他の治療法で効果がなかった再発頭頸部がんの患者さん数名を対象に、まずはこの治療法が安全に行なえるかを確認する試験を実施します。頭頸部がんのがん細胞表面には、EGFR(上皮成長因子受容体)が強く発現しています。治験にはEGFRに特異的に結合する抗体(セツキシマブ)にIR700という光感受性物質を合体したRM1929という薬を使います。RM1929を静脈注射して一定時間後に近赤外光を体表面に照射して安全性を調べます。
EGFRが存在する大腸がんや胃がんも理論的には対象になり得ますが、今回は安全性を確認するフェーズ1であり、光がきちんと安全に届く体表面のがんに限定しています。ですから内視鏡で光を当てるようながんは対象にしていません。
土井俊彦
米国はすでにフェーズ2に入っています。抗体がEGFRに結び付く点は、日本人も外国人も人種による違いはないと思いますが、念のため検証しないといけません。治験期間は3カ月~半年を予定しています。
今回の治験が難しいのは、新薬の治験であると同時に、新しい機械の治験でもある点です。2つをまとめてやる治験は日本では過去にほとんど例がありません。東病院は食道がんのレーザー治療において国内の大多数を手がけており、機器の治験の実績があります。技術的になじみがあって提案しやすかったし、レーザー治療を行なうための管理区域も、2017年春に完成した次世代外科・内視鏡治療開発センター(通称:NEXT)に整備されています。こうした点が小林先生やアスピリアン社の考え方とよく合ったのだと思います。

米国のフェーズ1の治験では患者15人のうち14人でがんが3割以上縮小

――米国でのフェーズ1ではどのような成績が得られたのでしょうか。
土井 小林先生の学会発表によると、フェーズ1では再発頭頸部がんの患者さん15人を対象に治験を行い、14人のがんが3割以上縮小し、そのうち7人は画像上指摘できなくなった。初期の安全性試験段階の成績として十分期待できると思われます。
米国のフェーズ2は今、詳細を解析中ですが、フェーズ1と同じような結果だと聞いています。
私たちの今後の治験は、日本でのフェーズ2試験は実施せず、世界中で行なわれる国際共同のフェーズ3に進むことになります。治験に合流する時期にもよりますが日本人患者も数十人程度が参加することになると思います。
ただ、この治療法はNIHが強力に推進しており、早期に承認される可能性もあり、現時点では将来のプランは、まだ分かりません。
土井俊彦

頭頸部がんの治験後は、食道、胃、大腸、すい臓がんなどへの展開を期待

――頭頸部以外のがん種への治験の展開については、どのような見通しをお持ちでしょうか。
土井 小林先生の理論では、がん細胞の表面にEGFRが出ていれば、治療の効果が期待できますので、頭頸部がんの他に食道がん、胃がん、大腸がん、一部のすい臓がんでも、光を当てることができれば、理論上がん細胞を殺すことができます。ただ、その効果が長続きするかどうかはまだ分かっていません。EGFRが出ているがんを殺したら、EGFRが出ていない別のがんが増殖する可能性だってあるかもしれないのです。そうした点も慎重に評価しなければなりません。EGFRを出していない他のがん種に対しては、今とは別の抗体をこれから探して対象を拡大することも今後検討されるでしょう。
また身体の奥にあって、高度な内視鏡の技量を持つ医師しかレーザーを当てることができないような局所的ながんでも、光治療法なら容易に可視光を当てることができることで治療が可能になります。近赤外線が有効なのは表面から深さ3~4cmぐらいまでですが、もう少し波長の長い赤外線とそれに反応する光感受性物質を開発すれば、深部のがんの治療も可能になるでしょう。光感受性物質を抗体に武装化させるナノテクノロジーは日本の製薬メーカーが得意とするところです。日本の技術を世界に発信するチャンスでもあります。
土井俊彦

抗体も光感受性物質も格安、医療費抑制に期待

――光免疫療法は日帰りで治療ができるなど患者の負担が少なく、コスト面でも医療費の抑制に効果的で医療イノベーションになると言われます。先生はこの点をどのように評価しておられますか。
土井 医療経済的にも優れた方法に展開できる技術と思います。何年か前にがんの抗体治療がブームになり、メーカーは何万種類もの抗体を作りましたが、実際には臨床導出されず使用されないまま倉庫にしまっている状態です。これらのストック抗体を特許が切れる前に格安で利用できます。光感受性物質は構造的にも簡単で、製造価格は高くありません。世界中で医療費の増大が問題になっている中、費用面でも日本が率先して低コストの医療を実現する意味は非常に大きいと期待しています。
これまで手術でしか治らなかった患者さんが複合治療で治ったり長期生存されれば、費用が少なくて済むだけでなく、治療の選択肢が増え、身体への負担も軽くなります。そして何よりも、そうした患者さんが元気に余命を全うできれば、医者としてこんなに嬉しいことはありません。
いよいよ日本でも治験が始まりますが、将来さまざまな可能性を秘めているこのがん光免疫療法には各方面から大きな期待が寄せられており、1日も早い実用化を目指したいと思っています。
TEXT:木代泰之

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