2020年8月19日水曜日

野放しのExcelシートが、ERPを台無しにする

https://www.itmedia.co.jp/im/spv/1103/10/news123.html
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厳しく効率を求められるがゆえに、個々人がつい作り放しにしてしまうExcelシート。そこに込められたノウハウは自ずとブラックボックス化し、業務上のトラブルを招くばかりか、“全社的なデータの入れ物”である高価なERPさえも台無しにしてしまう


企業内に、ノウハウが詰まった未管理のExcelシートが散乱

 前回『業務破壊の地雷原、野放しのExcelシートをなくそう』は多くの方々に共感いただけたようで、筆者の所にも多くの同業者や顧客企業から「Excelシートの功罪について議論したい」というお話がありました。これにより、Excelシートが業務の属人化やノウハウのブラックボックス化を招きがちなことに、実に多くの方々が頭を悩ませていることをあらためて認識しました。
 Excelシートが業務を効率化するツールとして優れているのは間違いのない事実です。しかし、同時に大きなリスクをはらんでいるツールでもあり、「可能ならば何とかしたい」と考えている方は数多くいます。
 例えば、前回もご紹介したように、ある業務担当者独自の考え方で作られたExcelシートを“現場のノウハウ”として継承したが、そのExcelシートを改変したら計算値に不具合が生じてしまった、といったことは数多く起こっています。
 しかし、これを何とかしたいと考えても、「その内容や仕様を明確に理解できているのは、そのExcelシートを作った本人だけ」であるため、業務状況の変化に合わせて作り直そうにも、「仕様が分からないため直せない」というケースは多々あるのです。
 実際、筆者が顧客企業のコンサルティングにおいて業務調査をしていると、ほぼ確実に膨大な数のExcelシートを発見することになるのですが、その何割かは前任者から受け継いだExcelシートをベースにそのまま利用しているものです。そして、これらのExcelシートの多くに、現状では意味のない項目やセルが存在しており、その理由を尋ねると決まって「この項目やセルを変えると計算値が違ってしまうので、やむを得ずそのままにしています」という返事が返ってきます。
 情報システム部の担当者が必死に解析を試みても、業務ノウハウに根ざした経験や知識がないとExcelシートの意味を読み解くことは困難を極めます。しかし、それを使っている業務担当者は「Excelシートに数値を入力すれば、欲しい結果が出てくる」ということ以外、何も理解していないケースが多く、結果として「手が出せない」ということになるのです。
 ひどいケースになると、そのExcelシートがないと業務処理が滞るにもかかわらず、「仕様書はもちろんのこと、シートを使うためのマニュアルやメモも一切存在しない」という例もあります。日常業務に欠かせないExcelシートでありながら、固有の名称がなく、その作成者の個人名がExcelシートに付いているというケースも見られます。
 こうした企業がERPなどを導入して基幹システムを刷新しても、結局、現場のExcelシートはそのまま使われてしまうため、多くの場合、業務の標準化もできず、業務の属人化も変わらず、経営者や情報システム部門が期待した導入効果が得られない、という展開になります。特に「現場に優秀で熟練した担当者が多く、ジョブローテーションが少ない」企業にこうした傾向が強く見受けられます。換言すれば、「配置転換できないほど属人化が顕著であり、生産性の低下を食い止めにくい組織」ほどERPの有効活用は難しい、ということになるでしょう。
 こうした企業に、ベンダが紋切型に提案する「ERP導入テンプレート」や、成功事例をベースとした「ベストプラクティス」を無理矢理導入したところで、ERP導入が「成功した」とは言えません。とりあえずERPシステムが“動いているように見える”だけです。ERP導入を成功させるためには、システム導入のための上流工程の前に「現状業務調査」を行う必要があります。これは属人化している業務をひも解いて、ブラックボックス化しているノウハウを組織のノウハウとして標準化するための取り組みです。
 そこで今回は、前回に紹介した中堅製造業、G社の事例「Excelシートに込められた機能・ノウハウの見える化に挑戦」の続編をご紹介します。前回は、G社が業務の見える化、Excelシートに込められたノウハウの把握に乗り出すと決めるところまででしたが、今回はその後、属人化したExcelシートに込められたノウハウを把握するために「現状業務調査」に取り組んだエピソードをご紹介しましょう。

ブラックボックス化したExcelシートを見える化する「現状業務調査」

 それではさっそく事例に入りましょう。“システムの視点”だけではなく“業務の視点”でもERP導入を成功させるために、現状業務調査に取り組んだG社の事例です。

事例:Excelシート内のノウハウも含め、業務全体のガイドマップを作れ!~前編~

 G社では「現行の基幹システムをERPパッケージで再構築するプロジェクト」を進めていたが、その成果を最大化するため、プロジェクトをいったん中断し、業務知識に秀でたベンダを選び直すところからやり直した。そのために複数回、ベンダを対象にしたプロジェクト説明会を開き、それに対する各社の提案を受けた上で、10社以上の中から、同業他社の生産管理業務に精通しているN社をERP導入ベンダとして選定した(詳しくは前回を参照)。
 そしてN社とともにプロジェクトを再開したある日、N社のコンサルタントは開口一番、G社の情報システム部長に対して、次のように提案してきたのであった――。
 「システム導入のための上流工程を実施する前に、まず『現状業務調査』を行うべきです」
 G社の情報システム部長は、聞き慣れない『現状業務調査』という言葉に半ば面食らうこととなった。
 「その『現状業務調査』というのは具体的にはどういうものなのでしょう? ERP導入対象となる生産管理業務に対して行うものなら、生産管理業務については、以前、上流コンサルをお願いしたベンダが作成したドキュメントがあります。これには業務要件の課題が洗い出されているほか、システム化要件や必要となる機能も網羅されています。また、システム化の方向性や、企画?要件定義に至る超上流工程については情報システム部門でとりまとめています。これらの資料があれば、その現状業務調査は必要ないと思うのですが」
 情報システム部長は、N社のコンサルタントに確認するように質問した。するとそのコンサルタントは、慣れた様子で次のように説明するのだった。
 「なるほど、そうですね。ただ、この現状業務調査とは、その名の通り、現状業務について担当者に直接ヒアリングして、その回答を整理し、ドキュメント化する作業なのです。上流工程や超上流工程と重なる部分もありますが、その目的と範囲、そして進め方が少し違います。まず、目的ですが、『どうすればシステムを適切に導入できるか』を調べるのではなく、『現状の業務がどのように遂行されているのか』を調査します。『どの組織の、誰が、どの業務を、どのように行っているのか』を、広く浅く確認していくのです。その調査範囲は業務のエンド・トゥー・エンド、全プロセスを対象に行います」
 今回のメインのシステム導入対象は生産管理業務である。その業務プロセスは、営業部門における「販売計画」「受注管理」から始まっている。よって、営業部門から生産計画を立案する部門、購買部門や在庫・物流を管理する部門、品質管理部門、そしてプロセスの終点である、顧客からの問い合わせに対応するアフターサポート部門や、売り掛け金を計上する経理財務部門なども調査対象に入ることとなる。
 N社のコンサルタントはそうした各部門を挙げて、「すなわち、生産管理業務に関連する全組織、全業務をできるだけ洗い出します」と言うのだった。情報システム部長は、さらに質問した。
 「なるほど、システム化の対象領域だけではなく、業務プロセス全般について調査するのですね。それはBPMのコンサルティングと同じということなのでしょうか」
 「そうですね、BPMコンサルティングのやり方に近いと思います。ただし、現状業務調査は業務プロセスだけではなく、“業務ノウハウの所在”にフォーカスします。ヒアリングのポイントは、『誰が、どのようなノウハウを持っていて、それを紙やExcelシート、システムなど、どのようなツールで、どのような情報を、どのようなタイミングで、誰に受け渡しているのか』にあるのです」
 例えば、「生産計画を立案するのは誰か」「その作成はExcelシート、あるいは業務システムで行うのか」「いま使っているシステムは何か」「情報の伝達手段はFAXなのか、電子メールへの添付なのか」「文書の固有名称は何なのか」「どこに保管されているのか」「情報は誰に、どのように伝達され、フィードバックされるのか」などを調べるという。
 また、生産計画変更の頻度や対処方法、そのための手順書の有無、代替手段や例外処理の方法などのほか、「使われている用語が、部門や個人によって違った意味で使われていないか」なども調査する。こうしたヒアリングを行い、それを基にドキュメントを作成した上で、その内容を同じ担当者にもう一度確認するのだという。
 「そのドキュメントをたどることによって、“属人化しているノウハウやツール(Excelシートやメモなど)”を洗い出します。特にExcelシートをはじめ“部門をまたがって使われているツール”については、その業務の担当者が業務効率を良くする手段として、独自に作成・使用している例が多いのですが、これが業務効率悪化や、ERPの導入効果を低下させる原因になることが多いのです。そこで、そうしたExcelシートに込められたノウハウを標準化したり、その機能を基幹システムに取り込んだりすることで、各部門でノウハウ・機能を共有し、業務の属人化を解決するのです」

厳しく効率を求められるがゆえに、個々人がつい作り放しにしてしまうExcelシート。そこに込められたノウハウは自ずとブラックボックス化し、業務上のトラブルを招くばかりか、“全社的なデータの入れ物”である高価なERPさえも台無しにしてしまう


「どの組織の、誰が、どの業務を、どう行っているのか」を可視化

 さて、G社の情報システム部長は聞き慣れない「現状業務調査」について、何度か質問してその内容を確認したわけですが、以上のやり取りによって、皆さんも大方理解できたのではないでしょうか。
 ポイントは、「どうすればシステムを適切に導入できるか」ではなく、「現状の業務がどのように遂行されているのか」を調査し、「どの組織の、誰が、どの業務を、どのように行っているのか」を、広く浅く確認していくことにあります。いわば業務の棚卸しを行い、各担当者へのインタビューを通じて、業務プロセスや各種作業内容を見える化することが目的なのです。
 特に、業務プロセスの中に埋まっている“担当者独自の知識・ノウハウが込められたExcelシート”は、そのExcelシートを作った本人にしかロジックや仕組みが分からないため、業務状況変化に応じて適切に作り直すことができません。よって、前回でも述べたように、ともすれば業務を阻害する“地雷”となってしまいます。
 そこで「現状業務調査」によって、システム対象業務に関係する全業務プロセスをエンド・トゥ・エンドで棚卸しし、Excelシートに込められた知識・ノウハウも含めて、全てを見える化しようと決めたのです。
 G社の情報システム部長も、コンサルタントの説明にさらに理解を深めていきます。それでは引き続き、事例に戻りましょう。

事例:ブラックボックス化したExcelシートを見える化する「現状業務調査」 ~後編~

 そこまで説明すると、N社のコンサルタントは一息置いてから結論を出すように言った。
 「われわれN社のコンサルタントは、顧客企業の業種・業態ごとに、対応する製品知識や業務知識を習得しています。これによって、“業務の視点”から、現状の一連の業務プロセスと、業務ノウハウの所在を洗い出すことができます。すなわち、現状業務調査によって作成するドキュメントとは、“業務全体を正確に俯瞰できる内容になる”のです」
 この説明を受けて、情報システム部長は自らの理解を確認するように聞いた。
 「それはつまり、各部門のガイドマップのようなイメージですよね。弊社では事業部門ごとに取り扱う製品グループが大きく異なっているため、事業部門をまたがる配置転換が少ないのですが、そのためか、一つの同じ会社内でありながら、部門によって用語やルールが全く違っており、議論がかみ合わないことがよくあるのです。よって、これまでもシステム導入を目的にシステム要件定義書などの文書類を作成してきましたが、業務内容とシステム要件にズレや違和感を覚えることがよくありました。しかし、現状業務調査で作成されるドキュメントをベースに要件定義書を見直せば、各部門における業務担当者の意図や、求められている機能を、正確かつ具体的に理解できるということですね?」
 大きくうなずくコンサルタントの笑顔を見て、情報システム部長は「やっと納得がいった」と、現状業務調査に対する期待が大きく膨らんだのだった。

 こうしてG社では、生産管理業務にかかわる主要な3つの事業部門を対象に、現状業務調査を実施した。ここで作成されたドキュメントは、ヒアリングを行った現場担当者にもフィードバックされ、これまでOJTで行ってきたマンツーマンでの業務引き継ぎや業務研修を、より効率的・効果的なものに改善できた点でも好評を得た。
 一方、経営層は、現状業務調査によって業務上の課題を明確に認識することとなった。具体的には、「G社の競争力や優位性が、実は一部の熟練者のノウハウに頼ったものであり、属人化したノウハウを早急に標準化して継承する必要がある」と分かったのである。
 こうした調査結果を受けて、G社ではERP導入に当たり、現在の業務プロセスを見直すとともに、属人化していたExcelシートの適切な管理に乗り出した。具体的には、多くのExcelシートの機能/データを、基幹システムで一元的に管理するためのルールを策定した上で、極力その機能をERPに取り込み、ERP稼働のタイミングで、それらの機能を全社に展開したのである。
 また、情報システム部門では、現状業務調査のドキュメントを手元に置いておき、必要に応じてひも解くようにした。これにより、各事業部門の業務担当者を相手に、これまで切り込めなかった業務要件について、深く議論することが可能になったのであった。

各種データの処理・管理ルール策定がERP導入の大前提

 業務遂行にITが不可欠なものとなっている現在、経営戦略や事業戦略を遂行する上で、情報システム部門の役割が一層重要になっていることは言うまでもありません。しかしながら、多くの企業において、情報システム部門は既存システムの保守運用や、次々と舞い込むシステム構築・改修に追われ、自社の事業方針や製品知識、業務内容には疎くなりがちな傾向にあります。
 その一方で、現場の各業務担当者は業務効率を向上させるために、各自がExcelシートや各種ソフトウェア、最近ではSaaSなどのサービスも積極的に活用しています。多くの企業でIT化が進み、全社員にPCが行き渡った中で、そうした習慣が根付いてしまったために、事業部門と情報システム部門の溝が深まり、しっくりと行っていないケースは数多く見られます。
 こうした中、特に問題になりやすいのがExcelシートなのです。「各自がITシステムを進んで利用しなければ、業務効率向上が難しい」という現実を受けて、各業務担当者がExcelシートを作成・使用するまでは良いと思います。しかし、こうした状況を把握してノウハウの属人化やブラックボックス化を回避するような余力が、現状の情報システム部門にはないのです。個人の業務効率化ツールとして作成されるExcelシートは手軽に作りやすい分、マニュアルや仕様書は作らないのが一般的です。その結果、属人化を加速し、業務をブラックボックス化してしまう原因にExcelシートはなりやすいのです。
 一方、ERPは“業務や組織をまたがる統合マスタ、統合データベース”として、組織間の業務効率を向上させる手段として有効ですが、“業務や組織をまたがる統合マスタ、統合データベース”であるゆえに、その導入にはデータの扱いに関する組織間のズレを正し、共通のルールを定めておくことが前提となります。
 つまり、組織間のギャップをそのままにERP導入を行えば、「各部門の各業務担当者が、個人のルールで作ったExcelシート」で扱っている業務データと、“統合マスタ、統合データベースであるERP”で扱うべきデータとの間に自ずとズレが生じることになります。
 その結果、そのズレを補い、ERP用にデータを変換する手段として、大抵の場合、ここでもExcelシートが使われることになるのです。そして、このExcelシートこそが、前回ご紹介した“業務破壊の地雷原”となるケースが非常に多いのです。この点で、ERP導入の前と後で、「Excelシートの使われ方が整備されたか」「共通のルールが作られたか」を質問してみるのが、「ERP導入が本当に成功したかどうか」を判断する一番簡単な手段と言えるでしょう。

現状業務調査は、情シスが率先して行うべき

 その点、今回ご紹介した現状業務調査は、Excelシートに込められた“属人化したノウハウ”を見える化し、各種データの処理・管理ルールを標準化し、各Excelシートが持っていた処理機能をERPに取り込んで全社展開する上で、非常に有効な手掛かりを提供してくれることになります。ちなみに実施期間は、網羅性を重視して広く浅く調査するため、1つの事業部門につき1?3カ月程度と、短期間で調査を完了させるのが一般的です。課題の整理やシステム導入のためのTo-Beモデルの策定も、これを基に行うことになります。
 ただ、「各事業部門の業務を俯瞰するガイドマップ」のようなものである点で、あるいは経営企画部門などで作成・管理すべきものでもあるのかもしれません。しかし「部門内で個別に開発するシステム」であれば、こうしたマップはさほど重要ではないとはいえ、ERPなど部門間をまたがるシステムを導入する際には、“業務の視点で、エンド・トゥー・エンドの業務プロセスを網羅したドキュメント”は、非常に大きな価値を持ちます。
 加えて、前述のように、業務の在り方を分析するツールとしても威力を発揮するほか、各事業部門にとっても、業務の引き継ぎや研修用資料として有効活用できるなど、数多くのメリットを提供してくれます。“IT部門のビジネスへの貢献”が強く求められている風潮から考えても、やはり情報システム部門が率先して取り組むべき課題と言えるのではないでしょうか。
 もちろん、上流工程や超上流工程で作成されるドキュメントも同様の効果を持つとは思います。しかし、しばしば“システムの視点に偏ったもの”や“網羅性に欠けるもの”になりがちであることを考えても、より確実にERP導入を成功させる上で、ぜひ現状業務調査の実施を検討することをお勧めします。

著者紹介

▼著者名 鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)
1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。

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