韓国・ソウルで行われた集会でパフォーマンスを披露する環境活動家たち2023年2月28日、韓国・ソウルで行われた集会で、環境活動家たちが日本に対し、事故を起こした福島原子力発電所の放射能汚染水を海に放出する決定を中止するよう求めるパフォーマンスを披露した Photo:EPA=JIJI

福島第一原発の処理水(トリチウム水)を貯蔵するスペースが今年の夏には限界を迎えるが、日本の周辺諸国からは海洋放出について懸念の声が上がっている。小島敏文復興副大臣に直撃インタビューすると、韓国原発の意外な実態が見えてきた。(イトモス研究所所長 小倉健一)

被害実態のない「風評被害」で
東北の農林水産品がダメージを受ける可能性

 福島第一原発の処理水(トリチウム水)を巡って、大きな議論が巻き起こっている。処理水を貯蔵するスペースが今年の夏には限界を迎える一方で、中国・韓国・台湾など日本の周辺諸国からは懸念の声が上がっている。

 例えば、こんな調査がある。東京大学の関谷直也准教授が2021年3月に、日本のほか、韓国やアメリカなど10の国と地域ごとに、20代から60代の男女、300人を対象にインターネットで行った。

・「海洋放出が行われた場合、福島県産食品の安全性をどう思うか」との質問に、「とても危険だ」と「やや危険だ」との回答の合計が日本は36%だった
・同じ質問に対し、日本以外の9カ国・地域はいずれも6割を超え、高い順から韓国93%、中国87%、ドイツ82%、フランス77%、台湾76%、アメリカ74%と続いた
・韓国や中国などの日本の近隣諸国で「いまでも日本政府は原発からの放射性物質の情報を公開していない」などという回答も5割に上った

 処理水に含まれるトリチウムは、自然界にも存在し、処理水水準のごく微量であれば、人体に影響を与えないことで知られている。まさしく、被害実態のない「風評被害」によって、東北の農林水産品はダメージを受ける可能性があるのだ。

 今後の政府対応について、海外への情報発信を担当する復興副大臣、小島敏文衆議院議員を直撃した。

東北の農林水産品が
様変わりしている

――2011年3月11日の東日本大震災から長い歳月が流れました。被災地の状況はどうなっていますか。

 復興に当たって、インフラについてはほとんど整ってきた。さらに、福島国際研究教育機構(Fukushima Institute for Research, Education and Innovation、略称F-REI(エフレイ))を設立し、7年で1000億円程度の事業規模を想定しており、ドローンや先端農業、放射線医療の創薬などを研究することになっている。

 東北の「生業(なりわい)」について、すべてが順調だったわけではないが、被災地にはにぎわいを取り戻してきた部分がある。例えば、気候変動によって、サンマがあまり取れなくなってしまった。漁獲高は年間30万トンあったものが現在では3万トンになってしまった。サンマの大きさも以前よりも細身になってしまっているようだ。しかし、代わりに、フグ、タチウオ、ワタリガニといった中国地方で取れていたような水産品が取れるようになった。

特定復興再生拠点区域外の福島県大熊町を視察する小島敏文復興副大臣特定復興再生拠点区域外の福島県大熊町を視察する小島敏文復興副大臣(写真右)

 農産物については、東北のイチゴ、ハウスイチゴが世界的な評価を得られるようになっている。タイへの輸出が本格的に始まったところであり、今後は更に、仙台空港を使ってアメリカへの輸出なども宮城県・山元町などが中心になって進めているところだ。政府としても後押しできることはないかを考えているところだ。

 懸念しているのは、住民の孤独・孤立だ。岸田文雄首相からは、「被災者に寄り添ってくれ」と指示を受けていて、どうしたものかと住民に尋ねたところ、「とにかく(東北へ)きて、実態を見てくれ」と言われた。

――東北が見離されてしまうのではないかという疎外感が進んでいるのかもしれませんね。

 高齢化が進んでいることもあるが、住民一人ひとりの孤独、孤立が深まっていて、孤独死などが増えてしまっている。その中でも、女性はワイワイできる人が多いが、男性はプライドもあるのか、引きこもってしまう傾向にある。そこで、スカイプなどのパソコンのコミュニケーションツールを使って、人と会ったり、触れ合ったりできないかと働きかけているところだ。

 また、これまで特定復興再生拠点区域だけだった、「空き家の撤去」「除染」といった国費による実施についても、拠点区域外においても可能になる。被災地で起業しようとしている人、生活をしようとする人が一人でも増えるよう願っている。

 

 

今回放出する処理水は、自然界で人間が受ける
年間放射線量の10万分の1未満のものを薄めたもの

――処理水の海洋放出を巡っては、周辺国から懸念の声が上がっている。政府としてどう対処するのか。

 2011年の東日本大震災の発災以来、私は粘り強く周辺諸国へ福島県産の食品が安全であることを伝え続けた。台湾の桃園県以外の全地域の県知事を回って、「放射能の心配はありませんから、ぜひとも農林水産物を輸入してください」と直接お願いしてきた。それこそ、歩く広告塔となるべく、「原発の処理水は安全だ」とわかる資料を背広のポケットに入れて持ち歩くようにしている。ちょっと紙がボロボロになってしまっているが、いつでも取り出して説明を続けている。

 印象的だったのは、蔡英文台湾総裁だ。前任の馬英九氏の任期では、一切、福島県産品を受け入れてもらえなかったが、蔡英文総裁が就任して、条件(放射能の検査証明)付きで輸入をしてもらえるようになった。香港も一部では同様に認められた。輸入に消極的なのは、韓国だ。

 トリチウムは自然界にも存在しており、通常の原発稼働の際にも排出されるものだ。今回放出される処理水による放射線影響は、自然界で人間が1年間に受ける放射線量2.1ミリシーベルトの10万分の1未満でしかないレベルに薄めたものだ。健康への影響はない。

 周辺国からの懸念があることを承知しているが、ただ、例えば、韓国の月城(ウォルソン)原発では、一年間に液体で31兆ベクレルのトリチウムを海洋や河川等に放出している。対して、福島第一原発が発災前に液体で排出したトリチウムは2.2兆ベクレルと比較するとごく少量だ。

――発災前の福島第一原発のおよそ15倍もの、トリチウムが排出されているのですね。

 台湾は、福島県産の食品について、条件付きで輸入することを認めているが、残念ながら韓国へはいまだにできない状態だ。少し韓国は感情論になってしまっているかもしれない。徴用工問題解決の糸口が見えてきたことで、日韓の友好的ムードが醸成されつつあり、今後、粘り強く働きかけていきたい。韓国とは、処理水だけではなく、ウクライナ問題、北朝鮮問題などで手を携えていかなければならないはずだ。

――福島第一原発の処理水は、いつ海洋放出されるのでしょうか。

 本年1月の関係閣僚会議において、本年春から夏ごろを見込むとしているが、政府として具体的にいつ放出するかを明かすことは現時点ではない。

――政府高官が、3月3日、私に対して、「春までに(パイプラインなど)海洋放出のための施設面での準備が整うことになる。もはや処理水を貯蔵するスペースに余裕はなく、梅雨明けには、処理水の海洋放出が行われる」と言明しました。

……決まっていることは、海洋放出をするために必要なパイプラインは、今春には完成する見込みである一方、秋頃には処理水を貯蔵するタンクがいっぱいになってしまうと言われていることから考えても、その間のどこかで、放出することになる。貯蔵する余力がない以上、スケジュールに余裕はまったくない。