※本稿は、吉森保、松崎恵理『不老長寿の食事術 オートファジーで細胞から若返る』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
見た目は若いまま、突然寿命が尽きる
老いとは何かと問われたら、みなさんどう答えますか。
「体力が衰える」「顔がシワシワになる」「走れなくなる」「病気になりやすくなる」。全て正解です。一言で定義すると、「死亡率が上がること」と考えるとわかりやすいでしょう。
では、みなさん、「なぜ歳をとると、ヨボヨボになるの?」と聞かれたらどう答えますか。
おそらく多くの人は「生き物は全て歳をとると体が衰える。老化は必然で誰もが避けられない」と答えるのではないでしょうか。
残念ながら、それは間違っています。というのも、ここ30年ほどで「生き物の老化は必然」の常識は大きく塗り替えられてきたからです。
「老いは避けられる」という認識が研究者の間では広まっています。
信じられないかもしれませんが、これは生き物としては決しておかしなことではありません。なぜかというと、老化しない生き物が存在するからです。歳をとってもなぜか若々しい生き物がいるのです。
例えば、ハダカデバネズミというネズミの一種やアホウドリは生きている間、ほぼ完璧な健康を維持し、あらかじめ定められた時がくるといきなり死にます。インドの動物園で飼育されていたアドワイタという名前のアルダブラゾウガメは、死亡時に若いカメと見た目はまったく遜色(そんしょく)ありませんでしたが、なんと250歳でした。見た目が若いまま、突然死ぬわけです。
老化はいまだに解き明かされていない大きな謎
このように老化しない生き物がいるということは何を意味しているでしょうか。
人間を含めて他の多くの生き物はわざわざ老化しているといえるでしょう。岩が風化して砂になるようなものではないということです。何しろ細胞には恒常性を維持するための仕組みが、オートファジー[細胞が自らの一部を分解する作用(自食作用)=編集部注]を含め色々備わっているのですから。
では、その選択にどのような意味があるのでしょうか。進化上有利だったという見方もありましたが、進化学者は否定的です。なぜ老化するのかは、いまだに大きな謎です。
人間は老化のスピードが早いのも特徴です。例えば子孫を残すという観点では人間は20~30代での生殖活動が大半です。男性の場合は70歳で子どもをつくる人もたまにいますが、ほとんどいないのが実情です。ところが、死ぬ間際まで生殖活動を続ける生き物はいくらでもいます。
人間に近い生き物では、サルは妊娠できる期間が長いことで知られています。サルの種類にもよりますが、平均寿命が二十数歳にもかかわらず、二十歳を超えても出産します。子育ての経験があることから、年寄りサルの方が若いサルよりモテるのは有名な話です。若い方がモテるのは人間くらいです。
つまり、老化は必然ではなく、多くの生き物は理由がはっきりしないものの、老いることを選びました。そして、人間は老いを非常に積極的に選んだ存在である可能性が高いです。
「カロリー制限」で寿命を延ばすことができる
少し話がそれましたが、「老いを避ける」と聞くと突拍子もないことを言い出したと思われかねないので、生物学的には決しておかしくない背景を説明しました。死は避けられないにしても、人間もアホウドリやハダカデバネズミのように死ぬ直前まで若く元気なままであるように、生命科学の力でできないかと私は真剣に考えています。そして、そのカギを握るのがオートファジーなのです。
結論からいいますと、オートファジーが活性化すると老化を防げる可能性が高まります。みなさんの多くはおそらくヨボヨボになりたくないはずです。ヨボヨボにならないためにはオートファジーを活性化させればよいわけです。
まず、驚かれるかもしれませんが、どうしたら生き物の寿命が延びるかは、わかってきています。ここでは大きく5つ紹介します。最も有名なのが、カロリー制限です。
言葉から想像できるように、カロリー制限は一食ずつの摂取カロリーを減らしたり、食べすぎた時はお腹が空(す)いてから食べるといった「プチ断食」です。食事を全くとらないと当然飢え死にしますので、通常の食事量より減らして活動できる程度のカロリーに下げます。そうすると、寿命が延びます。マウスやサルですでに実験されています。
なぜ中国の宦官は20年も長生きだったのか
少し専門的になりますが、他にはインスリンシグナルの抑制があります。インスリンは情報伝達に欠かせないホルモンのひとつです。これをあえてあまり働かないようにすると寿命が延びます。
TORシグナルも抑えた方が寿命は長くなるといわれています。これも専門的ですが、TORとはラパマイシン標的たんぱく質と呼ばれるたんぱく質で、細胞の成長や代謝を制御しています。これはないと困りますが、やや抑制した方が寿命にはプラスです。
興味深いのは生殖細胞の除去です。生殖と寿命は非常に深い関係にあります。子どもを産むと、死ぬ生き物は少なくありません。「もう役割は終わったから死んでいいよ」とばかりに死んでしまいます。
だからなのか、生殖細胞を取り除いてしまうと長生きします。子どもをつくれないから、なかなか死ななくなります。これはいろいろな動物実験で証明されています。そして、この生殖細胞の除去は人間でも例があります。宦官(かんがん)です。
中国や朝鮮の宮廷に仕えた宦官は生殖機能を後天的にとりのぞいてしまいます。彼らは、40代後半から50代前半で亡くなる男性が多かった頃に平均して70歳まで生きたとの記録もあります。生殖機能の喪失が長寿化の一因となっている可能性があるわけです。
元気がありすぎると長生きできない
ほかにも細胞の「工場」でエネルギーをつくるミトコンドリアの機能を抑えると長寿化するとの指摘もあります。
これらが長寿化の代表的な事例です。
専門家は寿命延長経路と呼んでいます。全く覚える必要はありませんが、興味深いのは、全てに共通するのは、どれもが必要な機能だけれども、機能は抑えた方がいいという結論です。元気がありすぎると長生きできないわけです。省エネで低空飛行が長生きの秘訣(ひけつ)なのかもしれません。ただ、これらはいずれも「なぜか」ははっきりしていません。
例えば、生殖細胞の除去によって長寿化するのは、体の持つエネルギーは限られているから、生殖機能を維持するか、その他の機能を維持するかのどちらかに使われるからではないかと思う人もいるかもしれませんが、そんな単純な話ではなさそうです。
そして、ここで挙げた5つの経路は互いに関係性もありません。カロリー摂取の抑制と生殖細胞の除去には関係性はなく、連動して起きているわけでもありません。
ただ、寿命を決定する理由がばらばらでも、一部の研究者は共通点があるのではないかと考えそれを探しました。それがオートファジーの活動でした。
例えば、カロリー制限によってオートファジーが活性化します。飢餓になった場合に栄養を補給するために細胞内を分解するのがオートファジーの第1の役割なので、それと同じ仕組みでオートファジーが活性化するのかもしれません。
線虫を使って実験してみたら…
詳細は省きますが、インスリンシグナルもTORシグナルも抑制されるとオートファジーが活性化しますし、生殖細胞の除去やミトコンドリアの機能抑制も同様です。ですから、「オートファジーが寿命を延ばすには重要かも」と考えられるわけです。これは、実際に実験結果があります。
実験には線虫が使われました。あまり馴染みがないかもしれませんが、ギョウ虫の親戚(しんせき)です。線虫は寿命が一カ月程度なので寿命の実験によく使います。寿命が縮んだ、延びたがわかりやすいからです。
実験で線虫にカロリー制限をしたら寿命は延びたのですが、カロリー制限してもオートファジーが機能しないように遺伝子を操作したら、寿命が延びなくなりました。これにより、寿命の延長にオートファジーが必要だとわかりました。この際、オートファジーを活性化させる成分としてはウロリチンが報告されています。ウロリチンはザクロやベリーなどに含まれます。
もうひとつ、わかっていることがあります。線虫やハエやマウス、そしてヒトでも、加齢とともにオートファジーの機能は低下するということが示されました。
「ルビコン」をなくしたら、寿命が20%も延びた
つまり、整理すると「オートファジーがないと延びていた寿命が縮んでしまう」「オートファジーは歳をとると減ってしまう」ということがわかりました。そして私たち研究チームは、オートファジーが歳と共に減るのは、細胞の中に「ルビコン」と呼ばれるたんぱく質が増えることが原因であることを突き止めました。
ルビコンはオートファジーのブレーキ役のような存在です。「脂っこい食事はオートファジーには悪い」と過去にもお伝えしてきましたが、脂っこい食事もルビコンを増加させオートファジーの低下をもたらします。このルビコンが今、オートファジー研究のひとつのカギとなっています。
「オートファジーの低下を防いだら寿命がどうなるか」の実験もあります。この実験結果はみなさんのこれからの健康の常識を大きく変えることにもなるはずです。
まず、寿命がどうなるかから結果を示しますと、遺伝子操作でルビコンをなくしてしまった線虫やハエの寿命はオートファジーが活発化することで、平均20%延びました。これ、すごいですよね。今の日本人だと20%延びたら平均寿命は100歳を超えます。
もちろん、この結果に至るまでに紆余曲折(うよきょくせつ)はあったのですが、あまり実験方法の話ばかりが続くとみなさん飽きてしまうでしょうから先に話を進めます。
80歳でフルマラソンを完走するのも夢じゃない
さて、ルビコンを抑えることで寿命の延長がわかっただけでなく、予想外の結果もわかっています。
シャーレの中で線虫がゴニョゴニョ動いているのをビデオで撮影して、あとでどれだけ動いたかを測定してグラフにしました。そうすると、ルビコンのない線虫は老いてもゴニョゴニョ動き続けていました。通常の線虫の2倍は動いていました。これは人間でしたら、80歳くらいなのにフルマラソンを平気で走ってしまうような衝撃です。
これがなぜ衝撃的かというと、老化の特徴のひとつには運動量の低下があるからです。
ルビコンを抑えると、老いてもとてもよく動いたということは、オートファジーを維持できれば、高齢になっても若い頃の体の機能を保てる可能性が高いわけです。
つまり、生き物はルビコンをコントロールできれば寿命も延び、老化を食い止められる可能性が示されたのです。
もちろん、人間の場合、線虫のようにルビコンを操作できません(将来は薬でできるようになるかもしれませんが)。ただ、これまで見てきたようにオートファジーは活性化できます。ルビコンがあっても、高齢になって低下したオートファジーを再活性化することも可能です。
オートファジーを維持する=病気にかかりにくくなる
一方、老化を食い止められるからといって、食い止める必要があるのかというのは非常に重要な問題です。「老化は自然なのにそれに逆らうのか」「ちょっと不自然では」などいろいろ意見はあると思いますが、今、日本では寝たきりや認知症が非常に増えています。医療費の国家財政の圧迫も社会問題になっています。
解決策としては、死ぬ間際まで元気でいてもらうしかありません。医療費の問題を抜きにしても、誰だって寝たきりで生きたくないです。大半の人は本音では健康で長生きしたいはずです。
老化の最大の特徴はさまざまな病気にかかりやすくなることです。当然、重症化しやすくなりますし、死亡率も高まります。私は今、健康寿命を寿命に近づけることで老化を食い止められないかと研究を進めています。オートファジーによって健康寿命が延びるということは高齢になっても病気にかかりにくくなることでもあります。
哺乳類の場合は老化すると必ず病気になります。それならば、オートファジーの低下をもたらすルビコンを抑えることが病気の防止につながるのではと考えて、いろいろと実験してきました。結論からいいますと、ルビコンを抑えてオートファジーを維持すると加齢に伴ってかかりやすい病気にかかりにくくなることがわかってきています。
加齢性疾患への免疫力がつく
加齢に伴ってかかりやすい病気を「加齢性疾患」といいます。
例えば、認知症の原因となるパーキンソン病や高齢者の失明原因として最も多い加齢黄斑変性、骨折しやすくなる骨粗しょう症などがあります。いずれも現代人にとっては身近な病気で、おそらく、みなさんの周りにも苦しんでいる方はいるでしょう。
オートファジーを低下しないようにしたマウスの実験では、実際にこれらの加齢性疾患にかかりにくくなる結果が出ています。あくまでもマウスの実験ですが、同じ哺乳類ですので、人間の場合でもオートファジーを活性化することで、加齢性疾患を抑えることにもつながる可能性がきわめて高いでしょう。
「病気にかかりにくくなるなんて本当かな」と半信半疑の人もいると思いますので、いくつか例を挙げます。
免疫力について
オートファジーは免疫力を上げてくれます。細胞内に侵入してきた病原体を捕捉(ほそく)して分解できますし、ウイルスなどの病原体に対する抗体を作る免疫細胞や病原体を殺す免疫細胞の能力の維持に働いています。ただ、高齢者になるとオートファジーが低下するため、そういった免疫力が弱まります。
そうなると感染症に弱くなり、肺炎などの炎症が命の危機にもつながりかねません。ワクチンも効きにくくなります。老化した人間の抗体をつくる細胞に、納豆などに含まれるスペルミジン(オートファジーを活性化させる成分)をかけたところ、オートファジーが亢進(こうしん)して、抗体をつくる力が回復したという実験もあります。
脂肪肝、糖尿病、骨粗しょう症などにも
オートファジーの活性化は、感染症への抵抗力を高める可能性があります。また、スペルミジンは、歳をとって低下したがんに対する免疫を回復させます。これはオートファジーを介した効果なのかはまだわかっていませんが、その可能性が高いと私は考えています。
生活習慣病
脂っこい食べ物を食べすぎると、オートファジーの働きにブレーキがかかり、脂肪肝になります。脂肪肝の他にも動脈硬化や糖尿病(糖尿病の95%を占める2型)もオートファジーと関係があります。
例えば、インスリンを分泌する脾臓(ひぞう)の特定の細胞でオートファジーに必要なたんぱく質の遺伝子を破壊したマウスはインスリンが出にくくなり糖尿病になりました。
加齢性疾患
パーキンソン病などの神経変性疾患や骨粗しょう症、加齢黄斑変性、腎臓の線維症などはオートファジーを活性化することで抑制できる可能性が高いでしょう。
オートファジーの働きが鈍ると悪化するとみられています。
肝臓がん
肝臓でオートファジーが働かないマウスはがんになるという報告があります。この実験からはオートファジーが肝臓がんを防いでいる可能性が高いといえます。ちなみに、ほかの臓器でオートファジーの機能を止めてもがんにはあまりなりません。
この理由はまだよくわかっていません。
心不全
心臓でオートファジーが働かないマウスは、歳をとったり、心臓に負担をかけたりすると心不全になることがわかっています。
オートファジーの働きの全貌はまだ見えていない
腎臓の病気
加齢性疾患である腎臓の線維症以外でも、血液中の尿酸値が上がってなる腎症(腎臓に傷みが生じて腎臓の機能が低下する病気)にも関係があることがわかっています。オートファジーの働きが悪くなると、腎症は悪化します。
また、健康なマウスでも腎臓でオートファジーが働かないと、歳をとった時に腎臓の機能障害を起こします。
これらはオートファジーが低下すると発症したり悪化したりすることがはっきりしている病気です。オートファジーがどのようにして病気を防いでいるかは病気ごとに違いますし、仕組みがよくわかっていないものもあります。
オートファジーの研究は人間と関係があることがわかってから飛躍的に増えました。そして、研究の多くはまだ途上にあります。これからオートファジーと病気の仕組みがいろいろわかってくるでしょうし、さらに多くの病気との関係もわかってくるでしょう。
オートファジーは神経細胞や内臓、筋肉、皮膚などあらゆる細胞に備わっているだけに、その働きの全貌はまだまだ見えていません。
---------- 吉森 保(よしもり・たもつ) 生命科学者 専門は細胞生物学。医学博士。一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム代表理事。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄誉教授。2018~22年生命機能研究科研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科博士課程中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典氏(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。2019年紫綬褒章受章、他受賞多数。著書に『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)、『生命を守るしくみ オートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社)他。 ----------
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