https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/101301393/?n_cid=nbpnxt_mled_itmh
「2020年に私がグループデジタル本部の責任者となった当初から、HRBP(人事ビジネスパートナー)を設置した」。
ベネッセホールディングス(HD)の橋本英知専務執行役員CDXO(チーフデジタルトランスフォーメーションオフィサー)兼Digital Innovation Partners 本部長はこう語る。
ここ数年、ベネッセHDに限らず、企業のDXの現場を取材していると「HRBP」という言葉をよく聞くようになった。「HRBPと相談しながら、社員のリスキリングの仕組みを整備した」「HRBPの支援を受けて、組織体制を見直した」といった具合に、会話の中で自然に出てくることが多い。
HRBPとは、事業戦略を推進するための組織体制や人材戦略を部門長に提言し、実行する役割を担う職種のことだ。米ミシガン大学経営大学院のデイビッド・ウルリッチ教授が1990年代に提唱した。従来の部門人事が、その事業部門における採用や育成、評価といった人事のオペレーションを担うのに対して、HRBPは部門の事業戦略を組織・人材戦略に落とし込む点が特徴である。
ベネッセHDの橋本専務執行役員は「DX部門が全社に先行する形でHRBPを設置した」と語る。ベネッセHDは2018年からDXに取り組んできたが、2020に橋本専務執行役員がグループデジタル本部の責任者となった際、最初のHRBPを配置した。2021年、橋本専務執行役員をトップに、ベネッセグループのDX戦略と実行を担うDigital Innovation Partners(DIP)を発足させた。当初数人だったDX部門の社員は今では800人を超えた。現在はHRBPも10人に増加している。
DX人材定義やDX研修体系の整備で大きな役割
なぜベネッセHDは全社に先行してDX部門にHRBPを設置したのか。「DXを進める上で組織体制をどう変え、人をどう集めるかは中心的な課題だという意識が当初からあった」と橋本専務執行役員は振り返る。DX推進組織をつくり拡大するには、既存組織の再編や新規の人材採用をしていく必要がある。「組織の形をつくり人材配置を決めるのは、その組織の長の仕事だ。事業課題を人事や組織の課題として解き直す専門家が参謀として支援する必要があると考えた」(橋本専務執行役員)。
例えば傘下のベネッセコーポレーションでは、DX人材を7職種・13区分に分類し、それぞれのDX人材の定義や求められるスキルとそのレベルを設定した。部門ごとに全社員のDXスキルを可視化し1年ごとに見直して、DX人材の採用や育成に役立てている。それらを踏まえたDX研修体系も整備した。こうしたDX人材の定義や研修体系の整備に大きな役割を果たしたのがHRBPだったという。
「HRBPは2010~2020年ぐらいにかけて日本の大手企業が設置し始めた。今では各業界のトップ企業層は既に設置しているケースが多く、準大手層などにも広がっている」とPwCコンサルティングの北崎茂上席執行役員パートナーは話す。背景にはデジタル化やグローバル化などで事業環境がめまぐるしく変化し、人材に求められる知識やスキルが高度化・専門化してきたことがある。これまでの日本企業のように本社の人事部が異動などを通じてゼネラリストを養成するのではなく、事業内容により即した形で人材採用や育成、評価などをする必要が出てきたためだ。
HRBPには事業に関する理解が必須だ。例えばベネッセHDでは橋本専務執行役員とDIP内組織の部長との週次定例会議や、DIPと事業カンパニーとの事業計画の進捗を確認する週次定例会議にはHRBPが同席している。その事業が今どう進んでいて、何が課題なのかを常にインプットする必要があるためだ。
日立製作所は2021年4月からHRBP体制を本格構築
日立製作所は10年ほど前からHRBPを検討し一部で設置していたが、2021年4月、HRBPの体制を本格的に構築した。同社の各ビジネスユニット(BU)のHR部門の中でHRBP機能を、人事関連諸施策の専門家であるCOE(Center of Expertise)やHRのオペレーションを担うHRSS(HR Shared Service)といった他の機能とは分けて明確化した。HRBPはタレントマネジメント、人材獲得・採用、育成、処遇評価、労務雇用などHRの各領域の専門家から情報を引き出しつつ、事業課題に応じたソリューションを提供する役割を担う。現在、部長クラスから主任クラスまで80人のHRBPがいる。
「それまでのHRBPは部門人事の一員として、事業リーダーが実行したいと思っている人事施策について、いかに早く、高品質に対応できるかが問われていた。その意味では、 “見えている”人事課題に対処することが主な仕事だった。私たちが目指すHRBPには事業リーダーが“見えていない”潜在的な課題についても事業リーダーに提起し、解決に向けて一緒に取り組む、経営の参謀としての役割がより強く求められる」と日立製作所人財統括本部グローバルHRトランスフォーメーションプロジェクトの高橋知史シニアプロジェクトマネージャは話す。
HRBPには市場や競合、自社の強み、長期的な傾向などを含めた事業戦略への深い理解、財務やマーケティングなど企業経営に関する基本知識、課題解決や打ち手の創造に必要な人材マネジメントの知見などが必要になる。そのため、同社ではHRBPに任用される人は全員、「BPトレーニング」と社内で呼ばれる4カ月間の研修を受講する。HRBPに必要な心構えや行動姿勢、今後身につけるべき知識やスキルについて、実際の事例を通じて学ぶ。またBUを横断した「BPコミュニティ」をつくり、HRBP同士で情報共有や意見交換を定期的に実施している。
「HRBPは幹部の懐に入り込むと同時に、現場ともよくコミュニケーションをとって事業の状況をよく知っておく必要がある」と高橋シニアプロジェクトマネージャは言う。
時代の変化に対応しようと新たな職種を導入してもうまく機能せず、いつのまにかその職種自体消えていくことも多い。こうした中で筆者が尋ねたわけでもないのに「当社のHRBPが」という言葉が自然に聞かれるようになったのは、この職種が日本の企業社会の中でなじみ始めていることの表れのようにも映る。
とはいえ「日本企業においてHRBPが事業の中枢に入り込めているかというとまだ改善の余地はあるという印象だ」(PwCコンサルティングの北崎パートナー)。HRBPが日本企業で本当に定着するかは、HRBPがDXをはじめとする変革や課題解決において具体的な成果を出し続けられるかどうかにかかっている。
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